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空海に学ぶ、クリエイティビティを上げるヒント【飛鷹全法×鎌田安里紗】

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ギャルモデルであり、現役・慶応義塾大学大学院生でもある鎌田安里紗さん
10代、20代を中心に支持を集める彼女はエシカル・プランナーでもあり、多数のファッションブランドとコラボをしたり、「エシカル」に興味を持ってもらえるようなイベントやスタディツアーを手がけたりと、様々な形で発信をしています。

今回、そんな彼女が「この人の発想はこれからの暮らしを考える上でヒントになりそう!」と感じた人たち10人にインタビュー。
生活のこと、暮らし方のこと、自然との関わり合いのこと、自分を大切にすることなどについて、じっくりお話を聞いていきます。

今回は第9回目。お相手は高野山高祖院住職の飛鷹全法さんです。
飛鷹さんは東京大学法学部出身。大学院在学中にITベンチャーの立ち上げに参画した後、株式会社ジャパンスタイルを設立し、国際交流基金の事業で伝統芸能の舞台のプロデュースや、経済産業省の海外富裕層誘客事業(ラグジュアリートラベル)の検討委員を歴任。
その後出家して、現在は高野山高祖院住職、高野山別格本山三宝院副住職、地域ブランディング協会理事をつとめるという、異色の経歴の持ち主です。

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自分だけの幸せ、物質的な幸せだけでは、「欲が小さすぎる」

鎌田 私は雑誌をはじめとするメディアやファッション業界と関わる中で、消費のあり方や人々の情報の受け止め方に興味を持ってきました。
これだけたくさんの情報に日々触れていると、自分が本当は何が欲しいのか、どう行動したいのか、どうなったら幸せなのか、といったことを感じにくくなるのではないかと思うのです。

そこで、個人個人がもう少し自分の内側に目を向けて考える時間や、情報にとらわれないでいられるような考え方が必要なのではないかと感じています。
今回、飛鷹さんにお話を伺いたいと思ったのは、何かそこに助言をいただけるかなと思ったからなのです。

飛鷹 日本では今、経済を重視した政策が進められていますが、現在のように成熟社会になってくると、人は物質的なものだけでは満たされないものだっていうことは、すでに共通認識になっていると言っていいですよね。

日本では、年を重ねるとともに幸福度が下がっているというデータがあるそうなんです。
諸外国では一般的に、幸福度は青年期には低く、熟年層になるにつれて上がっていく傾向にあると言われていますが、日本は逆だと。

その原因が何なのかは簡単に答えられないかもしれませんが、人は何によって幸せを感じるのか、とか、そもそも幸せってどういうことなのか、という本質的なことを今一度問い直さないといけない気がしています。

鎌田 飛鷹さんご自身は、どうすれば幸せになれるとお考えですか?

飛鷹 やはり「他者と何かを分かち合う」ということが非常に大切なのではないでしょうか。変な言い方ですが、個人的な欲望って、それほど大したものではないと思うんですね。
自分だけいくら美味しいものを食べたって、そう食べられるものではないし、欲しいものをいくらコレクションしたってたかが知れている、とも言えるでしょう。
海外では、起業家は事業に成功すると、社会的な奉仕活動をしたりしますよね。

鎌田 確かにそうですね。財団を作ってNPOや社会的な活動に寄付なさったり、自分自身も活動なさったりしますね。

飛鷹 それはどういうことかと言うと、人は自分の欲求を満たすだけでは、本当には満たされないものなんだってことだと思うんです。より高い幸福度や自己充足感は他者との関係性の中にある、と言ってもいいでしょう。
おそらく仏教というのは、そのことをいち早く見出した教えなのではないかと思うのです。

私たち高野山の僧侶が奉ずる密教は、歴史的には大乗仏教という流れに属しますが、中心となる『理趣経』という経典の中に、「大欲得清浄(たいよくとくせいせい)」という言葉があります。
大欲は清浄を得る、と読み下しますが、例えばおいしいものを食べたいとか、贅沢をしたいといった欲望は、自分一人の「小欲」でしかない。
しかし、それを多くの人たち救いたい、といった自分を超えた絶対的な欲望「大欲」にまで高めなさい、という考え方なのです。そうすれば、それは清浄であり菩薩の位に通ずる、と。

