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なぜ日本のIT企業には共有価値観がないのか?――尾原和啓氏が答える『ザ・プラットフォーム』Q&A

2015年09月13日 15時36分 JST | 更新 2016年09月09日 18時12分 JST

PLANETSチャンネルでの連載(『プラットフォーム運営の思想』)がもととなり書籍化され、ベストセラーの仲間入りも果たした尾原和啓さんの『ザ・プラットフォーム』。今回は、出版後に行われたニコ生で読者から寄せられた質問と、それに対する尾原さんからの回答をまとめた記事をハフィントン・ポストで無料公開します。

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尾原和啓『ザ・プラットフォームIT企業はなぜ世界を変えるのか?』 (単行本・電子版同時発売)

拙著『ザ・プラットフォーム』は、おかげさまでKindleでビジネス書総合一位、六本木ABC書店で三週連続総合一位という風に、大変な好評価をいただけています。

この本の出版をもって、「プラットフォーム運営」について語ってきたこの連載は、一段落することになります。連載の内容に興味を持たれていた方は、私なりのまとまった見解が書かれていますので、ぜひ本を購入してみてください。

さて、今回はこの連載のひとまずの締めくくりに、7/18のニコニコ生放送で私が読者から受け付けた新書への質問の回答を書いてみたいと思います。新書や連載では書けなかった内容について、踏み込んだ内容を話しているので、補完的な内容になっていると思います。

Q1.尾原さんの言う衆人環視の仕組みは、新しい村社会のようにも思えます。本当に望ましい社会なのでしょうか?

いきなりPLANETSの読者らしい質問ですが......結論から言えば、わりと私は楽観的に考えています。

まず、「衆人環視」については、M.フーコーという哲学者が『監獄の誕生』という本で論じた「パノプティコン」という概念を知る必要があります。フーコーは、人間の罪の意識が、誰かから監視されている状態で生じるものではないかと考えました。その際に彼は、ジェレミー・ベンサムの「パノプティコン」という監獄の設計を取り上げています。この監獄は、塔から誰かに監視されているのだけど、その人の存在は見えないというものでした。このとき、人は心のなかに「自分が監視されている」という状態を作り上げてしまうのです。

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パノプティコン型刑務所、「プレシディオ・モデーロ」の内部(出典

さて、この衆人環視という状態は、現代で言えばTwitterやFacebookで常に自分が見られているネット社会の状況そのものです。私たちは、そういう中でどのように生きていくのかが問われているのです。しかし、ここにはデメリットだけではなくて、メリットもあります。

ビクビクしながら生き抜くしかないということは全くありません。むしろ、僕は「お陰さま」という言葉が真に活きる社会になっていくだろうと楽観的に考えています。なぜならば、みんなが見てくれているということは、徳を積めばその分は必ず誰かが見ていてくれて、いつか評価として帰ってくるからです。ネガティブなことがバレやすい分、リア充みたいに自慢しなくても周囲があなたの良いことを拾ってくれて、どんどん新しい仕事や機会が自分に舞い込んでくるようになる。まさに「情けは人のためならず、己のためなり」が実現する社会になるのだと信じています。

Q2.楽天やニコニコ動画のようなサービスは、日本の中間層の厚みを利用していて、海外に簡単に輸出できないように思えるのですが、どう思いますか?

これも、なかなか好学な質問ですが、まさにおっしゃる通りです。

この人の言う「中間層の厚み」は、この本における「ハイコンテクスト」に当たる話になります。確かに、楽天で些細な差異を競ったガジェットが人気があったり、ニコニコ動画の「歌ってみた」や「踊ってみた」で連鎖反応が起こりやすいのは、日本の中間層の厚みによる部分があるのは確かです。ただし、それが海外で通用しないことは必ずしもないと思います。ハイコンテクストになる共通なものを、ある一定の層の中で生み出しさえすればいいだけだからです。あるいは、ハイコンテクストを短期間に凝縮して生み出す装置なんかがあってもよいでしょう。

