【赤ちゃんにやさしい国へ】ママたちの覚悟が、少女たちの心を解きほどいた〜貴船原少女苑を取材して〜

赤ちゃんを通して、女性同士が自分をさらけ出すことができた。
Osamu Sakai

赤ちゃんを学校などに派遣する「赤ちゃん先生プロジェクト」

「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」と題したブログを書いて以来、保育について取材するようになった。その端緒が「赤ちゃん先生プロジェクト」の取材。これまでに三つの記事を書いている。2014年の記事だからもう三年も経った。

赤ちゃん先生プロジェクトはその名の通り、赤ちゃんを先生として学校や老人施設に派遣する活動だ。ママたちは講師となって、子どもたちやお年寄りに赤ちゃんと触れ合ってもらう小一時間のイベントを行う。シンプルな企画だが、少子化で赤ちゃんと実際に接する機会が薄れた子どもたちに、赤ちゃんの存在の大きさや可愛さ、世話の大変さを体験する貴重な機会になる。お年寄りには忘れかけていた赤ちゃんの柔らかさや愛おしさを思い出してもらい、エネルギーをあげることができる。そしてママたちは育児生活の孤独から解放され、社会とのつながりを実感できるのだ。単純なようで様々な効果をもたらす奥深い意義がある。

この赤ちゃん先生はNPO法人「ママの働き方応援隊」が運営する活動だ。提唱したのが恵夕喜子さんで、最初の取材以来いろいろ教えていただいている。その恵さんから久しぶりに連絡があった。この10月末に広島で、女子少年院での赤ちゃん先生があるので取材しないか、というお誘いだった。

女子少年院での赤ちゃん先生プロジェクトを取材しに広島へ

恵さんからのお話ならとすぐさまスケジュールを整理してお受けした。だが女子少年院での赤ちゃん先生というのは少々戸惑う。今回初めての試みだそうで、心配もしてしまう。ただ全3回のプログラムのうち2回まで済んで、最後の回を取材する話だ。2回目まで順調に進んだと聞いたので、安心して広島に出かけた。

ママの働き方応援隊・東広島校代表の高田裕美さんが迎えに来てくれ、広島市街からクルマで訪問地の貴船原少女苑に向かった。賑やかな市街地を離れて山の中の道を走る。ちょうど台風が通り過ぎたばかりで、よく晴れた青空を眺めながら東へと向かった。40分ほど走ると、目的地に着いた。女子少年院と聞くと物々しい建物をイメージしてしまうが、実際には公民館のような何の変哲もない明るい施設だった。ちなみに少年院にはとくに名称に決まりがなく、ここでは少女苑という名称にしたと聞いた。

法務教官の肩書きを持つ少年院の方から簡単に注意事項などの説明を受ける。制服を来ているものの柔らかな物腰の方々で、"少年院の教官"という重たさはない。携帯電話が持ち込めないなど多少の制限はあったが、とくに普通の取材と変わらない雰囲気で案内された。通されたのは学校の教室のような場所で、机とイスをうしろに片づけてシートが敷かれていた。その上にジャージ姿の女の子たちが座っている。

少年院にいる女の子というと、学園ドラマの不良少女のような風体を想像してしまうが、まったく普通の子たちだった。何らか犯罪に関与してしまった女の子たちなのだろうが、そんなイメージからはほど遠く、逆にまじめそうな子たちに思えた。

いつも通りはじまった赤ちゃんとの触れ合い

茶髪の子もいるが、とくに黒く染めろなどの強制的な指導はないそうだ。人権侵害になるので、そんなことはしないのだと教官の方が笑いながら言う。下手な学校のほうがよほど不条理な規則で縛られるのではないだろうか。

小学校での開催時と同じように、まず赤ちゃん先生を連れたママ講師たちが前に登場。それぞれ自己紹介をした。そしてひとりひとりと赤ちゃん先生が握手を交わして回る。すでに場が和んでいる。やがて2〜3名の少女たちのグループに一組ずつの赤ちゃん先生とママ講師が座り、赤ちゃんと触れ合う。もう3回目だからか、お互いになじんでいる様子だ。もちろんイヤイヤをするご機嫌斜めな赤ちゃんもいるが、少女たちがあやしたりもしている。その様子は、近所の赤ちゃんの相手をする普通の女の子たちと何ら変わりはない。

自らの体験をあけすけに語り出したママたち

小学校での取材とちがったのが、その次だ。各グループでママ講師たちが少女たちに話をし始めたのだ。どうやら自分の個人的経験を話しているようだ。しかもかなりつぶさに事細かに語っている。少しずつ聞こえてきてわかったのだが、けっこうヘビーな内容だ。わざわざ用意していたシートに細かく書かれたことをていねいに説明している。仕事で失敗したことや、離婚の経験を打ち明けるママ講師もいる。中には途中で涙をポロポロ流しながら話すママもいた。

「失敗してもいいんだよ」というタイトルで個人的経験を語る時間として設定されているとのことだが、そんなに深刻な失敗談を会って三回目の少女たちに話すとはと、聞いていてハラハラしてしまった。その本気が伝わっているのか、少女たちも真剣な面持ちで聞き入っている。先輩たちが本気で何かを伝えようとしていると、少女たちも受けとめているのだろうと感じた。