鎌田 仏教は、欲望を否定するもののように言われることもありますが、そうではないのですね。

飛鷹 欲望というものを、個の身体性に閉じたものから、他者との関係性に価値転換させたところに、「大欲」という考え方のアクチュアリティがあるのではないかと思います。

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「空海」は今こそ新しい

鎌田 仏教や密教と聞くと日常生活から遠くて神聖なもののように思えますが、今のお話を聞くと日々の生活につながる発想がありそうですし、私が日頃発信しているフェアトレードやエシカルといったテーマとも親和性が高そうです。

飛鷹 そうですね。エシカルやフェアトレードは、物を通して自分と世界がつながっていることに意識的であろうとする取り組みですよね。
すべてが関係的な存在なんだってことへの気づきという意味では、「大欲」に近い発想かもしれません。

ところでお寺ってコンビニよりもたくさんあるってご存じでしたか? なのに、今の世代の人たちには何となく縁遠いというか、接点がなかなかないと思うんですね。いわばインターフェイスが時代に合わせてデザインされていないってことだと思うのです。
でも、伝統として今まで続いているものは、全て、日々新しいからこそ残ってきた、とも言えるんですよ。

鎌田 「日々新しい」?

飛鷹 古くなってしまったら、そもそも伝統として残ってこなかったはず。今まで続いているものは、すべてその時々の人々が新しさを発見して来たからこそ残ってきたのです。
伝統は日々新しい、というのはそういう意味ですね。

今、私の周りのデザイナーやクリエイターの中には、空海に強く関心を持つ人が増えています。
たとえばgreenz.jpというソーシャルデザインをコンセプトにしたwebマガジンの元編集長の兼松佳宏さんは、空海についての本を読んだら、自分がやってきたことと、空海が1200年前にやったことがあまりに符合していて驚いたそうです。
その驚きを言葉にせずにはいられなくて、兼松さんは「空海とソーシャルデザイン」という連載を始められました。

鎌田 それは、ぜひ読んでみたいです!

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空海が日本文化の「OS」を作った

鎌田 今日的な観点から見て、具体的には空海のどんなところが一番評価されているのですか?

飛鷹 たとえば小説家の司馬遼太郎さんは、日本には西郷隆盛だとか本居宣長だとか、いろいろな偉人がいるが、そういう偉人たちは「日本の西郷さん」「日本の宣長さん」だと。
でも空海は違う。彼だけは「人類の空海」であり、世界中のどこでもで通用する普遍的な存在だと言っています。

それから、日本で最初にノーベル賞をとった湯川秀樹さんも、同じく空海を高く評価した方です。
湯川さんは、空海がやったことの幅広さと影響力を考えると、世界史上を見渡しても、アリストテレスやレオナルド・ダ・ヴィンチくらいしか、比べられる人がいないと言うのです。

言うなれば、日本文化のOS(オペレーションシステム)を1人で作ってしまった、というようなところがあるのではないでしょうか。

鎌田 OS! 当時の日本人にとって新しいシステムや枠組みを空海が作ったということですか?

飛鷹 もちろん全てが空海ひとりの業績と言えるかはわかりませんが......たとえば、大晦日に除夜の鐘をつきにお寺に行きますよね。そして、年が明けたらその足でどこに行きますか? そう、初詣。でもそれって神社ですよね? 普通に考えたら、仏教と神道、どちらを信じているのですかって話になりませんか?

