本気になれば誰だって変革は起こせる!著書に込めた本当の想い 佐賀県職員  円城寺雄介

医療ビッグデータの分析やテクノロジーを駆使して、体調の異変を見逃さない仕組みを作れないかと考えているのです。

救急車へのiPad配備など救急体制の変革に取り組んだ公務員の体験記『県庁そろそろクビですか?「はみ出し公務員」の挑戦』 (小学館新書)が話題になっています。佐賀県庁の職員である著者の円城寺雄介さんは、その行動力や熱い思いから"スーパー公務員"と称されることもありますが、ご本人の気持ちとしては自分も普通の公務員であり、著書では「誰だって変革を起こせることを訴えたかっただけ」だと言います。

いわゆるお役所仕事ではなく住民の心に寄り添い、社会が必要としていることに熱心に取り組む円城寺さんの想いを聞きました。

―もともと公務員志望ではなかったそうですね。

佐賀県で生まれ育ち、10代前半のころは父親の本棚にあった『三国志』(吉川英治著)をきっかけに歴史にのめりこんでいました。学校の授業では歴史は単なる暗記でつまらなかったのですが、時代の節目で先人たちがどういう判断をして、どう生き延びようとしてきたのか、など歴史の流れを読み解くのが楽しかったですね。

本当は歴史学者になりたかったのですが、当時は後にロストジェネレーションと呼ばれる就職超氷河期で、歴史の道を進むことができず、結局何となく県庁に就職が決まってしまいました...。申し訳ないのですが、同期入庁者の中でいちばん志は低かったかもしれません。

■組織のせいにせず、変革は自ら起こしていく

―県庁ではどのようなお仕事を担当されてきましたか

最初の配属は土木事務所でした。住民との距離が近い職場だったので徹底した「現場主義」が身に付きました。たとえ机上の書類仕事だけで完結するとしても、物事を進めるときは現場を必ず自分の目で見てからでなければいけない...。どのような場所であっても足を運び、住民と話をすることで思いがけない発見も多々ありました。

一方で公務員が行う仕事の一つ一つには、根拠となる法律や規則が存在します。現場を見て、状況にそぐわないルールがあれば改革が必要ですが、そのためにはまず現行のルールとその成り立ちをよく理解していなければいけない、ということも学びました。

その後、本庁の生産者支援課、職員研修所と異動をしてきました。職員研修所では新人研修を改革したり、職員に新しい人事制度を浸透させたりする仕事に携わりましたが、なかなか変わらない組織の体質に自らの力の至らなさを感じることがあったのも事実です。

―変革について意識が高まったのは何がきっかけでしたか?

あるとき、早稲田大学マニフェスト研究所の人材マネジメント部会に参加することになりました。人材マネジメント部会は先進的な取り組みを続けている地方自治体を事例とし、管理型人事システムから経営型人事システムに移行することなどを目的としています。

当時、早稲田大学マニフェスト研究所の所長だった北川正恭さんなどからは、私たち公務員は目先の業務をこなすだけでなく、本来あるべき姿を模索したり、地域に新しい価値を生み出したりする仕事をしなければならない、ということを強く教えられました。

それまでは思うように変革が進まないことがあっても、どこかで組織や体制のせいにして、自分の問題として捉えていなかったかもしれません。それからは一職員に法律や仕組みを変える権限がないとしても、やり方を工夫すれば課題解決の道が見つかるかもしれない、と思うようになりました。

また人材マネジメント部会に2年間通ううちに、無意識に「自分にできることはここまで」と線引きしていた殻を破ることができました。変革を自ら起こしていくことの大切さに気付き、就業後、部署を超えて自主的な勉強会を開くなどするようになったのもこのころです。

■救急車へのiPad導入はスタートでしかない

―よく知られているのは救急車へのiPad導入のお話です

健康福祉本部の医務課へ異動になり、救急医療を中心に膨大な仕事を担当したときのことです。資料や新聞記事で得られる情報には限界があるし、やはり佐賀の救急現場で何が課題となっているか知らなければ仕事はできないので、救急車に同乗させてもらえるよう何度もお願いしました。そこで目の当たりにしたのは救急医療に携わる人たちが置かれている厳しい現状でした。

