『シドニアの騎士』はNetflixを武器に世界と戦う!〜ポリゴン・ピクチュアズCEO・塩田周三氏インタビュー〜

CG制作会社として七転八倒した末にたどり着いた新たな出発点の先には、日本の映像制作業界全体のモデルとなる道筋が見えてきそうだ。

このブログでは、Netflixについて取材を重ね、何度も記事にしてきた。これまでにこんな記事を配信している。

Netflixを取材していると必ず出てくるキーワードがある。『シドニアの騎士』という、日本のアニメーション作品だ。Netflixの日本でのサービス開始のずっと前から、配信されていた唯一の日本のコンテンツだ。

(c)弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局

制作はポリゴン・ピクチュアズ。映像業界にいた人ならその名を聞いたことがあるだろう。80年代にいちはやくCGによる映像制作をはじめて、独自の存在となった。90年代には資生堂のテレビCM用に開発したイワトビペンギンのキャラクターが大人気となったことでいわゆる"ブレイク"した。

創業者・河原敏文氏は時の人となったが、ポリゴンはその後事業を広げすぎて一気に凋落してしまう。その言わば敗戦処理を引き受け、焼け跡から会社を建て直してまったく新しい路線を開拓したのが現CEOの塩田周三氏だ。

Netflixと初めて仕事をした日本企業として、塩田氏のお話をうかがってみた。さぞかし戦略的に動いた結果だろうと想像していたのだが、実際にはCG制作会社として七転八倒した末にたどり着いた新たな出発点だったことがわかる。だがその先には、日本の映像制作業界全体のモデルとなる道筋が見えてきそうだ。誰にも見えなかった未来の入口はどう切り開かれたのか、じっくり読んでほしい。

まず聞いてみたのは、「ポリゴン・ピクチュアズがめざすものは何か」という質問だ。何か確固たる理念がないと、世界市場を相手にするようなことはできないのではと感じていたからだ。

「ポリゴン・ピクチュアズが32年間存在してきた中で、河原敏文という男が言っていた"誰もやっていないことを圧倒的なクオリティで世界に向けて発信していく"という言葉を、ぼくが社長になってステートメントとして決めました。何をめざすかと聞かれれば、それなのだと思います。

誰もやっていないこととは何か。圧倒的なクオリティとは何か。それらは時代によって変わってくるので、その時々でポリゴンはどういう立ち位置であるべきかを検証しながらやってきて、その結果いまがあるということでしょうね」

ポリゴン・ピクチュアズは、2000年代にはアメリカからCGアニメーションの制作案件を受注してきた。

「確かにアメリカの案件をやってきましたが、そこも"流れ"なんです。ポリゴンは90年代半ばにイワトビペンギンで当たってイケイケになって、ソニー、ナムコとの合弁でDPS(ドリーム・ピクチュアズ・スタジオ)を作りました。

ところがCG業界でさーっと潮が引いてしまい"CGなんて見たくもない"なんて言う人もいた。でも制作ラインはつくってしまったのでなんとかしなくてはいけない。2000年代になると今度はアメリカでCGの需要が出てきて、テレビでもCG作品を作るようになった。そこで向こうに営業に行って"生き残るために"制作案件をとってきたらうまくいきはじめたということなんです。」

当時の業界では、ポリゴンは次々に海外の案件が来てすごいと噂されていたのだが、"あくまで成り行きだった"という話は、面白い。

「大型のテレビシリーズ案件も取れて評判が評判を呼び、2009年以降は一気に仕事が増えました。『スター・ウォーズ:クローン・ウォーズ』『トランスフォーマー プライム』『トロン:ライジング』と、ボーイズアクションが盛り上がりを見せた時期で高額予算がつきました。

ところが、アメリカのアニメはあくまで子ども向けで、『トロン:ライジング』なんかは小さい子にはお話が難しすぎたんですね。視聴数もさほど伸びず、おもちゃも思ったほど売れない。そのうち、コメディにアメリカのテレビが振れていってCGでわざわざつくる必要ないよねとなって、ぼくらの仕事がなくなってきました。