さらに、その前後にはクリスマスやバレンタインデーがあって、最近ではハロウィンも加わって、それはもう賑やかでしょう(笑)。
一神教の人から見ると、日本人が何を信じているのか、皆目わからないでしょうね。しかも、ほとんどの日本人が自身の宗教を聞かれると「無宗教」と答えてしまうのが実状です。

鎌田 たしかにそうですね。

飛鷹 でも、だからといって日本人の信仰のあり方がいい加減だと言ってしまうのは、早計だと思うんですね。
仏教と神道の両方を信仰する文化的伝統は、すでに1200年以上前から日本にあるのですから。

空海は今から1200年前の816年(弘仁七年)に、嵯峨天皇からその土地を下賜されて、修行のための道場として高野山を開きました。ただ、高野山というのはもともと丹生都比売大神(にうつひめおおかみ)という神様の土地なんです。

普通に考えたら、神様の土地に、密教という外来の宗教の道場を作るのはおかしいと思いませんか? 少なくとも、そのままでは何らかの不協和音が起こってもおかしくはないですし、ヨーロッパでは、キリスト教の布教に際して、先住のゲルマン人の自然崇拝の対象である森を切り開いて、キリスト教の神の方が強いことを示そうとしたりしています。

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飛鷹 それに対して、空海が何をしたかというと、まず丹生都比売神社をお参りして、その神様を高野山を守る地主神としてお招きしたんです。だから高野山で最初に開かれた場所である壇上伽藍には、神社が併設されているんですよ。
お寺なのになんで鳥居があるんですかって尋ねられたりもするんですけど、私たち高野山のお坊さんは、その神様を「明神さん」と呼んで、仏様と同じくらい大切に拝むんです。

高野山は2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されましたが、ユネスコは、その認定理由のひとつに、"神道と仏教の異なる文化が長きに渡って共存共栄してきたこと"を挙げています。
神と仏が共存する「神仏習合」の状態が1200年も続くと、それが儀礼や習俗、そして景観にまで反映されて、それが非常にユニークであるというわけです。

鎌田 宗教だけに限らず、自分が何か一つのことを信じると、他の人が信じている別のことを否定したくなるものですよね。

飛鷹 そうですね。一神教的な、自分の神だけが正しいという発想は、ともすれば排除の力学になりがちですが、日本の場合は、このような共生の文化を千年以上かけて培ってきたわけですね。

高野山の奥之院という一番の聖域には、法然や親鸞といった違う宗派の祖師のお墓もあれば、生前は戦い合った者同士の戦国大名のお墓も近くにあったりするんですよ。
豊臣秀吉の朝鮮出兵の戦死者を弔う「高麗陣敵味方供養碑」という供養碑があるんですが、味方だけでなく敵方の戦死者も一緒に供養しているんです。

「異質なものが、互いにその個性を保持したまま、より高いレベルで調和する」というのが、日本文化の創造性の源泉にあると言えるのではないかと思うのですが、曼荼羅という密教の世界観もまさに同じなのですね。
高野山を訪れる外国の方から、よくここはピースフルな場所だ、という感想を聞くのですが、それは異邦人である自分が排除されず、無限に許容されているといった感覚なのではないかと思うのです。
神の名のもとに、未だ多くの血が流されなければならない今日、こうした文化的伝統こそが高野山が世界に発信すべき大切な思想だと思います。

私たちにとっては、このような文化背景が、空気のように当たり前の前提となっているので、特に意識する必要がないのですが、それはパソコンやスマホを使いながら特にOSを意識しなくて済むのと似ている気がするんですね。

そのようなアナロジーで考えると、日本の文化的OSは、異質性を排除しない設計になっているので、神道と仏教という異る仕様のアプリケーションが同時に過不足なく動くし、クリスマスやハロウィンといった新しいアプリを後からインストールしても、フリーズしないで済むんだ、と言えるかもしれません。
そのOS設計の立役者の一人が空海だったと言うわけですね。

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密教、カツ丼、BABYMETALに通底する創造性のヒント

鎌田 それはどうやって折り合いをつけていると考えたらいいのでしょうね。
やはり自分と違うものは受け入れにくいし、自分で一度「こちらが正しい」と決めると、それ以外のものは受け入れられなくなる人が多いと思います。

飛鷹 もう一つ別な例を挙げて考えてみましょうか。
唐突ですが、カツ丼って普段食べます? 実は私は、カツ丼が大好物なんです。こういうことをあまりお坊さんが言うべきことではないかもしれませんが(笑)。

