「15の春」を前に 事実誤認の「万引き」を理由とした悲劇

私も中学から高校進学時の「内申書」による記載で、5つの全日制高校を次々と不合格になるという体験を持っています。
Chiba, Japan
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Andrea Chu via Getty Images

胸が痛む事件が明らかになりました。昨年12月に広島県安芸郡府中町の中学校男子生徒(ここでは仮にA君と呼ぶ)が自殺していた事件で、学校がA君の進路指導にあたった際に、「1年生の時に万引きをした」との別の生徒の記録をA君のものだと誤認し、「私立高校への推薦は出来ない」と宣告されていたことが判りました。

私も中学から高校進学時の「内申書」による記載で、5つの全日制高校を次々と不合格になるという体験を持っています。後に16歳からの16年間、「内申書裁判」の原告として、ことさらに「政治活動」や「思想信条」に関わることを記載する内申書は、憲法違反ではないかと法廷で問い続けました。普段は思い起こすことのない出来事ですが、この事件にふれて「15の春」をめぐる記憶がよみがえってきます。まずは、新聞記事を読み直してみましょう。

広島県府中町で昨年12月に中学3年の男子生徒(当時15)が自殺した問題で、学校側が「(生徒が)1年生の時に万引きをした」とする誤った記録をもとに進路指導をしていたことが分かった。この記録にもとづき、学校側は生徒が志望した私立高校に対して学校長による推薦はできない、と告げていた。生徒はこの指導内容が保護者に伝えられた12月8日の夜に自殺したという。(「朝日新聞」2016年3月8日)

A君は「人違い」で「推薦失格」を宣告され、絶望のあまり生命を絶ったのでしょうか。あまりにもむごいことです。なぜ、このような「人違い」が起きたのでしょうか。「万引き事件はA君によるもの」と記録しているのは「間違いだ」と学校内の会議で誤りを指摘する教員がいたにもかかわらず、誤ったデータは訂正されずにサーバーの記録に残ったといいます。この点について、中学校がまとめた「調査報告書」の要旨は次のように経過を述べています。

2013年10月6日午後、1年生2人が万引きをしたとコンビニエンスストアから学校に電話があり、部活動で校内にいたA教諭が対応した。本来は指導方針に従い対応しなければならなかったが、日曜日で自ら対応すればよいと判断し、他の教諭と一緒に店舗へ駆けつけて確認。生徒は保護者とともに謝罪した。店は警察への被害申告は行わなかった。

翌7日に、A教諭は生徒指導部のB教諭と担任のC教諭に口頭で報告した。B教諭はパソコンへ入力して生徒指導推進委員会資料を作成した。その際、誤って男子生徒の名前を入力した。なぜそうしたのか、聞き間違えたのか、入力ミスなのかなど詳細な状況は不明。入力する際は事実確認票や生徒指導ノート(備忘録)の記録をもとにすべきだが、記録はない。

資料の誤りは、翌8日の委員会で参加した教員の指摘で修正した。しかし元データ自体は修正されなかった。(「朝日新聞」2016年3月10日)

これまでであれば、「1年生時の万引き事件」を、高校進学時の「推薦」にあたり問題にする扱いはしてこなかったといいます。ただ、今年度からこれまでの「3年生時の触法行為」のみならず、範囲を「1,2年生時」まで広げて厳格に見ると学校の方針が変わったことで、「記録」はサーバーから呼び出されたようです。

これまでは3年時の触法行為の確認ができればよかったため、3学年教員の記憶に頼っていた。1年時からの触法行為を含むことになったため、「記憶に頼ると間違いにつながる」と考えたD教諭が根拠となる資料を探そうと、11月12日、サーバー内の13、14年度の生徒指導推進委員会の会議資料を印刷。D教諭は委員会資料だから正確なはずと信じ、学年主任に渡した。(調査報告書)

こうして、学校内の会議でいったんは「間違い」とされた記録がプリントアウトされ、進路指導の材料となったといいます。担任教諭は、A君が「1年生の時の万引き事件」に関与したという報告に驚き、推薦・専願が出来ないことを早めに知らせようとしたと調査書は書いています。調査書によると、次のようなやりとりだとしています。

11月16日ごろ

(担任)「万引きがありますね」

(生徒)「えっ」

(担任)「3年ではなく、1年の時だよ」

(生徒、間を置いて)「あっ、はい」

26日ごろ

(担任)「進路のことだけど、万引きがあるので専願が難しいことが色濃くなった」

(生徒)「万引きのことは家の人に言わないで。雰囲気が悪くなる」

(担任)「わかったよ。過去をほじくるつもりはない」(「朝日新聞」2016年3月10日)

あくまでも、A君は亡くなっているので「調査報告書」の記述によればとするしかありません。この報告書には、担任教諭が、廊下の立ち話で「万引き事件」を告げた時に、A君が身に覚えのない「万引き事件」について、自らの潔白を主張したという記載はありません。なぜA君が、周囲に不当な評価をされていることを訴えることなく、生命を絶つところまで追いつめられたのか、本当のところはどうだったのかは、判らないのが現状です。

