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「年金積立金」のハイリスク運用に歯止めを

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STOCK MARKET JAPAN
KAZUHIRO NOGI via Getty Images
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多くの人にとって、年金は老後の安心と生活を支える唯一の「生命線」です。年金保険という言葉が表す通り、年金は若年から中高年までの現役世代が高齢者を支える保険です。高齢者人口が増大し、少子化で現役世代が減少していくことで、年金制度は長期的に展望を描けなくなっています。そこで今回は、年金財政に大きな影響が出てくる「年金積立金」の株式投資について考えてみたいと思います。

2016年1月4日の大発会以来、東京証券取引所では株価下落が続いています。これまで、「異次元金融緩和」で「円安・株高」を誘導してきた政府・日銀も、「世界同時株安」の前に有効な株価対策が打ち出せません。オバマ政権の成果だったはずの「対イラン制裁解除」も、桁外れの「原油安」に拍車をかけることになりました。高効率の収益を生んできた産油国の経済が悪化し、全世界で470兆円というオイルマネーの引き揚げが始まるとなれば、その影響は計り知れません。

いよいよ顕著になってきた中国経済の減速も、投資家を「円買い」に向かわせていると言います。今後の日本経済が「円高・株安」に傾斜していけば、日本経済には分厚い暗雲が立ち込めてくると言えるのではないでしょうか。年金支払いの原資である「年金積立金」は、国内外の株式市場で運用されています。株安となれば損失を抱えることになります。すでに始まった衆議院予算委員会では、2015年7月から9月にかけて年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用損が7.9兆円だったことをあげて、2016年の年明けからの運用損について、民主党の山井和則議員と安倍首相とのこんなやりとりがありました。

株安は中国市場など反映、年金運用は収益超過維持=安倍首相
年初来の株価下落により、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の年金運用で約4兆円の運用損が出る可能性があるとの山井氏の指摘に対し、安倍首相は「短期的な変動に対し答弁することは意味がない。年金積立金は国内外の債権と株式の組み合わせで運用しており、日経平均株価がそのまま収益に反映されるものではない。しかも、年金運用はある程度の長期的な視点をもってみるべきであり、このマイナスをもってしても安倍政権下では33兆円の累積収益となっている」と反論した。(ロイター 2016年1月8日)

年金積立金とは、国民の支払った年金保険料を原資としています。そして国は、国民共有の財産である年金積立金を安定的に確実に維持して、年金給付にあてる責任を負っています。自分の財布や預金通帳に他者が手を突っ込んできてリスクのともなう「運用」を始めたら、「すべて任せるよ」という人はわずかでしょう。ところが、老後の生活の生命線である「年金積立金」をどこの誰が預かって運用しているのかを正確に知る人は多くありません。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、世界最大の機関投資家として話題にのぼることがあっても、年金支給のための「虎の子」(国民共有の財産を預かっている)という側面からチェックしようとの議論が不足しています。

安倍首相は「33兆円の累積収益」だと胸を張っていますが、2015年7~9月という短期間で「7.9兆円」という損失額はあまりに大きすぎはしないでしょうか。経済ジャーナリストの荻原博子さんは、2013年から年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用が、株式運用の比率を高めてリスクを増していることに着目すべきだと指摘しています。

ギャンブル化した年金運用 それでも破綻しない年金の仕組みとは?
政府は、過去の実績から「長期的に見ればプラスが大きいのだから、今回の損失はたいしたことはない」と言います。確かに、過去にさかのぼって見ると、プラスの方が大きいです。けれど、この過去の実績というのは、年金積立金の多くをリスク投資に移す前の実績です。
平成25年度末までの年金の運用は、安全な国内債券55.43%、リスクがある国内株16.74%、外国株15.59%、外国債券11.06%、その他1.46%で、約6割が安全確実な投資商品で運用されていました。
この安全運用の国内債券を35%まで減らし、リスクがある国内株を25%に、外国株を25%に、外国債券を15%にと増やしたのが現在の運用方針。つまり、これまでに比べて年金の運用はハイリスク・ハイリターンになっています。(2016年1月18日 荻原博子・ITmedia)

これまでの年金資金運用の損失の最大額は、リーマンショック時、2008年度の9.3兆円です。2015年の第3四半期で「7.9兆円」と大きく膨らんだのは、「ハイリスク・ハイリターン運用」に舵を切ったことの影響だと荻原さんは指摘しています。たしかに、2015年の夏は、中国上海発の株安と人民元切り下げが株式市場の波乱要因でしたが、それらは2008年のリーマンショックと比較して、世界経済に与えるインパクトの規模が違います。そんな時に、年金資金の株式運用に関して「直接投資」を可能とする法改正の方針を固めたというニュースが飛び込んできました。

