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保坂展人 Headshot

「政権交代」から7年、「政策で勝負」の時代が始まっている

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時事通信社
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20年前の10月、私は衆議院選挙に立候補して初当選し、「永田町の世界」に足を踏み入れました。何もかもが新鮮で、未経験の出発点でしたが、よき友人・知人たちが助けてくれて、3期11年で546回の国会質問を続けることができました。国会を去ることになったのは、2009年夏の「政権交代選挙」でした。その後1年半の浪人をへて、2011年4月から世田谷区長として5年半、仕事をしています。

民主党政権の下野に代わって再登板した安倍政権は、衆参4回の国政選挙で連勝を重ね、まもなく5連勝をめざす衆議院解散に踏み切るのではないかとの観測もあります。安倍首相演説中の衆議院本会議場でのスタンディングオべーション等のシーンからは、絶対権力の基盤は磐石のようにも見えます。はたして、そうでしょうか。

SIGHT』64号(2016年9月30日発売、ロッキング・オン発行) は、『70年間戦争しなっかた日本にYESと言いたい』と題したを特集を組んでいて、私も「平和な日本を続けるためには、正しい野党の存在が必要である」というタイトルで、編集・発行人の渋谷陽一さんからインタビューを受けています。そこで語ったのは、「安倍政権が強すぎるのは、野党のあり方が大きい」という問題意識でした。

「民主党が政権を取って、前原誠司国土交通大臣が「八ッ場ダム建設中止」を打ち出しましたよね。あえて言うと、僕はそのとたんに未来透視ができて、最終的には中止できずに再開するという結末が走馬燈のように見えたんです。中止する根拠は『マニフェストに書いてあるから』と言っていたのが象徴的でした。つまり自民党と民主党の違いは、八ッ場ダムの工事が大きなお金を使う工事で、それに向けて社員を募集したり、職人を育てたりしている企業や事業者に支配されすぎているのが自民党だとすれば、まったく何の関心もなければ関わりもないというのが民主党だったんです」(『SIGHT』64号 保坂展人)

私は、2000年から、超党派議連である公共事業チェック議員の会の事務局長を務め、八ッ場ダムの現地を何度も視察したり国会内で国交省河川局にヒアリングしてきた経験から、「マニフェストに書いてあるから」というだけの内容のない説明で、この事業が止まることになるとは思わなかったのです。

「政権交代」と共に浪人となった私は、すぐに「八ッ場ダム工事予定地」の現場に入り、何事もなかったかのように工事が続いている光景に驚き、週刊誌でレポートを続けました。この時、凍結されていたのは「ダム本体工事」(ダムサイト)で、これ以外の周辺の取り付け道路等のダム関連工事がすべて予定通りに進んでいる様子を取材し、伝えました。

その後、私の予想した通り、八ッ場ダム建設は、国土交通省の意向に沿って、民主党政権時代の前田国交大臣の下で完全復活となりました。シンボルとなった政権交代の「デビュー政策」の無残な失墜は、現在もなお多くの人々の記憶に、抜くことができないトゲとなって残っています。インタビューではまた、もうひとつの政治的分岐点として、2010年6月の鳩山由紀夫政権の崩壊と菅直人政権のスタート時に言及しています。

「鳩山さんが沖縄の基地問題で迷走しましたが、当時『最低でも県外』と言ったことは今、沖縄でとても評価されているんです。けれども、当時は周りから「もう辺野古以外にないですよ」と言われて、最終的に県外の話は撤回して批判が燃えさかって、退陣しましたよね。 そこで、社民党は鳩山さんが退陣する前に連立政権を離脱したんですが、本当は鳩山さんが辞めた時に、基地問題では納得していないけれど、菅政権に対しては閣外協力しますと言うべきだったと思うんです。僕以外は当時もほとんどそう言う人はいなかったですが。 もし、閣外協力していれば、菅さんがいきなりの「消費税増税発言」はできなかったはずですし、TPPをやろうと突然言い出すこともなかったはずなんです。そうなれば、2010年の参議院選挙であんなにボロ負けすることもなかった」(『SIGHT』64号)

