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朴 裕河 Headshot

歴史との向き合い方――誰のための不和なのか

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私が執筆した本、そして私を巡って起きたことについて書き綴ってみようと思う。本来であれば、とっくの昔に書くべきであったのだろう。しかし、時間的・精神的な余裕がなかった。そして8月30日には、2013年に発刊した私の本『帝国の慰安婦――植民地支配と記憶の闘い』を「犯罪」として処罰しようとする裁判が開かれる。これまでフェイスブックにその都度起きたことや考えを書いてきたので、その過程の「記録」ならある程度残してきた。また、いくつかのインタビューや公式的な文章にもこれまでの私の考えは書いている。

しかし、本当に必要なことは書けなかった。2007年、『和解のために』の日本語版がある在日韓国人の女性研究者とその周りの人々から批判されたとき以来、私は日韓知識人たちの「歴史との向き合い方」について書こうとしてきた。しかし、他のことに関わっている間、時間が過ぎていった。もうこれ以上引伸ばすのはよくないと考え、書き始めることにした。裁判を目前にしてはいるが。いや、裁判を目前にしているからこそ。

過去を振り返るこの文は、これからの裁判と共に進み、事態に対する私の整理と分析と反省を込めたものになるだろう。もちろん、これまで私に向けられた多くの批判と非難と疑惑に答えるものになることを願っている。そうした意味で、遅きに失したが、特に批判者の方々に読んでいただきたい。

『帝国の慰安婦』は三つの訴訟の対象となった。名誉毀損なので処罰してほしいと国家(検察)に訴える刑事裁判、この本によって損害を被ったから賠償してほしいとの民事訴訟、そしてこの二つの裁判の結論が出る前に、速やかにこの本の問題部分を削除してほしいとする仮処分訴訟(後述するが、原告側は最初は全面的な出版禁止を求めていた。そして途中から請求の趣旨が変更された)、の三つである。

そして、2015年2月の仮処分訴訟と2016年1月の民事訴訟で、私は敗訴した。二つの裁判に対し直ちに控訴したが、これらの控訴審は刑事裁判第1審判決後にしてくれと要請したので、現在は刑事裁判のみが進行中である。そして半年近く「裁判の準備」だけをし、今まさに刑事裁判が始まろうとしている。予定通りであれば、10月10日に刑事裁判1審が終わる。

それなりの使命感をもって執筆した本が「審判」の対象になるのもそうだが、私がこの裁判において最も残念に思っているのは、私を罰してほしいと国家に訴えた主体が「慰安婦」ハルモニ(おばあさん)たちになっているという点だ。これから詳細に語ることになるだろうが、この告訴と起訴は、慰安婦問題をめぐる知識人(運動家を含む)同士の考え方の違いが作り出したものと私は考えている。

もちろん、ハルモニの主体性を否定しているわけではない。少数であっても、ハルモニたちの中にはこの事態を主体的に判断し、行動することができる方々が確かにおられる。である限り、告訴の主体がハルモニたちとする考えは間違ってはいない。

しかし、学者でさえ、この本を「どのように」読んだかによって評価が異なってくる。さらに、裁判所にはこれまで慰安婦問題解決のために支援団体などが行ってきた活動関連資料と、研究者たちの論文や書評が数多く引用されたり、直接提出されたりしている。ハルモニたちが告訴主体になっていても、裁判資料はすべて周りの人々が作成したものであり、私は私を守るためにそうした資料に対し反論してきた。むろん、これからも反論し続けなければならない。

そうである限り、この裁判がどのように始まったにせよ、実状において、法廷が裁判を助ける周りの人々と私の考えが対立している場であることは間違いない。この事件の最大のアイロニーは、私を処罰したがる学者たちが裁判所にはいないということだ。そのような空間で、彼らと私の考えが法曹関係者たちに代弁され、まもなく、結論までもが、学者不在の場で下されるであろう。

とはいえ、どのような過程があったにせよ、私の本がハルモニたちの怒り、悲しみ、戸惑いを誘発するきっかけとなったので、私は告訴された直後、「ハルモニたちに申し訳ない」「今回の訴訟の主体は実際には『ナヌムの家』(注:元慰安婦が共同生活を送る支援団体の施設)の所長と思われるが、彼から歪曲された説明を聞かされたかもしれない、若しくは本の一部を読まされたかもしれないハルモニたちの怒りは理解できます。そして本来の意図とは異なる形で伝わったにせよ、私の本が原因となってハルモニたちに苦痛を与えたのならば、申し訳ないと思います」と書いた(2014年6月16日フェイスブック)。

そして最近、ハルモニたちに直接手紙を書こうとした。いや、私は既に3回も手紙を書こうと試みた。
しかし、そうした手紙を書き、また近い人たちの意見を聞く過程で、私はそれまであまり考えてこなかったことを色々と考えさせられた。そして、まずはこの文を先に書くことにした。

告訴以降の私の行動と文章は、注目され、監視され、疑いに満ちた「解釈」の洗礼を受けてきた。そのように私の言葉が変形されてきた以上、たとえその手紙が出されたとしても、そうした運命から逃れられなかったであろう。

なので、ハルモニたちに手紙を書くことは少し留保しておく。そして私の言葉と行動が、「解釈」の暴力の下に置かれない日を待つことにする。

まずは、この事態を、時間をかけてゆっくりと振り返ろうとするこの作業が、ハルモニたちと批判者たちに対する手紙になることを願いたい。

慰安婦問題は単純に日韓の問題ではない。20年以上にわたる日韓両国の運動と、関係学会と、この問題を長い歳月の間報道してきたメディア、この問題を巡って発言してきた知識人、そして現実の国家政治まで影を落としている問題なのだ。慰安婦問題に関して書いた私もまた、そうした構図の中に入れられてしまった。かように複雑に絡まった問題を、どこまで解くことできるだろうか。それでも試みてみる。

そうした私の試みが、この問題に深く関わってきた人たちに、小さくても何らかの刺激になることを願っている。そして私の文がきっかけとなって、それぞれの場から見えた事柄と考えが、より多く世の中に出てくることを願っている。そうなったとき、慰安婦問題は、私たちの中において、私たちの時代を前に進める動力に、初めてなってくれるであろう。そのとき私たちは、葛藤と傷に見舞われた4半世紀の過去をようやく肯定的に抱きしめられるのではないだろうか。

(「慰安婦問題との出会い、『帝国の慰安婦』まで」に続く)