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5年生存率25%と40%。僕が脳腫瘍と白血病の闘病記を書く理由

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僕は現在43歳のIT企業経営者です。2001年に起業しました。そのちょうど10年後、2011年に悪性脳腫瘍を発病しました。さらに2年後の2013年には白血病・悪性リンパ腫を発病しました。

この記事では、僕の2回のがん闘病の概要と、僕がその経験を詳細にブログ(オーシャンブリッジ高山のブログ)に闘病記として記録している理由を書いてみたいと思います。

■簡単な自己紹介

早稲田大学政経学部を卒業後、アクセンチュアに入社し、戦略グループに所属しました。アムステルダム勤務を含めて4年弱在籍し、その後、DMLというインターネット関連ベンチャーに転職しました。そこで自分が立ち上げたソフトウェア事業をMBO(マネジメント・バイ・アウト)で買収し、2001年、30歳のときに株式会社オーシャンブリッジを設立しました。

オーシャンブリッジは「つかえるITを、世界から。」をミッションに、海外製の企業向けソフトウェアやクラウドサービスを発掘し、日本語化(翻訳)し、主に大手企業に販売し、技術サポートを提供しています。現在の社員は30名弱。オフィスは渋谷にあります。

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2014年12月17日、オーシャンブリッジのオフィスにて。今は週に一回のペースで会社に顔を出している

■悪性脳腫瘍(グリオーマ)

2011年の6月に、僕はヨーロッパ出張に行きました。バルセロナとリュブリャナ(スロベニアの首都)で仕事をし、帰国する途中、乗継地のチューリッヒの空港で、突然僕は意識を失って倒れました。帰国した翌日、脳神経外科の病院で検査を受けました。そこで脳腫瘍が見つかりました。

僕はすぐに、大学病院で放射線腫瘍医をしている幼なじみのT君に相談しました。彼によると、「恐らく悪性の脳腫瘍、グリオーマ(神経膠腫)だろう」とのこと。そして「この病気なら、東京女子医科大学病院で治療を受けたほうがいい。手術の設備が優れていて、他の病院とは治療成績が格段に違う」と教えてくれました。彼のお兄さんが女子医大に勤務していることもあり、すぐに診察の手配をしてくれました。

その数日後、僕は女子医大の脳神経外科の村垣善浩教授の診察を受けました。先生は「これはグリオーマですね。グレード(悪性度)は3か4です」と言いました。先生から渡された説明資料を見ると、グリオーマの5年生存率の全国平均は、グレード3の場合は25%、グレード4の場合は6%とのこと。大きなショックを受けました。

ただ、女子医大の治療成績は全国平均を大きく上回ります。女子医大が開発した、手術室の中でMRI撮影ができる「術中MRI(オープンMRI)」等によるものです。これにより腫瘍の取り残しが減り、生存率が向上します。グレード3の場合の5年生存率は、全国平均の25%に対し、女子医大では78%です。それでも、グレード4の場合は、全国平均の6%に対し、女子医大でも13%に留まります。

「自分はもうすぐ死ぬのかもしれない」と思いました。

でも、当時まだ1歳だったかわいい娘のことを考えました。「この子が成長するのを見届けずに死ぬわけには、絶対にいかない」と心の底から強く思いました。

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2011年7月4日、手術15分前に娘を抱いて



その時、僕の人生の目標は、「娘の二十歳の誕生日を、娘と家内と僕の3人で、おいしいお酒で乾杯してお祝いすること」に変わりました。それまで仕事ばかりの生活を送っていた僕の人生の目標は「できるだけ長く(つまり死ぬまで)オーシャンブリッジを経営し続けること」でした。人生の目標が、そして優先順位が、180度変わりました。

それから女子医大に入院し、脳腫瘍摘出手術を受けました。手術が終わった後、ICUで、執刀医の丸山隆志先生から手術の結果を聞きました。

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手術で後頭部の脳腫瘍を摘出した後のMRI画像。右上の黒い穴が腫瘍を摘出した跡

「高山さん、腫瘍は95%取れましたからね。MRIで見える範囲の腫瘍は取り切れました。腫瘍の悪性度は、手術中の簡易的な病理検査では、グレード3でしたよ」と説明してくれました。

僕は心から安心しました。「これで僕は生き延びることができる。家族と一緒に人生の目標を達成できる」と思いました。

手術の後、放射線治療と抗がん剤治療を受け、2ヶ月の入院生活を送った後に退院しました。しばらくして仕事にも復帰しました。手術の結果、視野の左下4分の1が見えないという後遺症は残りましたが、普通の生活が送れています。今でも定期的に通院してMRI検査を受けていますが、お陰さまでこれまで全く問題はありません。

■白血病・悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ腫)

