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お母さんが昼間にランチしてる感覚を、お父さんにも夜のBARで提供したい - イクメンCero 主催 杉山錠士

2014年07月23日 18時22分 JST | 更新 2014年09月21日 18時12分 JST

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杉山 錠士(すぎやまじょうじ)

1976年生まれ 千葉県出身。日本大学芸術学部卒。学生時代から放送作家として活動をスタート。長女が年長になるタイミングで、家事育児全般を担う"兼業主夫" の道へ。自身の子育て及び家事経験を活かしたラジオ番組の企画、子育てイベントのパネルディスカッションへの登壇他、イクメンとして数々のメディアから取材を受ける。自身が経営するBAR「旗の台Cero(セロ)」で月に一回イクメンイベント「イクメンCero」を実施。株式会社 シェおすぎ所属。

https://www.facebook.com/HATANODAIBALCero

兼業主夫放送作家として忙しい日々を送りながらも、「家族の皆さんごめんなさい。」と面白そうな提案を自らしてしまい更なる多忙に拍車をかけてしまう杉山さん。本日はご自身の経営するお店にて主催する月1回のイベント、「イクメンCero」についてのお話を中心に伺いました。

OYAZINE(以下Oと略):各界の自称イクメン達が集うイベント「イクメンCero」とはどのような集まりでしょうか?

杉山さん(以下杉山と略):一言でいうと毎月第3水曜日にやっているイクメン関係の異業種交流会です。「イクメン」と名を打ったほうが何をやっているかが分かりやすいのでそう名付けていますが、参加される方はお父さんに興味のあるプレパパでもいいし、プレママでもいいです。子育て関係の仕事をされている方でもいいですし、子どもがいるいないや男女といった性別に関わらず、単に子育てに関わる人の話を聞いてみたいという人も含めてみんなで美味しいご飯やお酒を楽しみながら日常の些細なことについても語り合える集まりです。

O:開催場所はご自身がオーナーを務めるBAR「旗の台Cero」ですが、そもそも放送作家であった杉山さんが飲食のお店を開くことになったきっかけは何だったのでしょうか?

杉山:当時の僕は大学在学中に放送作家の仕事始めてから1回も職変えをしないで15年以上来てしまっていました。ところが歳を重ねて30歳を過ぎた頃からいろいろな企業の方々にお会いする機会が増えていくにつれ、自分よりも年下でもすごく大人な感じがすると思うことが多くなって、自分は社会の仕組みをよく知らんぞ、これはまずいなと思うようになりました。そこで仲の良かった長女のパパ友にいろいろなところに飲みに連れて行ってもらいながら飲み仲間を増やしていろんな社会の人の話を聞く時間を設けるようにしました。

ここ、BAR「旗の台Cero」のマスターともそんな縁で常連として通ううちに仲良くなり、はじめは週1回のアルバイトとして手伝い始め、自分で教えられたお店のことだけじゃなく、こういう風にしたらどうなるんだろうと料理を出してみたりする程度だったんです。ところが、ちょうど面白くなってきた頃にマスターが「お店をやめる」というので「いや、やめないで下さいよ」って言ったら「じゃ、やってよ」と言われて。それで受け継いだのがそもそもの始まりです。ただ、本業の放送作家の仕事もありますし、家のこともあるので、一人では絶対出来ません。なので学生時代に携わっていた演劇の仲間に声をかけ、全員副業でとにかくやっていこうと当初は3、4人で始めました。今では演劇に関係なく大学の後輩や近所の友人も含めて十数人で日替わりでカウンターに入って続けています。

O:もともと料理は普段からされていたんですか?

杉山:中学生の頃から、自分で料理は作ってました。もう10代の頃から自分の仕事は最終的に飲食だろうと思っていました。というのも、僕は男3兄弟の一番下で自分の部屋とかを持ったことがなく、喫茶店のようなところに行ってちょっとまわりがしゃべってる喧噪の感じや好き勝手出来る感じのなか、コーヒーを飲みながら勉強するっていうのがものすごく落ち着いたんです。

O:しかしそのまますぐに飲食業へとは進まず、大学在学中に放送作家への道を歩まれたのは?

杉山:学生時代にやっていた演劇の関係者で僕たちを面倒みてくれていた方が今後の僕のことを心にかけてくれ、「君には放送作家が向いているような気がする。ちょうど知人の事務所が若手を探している」というお話をくださり、分らないけどとにかく行ってみようと思って、その事務所で企画書作成やプロット書き、ドラマの原作探しなどさまざまお手伝いをしたのが始まりです。

O:さまざまな経験に直面されながらも続けている「Cero」。この場所で月1の「イクメンCero」を開催しようと思い立ったのはどのような経緯からでしょうか?