厚生労働省は、年金の積立金を運用する「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)の株式への直接投資を解禁する方針を固めた。運用コストを削減する狙いがあり、標準的な運用成績を目指す投資を対象に検討。投資の判断を合議制にするGPIFの組織改革と合わせ、今国会に関連法案を出したい考えだ。(2016年1月13日朝日新聞)

狙いは、信託銀行等に支払っている運用手数料の削減だといいます。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が国内株式の半分を直接投資すると年間2.6億円の削減になるという見立てですが、「直接投資」がなぜ禁止されてきたのかをよく考える必要があります。「国民共有の財産」を運用するにあたって、国の機関が直接投資に踏み出して民間企業の経営を大きく左右することや、間接的な政治的影響力の行使は避けるべきだと思います。

1月17日朝放送のTBS「時事放談」で、丹羽宇一郎前中国大使が、年金積立金の株式市場での運用が拡大していることについて、厳しく批判しています。

「官僚の方が経済のことも知らないのに株をやって、人の金だからって勝手にやって、彼らは職も失わない、給料も減らない。そういう人が株をやってはいけない」。丹羽氏はこう話した上で、「損をしたらどうやって責任をとるのか。国民に何と言うのか」と指摘して、公的年金の積立金を株式への投資で運用するのは危険だと強調しました。(TBSニュース)

今から11年前の2004年には、「年金国会」と呼ばれる激しい論議が与野党間でかわされました。前年の総選挙で落選して浪人中だった私は、国会図書館に通いながら年金制度の歴史を調べて『年金を問う』(2004年10月・岩波ブックレット637) にまとめたことがあります。

積立金の市場運用で生じるリスクの影響をこうむるのは一人ひとりの国民・被保険者だが、残念ながらその声をまとめる政治システムが不在だ。マスコミは湯水のような「年金報道」を続けたが、「独立法人化」(年金資金運用基金から年金積立金管理運用独立行政法人への改組)については沈黙を守った。年金不信へのしらけから、怒りに火がつくような年金積立金の私物化は巧妙に隠されている。(『年金を問う』66ページ)

このように書いてから2年後の2006年から「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」がスタートしました。そして、10年もの月日が経過した今こそ「年金積立金」の「ハイリスク・ハイリターン」の運用を直接投資も可能にして拡大しようとしていることに、主権者である国民は目を覚ますべきだと思います。「国民共有の財産」を預かるにふさわしい監視とガバナンスを打ち立てる制度改革が欠かせません。「海外でも年金資金の株式運用はあたりまえ」という声もありますが、本当にそうでしょうか。昨年、東京新聞がこの点を指摘しています。

「年金、海外より高リスク 最低給付部分も株式運用」
国民の老後を支える公的年金が、海外の年金よりも高いリスクで運用されている。米国などでは、最低限の保障に必要な年金部分は株式の運用をしていないが、日本は基礎年金までも株式の積極運用に踏み出したためだ。こうした運用で、より多くの資金が株式市場に流れ、平均株価が一時2万円台を回復するなど株高が演出されたが、「株価が下落すれば、年金全体が大打撃を受ける」との懸念も強い。(東京新聞 2015年5月2日)

記事の中で、アメリカでは「全国民共通の老齢・遺族・障害保険は全額が市場を通さない国債で運用」されて損失リスクを回避していることが紹介され、最低給付部分(基礎年金)までをも株式運用にまわしている日本のやり方は極めて異例だとしています。

日本総研上席主任研究員の西沢和彦氏は「最低限の保障が必要な年金部分まで損失リスクの高い株式で運用をするのは危険だ」と指摘。「株が暴落すれば全ての年金に影響する。運用失敗なら給付額を減らすか、保険料を上げないと制度を保てなくなる」としている。(同上)

西沢氏が指摘しているように「株の暴落で運用失敗なら、給付を減らすか、保険料を上げるしかない」というのが、ハイリスク・ハイリターンのリスクだということを、改めて噛みしめたいと思います。あらゆる分野でアメリカの強い影響を受けている日本で、なぜ、最低給付部分(基礎年金)を「市場を通さない国債」で安定運用する制度を参考にすることに踏み切れないのでしょうか。

年金積立金は誰のものでしょうか。国民共有の財産をリスク運用から引きあげ、安定して維持するように歯止めをかけるのが政治の役割です。「累積収益」(安倍首相)があるうちに転換するのか、ずるずると株式市場での損失リスクを拡大していくのか、どちらを選ぶのかを国会で徹底的に議論すべきだと、私たちが声をあげる時です。