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学校が進化する「学びの改革」をめざして

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JAPAN SCHOOL
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「起立」「礼」「着席」と学級委員の声がかかり、教科書やノートを広げて、おもむろに黒板を見る...すでに半世紀もの時間が流れましたが、小学校の授業で、声をかけていたのは私でした。学校教育が子どもの成長と未来にとって、とても大事であることは論を待ちませんが、子どもの気づき、試行錯誤、学び、実証など、ひとつひとつのドラマであるはずの学習過程は、半世紀後の今、どうなっているでしょうか。

11月14日に、世田谷区教育委員会の「世田谷の教育に係る区民ワークショップ」が開催されました。無作為抽出方式で招待状を送った区民のうち20数人が参加しました。「私たちはこんな教育を受けてきた」「学校で学べること、学べないこと」「世田谷の教育で大切にしたいこと」と、3つのテーマをめぐり約3時間、5グループに分かれて話し合ってもらいました。

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世田谷区の教育に係る区民ワークショップ

この「無作為抽出ワークショップ」という意見聴取の手法は、3年ほど前から、世田谷区で活発に使われるようになりました。参加希望者が集まる公募型に比べて、フラットな関係が出来やすく、枠にとらわれない提案が出てくることから、公募型と併用して区民の意見に耳を傾けています。

2014年5月、私は教育委員会と共にオランダのオルタナティブ教育の現場を見てきました。イエナプラン教育を実践する小学校は、学年別クラス編成ではなく異年齢で形成され、一斉授業ではなく個別学習が行なわれていました。

低学年のクラスでは、4・5・6歳の3学年の子どもたちでクラスを編成します。中学年は7・8・9歳、高学年は10・11・12歳が集まります。イエナプランではクラスを「学びと生活の場」として位置づけ、教室ではなく「リビングルーム」(ヴォーン・カマー)と呼んでいます。

最初に入った低学年クラスでは、サークル状に子どもたちが輪をつくって、ミーティングをしていました。これは、クラスの一体性と協同性を養うためのものだといいます。

続いて見た中学年のクラスでも、子どもたちは年齢に応じて、また同年齢でも異なる教材を使って課題に取り組んでいました。また、自分たちで「学習プログラム」を作成して、そのプログラムに沿って勉強しているそうです。(「『受験なき教育」 3学年が一緒に学ぶ』2014年5月20日)

子どもはひとりひとりの「学習予定プログラム」を自分で作成しています。個々がそれぞれの教科を勉強しているにもかかわらず、教室はひっそりと静かで、みな学習に集中し、担任の先生と助手が子どもたちの質問に答え、アドバイスしていました。同じ授業でも、私たちの知っている一斉授業とは相当違います。オランダの学校の中でも、イエナプランは「個別教育」を重視していて、すべての学校で行なわれているわけではありません。

50年前、私が小学生だった頃は高度経済成長期でした。地道に働いていれば、所得は上昇し、生活環境もよくなるという幸福な時代でした。勉強して、いい学校に入って、大企業に就職すれば安泰という信仰が根を降ろしていました。ところが現在は、未来を生きることになる子どもたちの前にあるのは、「予測不能な社会」です。こうした時代に必要な学力とは、テストの成績や偏差値を上げるだけの力ではないはずです。カオスの時代を生き抜いていくためには、知の基礎であり土台である「自己肯定感」もひとつの指標となります。

さて、区民参加ワークショップを通して、ユニークで多様な意見が出てきました。会場で発表された意見を重ね合わせて、「学校が現在抱えている問題点」と「解決策」の議論の共通項を取り出してみます。

まず、「現在の教員の多忙化は見逃せない」というポイントです。事務処理に忙殺され、パソコンの画面に見入る時間が多くなった分、子どもに向き合えない現状。親からもあまりに要求が多く、学校や先生に求めすぎてはいないだろうかという意見です。多忙化を解消するためには、事務職を増やして、子どもと向き合う時間を充実したら、という声も多くありました。

