急成長する「Airレジ」は未来のMBA教科書に載る戦略――『ITビジネスの原理』著者・尾原和啓がリクルートの狙いを徹底解説(『プラットフォーム運営の思想』第5回)

リクルートの開発したウェブサービス「Airレジ」から、人間らしい(=ヒューマナイズされた)IT活用の在り方を展望します。

PLANETSチャンネルにて好評毎月連載中の 尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』 の前月配信分を、月イチでハフィントン・ポストに定期配信していきます。

※今回は特別に今月配信分である、連載の最新回を配信致します!!

今年初めに出版された『ITビジネスの原理』(NHK出版)が大好評の、楽天株式会社執行役員・尾原和啓さん。ほぼ惑ではその続編として、より個別具体的なウェブサービスの使い方からITビジネスの本質を解き明かしていく連載『プラットフォーム運営の思想』を月イチで配信しています。

連載第5回となる今回は、リクルートの開発したウェブサービス「Airレジ」から、人間らしい(=ヒューマナイズされた)IT活用の在り方を展望します。

前回までの連載はこちらから

先日、リクルートの「Airレジ」というサービスの一周年発表があり、その内容にインターネット上で注目が集まりました。日本の飲食、美容など中小自営店舗業界が大きく変わっていくことになる素晴らしい転換点だと思います。

そこで今回は――ここまでの連載の流れからは少々逸脱しますが――この「Airレジ」のビジネス戦略について解説します。私はこのリクルートの戦略は、いずれ未来のMBA教科書に載るべき、大変に素晴らしい事例であると考えています。そのことをプラットフォームビジネスの原理から説明した上で、このビジネスが私たちの社会にもたらす革命を予測してみたいと思います。

そもそも「Airレジ」とは、どんなサービスでしょうか。一言でいえば、飲食店などの接客業のレジをタブレットのアプリで代行できるようにした無料サービスです。皆さんも最近、飲食店で店員がタブレットで会計を行う場面を目にする機会が増えているはずです。実は、通常のレジの機体は1品30万円ほどと言われています。それに対して、タブレットの導入にかかる費用は3万円程度。この置き換えだけでも大きなインパクトです。

しかし、本質はそこではありません。重要なのは、飲食店のレジがアプリによってプラットフォーム化されたことであり、それが意味するところです。

BtoBビジネスの基本――「エネーブラー戦略」

まずは、先にプラットフォームビジネスの基本的な話から始めましょう。

プラットフォームビジネスには大きく分けて2つの方向性があります。それは、企業や店舗を対象にした「BtoB (Business-to-business)」で行くか、個人を対象にした「BtoC(Business-to-consumer)」で行くかです。例えば、前回までにお話ししてきたSNSは、個人を対象にしたバーチャルコミュニティのサービスですから、「BtoC」の色合いが大変に強いです。そして今回のリクルートのビジネスは飲食店など企業とユーザを結びつけるサービスを提供しており、「BtoBtoC」といいます。「Airレジ」の場合は、飲食店という企業が対象なので(ひとまずは)「BtoB」が色濃くなります。

ここで注意を喚起したいのですが、本来は両方をバランス良くこなすのが大事です。インターネット企業の場合は、どうしても「BtoC」の戦略に偏ってしまいがちです。もちろん、ある程度エッジを効かせるために、片方に重点を置くのが戦略として大事なのも事実です。しかし、事業の成長を考えた場合、最終的には上手に両者のバランスをとるのが大事です。そして、このカスタマーとクライアントの双方を相手にして、最も上手にビジネスを展開してきたのがリクルートという企業なのです。

さて、そうなると次に重要なのは、先にBから取るべきか、それともCから取るべきかです。それは事業内容によりますが、どちらを先に取るかさえ決まれば、その後のノウハウはある程度確立しています。それらは「エネーブラー戦略」「ポータル戦略」と呼ばれています。

後者の「ポータル戦略」については、C(consumer=消費者)を狙うための戦略です。拙著『ITビジネスの原理』でも紹介した、ユーザーがある分野のサービスを利用したいと考えたときに、真っ先に思い出される「純粋想起」のポジションを狙うのが、この戦略です。今回は解説を割愛しますので、詳しい内容を知りたい方は拙著の参照をお願い致します。

