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保育園を望むなら、反対の声と向き合うしかない。

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目黒区の保育園反対運動についてプレジデントウーマンオンラインで書いてきた連載が一区切りついた。

→保育園反対の声の後ろに、賛成の声が隠れていた

説明会に取材に行ったら、記者(?)は入れないのだと追い出されたものの、参加した方々にあとで取材できたので状況はいろいろわかった。現地に行って驚いたのは、反対のノボリが立っていたことだ。説明会にでていた多くは上品なお年寄りで、ほんとうにこの強烈なノボリを立てたのはこの人たちなのかと信じられなかった。説明会の様子を聞いても、いくら反対でもそんなひどいこと言うものだろうかと感じる発言があった。

いちばんびっくりだったのが、保育園事業者の話をさえぎり「か・え・れ!か・え・れ!」とコールが巻き起こったということ。あの上品そうなお年寄りたちがそんなに激しいことをしたとは信じられないが事実だそうだ。保育園はそこまでして追い立てる対象だろうか。

客観的に見ても反対運動の手法として上手ではないと思う。反対のつもりで来た人にも、ついていけないと引いてしまう人も出てきただろう。

一方で、説明会のそんな空気の中すっくと立ち、「反対する気持ちもわかるが、子供の声が聞こえない町はさびしいのではないか」と言ってのけたお年寄りの女性もいたという。私はいろいろ情報をたぐってその方にお話を聞くことができた。私の母親くらいの年齢の方だが、かくしゃくとしていて、時代が変わる中、この町には保育園が必要になっている。勇気は必要だったが、そのことをあえて言おうと思って参加したと話してくれた。

その方に限らず、実は説明会には保育園開園に賛成だったり、待ち望んでいたりする人も少なからず来ていたのだ。いままで反対の声ばかり聞こえていたが、そのうしろには賛成の声も存在していた。

取材してきて気づかなかったが、反対運動はどうしても、地元の反対する人と、行政もしくは事業者つまり保育園をつくる側の対立の構図でとらえてしまう。そのためなかなか、賛成する人、利用したい人の声が聞こえてこなかった。だが本当に話し合うべきなのは、反対する人と、賛成する人、つまり利用したい人のはずだ。

しかし説明会では、反対する人の強烈な主張が前に出てくる。口調もきつい。ひどい言い方をする人もいる。それに対し、賛成側はひるんでしまう。当たり前かもしれない。怒っている人の前に出ていって反論するのは、そうとうしんどいことだ。

話は変わるが、先日、松田妙子さんにお会いした。"子育て支援"に取り組んできた、社会活動家とでも呼ぶべき存在。だが楽しい空気を周りにも送り込むキャラクターで、気さくでとっつきやすい女性だ。NPO・せたがや子育てネットをベースに、行政ともうまく連携しながら世田谷区のママさんたちのために活動している。

→「NPO法人・せたがや子育てネット」のWEBサイト

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松田さんの活動については、また折りを見てじっくり書きたいが、保育園開園に関して反対の声があがっていることについても最近気になっているという。

「近くで保育園開園に反対の声が出ていると聞いて、仲間に"説明会に行って来て"と送り出したんです。よし!と行ってくれた仲間も、反対の声があまりに強烈で怖くて帰ってきましたと。なかなか"賛成"と言えないですよね。でもチャチャをいれる人を増やしていったほうがいいと思っています」

松田さんも、反対の声に対し、賛成の側、保育園を望む側も声を出していくべき、と考えている。そういう流れがいま、必要なのだ。

保育園は、行政がつくってくれて、それを利用すればいい。何年もやって来た保育園が近くにあれば、そんな考え方でもいいのかもしれない。でもいま、働く女性が急激に増え、それに対して保育園が足りない。行政側も懸命に対応し、次々につくろうとしている。

そんな中には、お年寄り中心の静かな住宅街の中の土地もある。そこに保育園をつくります、と言われてびっくりしてしまう人たちもいるだろう。終の住み処で余生を静かに過ごせるつもりでいたら、なんだと?保育園だと?何を勝手に決めてるんだ!かみつきたくなる気持ちもわからないでもない。

