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「政治は多様であるべき」 最年少現職知事である鈴木英敬氏の政治に対する想い

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私立灘中学校・灘高等学校、東京大学を卒業後、通産省に入省。衆議院議員選挙の落選を経て、36歳で最年少現職知事となった鈴木英敬氏。

2016年に開催される世界主要国首脳会議は、「伊勢志摩サミット」として、三重県への誘致に成功。今後、益々の活躍が期待される鈴木知事に、これまでの歩みや政治への想いを伺いました。 2016-05-17-1463491379-4793869-1a11b4bb3ba448d1fa402ac3dc62cc91f3.png

■「ボンカレー」から通産省へ



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― まずは経歴を教えてください。

岡山県に生まれ、兵庫県神戸市で育ちました。本籍地は父方の本籍地である三重郡菰野町です。小学校は地元の公立に、中学校からは灘中・灘高。1年浪人して東京大学に入りました。大学では、地方財政審議会の会長もされていた神野直彦先生のゼミに所属しています。

就職活動においては、悩んだ末、「面白い人がたくさんいるところで働こう!」と決めていました。なかでも感銘を受けたのが通産省です。通産省の面接で言われたのが、「今から面白いことを4つ言え」というもので。また、最後には「行政改革とボンカレーの関係を述べよ」とも言われました。それで非常に面白いな、と。

ちなみに後でわかったことですが、ボンカレーはククレカレーの間違いでした。当時、「おせちもいいけどカレーもね」というククレカレーのCMがあり、その内容と行政改革とを結びつけていた、というわけです。

つまり、「正月だからおせち」というような供給者側の論理ではなく、カレーを食べたい人にはカレーを提供するという、発想の転換です。行政においても、「こういう政策しかありません」という政策供給側の論理を押し通すのではなく、「国民が求める政策を実現するために組織体制から変えよう」という、柔軟な発想が求められていることを伝えたかったのかと思います。

通産省には10年ほど勤務し、1回目の安倍政権時には官邸スタッフも勤めました。その後、2008年1月に通産省を辞め、衆議院選挙に出馬。落選を経て、2011年4月に三重県知事選挙で初当選。2015年4月には2期目として再選しました。

■将来の夢は総理大臣



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(初登庁2期目)

― なぜ政界を目指されたのでしょうか?

もともと興味がありました。小学校の文集には、将来の夢に総理大臣と書いています。1985年ごろでしたでしょうか。当時テレビでは、ボクが政治家の中でもっとも尊敬している中曽根元総理が、レーガンさんやサッチャーさんとやり合っている姿が流れていました。

プラザ合意などもあり、政治がダイナミックに動いていた時期です。加えて、国鉄(JR)や日本たばこ産業(JT)の改革など、周囲の反対を押し切って政策を進めていた姿が印象に残っています。

また、官僚のあり方にも疑問を感じるようになりました。たとえば、安倍総理が「ゆとり教育の見直しをやりたい」と提案しても、文部科学省などが全力で反対してしまう。その理由は、「ゆとり教育を開始してまだ20年ほどしか経過していないから」。

加えて、政治家の方についても考えるようになりました。政策には全く興味を示さずに、地元の盆踊りやお葬式に参加するなど、国民の負託に応えるような姿を見ることができなかったのです。こうした現状を変えるためにも、政治家にチャレンジしようと決意したのです。

■現場で感じる政治の課題



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― 実際に政界に入ってみて、感じている課題はなんでしょうか?

2つあります。1つは多様性です。政治とは多様であるべきだと考えています。国民の多様な意見がしっかりと政治の現場に届くために、男性も女性も、障害のある人もない人も、高齢の人も、若者もいた方がいいと思います。

2つ目の課題は、政治の仕組みに疎く関心のある政策がない、あるいは実行力に乏しい政治家がいるなど、適性の問題があります。それは、人材の選び方に問題があるのかと思います。いわゆるスクリーニングの課題です。

三重県が擁する伊勢神宮は、日本人の心のふるさとと言われています。伊勢神宮の素晴らしい点は、寛容に受け入れて共生をするということ。神道の教えは、人種、宗派、性別、世代などを超えて、寛容に受け入れ、ともに生きて行くというものです。

政治の現場にも、そうした発想が必要だと思います。そのうえで、政治に対して真剣に考え、志のある方が増えていくべきですね。そのためには、多くの人に政治への関心をもってもらい、政治家予備軍を醸成していくこともまた、大切ではないでしょうか。

■伊勢志摩サミットからスポーツイヤーへ



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(伊勢志摩サミット決定会見)

― 現在および今後の活動について教えてください。

伊勢志摩サミットの誘致は、政治家の威信をかけて活動した結果だと思っています。三重県政としましては、5月にあるサミットを大成功させるのが当面の目標です。そのうえで、サミットのレガシーを未来の発展につなげることが課題となります。

また三重県では、オリンピックの2年前にインターハイがあり、オリンピックの翌年には国体・障害者スポーツ大会があります。オリンピックの年には、全国中学校体育大会もあります。全国的な盛り上がりにあわせて、スポーツ振興を三重県の未来につなげていきたいと考えています。

加えて、三重県を選ばれる県にしたいと思っています。働くのも、投資をするのも、子育てをするのも、生活するのも、観光に行くのも三重県で、というように。そうすることで、お金や人が交流し、持続的な発展がなされると期待しています。

サミットのレガシーとして大切なのは、子供たち、つまり次の世代に伝えること。経済効果だけではなく、子供たちのモチベーションづくりや、将来の人生に役立ててもらえるサミットにしたいと思っています。

■心と志をもって多様な人材にチャレンジしてほしい



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― 最後に、どんな人に政界を目指してほしいと思いますか?

政治の多様性を実現するためにも、いろいろなバックグラウンドをもった人に参加してもらいたいと思います。政治家の子が政治家になるのではなく、また市議から県議、県議から国会議員となるのではなく、現場で活躍しているさまざまな人に政治家を目指してもらいたいです。

ただし、落選も経験しているボクだから言えるのは、選挙は他人の人生まで巻き込んでしまうということ。衆議院選挙に落ちたとき、ボクの周囲にいた人はほとんどいなくなりました。それでも応援してくれていた人たちがいたおかげで、今のボクがいます。

ですので、たくさんの人の人生を巻き込むと自覚し、覚悟をもって取り組んでもらいたいと思います。「人の人生まで巻き込むのだから、絶対にゆるぎない気持ちで政治を続けるんだ!」という強い気持ちが大切です。

大前提となるのは、心と志。その2つをしっかりともっている人であれば、どんな分野からでも、多様な人材に挑戦してもらいたいと思います。

(聞き手:山中勇樹/画像は全てご本人の許可を得て掲載しています)

<プロフィール>
 鈴木 英敬
 1974年8月15日生まれ。
 本籍地は三重郡菰野町千草。灘中、灘高を経て、東京大学経済学部卒業。
 1998年、通商産業省(現:経済産業省)に入省。
 中小企業支援、特区や農商工連携といった地域活性化などを担当。
 第1次安倍政権時には官邸スタッフとして、教育再生や地球環境問題に取り組む。
 2008年退職。第45回衆議院選挙に三重2区(四日市南部・鈴鹿市・亀山市)から立候補するも落選。
 2011年4月三重県知事に初当選。2015年4月再選。現在は二期目を務める。
 家族は、妻と3歳になる息子1人。息子誕生時には、男性の育児参画推進のため育児休暇を取得している。