ただカツ丼って、よく考えると極めてクリエイティブな料理なんですよね。
まず、とんかつそのものが、外来文化を日本化したもの。専門店では、揚げ方や肉質にこだわった、まさに匠の技による美味しいとんかつが食べられますが、必ずしもカツ丼を置いてないですよね。
一方、蕎麦屋には、たいていカツ丼がメニューにあります。なぜかというと、カツ丼がダシととんかつを合わせた料理だからです。ただ蕎麦屋は、ダシのプロですが、とんかつを挙げる技術には必ずしも長けていない。ここに越えがたい深淵があるわけです(笑)。
とんかつ屋は、肉を揚げるプロだけどダシの専門家ではないし、蕎麦屋さんは、ダシのプロではあっても、肉の専門家ではない。仮に両方に通暁したとしても、ご飯の炊き加減、さらには卵の火入れ度合いといったさらなる難関が待っています。
カツ丼は、まさに日本料理の桃源郷ともいうべき存在で、理想の味に出会うのは、ラクダが針の穴を通るより難しい(笑)。

そんなときに、ついに出会ってしまったんです。神田の「やまいち」というお店なんですが、まずとんかつの揚げ方は完璧。さらにダシとの調和もいい。ご飯の硬さ、そして卵の半熟度合い、すべてが危ういバランスで調和して、まさに奇跡的なカツ丼が、そこには成立していました。
あまりに感激して、そのカツ丼が楽しみで東京出張のたびに神田に宿を取るようになってしまったんですが、よく考えると、カツ丼こそが「異質なものが、互いにその個性を保持したまま、より高いレベルで調和する」最たるものだと思い至ったんですね。
その意味で、そこには神仏習合と同じ原理が動いているんじゃないかって。いささか牽強付会めいていますが(笑)。

牽強付会ついでに言うと、今や全世界的に人気のBABYMETALにも、同じ日本文化の創造性の原理が働いているんじゃないかと思っています。
私はBABYMETALの大ファンなんですが、彼らの音楽を聴けば聴くほど、そのパフォーマンスの迫真性に心打たれるんですね。
「アイドルとメタルの融合」がコンセプトなんですが、そんなコンセプトがどうでもよくなるほど、バックバンドの演奏が素晴らしい。その技量は、海外のメタル専門誌が舌を巻くほどです。
そして特筆すべきはボーカルであるSU-METALの卓越した才能。普段は可愛らしい10代の女の子なんですが、舞台に立つと表情が一変し、圧倒的な歌唱力とオーラで、会場の空気を変えてしまう。今や「アイドルとメタルの融合」というコンセプトよりも、一アーティストとしての存在感の方が完全に上回っていますね。
レディガガやレッドホットチリペッパーといった海外一流のアーティストからの共演のオファーが、それを証明していると思います。

SU-METALを見ていて気付かされたんですが、思うに、本来異質であるはずの二つのものを共存させるには、情熱とある種の天才性が必要なのです。
本来は、共存し得ないものを一段階高いレベルで調和させる才能と言ってもいいかもしれません。
神道と仏教を調和させるには、空海の天才性が。とんかつとダシ文化を調和させるには、やまいちの親父さんの天才性が必要だったんですね。

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天才のかけらは、誰もが持っている

鎌田 BABYMETAL、やまいちの職人さん、空海。いろんな人の天才性が、日本文化を作ってきたのですね。すごいなあ。

飛鷹 天才っていうと、何か私たちと関係のないような存在に思えるかもしれないですが、誰もが天才のかけらを自分の中に持っているはずなのですよ。そうでなければ、そもそも卓越した存在にあこがれたりしないでしょう。
あの人は天才だ、と感銘を受けることは、私たちが私たち自身の中にある、潜在的な天才性に気づくことに他ならないと思うのです。

私は、そのかけらのことを、仏教では「仏性(ぶっしょう)」と呼んだのではないかと思っています。

鎌田 「仏性」とは、どういうものですか?