「準先生をつくる」という提案も出ました。世田谷区内に13ある大学との連携を深め、大学の力、学生の力を学校に生かす、また地域の中から農業、歴史、文化等のテーマで語れる人の力を教室に入れ、親の教育参加を積極的に促すというもの。「学校だけが抱えない」というキーワードも印象に残りました。地域に広がるオヤジの会や寺子屋、子ども食堂等につなげていき、地域の大人が子どもの力を引き出す回路を豊富にするというアイデアも出ました。

学びの内容については、子どもたちの「思考力」「想像力」「説明力」を伸ばすために、民間の力を導入して生き抜く力を身につけるという提案もありました。「先生に出来ることは限られている」から、社会全体の力で子どもたちの成長に向き合おうというものです。また授業形態も、先生から生徒への一方通行ではなくて、ワークショップ形式のように子どもたちの積極的な参加を促すべきとの声も出ました。

7月の教育推進会議(教育委員会主催)で、記念講演をしていただいた汐見稔幸さん(白梅学園大学学長・東京大学名誉教授)がこの点に言及しています。「『子どもの幸せ』と『自己肯定感』」(2015年10月20日)で紹介しています。

「子どもには結果でなく、プロセスを楽しませてあげないと豊かな人間に育たないと思う」という汐見さんの語る通り、何度も試行錯誤して失敗を繰り返し、それにもめげずに工夫を重ねながら、やがて発見にいたるという研究者も、「結果」がすべてではありません。さらに「非認知能力」(アメリカの経済学者ヘックマン教授)の育ちのチャンスも減ってきています。幼児教育の中で大切なのは、こうした「偏差値」や「知能指数」等に数値化しにくい「非認知能力」だと汐見さんは言います。

「遊びをやりながら、この道具を使ったら面白いと先生が教えてくれて、確かにできたと、考えたり、工夫をしながら出来たという自己有能感や達成感。工夫すれば何とかできるという粘り強さ、素直に人の話を聞く力や、みんなでやってみようぜと協力する力、数字には出てこないけれど、間接的に人間の判断だとか行動を助けているような様々な力を『非認知能力』と言っています」(汐見氏)

テストや偏差値等、数値化することが出来る「学力」に対して、「非認知能力」は必ずしも数値化になじまないものです。授業の中でも、総合的学習で自ら課題を組み立て、地域を歩いて調査をするなど、企画・立案を練り、チームで話し合いをして役割分担するなど、「学びの改革」への試みはこれまでも行なわれてきました。しかし、懸命にサバイバルをはかる教育産業によって煽り立てられる危機感が、「数値化された学力神話の絶対化」へと揺り戻す力も強いのが現状です。

ワークショップの中では、「みんなが塾に行かなくても学べる学校にしてほしい」「先生自身が個性を発揮することのできる授業ができるように」等、学校教育が抱えている本質的で、根源的な問いかけもありました。教育委員会のワークショップは終了しましたが、オランダでの教育視察をコーディネートしていただいた教育研究家のリヒテルズ直子さん(オランダ在住)が来日する機会をとらえて、このたび「世田谷の学校が変わる時...子どもの幸福度№1をヒントに」というNPOによる催しも開催されます 。世田谷区や世田谷区教育委員会も後援するこうした場も通じて、さらに深めた議論をしたいと考えています。

11月11日には「若者のミカタ、若者支援のミライ」(世田谷区・昭和女子大学共催)と題するシンポジウムが開催されました。2014年9月にスタートした不登校や引きこもりなど「生きづらさを抱えた若者の自立支援」を目標とした「世田谷若者総合支援センター・メルクマールせたがや」の開設1周年を記念したもので、会場の昭和女子大学には300名を超える聴衆が集まりました。

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「若者のミカタ、若者支援のミライ」シンポジウム

「メルクマールせたがや」が世田谷区池尻にある世田谷ものづくり学校の3階でスタートしてから、当初こそ少なかった相談件数は次第に増えて、すでに延べ1460件、相談登録した件数が132件となっています。また、ここでは「ひきこもり当事者の居場所」も運営していて、延べ860人が利用しています。長くひきこもりを続けている方の中には、子ども時代の学校体験で受けたトラウマが癒えずに、長期にわたり外出できないケースも少なくないと聞きました。

ひきこもり当事者の若者たちとも向き合いながら、そのトラウマを生んだ体験を次世代に引き継ぐことのない「学びの改革」を実現していきたいと思います。