※ 冒頭の試し読みが公開されています→NHK出版 | ITビジネスの原理

今回解説したいのは、B(business=事業者)を狙うための手法である「エネーブラー戦略」です。

これは、企業や店舗が新しいビジネスを手がけたり、既存事業のコストを下げることが可能になる(enable)ためのサービスを、プラットフォーマーが提供していくものです。

この手法のミソは、事業者の業務プロセスに入り込める点です。今回であれば、会計の際のレジ打ち業務がそれに当たります。そして、企業はひとたびフローに組み込んだサービスは、容易に替えられません。プラットフォーマーとしては、それを活かして今度はさらにプロセスの上下工程に手を伸ばして、事業者の利便性を高めてあげることで、徐々に事業の拡大をはかっていくわけです。

少しイメージがつかみにくいかもしれません。しかし、実は今回の「Airレジ」は、まさにこの最も鮮やかでわかりやすい事例です。解説していきましょう。

「Airレジ」の戦略

「Airレジ」は、まずはレジのプラットフォーム化を進めているのは、ここまで話してきたとおりです。では、ここから「エネーブラー戦略」で、彼らは最終的にどこに手を伸ばしたいのでしょうか?

それは――「店舗への送客」のプラットフォームです。つまり、現在「ホットペッパー」などが扱っているものの、「食べログ」や「ぐるナビ」などの他社サービスが手を伸ばしている領域に向けた一手なのです。この最終目的から逆算していくと、彼らの戦略の上手さが見えてきます。

もし例えば、いきなりリクルートが最終目的そのままに、飲食店のお客様の予約管理サービスを提供したら、どうでしょうか。多くの店舗は、既存サービスとの兼ね合いで抵抗感が強いでしょう。では、少し業務工程を遡りましょう。予約管理のために必要な業務は何でしょうか。それは、店舗のテーブル管理です。どのテーブルがどれだけ埋まっているかを把握するのは、予約管理の前提です。さらに遡ります。では、このテーブル管理の前提にあるものはなにか?

それが顧客の購買行動を数値化した「POSデータ」です。どの時間に、どのくらいのお客様が来るのかをデータで把握することが、テーブル管理の大前提です。そして、このPOSデータを入力する場所こそが――レジなのです。

実際、「Airレジ」にはPOS管理の機能も、テーブル管理のツールも、ネットでの予約機能も最初から付加されています。そして今回の発表では、「Airウェイト」というリアルでの順番待ち管理に対応したサービスを繰り出してきました。これは顧客が登録しておくと、順番が近づいたらメールで自動通知が来るという機能です。つまり、飲食店の待ち時間を、店内で待たずに外でぶらぶら自由に過ごせるようになるのです。

この機能が、いかに顧客にとって魅力的であるかは、言うまでもないことです。オプトイン/アウトのいずれにするかの問題はありますが、利便性のために自分の情報を渡したいユーザーは少なくないでしょう。店舗としても、順番待ち管理などの煩雑な業務に煩わされず済み、しかも、そこから得られたカスタマー情報から業務の最適化を行えます。クーポンの発行やリピーターの管理にも繋げていけるでしょう。

リクルートの強みが存分に生かされている

とても鮮やかな手法ですが、実はリクルートはこういうことを10年以上、ずっと研究し続けてきた会社です。彼らの強みは、これからもどんどん活かされるでしょう。

リクルートのビジネスにおける強みは、まず第一に営業力です。

例えば、「ホットペッパー」であれば、一旦その商圏に狙いを定めたら、圧倒的なドミナントを築いてしまって、競合が入ってこれないようにローラー営業を仕掛けます。その際に彼らが行う投資を考えれば、高々3万円程度のタブレットを2万店舗に仕掛けることなど、大したコストではありません。ITに弱い事業主の方々への対応も、彼らは慣れたものです。こうした実績は、普及の初期段階において、大きな強みを持つことでしょう。

例えば、店舗側にこのテーブル管理のデータ等をもとにして、ウェブで顧客への空席情報を提供するように促せます。また、POSデータを活かして、客足の少ない時間帯にクーポンを発行するなどの戦略も可能になります。