長年、教育ジャーナリストとして活動してきた私は、メディアに出てくる「断片的事実」の集合体だけで、何らかの評価や判断をすることは自戒してきました。これ以上、A君の置かれた立場や事件の真相に立ち入るのはやめようと思います。ただし、A君が「万引き事件」の当事者と事実誤認されたこと、その誤りが是正されずに電子情報としてサーバーに残り、基準が変わった「高校推薦・単願」の条件にひっかかったことを宣告されたこと、そして自ら生命を絶ったことまでに止めたいと思います。

私の「15の春」をふりかえります。私の内申書は、担任教諭の手で書かれたものでしたが、その記載内容は担任教諭とは別のところで準備されました。すなわち彼は「清書係」だったのです。担任教諭は私に、「私は君の内申書を書くことができない。君の思想や考え方が難しくて私には理解出来ないから、君の内申書が書ける誰かもっといい先生を探すように」と言いました。当時は、その言葉の真意を理解することが出来ず、「内申書を書かない」という担任教諭の言葉にただ反発しました。後に法廷で、内申書の文面は担任教諭の権限を超えて、学校運営にあたる上層部により作成されたものだということがわかりました。

やがて、内申書は担任教諭によって作成されましたが、ひとりひとりに手渡される内申書は私の場合のみ「君には手渡せない」と宣告されました。そして、高校入試の学科試験の後の面接は他の生徒とは別の部屋で行なわれ、目の前に広げられた内申書には、詳細に「政治活動」や「思想信条」が記載されていました。後に明らかになりましたが、学科試験はパスしていても、内申書を介した面接結果が著しく悪い評価となり、5つの全日制高校を次々と不合格となっていきました。

クラスメイトたちの進路が決まっていく中で、ひとり取り残されたように「進路未定」のままに中学の卒業式を迎えました。私の場合は、「内申書」によって高校受験の進路を妨げられることも、予想の範囲内でした。それでも、毎回受験する高校に不合格になるのは、いい気分ではありません。その時の落ち着きのない、自分の居場所を奪われたような気持ちの残影は、記憶の深層に宿っています。

16年かかった内申書裁判は、東京地裁で全面勝訴、東京高裁で逆転敗訴、そして最高裁で上告棄却に終わりました。ただ、内申書裁判提訴以後、「内申書に生徒にとって不利なことを記載することは避ける」という学校現場での扱いが定着したと聞いています。私が中学生だった当時は、自分も担任教諭から、私的制裁の如き悪い内容ばかり盛り込んだ内申書を作成され散々な目にあったという訴えがあったものです。そうした恣意的な記載は姿を消したのが、私の裁判の効果かと思ってきました。さらに、内申書裁判最高裁判決(1988年)の後、日本も「国連・子どもの権利条約」を批准し、子どもにも市民的権利や意見表明権が認められるようになっています。

児童・生徒の進路選択にあたり、学校が「マイナスの材料」を提示した途端に進路は狭く絞られます。推薦・単願にあたって、これまでは「3年生時の触法行為」だった基準が「1・2年生時」も加えられたことで、大きな影響を受ける生徒や保護者に対しての説明が不足していたと調査書も認めています。まして「人違い」なら、あってはならないことです。尾木ママが、NHKの深夜番組で怒っています。

普通に子供たちがのびのびと学校に行くのが楽しくて、進路指導は学年の先生や担任の先生が応援してくれて、勉強や将来の職業の面から応援してくれる。応援団であるべきなんです。今回は基準も基準ですけど、高校が本来やる選抜を、なんで中学がやるのか。(中略)

中学校が選別機関になっちゃってるんですよ。違いますよ。選ぶのは高校であって、中学校は最大、子供たちがどの子も成長できるようにするわけですよね。非行があったらその子はアウトになるなんて、違うでしょ。非行があったら直していって、すてきな高校生活を送れるように送り出すのが中学の仕事だと思いますよ。(「ハフィントンポスト」2016年3月11日)

高校進学を前にした生徒たちに温かいエールを送り、応援する学校や先生であってほしいという尾木ママの怒り。生徒たちを丸ごと支えて送り出すはずの学校が、生徒の努力や修復の範囲ではどうにもならない「学校による判定」を前に、生徒を絶望のどん底に落とすようなことが繰り返されてはならないと思います。

もしも、A君と同じように危機に遭遇し、生きる力を圧迫されている子どもがいたら、「チャイルドライン」に電話してみることをすすめます。「相談の秘密」を守り、子どもの立場から悩みを聞いてくれる子ども専用電話です。全国からフリーダイヤルで、0120(99)7777 →http://www.childline.or.jp/

ちょうど20年前に、私がイギリス・ロンドンでチャイルドラインを訪ね、日本に紹介してきた取り組みが、日本全国に広がっています。

さらに世田谷区の小・中学生の子どもたちには、直接駆け込める「せたホッと」があります。子どもの立場に立って、電話・メール・面談等で相談に応じる子どもの人権擁護機関です。子どもから「せたホッと」という愛称やキャラクターデザインも募集しました。

子どもたちの危機を救うためにセーフティネットをしっかりつくるだけではなくて、子どもたちを危機に追いやる背景や日常も、重大事態になる前に大きく変えていく必要があります。

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