ただぼくらは『トロン:ライジング』でCGだけどアニメ調で作る手法を開発し、その斬新さが評判を呼びました。」

「その頃ちょうどGONZOから守屋秀樹という男がうちに来て、彼は日本のアニメ制作の仕組みや人脈をよくわかっている。アニメ調のCGなら日本のアニメの表現もできるんじゃないかという彼の発案ですね。

動いてみたところ講談社が検討してくれ、いくつか出てきた題材のひとつが『シドニアの騎士』でした。アメリカでの依頼がしぼみつつあったタイミングで守屋が来てくれて新しい流れができたので、ちょうどよかったわけです。」

『シドニアの騎士』は見てもらうとわかるが、一見日本のセルアニメの画風なのだが、動きは明らかに3Dで新鮮な印象を受ける。アメリカ向けに開発した手法があったからこそ、日本に新たな活路が見いだせたのだ。

ではその『シドニアの騎士』がNetflixで配信されることになったのはどういう経緯だろう。

「『トロン:ライジング』はさっきも言った通り業界内では評判を得たのですが、Netflixでも配信されたんです。この時に初めて出会って縁ができました。そこから、『シドニアの騎士』の配信につながったわけです。

『シドニアの騎士』のクレジットに出てくる"東亜重工動画制作局"は架空の企業名で、ポリゴン・ピクチュアズ、講談社、キングレコードなどによる製作委員会のことです。ポリゴンとしては出資によって北米のライツを確保しました。これまで歩いて北米のマーケットは知っていましたから。

で、向こうの放送局はアニメーションを子どもが見るものだ考えているので、テレビには枠がなさそう。可能性は配信ではないかと考え、hulu、Amazon、Netflixにあたりはじめたんです。そしたらNetflixの調達担当がすでに配信している『トロン:ライジング』について、あれはよかったと言ってくれた。意気投合して、『シドニアの騎士』をプレゼンしたらちょうどいいと言ってくれました。

その頃は日本進出も視野にあったでしょうから、アニメに対してリーチを広げたいと考えたのかもしれませんね。2014年7月から、50カ国で配信がはじまりました。」

Netflixで配信をやってみて、どうだったのだろう。

「配信権を買って対価をくれるやり方なので、レベニューシェアはありません。でも『シドニアの騎士』のリクープにおいてNetflixからの金額は大きな要素になっています。ぼくらの投資分は配信でリクープできてますし。制作会社としてNetflixとつきあうメリットは、大きかったと言えます。あくまで配信権で、著作権を渡すのではないのでビデオとかマーチャンダイズとかはこちらにあり、活動の幅は保てますね。」

Netflixにとってもよい結果が出ているのだろうか。

「彼らはデータを我々には開示してくれないので視聴数などはわかりませんが、非常に満足していると言ってくれています。だから次の『亜人』にもつながっているのでしょう。」

(c)桜井画門・講談社/亜人管理委員会

『亜人』は『シドニアの騎士』に続き、Netflixでの配信が決まった作品だ。2016年1月から、テレビで放送され、そのすぐあとにNetflixで配信されている。

Netflixとつきあうことは、これまでのテレビ局などのパートナーと何が違うのだろうか。

「あれだけの組織なのにフラットなんですよね。執行役員クラスの人たちも含めて直接話ができて、権限委譲もかなりされているので、話がめちゃくちゃ早い。顔が見えているので誰とどんな話をすればいいかわかるんです。

アメリカのテレビ局はかなりの大企業なので、ヒエラルキーがきっちりしていてひとりひとりの裁量が実はそんなにない。完全にマーケティングオリエンテッドで、この枠に必要なものはどういう年齢層向けの、どんなテーマのどういうジャンルのものなのか、毎年取り決めがあってそれに応じたものを探すのです。」