さらに面白いのは、リクルートが複数の店舗のビッグデータを把握することによって、店舗間の連携が可能になることです。

例えば、「この時間帯には毎日、Aという飲食店で30分程度の待ち時間が出る」とわかっていたとします。すると、そこに並んだお客さんに「近所のBという店でフットマッサージを受けながら待てば、A店のデザートがタダになりますよ」などの連絡を送れるのです。顧客情報からニーズは洗い出せるはずなので、スパムメールを送りつけるのとは違い、正しく効果がある方法でしょう。無駄になるはずの時間を有効活用できる、誰も損をしないレコメンデーションができてしまうわけです。

さらに、リクルートの「編集力」も効いてくるでしょう。細やかに配慮された提案のプランニングは、やはりビッグデータには出来ないことです。

例えば、今や旅行業界に広く普及した「個室鍵付き温泉」や「女子会」などの言葉は、実はリクルートが考案して広めたものです。これは、「良い料理を食べるよりは、気のおけない仲間と個室でバカ話で盛り上がりたい」や、「リーズナブルな料金で、安心して友達が誘える店を知りたい」などのユーザーニーズに目をつけたことから、生まれました。彼らは「女子会」という言葉を発明して需要喚起を行い、また店舗側には女子会向けのメニューや半個室の提案などの「プチコンサル」を行ったのです。

実はリクルートという会社は、別に「とても儲かる全く新しいフィールドを作り上げてきた」というような会社ではありません。飲食店の話で言えば、「そこそこ料理の腕は立つけど、集客が苦手で困っている」くらいの既存店舗に、キッチリとお客さんを誘導する仕掛けを作るようなことを得意としてきた会社なのです。

小さな事業者たちのネットワーク

ただし、従来のリクルートの手法とは違う点も出てくるはずです。

これまでは雑誌やテレビで大々的にPRを組んで、流行を創りだす手法が主流でした。しかし、店舗側のPOSデータを用いれば、小回りの効いたコンサルティングや需要の創出が可能になります。いわば「中央」にある巨大なメディアから流行を生み出す発想ではなく、小さくバラバラに散らばった店舗で、空いた場所や時間に対して小回りの効いた提案を行う「分散」型のメディアが可能になるということです。

もちろん、こうした手法は、巨大チェーンを抱える企業には必要ありません。実際、既にそうした企業の多くは空室確認の情報などはウェブで出しています。広報に大きく予算を取ることだって可能です。しかし、日本の58万店舗ある飲食店で、そんな巨大チェーン店が占める割合など、高々3割以下にすぎません。そして、このリクルートのビジネスが力を与えるのは、むしろ日本で圧倒的多数を占めるこの中小の店舗たちなのです。

しかも、フランチャイズビジネスにはどうしても中央集権的なところがあり、各店舗は独自色を失っていく側面があります。この「エネーブラー戦略」では、中小の店舗が独自の色を失わないままに、効率よく経営するための手助けができます。一方で、連携して規模の経済を得ることもできます。例えば、POSデータでのつながりを活かせば、素材の共同調達などが可能になります。そこにリクルートが介在すれば、「商社」の役割を果たすことも可能です。それも、各々の店舗の意思を徹底的に尊重した「商社」です。

こうした諸々が積もっていけば、まさに日本を支える中小企業の力を底上げして、この国の中間層の厚みを増すことに繋がるでしょう。

エネーブラーがもたらす革命――「ヒューマナイズ」

最後にエネーブラーがもたらす本質的な部分での革命があります。それが「ヒューマナイズ」です。

社会人の方であれば、本当は機械に任せたほうが上手く行くはずだと思うような単純作業が、日々の業務に沢山あると感じているはずです。それを実際に機械に任せてしまい、代わりに人間にしかできない業務に集中するのが、この「ヒューマナイズ」という考え方です。

この考え方を私が知ったのは、「サルマン・カーンアカデミー」を設立したサルマン・カーンのTEDでのスピーチです。

彼は、まずは授業の動画を生徒に配信するプロジェクトをはじめました。その結果、生徒たちは動画で苦手な箇所を何度も見たり、理解している箇所を飛ばしたり、と効率よく学習することが可能になりました。ところが、これをアメリカの中学の実験校が採用したところ、面白いことが起きたのです。