様々な課題がありましたが、一番気になったことは、現場で情報が共有できないことでした。救急隊員は病院を探して電話をかけまくり、病院側は他の病院の救急車受入状況がわからないので自分たちだけが苦労していると疑心暗鬼になっていました。そこで県内すべての救急車にiPadを配備し、救急搬送情報を"見える化"するシステムをつくりました。

このシステムではiPad上で地区と症状、診療科目を選択すると、現在、受け入れ可能な病院がリストアップされます。また、各病院の救急車受入件数と断った件数もほぼリアルタイムで表示されます。搬送時間も短縮され、データ分析により新しくドクターヘリ事業も佐賀で実現することができました。これで多くの人の命が救えるようになったかもしれません。

―いまはどのようなことに取り組まれていますか?

2014年からは情報・業務改革課の所属になり、地域のICT化推進やオープンデータ業務を担当しています。救急現場を"見える化"して変革した経験から今度は行政や政治も"見える化"して変革できないかと思い、オープンガバメントやオープンガバナンスといった点に力を入れて行政の透明性を高め住民の参加や協働を促せないかと考えているところです。

また救急医療変革を行ったことで講演に呼ばれることが増え、さまざまな出会いに恵まれました。そのたび佐賀に居るだけでは得られない情報に触れ、ドローンを救急の場に活用するプロジェクトなど新しい試みがどんどん生まれるきっかけになりました。こういった取り組みは県庁の仕事ではないので、有給休暇などを使って個人的な活動として行っています。

救急分野で言えばiPad導入は患者さんを最適な病院へ迅速に運ぶためのツールであって、救急医療の抜本的解決にはなっていません。大切なのは救急患者の発生自体を減らすこと。ケガや事故は予測できないかもしれませんが、大病で倒れる前にはほとんどの場合、数日前から体の違和感や兆候が見られます。医療ビッグデータの分析やテクノロジーを駆使して、たとえばウェアラブルのツールなどで体調の異変を見逃さない仕組みを作れないかと考えているのです。

また高齢化に伴う介護分野の人手不足を補うため、手足が不自由な高齢者にロボット技術を応用して自分で動けるようになってもらえれば、介助する人も高齢者も互いに豊かな人生が送れるようになるのではないでしょうか。ドローンやビッグデータ、そしてロボットなどの最新テクノロジーで社会課題を解決し、より良い未来社会をつくりたいと思っています。

もっと言えば、人類にとって無限の可能性が広がるフロンティアである「宇宙」や「深海」などを活用できないか、といったことにも想いを馳せています。しかしそれらをどうやって実現していくのか、一介の県庁職員の、しかもプライベートな活動で取り組んでいくには正直なところ限界も感じているところです。

■いま自分は何をすべきか、何ができるのか

―プライベートな時間を使って社会的な取り組みを続ける理由は何ですか?

ひとつは大好きな歴史の影響です。歴史は『人生の教科書』。歴史を振り返れば、国家や社会にとって悪いことが起きる前には必ず予兆がありました。予兆を感じたのに「まあ、いいか」と見逃しているようでは国家、社会は崩壊します。その危機感は大きいですね。

もうひとつは、実際に現場で困っている人の顔を見たら、何もしないでいられなくなったのが理由です。県庁の一職員ができることは限られていますが、放っておくことはできませんでした。

私が取り組んでいる活動は誰かに言われたからではなく、自分で課題を見つけてやっているだけのこと。つらいことがあっても、それは私個人の問題。たとえ嫌われてもやらなければならないことはあると思います。

―公務員の立場で変革を起こしていくことについてはどう思われますか

なぜ公務員が安定した立場を保障されているのか、と考えれば、私利私欲よりも"公"を優先し、不正なことに手を染めず、ちゃんとした仕事をしてほしい、という人々の願いと期待が込められているからだと思います。税金を使わせていただいている以上、仕事で好き勝手して良いわけはありません。公務員なら住民のため、社会のためになることに覚悟と責任を持って取り組まなければいけないと強く思います。