もちろん、法的には問題ない。ある土地を取得してどう使うかは、取得した側の自由だ。

だが、そんなに単純でもないし、単純に済ませるわけにもいかない。

その町の人たちに、保育園を利用したい母親たちは、いや父親たちも、自分たちが困っていることを真摯に説明するべきなのだろう。いまの時代、いまの状況。共働きが必要であること。一度仕事を離れると子どもが育ったあと正社員で戻ることはほぼ不可能であること。保活がどれだけ大変か。父親の子育て関与が、まだまだいかにハードルが高いか。

保育園が意外にうるさくないことも説明するといいだろう。自転車がたまりお母さんたちがおしゃべりすると危惧しているが、実際には朝ドタバタと預けてすぐ出勤するのでたまったりしないことも言ったほうがいい。反対する側が気にしていることは、実はイメージにすぎないことが多いのだ。

いまのお年寄りが子育てをした時代と、いまの若い夫婦の子育て環境はまったく違うことも踏まえておいたほうがいい。大げさに言うと、違う国だととらえたほうがいいくらい違う。専業主婦が当たり前だと信じて何十年も過ごした人たちに、共働きがなぜ必要か、ひと言でわかるはずもない。言葉を重ねて説明しないとわからないし、説明するのは行政の人より、当の本人たちがするのがいちばんだ。

説明しても簡単には受け入れてくれないし、中にはひどいことをいう人もいる。あまりにひどいことを言われたら、怒ったっていいと思う。下手に出ているばかりもよくない。言うべき時には言ったほうがいい。おとなしそうだと思っていた若いお母さんがキリッと怒ると、インパクトがあるだろう。ただし、敬語は絶対に外してはいけない。丁寧な物言いの中ではっきり怒りを伝えるのが効果的だ。

保育園がなかった場所にできて、そこに子どもを預けるのは、その周りに住むお年寄りたちに預かってもらうことでもある。関わり合いにならないではいられない。摩擦や葛藤も必要なのだと思う。それを、しぶしぶでも強引にでも乗り越えたら、時間の問題で温かい関係ができてくるのではないか。

保育園ができて子どもを預けるようになったら、顔を合わせては挨拶するといい。保育園の行事に参加してもらってもいい。そんなことを重ねているうちに、対立していたことなんかお互い忘れて、素敵なお年寄りと、可愛い子どもたちの関係ができていくのだと思う。コミュニティは一緒に育てていくものなのだ。

松田さんの話にこんなエピソードがあった。説明会に行ったら花壇の話が出た。どうやら前回、花壇を造ってほしいとの声が出たようだ。作ることになりましたと保育園側が答えたので松田さんが「その花壇は私たちも一緒にお世話できるんですか?」と言ってみたら、保育園側は「そうなったらどんなに素敵でしょう」とうっとりして言ったそうだ。そうしたら、反対していた人の一部が「え?入っていいの?」と一気に態度が弛んだ。

その保育園、私たちも入っていいの?

反対していた人たちにとって、保育園は自分たちとは無縁の、関わり合いになれない存在で、そんなものが突然終の住み処の近くにできるなんて、と許せなかったのが、自分たちも入っていいなんて。花壇を使っていいなんて。

他愛ないことのようで、地元の人たちには重要なことだったのだ。保育園が自分たちの生活空間を"侵す"のだと思い込んでいたのが、逆に保育園は自分たちの生活空間の一部になるのか。それならうれしい。子どもたちと花の世話をするなんて、素敵だ。受け止め方が変わる。

私たちはお互いに、おっかなびっくりになっていたのかもしれない。定規で線を引くように、侵犯しない線をきちーっと引き合って、ここから入らないで、向こうには入りませんから、そんな風に互いに息苦しくしあっていた。でも線を引くより、線を緩めて、"一緒に"助け合って暮らす方向に踏み出すべきなのだ。意地を張って自分の領域を守るより、助け合うほうがずっと楽しいことに私たちは気づく時なのだと思う。

さて先日、あるお母さんからメールをもらった。保育園の計画が持ち上がったら、そこでも反対の声が上がり、延期になったのだそうだ。しかも、私の自宅のすぐ近くだ。何かアドバイスがあれば、と言うのだが、おれってそういう人だったっけ?と思いつつ、また取材に行ってみようかと考えている。

※赤ちゃんにやさしい国へ(2015年10月8日)より転載

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