動画で先に生徒が学習してくるようにしたところ、授業がインタラクティブな質疑応答を行う場に変わったのです。それを彼は「ヒューマナイズ」と呼びました。教師が壇上で一人で延々と話す従来の授業よりも、生徒とダイナミックにコミュニケーションを交わし合う方が、人間らしいと考えたのです。

つまり、ITによって人間味が失われるどころか、かえって人間らしい血の通ったコミュニケーションに集中することが可能になっていると、サルマン・カーンは考えたのでした。

飲食店の場合には、むしろわかりやすいでしょう。人気店では、まさに人気店であるが故に予約管理などの雑務に大きな時間を割いています。しかし、この「Airレジ」さえあれば、そうした煩雑な仕事が自動化されて、かえって料理や接客などの本質的なサービスに集中できるのです。

もちろん、中には予約システムの自動化は、やはり味気ないという人もいるでしょう。でも、そのお蔭で予約が確定したあとに、お店が皆さんの誕生日パーティなどの相談にじっくりと乗る時間が生まれるとしたら、どうでしょうか。素晴らしいことだと思いませんか。IT化が、むしろ人間にしかできない、人間らしい働き方を高めていると思いませんか。

余談ですが、サルマン・カーンアカデミーは、IT化をより徹底することで、さらに「ヒューマナイズ」を高めたそうです。今度は、動画やテストの情報を用いて、その生徒がどこでつまづいているかを明らかにしました。

その結果として、教員の役割は本格的にファシリテーターに代わりました。例えば、ある科目が苦手な子に、その科目が得意な子を教えさせようと仕向けます。そうすると、教えられる子は勇気を持って他人に聞いて新しい内容を学ぶ体験ができ、教えた子は勉強の楽しさや誇らしさを再確認します。今度は、「学び合い」が始まったのです。

最近では、サルマン・カーンアカデミーは、遂に教室内にとどまらずオンライン上での「学び合い」の提供を始めています。

まとめ

まとめます。

今回の戦略によって、リクルートはまず各店舗を「ヒューマナイズ」する、ユーザーに大きな価値を提供できるプラットフォームを生み出しました。一方で、プラットフォーマーとして、したたかに上流工程にある「販促」を狙うべく、着々と施策を進めています。そして、その過程で「エネーブラー戦略」によって、多様性にあふれた様々な中小店舗が活躍できる状況を作り、日本の市場に大きな価値を与えようとしています。

以上の3点が、今回の「Airレジ」の大変に素晴らしい点です。次回は、こうしたリクルートのBtoBビジネスの戦略について、さらに分析を深めていければと思います。

そして、最後に一つだけ。

この「ヒューマナイズ」と「エネーブラー戦略」が、リクルートだからこそ大規模にできているのは確かです。しかし、本当は色んな業界でも充分に真似できることでもあります。むしろ、リクルートが逆に手をつけられないような、小さな業界でこそ可能なチャンスも沢山あるはずです。「エネーブラー戦略」で多様性を保ったままに、日本の中小の事業者がより「ヒューマナイズ」された、人間の血の通ったサービスを提供できる未来――それは「幸せを増やすインターネット」なのだと思います。

(次回に続く)

▼プロフィール

尾原和啓(おばら・かずひろ)

1970年生。楽天株式会社執行役員、楽天株式会社チェックアウト事業長。京都大学大学院工学研究科修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Googleなどの事業企画、投資、新規事業に従事。現職は11職目になる。また、ボランティアで「TED」カンファレンスの日本オーディションにも携わる。米国西海岸カウンターカルチャー事情にも詳しい。2014年1月に初の著書『ITビジネスの原理』(NHK出版)を出版。

▼PLANETSチャンネルが自信を持ってお薦めする、これからのインターネット・カルチャーを考える連載記事はこちらから。

・「笑ってコラえて!」「嵐にしやがれ」出演など、お茶の間でも大ブレイク中! 現代の魔術師・落合陽一が情報革命後の「メディア」と「人間」の関係を構想します。 (ほぼ)月イチ連載『魔法の世紀』

・気鋭のネットライター・稲葉ほたてが描き出す、全く新しいインターネットカルチャーの歴史とは――? 月イチ連載『ウェブカルチャーの系譜』

PLANETSチャンネルに入会すると、上記連載の最新回をすべて読むことができます。

PLANETSチャンネルにて好評毎月連載中の 尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』 の前月配信分を、月イチでハフィントン・ポストに定期配信していきます。

※今回は特別に今月配信分である、連載の最新回を配信致します!!