やがて終わりの時間がやって来た。11時に始まって50分間程度のほんの短い触れ合いだった。だがとても濃密な時間だったように思える。

最後に赤ちゃん先生とママ講師が再び前に並んでお別れの挨拶をする。涙ぐみながら、もう一度みんなに会いたくて今日も来たのだと語るママ講師。お互いに名残り惜しそうだ。三回目だけを見ている私にはわからないが、これまでに血の繋がった親戚のような関係ができていたのではないか。見ていると切なくなってきた。少女たちのほうはどう感じているのだろう。彼女たちに話しかけることは禁じられていたので、そこは確かめられないまま、催しは終わった。

少女たちの心をほぐした赤ちゃん先生とママ講師

終了後に高田さんから、少女たちが寄せた二回目までの感想を読ませてもらった。そこに書いてあることは衝撃だった。「最初は参加するのが嫌だった」と書いている子がいた。少女たちの中には、ここに来るまでに妊娠や出産で辛い経験をした子がいるのだ。赤ちゃんに会うと、そんな悲しい過去を思い出すから嫌だったと書かれていた。だが実際に赤ちゃんに会うことで、頑なな心がほどけてその可愛らしさや楽しさに浸ることができたらしい。前向きな気持ちになれた、ということだと受けとめた。

実際、ママ講師たちも最初から少女たちと打ち解けあえたわけではないそうだ。一回目はピーンと緊張の糸が張りつめ、どう話せばいいのかわからなかった。うつむくばかりで話そうともしない子もいた。だが赤ちゃんの無垢さがそれをほぐしたのだ。

三回目でママ講師が自分の経験を話すのも途中で決めたことで、二回目までで少女たちの悲しい過去をかいま見たママたちが、自分たちも思い切って経験を赤裸々に語ろうと決めたのだそうだ。びっしり埋まったシートを見て、そんな過去があったと互いに知って驚いたほどだったという。

少女たちの張りつめた心を溶かそうと、ママ講師たちが本気になったのだ。だから泣き出すほどのキツイ過去をさらけ出す気になり、お別れが名残惜しくなった。1時間ずつ、たった3時間の触れ合いが、赤ちゃんを介在させることで濃密な時間になり、互いの心のガードを外すことができたのだと思う。

赤ちゃん先生とママ講師が、もしここにいる少女たちと、ともに暮らす存在だったら、と私は想像した。もっとたがいに距離の近い、小さなコミュニティでともに暮らしていたとしたら、そして少女たちが罪に問われるような行動に走る前に赤ちゃんやママと触れ合っていたら。彼女たちは手前で思いとどまったのかもしれない。私たちがいまよりもっと小さくて距離の近いコミュニティで暮らしていた頃は、きっと少女の一時期のささくれ立った心も包み込むことができていたのではないだろうか。そこに赤ちゃんがいることが何より、少女たちのブレーキになっていたのではないか。

赤ちゃんはただ幼き存在であるだけでなく、幼き存在だからこそコミュニティの中で重要な役割を果たしていたのかもしれない。赤ちゃんの社会的な存在意義というものをもっと我々は認識すべきなのだろう。赤ちゃん先生を取材するたびに感じてきたそのことを、女子少年院の今回の取材でさらに強くはっきり認識することができた。赤ちゃんとママが本来持っていたそんなパワーを、現代社会がもっと生かすことを考えるべきなのだと思った。

赤ちゃん先生が少女たちの更生に効く可能性

貴船原少女苑での赤ちゃん先生の導入は、実は教官の中に育休中にこの活動に参加した方がいて、提案したことによるそうだ。小学生やお年寄りに赤ちゃん先生がもたらす影響を体験して、少女たちの更生にも役立つかもしれないと考えたのだそうだ。その効能を知っていたからにせよ、よく提案したものだと思うし、受け入れた上司の皆さんもよく認めたものだと感じた。

そんな教官たちの思いに応えて、ママ講師たちも奮起し、自分をさらけ出してくれた。だからきっと、少女たちの胸に思いが届き、今後の更生に寄与するのではないかと思う。だからと言って赤ちゃんをママたちが女子少年院に連れて行きさえすればいい、ということでもないだろう。今回の実施についても、当然ながら最初はママたちも戸惑ったという。迷ったうえで、それでもやってみようと思ったからこそ、そして初回に少女たちの頑なな気持ちを感じとったからこそ、ママたちは覚悟を持ってプログラムに臨んだ。さらけ出す必要のない経験をあえて少女たちに伝えた。その覚悟が、少女たちの心を解きほぐした。

赤ちゃんを通して、女性同士が自分をさらけ出すことができた。そのことの大切さも含めて共有できれば、他の場所でもうまくいくのではないだろうか。今回の貴船原少女苑での体験が、全国の女子少年院にも広がるといいと思う。

赤ちゃんは先生になり、ママはメディアになる。赤ちゃん先生プロジェクトを最初に取材した記事で私はそう書いた。広島の町外れにある少女少年院で、またそのことを確認できた。このメディアのパワーは、もっともっと強くなっていきそうだ。

※このブログを書籍にまとめた『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない』(三輪舎・刊)発売中です。

※「赤ちゃんにやさしい国へ」のFacebookページはこちら↓

コピーライター/メディアコンサルタント 境 治

sakaiosamu62@gmail.com

注目記事