そして2年後の2013年4月、2回目のがんが見つかりました。その頃、時折、左足にものすごい激痛が走るようになっていました。それまでの人生で経験したこともないような激痛です。数日後、ちょうど女子医大で脳の定期検査があったので、先生に相談しました。MRI検査をしたところ、仙骨(背骨の一番下のお尻の骨)から左側に大きく広がった腫瘍が写っていました。

女子医大の先生から国立がん研究センター中央病院を紹介され、一泊二日の検査入院をしました。2週間後、病理検査の結果を聞きに行きました。すると「悪性リンパ腫です。B細胞性リンパ芽球性リンパ腫という種類で、急性リンパ性白血病と同じ病気です」と言われました。

僕は先生に「5年生存率は何%ですか」と質問しました。先生は「標準治療があり、5年生存率の平均は40%です」と言いました。

再び大きなショックを受けました。今回も生きられる確率の方が低いのです。

その後、どこの病院で治療を受ければ生き残れる可能性が高いか、幼なじみのT君や女子医大の先生たちに相談すると同時に、自分でもインターネットで調べました。標準治療以上の治療をしてくれる病院を探さねばなりません。

その中で、虎の門病院の血液内科部長の谷口修一先生がNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演した際の番組サイトに、こう書かれているのを見つけました。

「谷口のもとに来る患者は、重篤な患者がほとんど。教科書や文献を探しても、答えは書かれていない。最善の治療法を、自ら見い出さなければならない。まさに考え抜く『根性』が必要なのだ」

これを見た僕は、「この先生なら治してくれるかもしれない。標準治療に留まらずに、生存率40%を超える治療をしてくれるかもしれない」と思いました。

女子医大の村垣先生にその旨を連絡すると、虎の門病院の谷口先生とはたまたま面識があるとのことで、すぐに連絡してくれました。

その翌々日、僕は虎の門病院で谷口先生の診察を受けました。3日後の入院が決まりました。

2013年5月から12月まで、僕は7ヶ月入院し、強い抗がん剤治療(Hyper-CVAD/MA療法+リツキサン)を受けました。先の見えない長い治療、辛い抗がん剤の副作用、そして長くて辛い治療が終わっても治る保証は全くないことなどから、精神的にも肉体的にも辛い日々でした。人生で最も辛い7ヶ月間でした。

入院中、その先の治療方針を先生たちと話し合いました。先生は「最終的には、抗がん剤治療の後に造血幹細胞移植(骨髄移植、さい帯血移植)をしたほうが、高山さんの場合は長く生きられる可能性は高いと思います」と言いました。でも移植治療は、患者にとって、治療中はもちろん、治療後も大変な苦労、苦痛を強いる治療です。移植治療自体が原因で死んでしまう移植関連死も一般的に2〜3割ほどあります。

僕は移植以外に生き延びる道はないか探し始めました。ベッドの上で、iPad miniを使ってインターネットで海外の最新の論文を調べました。その中で、抗がん剤治療だけで3年生存率が75%(40代の場合)というエビデンス(データ)を見つけました。アメリカ最大のがん専門病院、MD Anderson Cancer Centerの最新論文でした。

この論文を元に、僕は何度も何度も先生と議論しました。こうした議論の結果、僕は骨髄移植をせずに、抗がん剤治療のみで治す方針を決めました。実際、7ヶ月間の抗がん剤治療は奏功し、PET検査の画像診断ではがん細胞が見つからない状態(完全寛解)となりました。そして2013年12月19日に退院しました。その後1ヶ月間、通院による放射線治療も受けました。再発を防ぐためです。

退院後の今は、維持療法として毎日抗がん剤などを飲み、2〜3週間に一度、虎の門病院に通院しています。お陰さまで今のところ全く異常はありません。会社の方は、入院中に僕は会長に退き、創業メンバーの持木君が社長に就任してくれています。

通常であれば、僕はもうとっくにこの世にいなくてもおかしくありません。最初に聞いた脳腫瘍(グリオーマ グレード3)の5年生存率の全国平均25%と、白血病・悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ腫)の5年生存率40%を掛け合わせると、10%です。10人に9人は5年以内に死んでしまう計算です。

でも、生存率はあくまで統計的な確率に過ぎません。1人の患者にとっては、ゼロか1かです。僕は、「たとえ生存率は低くても、何としても生き残る方に入るんだ」との信念を持ち、目の前の課題を一つ一つ乗り越えて、今も生きています。

■ブログに闘病記を書く理由

僕が今こうして生きていられるのは、家族はもちろん、最初に相談した幼なじみのT君、女子医大や虎の門病院の先生たちや看護師さんたち、僕の二度にわたる入院中にもオーシャンブリッジを守ってくれた社員のみんな、そして入院中も心配してくれた友人たち、等々のお陰です。そうしたみなさんには、直接お礼をしてもしきれません。命を救ってくださったお返しは簡単ではありません。