今年初めに出版された『ITビジネスの原理』(NHK出版)が大好評の、楽天株式会社執行役員・尾原和啓さん。ほぼ惑ではその続編として、より個別具体的なウェブサービスの使い方からITビジネスの本質を解き明かしていく連載『プラットフォーム運営の思想』を月イチで配信しています。

連載第5回となる今回は、リクルートの開発したウェブサービス「Airレジ」から、人間らしい(=ヒューマナイズされた)IT活用の在り方を展望します。

前回までの連載はこちらから

先日、リクルートの「Airレジ」というサービスの一周年発表があり、その内容にインターネット上で注目が集まりました。日本の飲食、美容など中小自営店舗業界が大きく変わっていくことになる素晴らしい転換点だと思います。

そこで今回は――ここまでの連載の流れからは少々逸脱しますが――この「Airレジ」のビジネス戦略について解説します。私はこのリクルートの戦略は、いずれ未来のMBA教科書に載るべき、大変に素晴らしい事例であると考えています。そのことをプラットフォームビジネスの原理から説明した上で、このビジネスが私たちの社会にもたらす革命を予測してみたいと思います。

そもそも「Airレジ」とは、どんなサービスでしょうか。一言でいえば、飲食店などの接客業のレジをタブレットのアプリで代行できるようにした無料サービスです。皆さんも最近、飲食店で店員がタブレットで会計を行う場面を目にする機会が増えているはずです。実は、通常のレジの機体は1品30万円ほどと言われています。それに対して、タブレットの導入にかかる費用は3万円程度。この置き換えだけでも大きなインパクトです。

しかし、本質はそこではありません。重要なのは、飲食店のレジがアプリによってプラットフォーム化されたことであり、それが意味するところです。

BtoBビジネスの基本――「エネーブラー戦略」

まずは、先にプラットフォームビジネスの基本的な話から始めましょう。

プラットフォームビジネスには大きく分けて2つの方向性があります。それは、企業や店舗を対象にした「BtoB (Business-to-business)」で行くか、個人を対象にした「BtoC(Business-to-consumer)」で行くかです。例えば、前回までにお話ししてきたSNSは、個人を対象にしたバーチャルコミュニティのサービスですから、「BtoC」の色合いが大変に強いです。そして今回のリクルートのビジネスは飲食店など企業とユーザを結びつけるサービスを提供しており、「BtoBtoC」といいます。「Airレジ」の場合は、飲食店という企業が対象なので(ひとまずは)「BtoB」が色濃くなります。

ここで注意を喚起したいのですが、本来は両方をバランス良くこなすのが大事です。インターネット企業の場合は、どうしても「BtoC」の戦略に偏ってしまいがちです。もちろん、ある程度エッジを効かせるために、片方に重点を置くのが戦略として大事なのも事実です。しかし、事業の成長を考えた場合、最終的には上手に両者のバランスをとるのが大事です。そして、このカスタマーとクライアントの双方を相手にして、最も上手にビジネスを展開してきたのがリクルートという企業なのです。

さて、そうなると次に重要なのは、先にBから取るべきか、それともCから取るべきかです。それは事業内容によりますが、どちらを先に取るかさえ決まれば、その後のノウハウはある程度確立しています。それらは「エネーブラー戦略」「ポータル戦略」と呼ばれています。

後者の「ポータル戦略」については、C(consumer=消費者)を狙うための戦略です。拙著『ITビジネスの原理』でも紹介した、ユーザーがある分野のサービスを利用したいと考えたときに、真っ先に思い出される「純粋想起」のポジションを狙うのが、この戦略です。今回は解説を割愛しますので、詳しい内容を知りたい方は拙著の参照をお願い致します。