もちろん、これは「たられば」の話です。当時のメディアでは、政策の違う社民党と国民新党を切って、民主党一党の政権運営にすべきだという論調が幅をきかせていて、民主党内にも、「辺野古新基地」をめぐって社民党が連立政権離脱を決めてくれてすっきりしたという声が多数あったことから、「閣外協力もお断り」ということになったかもしれません。 ただ、かつて自民党の政権運営は違いました。

先日亡くなった加藤紘一元衆議院議員は、私が国会議員1年生で「自社さ政権」の渦中に飛び込んだ時の自民党幹事長でした。私は何度か、加藤さんから聞いています。「たしかに社民党は議席は少ない。けれども、連立政権で社民党から厳しい意見も出してもらい、政策を練り上げて合意にたどり着けば、大方の国民に納得してもらえる内容になる、そこが連立政治で大事なんだ」と。

2009年の「政権交代」から7年。多くの人々は、「自民党」と「自民党に近い非自民党」の交代劇に、ひとかけらの夢も幻想を持たなくなっています。まさに、「政策で勝負」の時代だと思います。参議院選挙を前にして私は次のように書きました。

野党の「共通政策」で政治は変わる (2016年4月5日)

野党が「共通政策」で結束した時には、政府・与党の国政運営に多くの影響を与えるのです。その前兆が、「保育園落ちた」の波紋が広がった保育園待機児童問題の展開や、「給付型奨学金」創設への動きです。参議院選挙直前というこの時期に、与党としてはなるべく対立軸を鮮明にさせない「抱きつき」(クリンチ)で争点化をさせまいという意図も見えます。実は、こうした時期こそ野党が「共通政策」をまとめ発信する好機なのです。与党の「抱きつき」(クリンチ)は、むしろ歓迎すべき態度です。

この夏の東京都知事選挙の際の各社の世論調査で、「一番、関心のある政策は?」の質問に対して、「子育て支援」が第一位となりました。この20年間、各種の選挙に関わってきた経験から初めてのことです。

「それは『保育園落ちた日本死ね!』というメッセージの結果だと思います。そういう意味では、山尾しおりさんの役割も大きかった。民主党政権時代にもチルドレン・ファーストと言っていたんですが、そういう言葉はなかなか生活者の耳に入っていかなかったし、子育てがもう終わった世代にはぴんとこなかったわけです。それで耳に残ってしまった『子ども手当はバラマキ』という評価を、子育ての領域からもう1回塗り替えていくのは、比較的最短距離に近いやり方なのかなと思います」(『SIGHT』64号 保坂展人)

たとえ、野党が社会政策を提示して、それを政権与党が「丸飲み」したとしても、落胆する必要はありません。これは、問題提起した側の成果だと腹をくくるしかないのです。「丸飲み」されたら、次の課題を提出すればいいのです。「丸飲み」されて材料が尽きてしまうような状態では、政権は永遠に遠いということにもなります。

メディアも「政局を追う」ことにふりまわされ、「政策を読む」力が減退しています。私は、自治体の現場から、社会政策の企画・立案・調整・実行・点検とプロセスを踏み、改善を探る日々を過ごしています。

生活者・納税者にとって「誰が政権をとっているのか」よりも、「どのような社会政策が選択されているか」の方がはるかに重要です。年金・医療・介護・福祉・子育て支援等の分野で需要が拡大する一方で、財政運営上、これまでの既得権を切り崩し水ぶくれした公共事業の見直しを合理的にかけていかなければなりません。連日の東京都政における「小池劇場」が注目されているのも、「一度決めたらやめられない、止まらない」という公共事業の政策の質を変えることに対する期待の大きさだと思います。

「政策で勝負」の時代、自治体の現場から大いに実現可能な提案をしていきたいと思います。

『SIGHT』64号のインタビューとともに、8月に出版された新刊『脱原発区長はなぜ得票率67%で再選されたのか』(保坂展人著・ロッキングオン発行)もお読みいただければと思います。