その代わり、僕は退院後、ブログに闘病記を書き始めました。自分のがん闘病の経験を世の中に発信することが、他の患者さんの役に立つのであれば、それがお世話になった方への間接的な恩返しになるのではないか、と思ったからです。具体的には、以下の2つの理由で書いています。

(1) 同じ病気の患者さんやそのご家族が「最善の治療を選択する」ための助けになれればということ。

(2) そうした患者さんやそのご家族が、「将来の希望を持つ」ための助けになれればということ。

3年前に悪性脳腫瘍が見つかったとき、幼なじみで医師のT君に相談していなければ、僕は治療成績(生存率)が女子医大ほどは高くない他の病院で手術を受けていた可能性もあります。その場合、すでに僕はこの世にいないかもしれません。

僕は彼のお陰で「グリオーマは、女子医大の治療成績が圧倒的に高い」という貴重な情報を得ることができ、考え得る最善の治療を受けられました。でもそうした情報は、少なくとも当時は、ネットで検索しても全く見つかりませんでした。

だから、自分が経験したことやそこから得た知識をブログに細かく書いて、世の中に公開することによって、他の患者さんが最善の治療を選択するための情報を提供できれば、と考えて、ブログにグリオーマの体験記を書き始めました。

そして、5年生存率が一般に25%と言われるグリオーマ グレード3でも、女子医大での手術により、その後も再発せずに元気に生活している患者がいることを、他の患者さんやそのご家族に知っていただき、多少でも将来に希望を見出すお役に立てればと思っています。

また白血病・悪性リンパ腫(B細胞性リンパ芽球性リンパ腫)に関しても、同様に、幼なじみや女子医大の先生たちに助けてもらい、虎の門病院で治療を受けるのが最善だと判断でき、しかもすぐに谷口先生を紹介してもらうことができました。

僕のB細胞性リンパ芽球性リンパ腫=急性リンパ性白血病は、日米の学会でも明確な治療方針が固まっていません。そして一般には、治癒(完治)を目指すのであれば、造血幹細胞移植(骨髄移植、さい帯血移植)が必要であると認識されています。

でも僕は海外の最新の論文を調べ、それに基づき先生たちと議論を繰り返した結果、移植をせず、化学療法で治癒を目指すという治療方針を選択しました。

そうした経緯も細かくブログに書くことにより、白血病・悪性リンパ腫の患者さんに、移植以外の選択肢もあること、それで治癒を目指せる可能性があること、そして実際に生き延びている患者がここにいることを、お伝えしていければと思っています。

がんの告知を受けると、当然、誰でも大きなショックを受けると思います。僕も2回ともそうでした。そうした患者さんやそのご家族にとって、その告知のショックから立ち直り、最善の治療を選択し、希望を持って前向きに治療に臨んでいただくための助けになることが、僕がブログに込めている願いです。

そうした患者さんやそのご家族のためにも、僕自身が再発して死んでしまうわけにはいきません。

グリオーマも、白血病・悪性リンパ腫も、再発が多い病気ですが、なんとしても再発させずに、必ず両方とも完治、根治し、そのご報告をブログでしたいと思っています。そして、娘の二十歳の誕生日の報告も、ブログでしたいと思っています。それができるという強い確信が、僕の中にはあります。

僕がこのように40歳を過ぎて立て続けに2回もがんになり、それでも何とか元気に生きているのは、神様のような存在(何か人智を超えた大いなる存在)から「この経験を世の中に発信することで、他の患者さんやそのご家族の役に立ちなさい」と期待されているのかもしれない、と考えています。それが、僕がいま生かされている意味、生きるミッションなのかもしれません。

逆にその神様の期待に応えて、ブログなどで他の患者さんやご家族の役に立つ情報を発信している間は、神様は、僕の病気を再発させないでいてくれるし、僕を死なせないでいてくれるのではないか、と勝手に信じています。(なお僕は基本的に無宗教です)

実際にブログを読んでくださっている方から、ブログのコメント欄やメールでのご連絡はもちろん、病院で直接声をかけていただくことも少なくありません。「手術前にブログを隅々まで読みました!」「がんの告知を受け目の前が真っ暗になりましたが、ブログのお陰で希望の光が見えました!」というお声をいただくと「このブログが本当に役に立っているんだ!」と実感でき、心からうれしく思います。

これからも、他の患者さんやそのご家族のためにも、そして自分のためにも、ブログを書き続けていきたいと思っています。(続く)

・オーシャンブリッジ高山のブログ
http://www.oceanbridge.jp/taka/