今回解説したいのは、B(business=事業者)を狙うための手法である「エネーブラー戦略」です。

これは、企業や店舗が新しいビジネスを手がけたり、既存事業のコストを下げることが可能になる(enable)ためのサービスを、プラットフォーマーが提供していくものです。

この手法のミソは、事業者の業務プロセスに入り込める点です。今回であれば、会計の際のレジ打ち業務がそれに当たります。そして、企業はひとたびフローに組み込んだサービスは、容易に替えられません。プラットフォーマーとしては、それを活かして今度はさらにプロセスの上下工程に手を伸ばして、事業者の利便性を高めてあげることで、徐々に事業の拡大をはかっていくわけです。

少しイメージがつかみにくいかもしれません。しかし、実は今回の「Airレジ」は、まさにこの最も鮮やかでわかりやすい事例です。解説していきましょう。

「Airレジ」の戦略

「Airレジ」は、まずはレジのプラットフォーム化を進めているのは、ここまで話してきたとおりです。では、ここから「エネーブラー戦略」で、彼らは最終的にどこに手を伸ばしたいのでしょうか?

それは――「店舗への送客」のプラットフォームです。つまり、現在「ホットペッパー」などが扱っているものの、「食べログ」や「ぐるナビ」などの他社サービスが手を伸ばしている領域に向けた一手なのです。この最終目的から逆算していくと、彼らの戦略の上手さが見えてきます。

もし例えば、いきなりリクルートが最終目的そのままに、飲食店のお客様の予約管理サービスを提供したら、どうでしょうか。多くの店舗は、既存サービスとの兼ね合いで抵抗感が強いでしょう。では、少し業務工程を遡りましょう。予約管理のために必要な業務は何でしょうか。それは、店舗のテーブル管理です。どのテーブルがどれだけ埋まっているかを把握するのは、予約管理の前提です。さらに遡ります。では、このテーブル管理の前提にあるものはなにか?

それが顧客の購買行動を数値化した「POSデータ」です。どの時間に、どのくらいのお客様が来るのかをデータで把握することが、テーブル管理の大前提です。そして、このPOSデータを入力する場所こそが――レジなのです。

実際、「Airレジ」にはPOS管理の機能も、テーブル管理のツールも、ネットでの予約機能も最初から付加されています。そして今回の発表では、「Airウェイト」というリアルでの順番待ち管理に対応したサービスを繰り出してきました。これは顧客が登録しておくと、順番が近づいたらメールで自動通知が来るという機能です。つまり、飲食店の待ち時間を、店内で待たずに外でぶらぶら自由に過ごせるようになるのです。

この機能が、いかに顧客にとって魅力的であるかは、言うまでもないことです。オプトイン/アウトのいずれにするかの問題はありますが、利便性のために自分の情報を渡したいユーザーは少なくないでしょう。店舗としても、順番待ち管理などの煩雑な業務に煩わされず済み、しかも、そこから得られたカスタマー情報から業務の最適化を行えます。クーポンの発行やリピーターの管理にも繋げていけるでしょう。

リクルートの強みが存分に生かされている

とても鮮やかな手法ですが、実はリクルートはこういうことを10年以上、ずっと研究し続けてきた会社です。彼らの強みは、これからもどんどん活かされるでしょう。

リクルートのビジネスにおける強みは、まず第一に営業力です。

例えば、「ホットペッパー」であれば、一旦その商圏に狙いを定めたら、圧倒的なドミナントを築いてしまって、競合が入ってこれないようにローラー営業を仕掛けます。その際に彼らが行う投資を考えれば、高々3万円程度のタブレットを2万店舗に仕掛けることなど、大したコストではありません。ITに弱い事業主の方々への対応も、彼らは慣れたものです。こうした実績は、普及の初期段階において、大きな強みを持つことでしょう。

例えば、店舗側にこのテーブル管理のデータ等をもとにして、ウェブで顧客への空席情報を提供するように促せます。また、POSデータを活かして、客足の少ない時間帯にクーポンを発行するなどの戦略も可能になります。