例えば、前者をグローバルビジネスでやっている優れた産業が、ワインです。

ワインというのは、産地や作り手の思いやぶどうの品種などの、とてもハイコンテクストな差異を積み上げていくことでブランド価値を作り上げて、単価を上げるビジネスなんですよ。こういうのは――いつも出す極端な例で恐縮ですが――女性のうなじに関してだって、論理的に言えば出来るはずです。現実にそういうことが起こりやすいのは、やはりオタク産業になるでしょう。以前に宇野さんから海外ではガンプラが二倍以上の値段で取引されていると聞きました、AKBだってあのテンプレートをヨコ展開させることは可能だと思います。

ちなみに、AKBの面白さは、思春期の少女という最も成長変化の激しい状態の集団に観客が関与していくことによって、さらに成長が生まれていくところにあります。そのときの様々な衝突がドラマを生むし、秋元康がそれをさらにズラしていくので、物語は加速していくわけです。しかも、地方にAKBが新しく生まれるたびに、今度は連歌のように先輩のAKBと重ね合わされて、また新たなコンテクストのズレも発生していく。ほとんど意図的とさえ思えるほどに、高速にハイコンテクストを生み出す仕組みになっています。

でも、ここにあるのは「想い」というものの凝縮性でしかありません。だから、海外におけるスナップチャットのやり取りやインスタグラムのタグの進化を見ていると、AKBやニコニコのN次創作のコミュニケーション消費にとても近いものが生まれはじめているし、そこに着目していけば輸出は十分に可能だと思います。

Q3.落合さんが連載で、Googleは人工知能の思想、Appleはパーソナルコンピューターの思想とまとめていましたが、Facebookはどういう系譜の思想になるのでしょうか。

この辺の話では、宇野さんが僕との対談でまとめてくれた話が最も簡潔だと思います。つまり、彼らの差は作用点であって、Googleは「世界」に対して、Appleは「人間」そのものに対して作用を起こそうとしているということです。

Googleの共有価値観は、「世界中の情報を有機的に整理して、いつどこからでもアクセスできるようにすること」で、まさに「世界」に作用しています。それに対して、Appleは「Think different」に始まって、各々の人間が違う考え方が出来るように強化していくものです。その意味で、世界に作用を及ぼすというのは人間の認知のあり方を変えることですから、確かにGoogleが人工知能の系譜というのは正しいと思います。一方で、自分に作用を起こすのはパワードスーツを着るようなものなのでAppleがパーソナルコンピュータの系譜にあるというのも綺麗な思想の整理ですね。

では、Facebookはどうなのか。

Facebookは、人間と人間の関係に作用点を持ちます。しかし、そこには人工知能やパーソナルコンピュータに相当する系譜はないと思います。社会学で「ウィークタイ」と言われる法則をどう使っていくかのような直近の問題はあって、こういう話題を実学的にどう発展させていくかが、今後の課題になるのだと思います。個人的には、そこには例えば東洋思想的な、人と人の「縁」みたいな話に近いものが、これから展開されていくのではないかと思います。

ただ、Facebook自身はハッカーイズムに現在でもこだわっていて、彼らに独自の展開は今でも見えていません。

本でも書きましたが、僕はFacebookはビジネスモデルがまだいびつだと思っています。そこをどう消化していくかが、今後の展開で重要になるはずです。現状では、残念ながらFacebookは彼らの思想とビジネスモデルが一致していません。人と人が集えばそこで時間を消費してくれるから、そばに広告を置いておけば換金できるという発想にしかなっていないのです。

ちなみに、最近の状況を言うと、だんだん若者はFacebookを使わなくなり、Instagaramに移行しています。これには『ITビジネスの原理』でも書いた「非言語」による繋がりという潮流にくわえて、写真でその瞬間の「刹那」を表現するのを格好いいとする快感原則の存在があります。しかも、そこで見逃せないのが、ハッシュタグによってくくられることで、その「今ここ」の刹那を同時に共有して仲間を見つけられるようになってきたことです。

