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人様に迷惑なんかかけちゃいなさい。(とくに子育てでは)

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この数カ月、子育てについて考えてきた。いろんな問題があるのだけど、これまで日本で常識とされてきた考え方や習慣と、子育てが相いれない側面がある気がする。

"満員電車にベビーカーで乗る"ことに関する議論も、そもそも"満員電車"というものが赤ちゃんを育てることとまったく合わない、相いれないのが根本にある。でも戦後の社会は都市に人口が大移動しほとんどの人びとが定時に会社に出社するので"満員電車"がおのずから発生してしまう。そこにベビーカーがやって来るとみんなが目くじらを立てるのだ。合わないから。無理があるから。「ベビーカーで満員電車に来られると、迷惑だよ!」と言われてしまう。

この"迷惑"という言葉は水戸黄門の印籠のように強い威力がある。「それは迷惑である」と言われると「ははぁ〜!」とひれ伏さざるをえないオーラを放つ。太刀打ちできない。謝るしかない。

でも赤ちゃんは、迷惑だと言い出したらどこへどう連れて行っても迷惑だ。満員電車じゃなくても、レストランでも、デパートでも、銀行でも、迷惑をまき散らしかねない。かくして、赤ちゃんを連れたお母さんは、「迷惑じゃ!」のとがめを受けないかビクビクしながら行動することになる。赤ちゃん連れててすみません、泣き出しちゃったらごめんなさい、オムツ替えます申し訳ありません。

そうやっておびえはじめると、都市という、互いに見知らぬ人びとが大勢集まる空間では、迷惑を引き起こす可能性だらけだ。"満員電車"どころか"都市"が子育てと相いれないのだ。合わないのだ。・・・あれ?そうすると、都市では子育てできないのか?

そこには、矛盾がある。都市では子育てできないなんて、おかしい。都市が持続できなくなる。何かを考え直すべきではないだろうか。どこか、間違っちゃってるんじゃないだろうか。

見直すべき点はこうではないか。「迷惑をかけるな」という常識から問い直すのだ。つまり、迷惑かけてもいいじゃない。

「人様に迷惑だけはかけない人間に育てたのに」どこかでよく聞いた言い方だ。誰が言いはじめたのか知らない。どこかに明確に書かれているわけでもない。でもぼくたちはこの国でそう言われて育ってきた。実際に親に言われたというより、世の中全体からそう教育されてきたのだと思う。

もちろん人間として正しい。自分でできることはやった方がいい。それぞれの生活を邪魔したり脅かしたりせずに暮らせるチカラを持つべきだ。だから人様に迷惑はかけちゃいけない。そりゃそうだ。

でもぼくたちは、迷惑に敏感になりすぎていないだろうか。「あ、それ迷惑!ダメ!失格!」とか「そういうことすると、他の人に迷惑かけるってわかりませんか?」と言いあっている。迷惑を見つけたら鬼の首をとったように指摘する。「みなさん!こいつ、迷惑かけちゃってます!いけないですよね!」そんな世の中悲しくない?

そんなことをもやもや考えていたら、前回の記事で紹介したように雑誌「Yogini」の対談の際、ヨガの先生・吉川めいさんが似たことを言っていて驚いた。インドには"迷惑"を許容する文化がある。だから子どもを連れていくと、安心して迷惑をかけられる。インドの方が人口がずっと多くて、だったら迷惑に敏感になりそうなのに、逆に寛容になっている。子どもが多少羽目を外したりなれなれしくても、受け入れてくれる。吉川さんのお子さんはその違いをもうすっかり呑み込んでいて、インドでは見知らぬ人にどんどん話しかけ、日本では逆に大人しくしているそうだ。日本社会の度量の狭さを見透かされている。

ぼくたちは、この百年くらいの間に、農村から都市に、地方から中央に移って生活をはじめた。都市で自立した生活を営めるようになるのがひとつの目標だった。それは馴染みの人びととの暮らしから脱却し、他人たちの中に居場所を見つけることだった。その際、大事だったのが"迷惑をかけないこと"だった。都市で自立した個人として住まう際の大事なキーワードが"迷惑"だったのだ。それはもちろん正しいと思う。

でもぼくたちはあらためて、認識した方がいい。人間は迷惑をかけあわずには生きていけない。少なくとも、迷惑をかけないと子育てなんてできないのだ。核家族の夫婦二人だけで誰の手も借りずに赤ちゃんを生んで育てていくなんてできやしない。できやしないのに、できやしないことに気づかず、できるのだと自分を信じ込ませ、無理を強いてきた。その結果が、いまのこの状況なのではないだろうか。

コンピュータが進化して、電子メールだポータルサイトだと便利で合理的になってきたのが、ここへ来てソーシャルメディアがコミュニケーションの核になりつつある。人とのつながりが大事だ、エンゲージメントなのだ。エンゲージメントとカタカナで書くと最先端なようで、なんてことない、最新技術で昔ながらの体温ある人付き合いをやっている。それが人間の真理なのだろう。

農村の地縁血縁を脱却して、都市で個として生きる。そのためには互いに不必要に干渉しないことが大事だった。迷惑なんて持っての他。でも本来、人間は干渉しあわずに生きていけない。とくに子育てなんてできない。助け合いながら生きていこう。だから迷惑かけあったっていいじゃない!

赤ちゃんを抱えたお母さんたちも、迷惑かけたらどうしよう、と脅えながら出かける必要はないんじゃないかな。迷惑ってかけあうでしょ、お互い様でしょ、そんな気持ちでいいのだと思う。ただ、ありがとうとか、ごめんなさいとか、そんな気持ちを少しでも持っていれば。

ベビーカーが重くて困ったら「すみません、ちょっと手伝ってもらえないでしょうか?」と言ってみればいい。言われた側は、迷惑だけど迷惑をかけあうのは当然だよね、ととらえてさっと手伝ってあげるのだ。手伝ってくれたら「ありがとうございました!」とはっきり言えばいい。手を貸してくれた人はとても気持ちよくなる。迷惑だったけど迷惑をかけられてありがとうと言われるのはとても気持ちいいなあ、いいことしたんだなあ、そう思えば一日楽しく過ごせるだろう。迷惑をかけあうことは、お互いにとって素晴らしいことなのだ!

なんてね、そんなにうまくいくかはわからないけど、そんなささいなことの積み重ねで、社会は変わっていくのだとぼくは思う。

BeeStaffCompanyのアートディレクター・上田豪氏と一緒に続けているビジュアル付きのシリーズ。しばらくお互い忙しくて、間が開いてしまった。今回のビジュアルは、みてわかる通り「工事中」の看板のパロディ的な表現。こういうマーク、ほんとに作ったらどうかなあ。いちいち「すみません、ごめんなさい」と言わなくてもいいのではと。・・・まあそれはそれでとやかく言う人も出てきそうだけど。

コミュニケーションディレクター/メディアコンサルタント
境 治
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@sakaiosamu

(2014年5月26日「クリエイティブビジネス論〜焼け跡に光を灯そう〜」より転載)