さらに面白いのは、リクルートが複数の店舗のビッグデータを把握することによって、店舗間の連携が可能になることです。

例えば、「この時間帯には毎日、Aという飲食店で30分程度の待ち時間が出る」とわかっていたとします。すると、そこに並んだお客さんに「近所のBという店でフットマッサージを受けながら待てば、A店のデザートがタダになりますよ」などの連絡を送れるのです。顧客情報からニーズは洗い出せるはずなので、スパムメールを送りつけるのとは違い、正しく効果がある方法でしょう。無駄になるはずの時間を有効活用できる、誰も損をしないレコメンデーションができてしまうわけです。

さらに、リクルートの「編集力」も効いてくるでしょう。細やかに配慮された提案のプランニングは、やはりビッグデータには出来ないことです。

例えば、今や旅行業界に広く普及した「個室鍵付き温泉」や「女子会」などの言葉は、実はリクルートが考案して広めたものです。これは、「良い料理を食べるよりは、気のおけない仲間と個室でバカ話で盛り上がりたい」や、「リーズナブルな料金で、安心して友達が誘える店を知りたい」などのユーザーニーズに目をつけたことから、生まれました。彼らは「女子会」という言葉を発明して需要喚起を行い、また店舗側には女子会向けのメニューや半個室の提案などの「プチコンサル」を行ったのです。

実はリクルートという会社は、別に「とても儲かる全く新しいフィールドを作り上げてきた」というような会社ではありません。飲食店の話で言えば、「そこそこ料理の腕は立つけど、集客が苦手で困っている」くらいの既存店舗に、キッチリとお客さんを誘導する仕掛けを作るようなことを得意としてきた会社なのです。

小さな事業者たちのネットワーク

ただし、従来のリクルートの手法とは違う点も出てくるはずです。

これまでは雑誌やテレビで大々的にPRを組んで、流行を創りだす手法が主流でした。しかし、店舗側のPOSデータを用いれば、小回りの効いたコンサルティングや需要の創出が可能になります。いわば「中央」にある巨大なメディアから流行を生み出す発想ではなく、小さくバラバラに散らばった店舗で、空いた場所や時間に対して小回りの効いた提案を行う「分散」型のメディアが可能になるということです。

もちろん、こうした手法は、巨大チェーンを抱える企業には必要ありません。実際、既にそうした企業の多くは空室確認の情報などはウェブで出しています。広報に大きく予算を取ることだって可能です。しかし、日本の58万店舗ある飲食店で、そんな巨大チェーン店が占める割合など、高々3割以下にすぎません。そして、このリクルートのビジネスが力を与えるのは、むしろ日本で圧倒的多数を占めるこの中小の店舗たちなのです。

しかも、フランチャイズビジネスにはどうしても中央集権的なところがあり、各店舗は独自色を失っていく側面があります。この「エネーブラー戦略」では、中小の店舗が独自の色を失わないままに、効率よく経営するための手助けができます。一方で、連携して規模の経済を得ることもできます。例えば、POSデータでのつながりを活かせば、素材の共同調達などが可能になります。そこにリクルートが介在すれば、「商社」の役割を果たすことも可能です。それも、各々の店舗の意思を徹底的に尊重した「商社」です。

こうした諸々が積もっていけば、まさに日本を支える中小企業の力を底上げして、この国の中間層の厚みを増すことに繋がるでしょう。

エネーブラーがもたらす革命――「ヒューマナイズ」

最後にエネーブラーがもたらす本質的な部分での革命があります。それが「ヒューマナイズ」です。

社会人の方であれば、本当は機械に任せたほうが上手く行くはずだと思うような単純作業が、日々の業務に沢山あると感じているはずです。それを実際に機械に任せてしまい、代わりに人間にしかできない業務に集中するのが、この「ヒューマナイズ」という考え方です。

この考え方を私が知ったのは、「サルマン・カーンアカデミー」を設立したサルマン・カーンのTEDでのスピーチです。

彼は、まずは授業の動画を生徒に配信するプロジェクトをはじめました。その結果、生徒たちは動画で苦手な箇所を何度も見たり、理解している箇所を飛ばしたり、と効率よく学習することが可能になりました。ところが、これをアメリカの中学の実験校が採用したところ、面白いことが起きたのです。