飛鷹 文字どおりの意味では、「仏の性質」ですが、仏になり得る資質と言ってもいいかもしれません。仏教では、「一切衆生 悉有仏性(いっさいしゅじょう しつうぶっしょう)」と言って、誰もが悟って仏になり得るんだという考え方があるんですね。

鎌田 では、すべての人が天才性をもっているということなのでしょうか。

飛鷹 天才っていうのは、天から与えられた才能のことでしょう。とすれば仏から与えられたと言ってもいい。
私たちは皆、仏から仏になりうる資質をいただいていて、仏になることを悟りと言うなら、天から与えられた自身の才能を開花させることも、また悟りと言ってよいのではないでしょうか。

密教には「如実知自身(にょじつちじしん)」という言葉があります。実の如く自身を知る、すなわち、本当の自分の姿を知ることが、自分自身の仏の姿を知ることだ、と言うんです。
スティーブ・ジョブズも、有名なスタンフォード大学での講演で「あなた方の心や直感は、自分が本当は何をしたいのかもう知っている」と言っていますが、まさに「如実知自身」ですね。

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鎌田 天才性はみんなが持っているとすると、それをどうやって発揮していけばいいのかが気になります。

飛鷹 よく、これはご縁だねって言いますよね。でも、それを「縁」だと認識するのは我々自身です。
縁は単なる偶然とは違っていて、そこに何らかの主体性が含意されているのではないでしょうか。
これは南方熊楠の考えなのですが、たまたますれ違っただけで何も起こらないのは「縁」、そこから主体的に動いて何かが変わっていくことが「起」。それを「縁起」と言うのだ、とは言うんです。

「縁」は外からやってくるという意味では、自分の主体性や主観を超えています。しかし、そこでアクションを起こすかどうかは、銘々の主体性に委ねられているわけです。だから、「縁」を「縁」たらしめるのは、我々自身だとも言えますね。

空海も、おそらくそうした「縁」の構造に敏感だった方だと思います。彼は31歳で中国に渡るのですが、4隻の船が出て、そのうち2隻が沈んでいるんですよ。沈まなかった2隻に乗っていたのが空海と最澄です。
空海と最澄がこうして後世まで伝わる偉業を残し得たのは、単に優秀だったということだけではなく、生き残り得たから空海と最澄になったのだ、とも言えるかもしれません。

空海の帰国の際にも、海が荒れ、何度も船が沈みそうになりました。そこで空海は「無事に帰国出来たら、道場を建立して、国を護り、人々を救うために修行したい」と願を掛けるのです。「願わくば善神護念し、早く本岸に達せしめよ」、そう空海は書いていますが、ここでも神様に願っているのが面白いですよね。

無事に帰国した空海は、神様への願掛けで助かったから、それに報いないと神を欺くことになると、道場を開くことを固く誓います。
これが高野山の開創につながっていく「縁起」になるわけですが、空海のこうしたチャンレンジがあったからこそ、今の高野山があるのだと考えると、天才というのは、決して個人に閉じた才能のことではないってことが分かります。

むしろ天才とは、自分に与えられた役割、ミッションを誰よりも深く自覚する才能のことではないでしょうか。
そしてその実現のために、たゆまず自己を磨き、チャレンジしていく勇気のことなのかもしれません。

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やりたいことをやり続けていたら、いつしかお坊さんになっていた

飛鷹 今は情報化社会と言われて、ソーシャルメディアのタイムラインで、あらゆる事象を等距離に眺めることができてしまう時代です。
ただ、それは本当に物事を知ったことになるのか、ということは立ち止まって考えてみなくてはならないような気がします。本当にその対象を知る、ということは、単なる情報処理の問題ではないわけですから。
今後は、ますます学問の役割が重要になってくるのではないでしょうか。ささやかな私自身の経験を振り返っても、学問は、時間をかけて対象と向き合うという態度や忍耐力の大切さを教えてくれます。

鎌田 学問といえば、飛鷹さんはかなり経歴が特殊ですよね。東大の法学部を出てITベンチャーを立ち上げて、経済産業省のラグジュアリートラベルの検討委員会をなさって、お坊さんに......。なぜこういった道を辿られたのでしょう。