インスタグラムのユーザーをインタビューしていると、こういう特性が若い人の価値観や行動原理を大きく変化させているとよく分かります。彼らの話を聞いていると、極端なことを言えば、もう服やブランドよりも、行動にお金をかけるようになりはじめています。というのも、服というのはリアルの相手に見せるものなのですが、別にその人たちは自分の趣味嗜好を必ずしも理解してくれる人ではありません。ところが、インスタグラムであれば、自分が「どこどこへ行った」みたいな話を報告に対して、すぐに自分の嗜好を理解してくれる仲間から反応が来る。そうなると、生活におけるコストのウェイトが変わっていくんですね。まあ、そこで面白いのが、非言語だからワールドワイドに開かれているのに、日本ではマイルドヤンキー的な方向で離れ小島になっていく動きもまたあることなのですが。

Q4.AirbnbやUberでモビリティが自由になった社会で、私たちの人間関係や働き方はどうなるのでしょうか?

良い質問ですね。

まず、現状のAirbnbやUberは、旅行のときの宿泊先や急ぎたいときのタクシー利用などの「非日常」を便利にするツールにとどまっています。しかし、これらは非日常での利用コストを下げて流動化していくツールであるにとどまらず、必ず日常を変革するプラットフォームになっていくと思います。

一つ面白い例を挙げましょう。僕のバリに住んでいる友人に、バリと日本で往復生活をしている人がいます。彼は、片方に在住しているときはAirbnbでもう片方の家を貸しているんです。

そうなると、彼は二つの家を借りているのに、家賃を一件分だけしか払わずに済んでいるんですよ。これ、便利だと思いませんか。しかも、彼がそのどちらでもないシンガポールに行ったときには、今度はバリと東京の両方の家も貸せるから二軒分の収入が発生して、シンガポールのホテル代も稼げてしまう。つまり、ホテル代の相場が激しく上下しない限りは、彼は一軒分の家賃で暮らせてしまうんですね。

非日常の利用から日常の利用に変わっていくというのは、具体的にはこのようにどこへ移動しても、住まいのコストが変わらない状態のことを言うのだと思いますね。

この話で大事なのは、実はプロセスです。昔から「部屋を交換すればいいじゃないか」という発想はあったのですが、いきなり流動化するのは大変なことでした。でも、こんなふうに「日常の空いてるところを、非日常の人にちょっと貸してあげよう」なんてことから始めると、気がつけば日常までも流動化していくんですね。変革というのは、こういう滑らかさが重要なんです。

ちなみに、この件については既にティッピングポイントを超え出しています。僕が住んでいるウブドゥでは、自分の住みかをAirbnbで貸し出して、海外でフラフラし続けるノマドワーカーが増えています。彼らは「住む」ことの流動化と同時に、リモートワーキングというかたちで「働く」ことも流動化しているのが重要ですね。もちろん、これはPLANETS読者向けに言うと、ネットの進化で衣食住がどう変化していくか、という「PLANETS vol.8」の話にほかなりません。

Q5.ペイフォワードという概念について、もう少し詳しく教えて下さい。

では、ここまでの流れで、この質問にも答えたいと思います。

こういう衣食住の変化は、すでに私たちの行動をリアルにアップデートしはじめています。Airbnbが「住」のアップデートなら、「衣」はメルカリなどのフリマアプリでしょう。

面白いことに、実はこのメルカリがペイフォワードの例になっているのです。

メルカリの中の人たちに話を聞いて面白かったのが、既に彼らはユーザーの行動を「中古品の売買」というワンショットで捉えていなくて、中古で買ったものがまた売りに出されるという循環で考えていたことです。

というのも、メルカリの中では中古品がすぐに売れるので、一度買ったものを再びメルカリで売る発想になっていくんです。そうなると、例えば1万円のワンピースを3000円で買ったとして、2週間ほど着たくらいであれば、せいぜい2500円で売ることは可能でしょう。すると、そこに送料が入ったとしても810円かそこらで新しい服を楽しめてしまうんですね。

これは、服というものをシェアしては次の人に送っていく行為になっていて、まさにペイフォワードそのものです。しかも、メルカリは既にコミュニティ化が起きていて、メルカリユーザーは外で服を買うときに「たぶんいつも私の服を買ってくれる○ちゃんが中古で買ってくれるはず」と考えるよ