動画で先に生徒が学習してくるようにしたところ、授業がインタラクティブな質疑応答を行う場に変わったのです。それを彼は「ヒューマナイズ」と呼びました。教師が壇上で一人で延々と話す従来の授業よりも、生徒とダイナミックにコミュニケーションを交わし合う方が、人間らしいと考えたのです。

つまり、ITによって人間味が失われるどころか、かえって人間らしい血の通ったコミュニケーションに集中することが可能になっていると、サルマン・カーンは考えたのでした。

飲食店の場合には、むしろわかりやすいでしょう。人気店では、まさに人気店であるが故に予約管理などの雑務に大きな時間を割いています。しかし、この「Airレジ」さえあれば、そうした煩雑な仕事が自動化されて、かえって料理や接客などの本質的なサービスに集中できるのです。

もちろん、中には予約システムの自動化は、やはり味気ないという人もいるでしょう。でも、そのお蔭で予約が確定したあとに、お店が皆さんの誕生日パーティなどの相談にじっくりと乗る時間が生まれるとしたら、どうでしょうか。素晴らしいことだと思いませんか。IT化が、むしろ人間にしかできない、人間らしい働き方を高めていると思いませんか。

余談ですが、サルマン・カーンアカデミーは、IT化をより徹底することで、さらに「ヒューマナイズ」を高めたそうです。今度は、動画やテストの情報を用いて、その生徒がどこでつまづいているかを明らかにしました。

その結果として、教員の役割は本格的にファシリテーターに代わりました。例えば、ある科目が苦手な子に、その科目が得意な子を教えさせようと仕向けます。そうすると、教えられる子は勇気を持って他人に聞いて新しい内容を学ぶ体験ができ、教えた子は勉強の楽しさや誇らしさを再確認します。今度は、「学び合い」が始まったのです。

最近では、サルマン・カーンアカデミーは、遂に教室内にとどまらずオンライン上での「学び合い」の提供を始めています。

まとめ

まとめます。

今回の戦略によって、リクルートはまず各店舗を「ヒューマナイズ」する、ユーザーに大きな価値を提供できるプラットフォームを生み出しました。一方で、プラットフォーマーとして、したたかに上流工程にある「販促」を狙うべく、着々と施策を進めています。そして、その過程で「エネーブラー戦略」によって、多様性にあふれた様々な中小店舗が活躍できる状況を作り、日本の市場に大きな価値を与えようとしています。

以上の3点が、今回の「Airレジ」の大変に素晴らしい点です。次回は、こうしたリクルートのBtoBビジネスの戦略について、さらに分析を深めていければと思います。

そして、最後に一つだけ。

この「ヒューマナイズ」と「エネーブラー戦略」が、リクルートだからこそ大規模にできているのは確かです。しかし、本当は色んな業界でも充分に真似できることでもあります。むしろ、リクルートが逆に手をつけられないような、小さな業界でこそ可能なチャンスも沢山あるはずです。「エネーブラー戦略」で多様性を保ったままに、日本の中小の事業者がより「ヒューマナイズ」された、人間の血の通ったサービスを提供できる未来――それは「幸せを増やすインターネット」なのだと思います。

(次回に続く)

▼プロフィール 尾原和啓(おばら・かずひろ) 1970年生。楽天株式会社執行役員、楽天株式会社チェックアウト事業長。京都大学大学院工学研究科修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Googleなどの事業企画、投資、新規事業に従事。現職は11職目になる。また、ボランティアで「TED」カンファレンスの日本オーディションにも携わる。米国西海岸カウンターカルチャー事情にも詳しい。2014年1月に初の著書『ITビジネスの原理』(NHK出版)を出版。

▼PLANETSチャンネルが自信を持ってお薦めする、これからのインターネット・カルチャーを考える連載記事はこちらから。 ・「笑ってコラえて!」「嵐にしやがれ」出演など、お茶の間でも大ブレイク中! 現代の魔術師・落合陽一が情報革命後の「メディア」と「人間」の関係を構想します。 (ほぼ)月イチ連載『魔法の世紀』 ・気鋭のネットライター・稲葉ほたてが描き出す、全く新しいインターネットカルチャーの歴史とは――? 月イチ連載『ウェブカルチャーの系譜』PLANETSチャンネルに入会すると、上記連載の最新回をすべて読むことができます。

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