杉山:お店の中で交わされるお父さんたちのほんとうに細かい、ぽろぽろっと出る話が面白いなと思って。例えば「何かうちの子あんま食べないんだよね」とか、おつまみのナッツを出した時に「もうこういうのばっかうちの子食べるんだよね。ちょっと困ってんだな」みたいな感じとか。なんかお母さんたちが昼間にランチしてる感覚をお父さんたちにも夜のBARで飲みながら提供したいなと思い始めたところからです。お父さんたちのたわいもない悩みをしゃべれる空間を作りたかったんです。

一応何をしているのか分かりやすいものにしたかったので「イクメン」と付けましたが、単純に「イクメン」って付けるとお母さんからの許しを得やすいという、「ちょっとイクメンたちの集いに行って話聞いてくる」って言った方が出やすいっていうのがあるっていう話も聞いたのでそう名付けました(笑)。

場としてはテーマなどを決めずにとにかく自然にやりたいなっていうのもあったので何もしない。座学の講座やグループディスカッションのような形式は他の場所でも開催されているので。実際ひとことも育児の話をしないで帰ってもいいと思っています。

でも、結果育児の話が出てしまうんですけどね。

O:今月で2周年を迎えた「イクメンCero」とのことですが、その間に感じられた「イクメン」たちの変化のようなものは何かありますか?

杉山:まず第一には「イクメン」という言葉がちょっと物珍しいものを見る感じで使われることが減ってきたかなと思います。あともうひとつは10歳の長女のまわりで出会ったパパたちと2歳の次女のまわりで出会ったパパたちは明らかに別の人たち、ということ。もうお父さんになっていろいろ普通にやって来てから途中で「イクメン」みたいな言葉が出来てきて、あ、何かやんなきゃいけないんだなとかいろいろ考えてなったパパと、たぶんもう(子どもが)生まれた時や生まれる前から「イクメン」という言葉があって、生まれたらこうなるんだろうなとか、こういうことやった方がいいんだろうなっていう想いでパパになった人とは全然おおもとの思考が違うんだろうなと感じます。例えば長女の時に小学校でパパ会を作ってくれとて言われたときにはもともと知っていたパパ友メンバーを飲みに誘って協力を仰ぎ十数人集めました。同じように次女の保育園でもパパ会を作りたいという話になったときにしたことは園の入口に「パパ会やります。入りたい人は名前と連絡先を書いて下さい」というような紙を置いただけ。ただ、さすがにこれでは何をするかも書いてないし、そもそも保育園に来るパパしか目にすることがないので人が集まるわけがないと思っていたら、16人集まりました。だからもう全く違うなと。

O:「イクメンCero」というイベントは現在の連載や子育てに関わる仕事などさまざまなひろがりに影響していますか?

杉山:はい、やっぱりその存在は大きいです。もともとこのイベントを始める1年ほど前から「DOCOMO LOVE Family」というラジオ番組に携わることになったんですが、ゲストや番組で知り合った方々にただ1回取材をするだけじゃなくて、こういうイベントをやっているので来てみて下さいと投げることができるので、「Cero」という存在はLove Familyで出来たきっかけやネットワークをそのあと更に深めてくれる受け皿になってくれています。特にこのようなイベントに足を運んでくださる方々というのはそのまわりとの繋がりも広いことが多いので大変貴重な交流の場になっています。

O:兼業主夫という立場はどのように影響していますか?

杉山:最初のころはすべての方が肯定的というわけではありませんでしたが、今では兼業主夫という立場で経験したことがゲストや情報を紹介するにあたって全て活かされています。お招きする方に対する質問とかもそうだし、その方を探す流れもそうだし、今まで自分がやってきたから分かるようなことがどんどんどんどん繋がっていって、ネタにも全然困らないという。ここに来て今まで積み重ねてきたさまざまなこと全てが繋がっていると感じています。

O:最後に「イクメンCero」のこれからについてお聞かせ下さい。

杉山:今と変わらない場所にしたいですね。基本的に自分の信条は「継続」なので、続けること。仕事においても、何にしてもそうかなと。続けていると何かが見えてくるではないですけど。「イクメンCero」もまさか2年もやるなんて思ってなかったのがこんなに続いたりしているので。

例えば自分のしんどい時期とかでも取り敢えず続ける。そういう風にやっていくと何かが変わっていくし、お店にしても人もだいぶ来て頂いて、もうみんな来尽くしたのかな、もうみんな集まんなくて、来なくなっちゃったのかなって思っていた時期もありましたが、取り敢えず続けていこうと思って続けていたら一気にワッと増えた時期もあったので。みんな毎月来られるわけではないので、先の読めないことは読めないこと。そこは気長にやろう、みたいな感じで今と変わらない空間を皆さんに提供し続けて行きたいと思っています。

O:本日はありがとうございました。

杉山:ありがとうございました。

(この記事は、2014年7月にインタビューした内容をもとに構成されています。)

編集/ライター 堀内麻希