「いじめ」と「原発避難者差別」に苦しんだ少年は「生きる」を選んだ

避難者を孤立させずに、コミュニティの中で支えていくことです。
TOMIOKA, JAPAN - MAY 23: Difficult-to-return zone after the daiichi nuclear power plant irradiation, fukushima prefecture, tomioka, Japan on May 23, 2016 in Tomioka, Japan. (Photo by Eric Lafforgue/Art in All of Us/Corbis via Getty Images)
TOMIOKA, JAPAN - MAY 23: Difficult-to-return zone after the daiichi nuclear power plant irradiation, fukushima prefecture, tomioka, Japan on May 23, 2016 in Tomioka, Japan. (Photo by Eric Lafforgue/Art in All of Us/Corbis via Getty Images)
Eric Lafforgue/Art in All of Us via Getty Images

東京電力・福島第一原子力発電所の事故を受けて、福島県から横浜市に自主避難した中学1年生の手記が公開されました。死の淵まで追い詰められていた少年はいじめのさなか、「ばいきんあつかいされて、ほうしゃのうだとおもっていつもつらかった。福島の人はいじめられるとおもった。なにもていこうできなかった」と書いています。突然の原発事故によって、住み慣れた故郷を離れて、親しかった友達とも離ればなれに暮らすのは辛いことです。転居先で、偏見にまみれた「福島差別」「被災者差別」にさらされるとは、あまりにむごいことです。

「菌」「賠償金あるだろ」原発避難先でいじめ 生徒手記(朝日新聞デジタル2016年11月16日)

市教委の第三者委員会の調査によれば、小学5年の5月、加害児童ら10人ほどと遊園地やゲームセンターなどに行くようになり、遊興費のほか、食事代や交通費も含めて1回5万~10万円の費用を10回近く負担した。児童2人に、一緒に遊ぶためのエアガンを買ったこともあった。男子生徒は親の現金を持ち出していた。黒沢弁護士によると、総額150万円に上るという。

「お金もってこいと言われたときすごいいらいらとくやしさがあったけど、ていこうするとまたいじめがはじまるとおもってなにもできずにただこわくてしょうがなかった」「ばいしょう金あるだろと言われむかつくし、ていこうできなかったのもくやしい」

今から22年前の1994年、愛知県西尾市で自宅で自殺した中学2年生の大河内清輝くんは、いじめ加害者に金銭を要求されるたびに、親のお金を親に黙って渡していましたが、金額は100万円を超えて、とても自分の力では返済できないと思いつめていきます。次第に金銭要求がエスカレートし、良心の呵責に耐えられなくなったことが、「もうお金もへりません」と遺書に記していることからうかがえます。

原発事故を起こした東京電力からの賠償金は、被災者の「生活再建」のために支払われています。賠償金とは何かを理解していないいじめグループにとっては、「家に金があるはずだ」というターゲットにすぎなかったのかもしれません。

原発避難の生徒にいじめ 無念の4年、被害生徒の父「時間返して」(東京新聞2016年11月9日)

生徒は父親のお金を内緒で持ち出していた。自主避難のため賠償金は数十万にとどまり、親族から当面の生活費を借りて家に置いていた。生徒がそのお金を使い果たし、財布のお金を持ち出したときに、父親が気付いた。生徒は「お金を持って行けば、いじめられなかった」と話したという。

父親が学校に相談すると、学校側は「お金が絡んでいるので警察に相談してください」と言うだけで同級生への指導はしてくれなかったという。生徒は六年になると、一度も登校しなかった。

父親は学校に不信感を抱き、弁護士に相談。学校側やいじめたとされる同級生の保護者らと話し合ったが、改善せず、昨年十二月に第三者委に調査を申し入れた。

学校の調査に対して少年は、「いままでいろんなはなしをしてきたけどしんようしてくれなかった」「なんかいもせんせいに言(お)うとするとむしされてた」と手記に書いています。いじめ被害と恐怖、そして学校に通い続けることの苦痛を訴えた少年を受けとめきれなかったのでしょうか。学校という閉鎖空間の中で、「正義」が通用せず「指導」が始まらないと、「いじめグループによる力の支配」は暴走します。