「Netflixは無限に枠があり、当然彼らは分析をベースに判断するんでしょうけど、いままでつきあってたテレビ局ほどわかりやすいジャンル分けはされていなくて、どっちかというと個人の裁量で決まります。この会社はおもろいと思われたら継続的に案件が続くわけです。

アメリカのほうがテレビ局はガチガチです。『シドニアの騎士』のようなものは既存のメディアでは流れなかったでしょうし、流れたとしても放送基準が非常に厳しいので編集しまくらないと電波に乗らない。

配信メディアの場合、視聴者が選択して自ら見に行くし、見る人が何才かなどもわかって制御できるので、見せるものの選択肢がすごく広がった。日本のアニメを生の形で流しやすい場が初めて配信によってできたのかもしれません。」

塩田社長の話からは、Netflixとは互いにとっていいパートナーシップが築けていることがわかる。言ってみればいま、ポリゴンは日本と世界を繋いでいるのだ。

「まあ、Netflixはぼくらが扱いやすいんだと思いますよ。それに海外から見ると、日本のアニメ業界は"けったい"ですから。製作委員会方式だって独特で、海外から見るとよくわからないようです。アメリカで仕事してきたぼくたちはわかりやすいのだと思います。

反対に言うとぼくらはどっぷり日本のやり方もできない。我々にとって都合のいいふるまいでやれてます。納期を意識する、過重労働にならないことを大事にしているのもその一環です。アニメ制作は趣味ではなく、予算がありスケジュールがあるわけですから。 常に効率化改善をやって、納期も守れる体制を組んでいます。」

ポリゴン・ピクチュアズのオフィスはワンフロアに業務ごとにきれいに分かれてデスクが機能的に配置されている。夜10時には強制消灯されるという。

ポリゴン・ピクチュアズは3K職場が当たり前の映像業界の中で、時間効率を高めて働きすぎにならない体制が整っていると聞く。そこからして世界を相手にする姿勢ができているのかもしれない。塩田氏はNetflixとつきあった中で、日本のコンテンツが世界に出られそうな感触をつかめているのだろうか。

「日本のコンテンツは世界に行けると思ってますよ。日本は独特のモノづくりの土壌が確実にあると思う。歴史や文化の裏付けもあるし、幸いにして支配的な宗教も、抑圧的な政治もない。四季もあって自然も豊かで、自由なモノづくりの風土がある。いままで海賊版が見られてきたので、日本のコンテンツの受容性が高まったんじゃないかと思います。

これまでは引っ込み思案だったから外へ出ていかなかったのでしょう。いま起こっている変革とは、流通面で国境がなくなったことです。国際下手な日本人が無理しなくてもNetflixが来てくれて、すぐに海外で配信できるようになりました。その代わり、いままでの振る舞いではダメで、海外相手に仕事するならばそれに見合った振る舞いを身につけねばならない。でも海外に合わせるのは不自由でもなく、日本のやり方のほうがよほど不自由じゃないかと思いますよ。」

この取材でいちばん聞きたかったのは、こういう話だ。Netflixとつきあってみた実感として、"世界へ行ける"と感じた、ということ。でももちろん、変わらねばならない部分もある。そういう、勇気と希望を塩田氏から日本の業界に届けてほしかったのだ。期待以上の力強い言葉がもらえたと思う。

映像業界はいま、大きなターニングポイントを迎えている。テレビが放送を開始した時以来の変わり目だ。その時にどちら側に視点を置くかで、個々人や企業の10年後が大きく分かれるのではないか。「誰もやっていないことを 圧倒的なクオリティで 世界に向けて発信していく」この精神に共感する人なら、どっち側に歩んでいくのかわかっているはずだ。ポリゴン・ピクチュアズが切り開いた扉の向こうに、何があるかはそれぞれが探しに行けばいいのだと思う。

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2014年3月23日撮影

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