一方で、既存のシステムや制度に変革が必要だと感じても、頭ごなしに前例を否定せず、過去の成り立ちなどを理解しておくことも必要でしょう。「変えること」が目的になってしまうと本末転倒です。また組織の中で賛同が得られないようなことは、外部の人の心も動かせないはず。公務員の立場をわきまえて行動しながらできない理由で自分に言い訳をせず、いま自分は何をすべきか、何ができるのか、を常に自分に問いかけて行動する公務員でありたいと思っています。

■普通の公務員でも社会は変えられる

―どのような人が公務員になってほしいですか

すべての仕事には意味があります。その仕事によって住民の生活がどう変わるのかなど、自分の仕事の先にあることに想像力を持てる人であれば良いと思います。

一見、単調で地味と感じられる仕事があるかもしれませんが、たとえば申請受付業務で受け付け印を押す、という仕事一つをとってもすべて住民の生活に直結しています。目立つ目立たないではなく、公務員という仕事は、そこに誇りと価値を見出すべきではないでしょうか。

私自身はスーパー公務員でもなんでもなく、普段あまりクローズアップされない普通の公務員の姿を知ってもらいたくて本を書きました。安定している、という理由だけでなく、「やりがいある仕事」として魅力を感じてもらいたくて、私自身、努力して取り組んできたことを書いたつもりです。

―本の印税はすべて佐賀のために使われるそうですね

佐賀は昔のものを大事にする慣習がありながらも、幕末維新期には西洋の文化をいち早く取り入れるなど古いものと新しいものを融合させることに長けた土地でした。私が変革に取り組んでこられたのも、新しいことへの挑戦を良しとする佐賀の伝統的な考えが根付いていたからだと思います。ふるさとへの感謝の気持ちも込めて、本の印税などはすべて佐賀のCSO団体(市民社会組織)に寄付をして、地域活動を応援する事業の基金として使ってもらいます。

―若い方へのメッセージがあればお願いします

大切なのは常に「自分がやる」という当事者意識を持つこと。それに尽きると思います。しかし、誰だって毎回、組織から"はみ出し"て"そろそろクビですか?"しているわけにはいかないでしょう。ですから「おかしい」と思うことがあれば10回に1回は声を上げるだけでも良いし、変革に取り組んでいる人をかげながら応援するだけでも社会は変えられると思います。

また、自分の中で勝手に限界を作らないことも大切です。有名な方でもお会いしてみれば、当たり前ですが自分と一緒の人間なんだな、と感じます。誰だって何かできることはあるはず。英雄は生まれた時から英雄だったわけではありません。私が証明したように、本気になればなんだってできます。より良い未来のために、立場や役割は違っても一緒に頑張りましょう!

円城寺雄介(えんじょうじ・ゆうすけ)

1977年、佐賀県生まれ。立命館大学経済学部卒。2001年佐賀県庁に入庁。2008

年、早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会において「経営型、課題発見解決型」の自治体人材マネジメントを学ぶ。2011年、全国初となる県内全救急車にタブレット端末iPadを配備した救急医療情報システム(99さがネット)を構築、運用開始したことで知られる。

2012年 MCPCアワード2012グランプリ・総務大臣賞、全国知事会 先進政策大賞などを受賞。2013年には第8回「マニフェスト大賞」復興支援・防災対策賞 優秀賞も受賞している。2014年からは情報・業務改革課 地域情報推進担当主査。総務省からも委嘱を受け、総務省ICT地域マネージャー、総務省地域情報化アドバイザーとして変革を全国へ広げている。

ほかにも、佐賀のCSOとともに官民協働プラスソーシャルアクションセンターを設立し協働代表も務めたり、一般社団法人救急医療・災害対応無人機等自動支援システム活用推進協議会(略称EDAC)では参与としてドローン活用の研究と実用化も進めている。

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