手記の中で、福島から自主避難した少年は、「いままでなんかいも死のうと思った」としながらも、 「しんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた」としています。辛くても、死なずに生きることを選択してくれて本当に良かったと思います。学校に行かなくても、目の前の進路という道が見えなくなっても、とりあえず息をひそ めていても、生きていれば自分の人生を切り開いていくことができます。

2013年9月、「いじめ防止対策推進法」が施行されて3年、文部科学省によると「いじめの問題を抱えて自殺した生徒」は23人に及びます。「いじめ自殺」を防止するために、私たちは子どもたちの訴えにもっと耳を傾け、日常的に暴力いじめが繰り返されている場合には、子どもを安全地帯に緊急避難させるルートを確立していかなければなりません。

今回、「生きること」を選択した少年は、いじめ被害から逃れるために学校に通わなくなりましたが、現在はどうでしょうか。

「フリースクールに通い、前向きに過ごし始めているという。『今は、それだけでいいと思っています』 両親の声明には、平穏な日常を取り戻しつつある安堵がにじんでいた」(東京新聞2016年11月16日)

少年の手記を読んで、「苛酷ないじめ」と「福島からの避難者差別」が心身を交互に締めつける縄のように、幼い魂を傷つけている光景が目に浮かびます。私たちの社会は、「いじめ」解消についての対策を急ぐだけでなくて、原発事故という重大被害を受けたことで福島から避難する人々に対して、「避難者差別」を許さない強い姿勢を示す必要があります。なぜ、故郷の福島を離れなければならなかったのかを理解しない子どもたちの背景には、おそらく学校や教育関係者も含めた「大人社会の無関心」が存在します。

子どもの心は大人社会の縮図です。「福島から避難してきたんだね」という表層を見るだけで、どれほどの被害を受けて、故郷を離れて暮らすようになったのかに思いを巡らすまなざしはなく、「たくさん賠償金もらっているのかも」という偏見を宿らせてないでしょうか。

原発事故から5年半、政府は再稼働可能なあらゆる原発を動かし、また積極的に海外に輸出しようという姿勢を変えていません。財界、電力会社の意向を受けて、経済的利益を最優先しようとしています。東京電力・福島第一発電所は私たち首都圏の大人や子どもが暮らしの中で消費する電力を供給し、それゆえ連続メルトダウンという過酷事故が起きた後、福島を中心に被害が広がったのです。

福島からの避難者の子どもを差別し、いじめで迫害することを止めさせるには、「東京電力・福島第一原発事故」に、いま一度向き合うことです。福島で生きる子どもたちや親たちの毎日に思いをはせて、交流し支えていくこと。避難者を孤立させずに、コミュニティの中で支えていくことです。

最後に、公開された少年の手記を読み直してみましょう。

いじめ:福島から避難生徒、手記を公表 横浜の中1 (毎日新聞2016年11月15日)

「(加害児童生徒の)3人から...お金をもってこいと言われた」

「○○○(加害児童生徒名)からは メールでも 言われた」

「人目が きにならないとこで もってこいと 言われた」

「お金 もってこいと言われたとき すごい いらいらと くやしさが あったけど ていこうすると またいじめがはじまるとおもって なにもできずに ただこわくてしょうがなかった」

「ばいしょう金あるだろ と言われ むかつくし、ていこうできなかったのも くやしい」

「○○○(加害児童生徒名) ○○(加害児童生徒名) には いつも けられたり、なぐられたり ランドセルふりま(わ)される、 かいだんではおされたりして いつもどこでおわるか わかんなかったので こわかった。」

「ばいきんあつかいされて、 ほうしゃのうだとおもって いつもつらかった。 福島の人は いじめられるとおもった。 なにも ていこうできなかった」

「いままで いろんな はなしを してきたけど (学校は)しんようしてくれなかった」

「なんかいも せんせいに 言(お)うとすると むしされてた」

この記事に関連する情報を以下、まとめます。

いじめの光景」(保坂展人著・集英社文庫)

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