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良妻賢母という言葉に、良妻賢母ほど追い込まれる。【赤ちゃんにやさしい国へ】

2014年06月30日 19時22分 JST | 更新 2014年08月30日 18時12分 JST

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NHKの朝ドラ『花子とアン』を観ていると、あの時代の女性が高等教育を受けることは格別のことだったんだなあと感じる。主人公の花は甲府の貧乏な家の出身だが、同級生たちは育ちがよさそうで、良家の子女たちなのだろう。結婚が決まって退学する同級生もいたし、いかにも"良妻賢母"を育む場だ。

彼女たちが教育を受けるのは、花のように教師になったり出版社で働いたりするのもあるだろうけど、主にはよい結婚をするためだったのだと思う。経済や政治を支える当時のエリートたちとめぐりあい良き妻、賢い母になるには"教養"が必要だったに違いない。もっとも花子の親友"蓮さま"を娶った九州の石炭王は、そんな教養は疎ましいようだが。

戦前の女子教育は"良妻賢母"が理念だった。この概念はどうやら、儒教に根ざした古来からアジアにある理念、というものでもなく、少なくとも明治以降に使われるようになった言葉のようだ。言葉だけ見るときれいな言葉だし、反論しにくいというか、そりゃその方がいいでしょ、という要素でできている。戦前に高等教育を受ける際には、めざすべき目標として素直に前向きに受け止められていたのではないか。

戦後もこの言葉は生き続ける。ただしモデルはアメリカの中産階級だ。

ぼくの母親は昭和一桁世代で戦後に青春を過ごした。戦争が終わった途端押し寄せたハリウッド映画はカルチャーショックだったようだ。ぼくが小学生の頃、テレビの洋画劇場で『グレン・ミラー物語』が放送された。母は「この映画、パパと何回も見に行ったのよ」と言っていたのを今も憶えている。グレン・ミラーは戦前の音楽家で、この伝記映画では自分の楽団をつくりヒットを飛ばし、戦時中の慰問演奏で訪れたヨーロッパで飛行機が撃ち落とされて死ぬまでを、妻の視点で描く。いま観ても素晴らしい作品で、言わば"内助の功"の美しい物語だ。良妻賢母なんて言葉はひと言も出てこないが、良妻賢母そのものだと思う。

筆者が子どもの頃はテレビでアメリカのドラマが毎日のように放送されていた。『奥様は魔女』もそのひとつで、夫は広告代理店のアイデアマン。(今思えばあれはコピーライターだったのかもしれない)社長とともに自宅にお得意先を連れてくる。降りかかるトラブルも含めて奥さんのサマンサが、魔法ですべて解決し接待はうまくいく。そう、あれも内助の功の物語だったのだ。

『奥様は魔女』にはアメリカの中産階級の大きな家が出てきて、キッチンも広く電化製品もたくさん使われていた。夫のダーリングもそういう大量生産の商品の売り方を考える人だ。世の中がどんどん便利になることを日本人にも感じさせてくれるドラマだった。サマンサが口元をピコピコピッと動かして繰り出す魔法のように、多様な電化製品が家事のすべてを解決する。そんな夢を母たちはうっとり思い描いたはずだ。

戦前からあった"良妻賢母"の理念は、アメリカの豊かさを目の当たりにした時、うまいこと化学反応を起こしたのかもしれない。良妻も賢母も大変だけど、頑張って乗り切ったらサマンサみたいな豊かな生活が待っているはず!ドラマに出てくる冷蔵庫も洗濯機もカラーテレビも手に入り、幸福になれるんだわ!そんな夢が、なんと驚くべきことにかなってしまった。日本は奇跡のような高度成長を実現し、80年代までは世界に例のない成功した国になった。良妻賢母は高度成長とともに日本に豊かさをもたらした"成功モデル"となった。

だが、そんな風に日本の女性たちに幸福をもたらしたはずの"良妻賢母"は、いまや逆に働いている気がする。この言葉に縛られ、下手をすると苦しめられるようになっていないだろうか。真面目な女性ほど、いまも"良妻賢母"たろうとし、でも実はたやすいことではないのでしんどいことになっている。とくに共働きだと、ほぼまちがいなくムリだ。

なのに、母親になると生活のスキマに、"良妻賢母たれ"というメッセージが仕込まれている。子供たちのために当たり前のように弁当を作れと要望され、幼稚園に持っていく雑巾を母親なら自分で作れと迫ってくる。良妻賢母は子育てをする仕組みの中にすっかり溶け込んでしまい、母親はその指令からなかなか逃れにくい。そして真面目な女性ほどその指令を実直に受け止めて、すべてこなそうとする。

だが"良妻賢母"は専業主婦が前提であり、なおかつ少しずつでも確実に豊かになっていく時代だからこそ前向きに受け止められた。ワタシもそうなろう、と頑張れた。ぼくの母は、昔を思い出し「あの頃は、ほんとうに大変だった」と言う。父はノンキャリの警察官で、当時は安月給で経済的にもしんどかったようだ。でも『ALWAYS 三丁目の夕日』の鈴木家同様、この国が、住んでいる都市が、突如できた東京タワーのように急激に発展していくことと自分を重ね合わせて乗り切ってきた。そんな特殊な時代じゃないと、"良妻賢母"は機能しない。

前に「日本人の普通は、実は昭和の普通に過ぎない」という文章を書いたけど、それと良妻賢母はセットなのだと思う。だから、政治や経済の世界がなかなか昭和のモデルを捨てきれないように、良妻賢母も日本人の家庭観からかんたんには切り離せない。上の世代からすると、自分たちができたのだからあんたたちもできるはずだ、努力が足りない、もっと頑張れ。そうなりがちだ。

良妻賢母。この一見すると美しいこの言葉は、そうした方がいいに決まってるように見える。だがこの言葉が訴えてきたメッセージは、そうやって考えていくと実は、もう寿命が来ているのかもしれない。『花子とアン』の時代からの理念だとすると、とっくに100年は経っている。もうそろそろ、引退させてあげないといけないのだと思う。

また、さっきの映画やドラマの例でも見たように、"良妻賢母"的な家庭観は日本固有のものというより、工業社会の発展段階では欧米でもどこでもあったようだ。ただ、欧米は70年代以降に女性解放運動などによって次のステップに入ったのだと思う。日本はその頃ちょうど欧米を越えようとした絶頂期になったので変化しそこねたのかもしれない。結果、日本だけなんだか遅れてしまった。

都議会であんな下品な野次が21世紀になっても平気で飛び交うのも、日本が遅れているからだ。野次を放ったあの議員に「良妻賢母ってどう思います?」と聞くとおそらく「いいことだと思いますよ」と今も言うだろう。謝罪会見でもわかってなさそうだったからね。

ぼくは言葉狩りのようなことは嫌いなので「使わないようにしましょう」とは言いたくないが、これから"良妻賢母"という言葉を使う時は、一度考えた方がいいと思う。男性の側はもちろんだし、女性の側も、自分や他人を追い込むようなことにならないか、気をつけた方がいい。

BeeStaffCompanyのアートディレクター上田豪氏と続けているビジュアルつきのシリーズ。今回もチカラを込めて上田氏が写真を撮ってくれた。ゴム手袋に握られた拳銃は何をあなたに突きつけるだろう。
さて、このブログでは「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」の記事を書いたあと、その続きとして「赤ちゃんにやさしい国へ」のサブタイトルで記事を書いてきた。そしてこの度、「赤ちゃんにやさしい国へ:のFacebookページをはじめることにした。記事について皆さんの感想をもらいたいし、新しい記事を書いたら皆さんに知って欲しい。さらには、皆さんからの子育てについての情報や意見のやり取りの場にもしていきたい。「赤ちゃんにやさしい国へ:この国を変えていくためのコミュニティだ。よかったら、まずはFacebookページに「いいね!」してください。何かひと言書き込んでもらえると、もっとうれしいです!(下のバナーを押すとFacebookページにジャンプ!)

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(2014年6月30日「クリエイティブビジネス論〜焼け跡に光を灯そう〜」より転載)

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