飛鷹 なぜでしょうねえ(笑)。正直、自分で選んだつもりはないんですよ。私はもともと学問がやりたかったんです。
先に名前が出ましたが、高校生に時に南方熊楠という人を知ったのがきっかけでした。熊楠は大学予備門という東大の前身に入学したのですが、学業そっちのけで自分の研究に没頭し、20歳で渡米するんです。

彼は一貫して在野にありながら、ものすごい学識を持って、西洋で当時一流の学者と互角に渡り合い、多数の言語を操って多くの論文を物した人物。
日本民俗学の父と言われる柳田國男は、熊楠のことを「日本人の可能性の極限」と評するほどで、しかも水木しげるが漫画にするくらいキャラが濃いんです。南方熊楠に出逢って、私は学問というものをやってみたいと思ったのです。

ただ、大学に入ったら、私が憧れていたような、古き良き時代の知的な雰囲気は、残念ながら失われていました。これには結構失望して、一時期は大学を辞めてしまおうかと思ったこともあったのですが、以来、授業には一切出ず、神田の古本街と寮を行き来して、1人で本を読んで自学自習するような毎日を送っていました。

23歳の時、下宿近くの下町をぶらぶらしていたら、谷中にある全生庵というお寺の門前に「誰にでもわかる仏教の話」という看板が出ていたのです。
どうせ暇だからと思って聞いてみたら、それが非常に面白かった。何回か足を運ぶうちに講師の先生と仲良くなって、お宅にも遊びに行くようになった。そしてその年の夏休みに合宿をするからと、連れて行かれたのが高野山でした。
その時は、高野山がどこにあるかもよく知らないくらいだったのですが、その合宿の会場が、うちのお寺三宝院だったんです。まさかそのときは、将来自分がそこの副住職になるとは思ってもみなかったのですけれど(笑)。

鎌田 とはいえ、学校を卒業なさってから、すぐにお寺に入ったわけではなく、ITベンチャーを立ち上げたりもされていますよね。

飛鷹 人並みに人生の悩みにぶつかって、ずっと部屋にこもって本を読んでいたって、それだけじゃダメっだってことに、20代半ばくらいで否応なく気づかされたんですね。
ちょうどその頃、デカルトって哲学者が「世間という大きな書物を読まなくてはならない」って言っているのを知って、これだと思って(笑)。
それからは、世間という書物を読むべく、今しかできないことに積極的にチャレンジしてみようと思って、いろいろやってみたんです。
画廊で働いてみたり、健康食品の販売員やバーテンダーの見習いみたいなこともやったりして。でも結局、夜遅くまで働いても、自分たちは使われている側で、要はあるシステムに従属して搾取されているだけじゃないかって疑問が湧きました。
そんな折に、インターネットに出逢ったのです。インターネットの登場は、既存の社会の仕組みの中に従属して生きるだけではなく、自分たちで自分たちの社会を作って行けるんだっていう可能性を拓いたんです。これには、非常に興奮しました。

鎌田 自分で何かを起こして、それが社会に反映されるような感覚は、当時としては新しかったんでしょうね。

飛鷹 そうですね。東大っていうのは、どちらかというと既存の枠組み、既存の価値観の庇護者的存在じゃないですか。
でも、インターネットは、その前提となる社会の仕組みそのものを大きく変えるものだから、こんなことをしている場合ではない、と思って。
そこで、28歳のときに、学生ベンチャーに参画して、情報処理のソフトフェアを開発していました。ちょうど渋谷がビットバレーと呼ばれていた、ITベンチャーブームの真っただ中の頃ですね。

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情報のインプットだけでは、クリエイティブにはなれない

鎌田 今お話を聞いていて思ったのですが、飛鷹さんは自分の目で物事を判断するのに長けていらっしゃるのですね。

飛鷹 これは私の性分だと思うのですが、アウトサイダーという存在に惹かれてしまうんですね。
南方熊楠も、エスタブリッシュメント側からすると、相当逸脱した人物ですが、私はその逸脱にこそ、まだ見ぬ可能性とクリエイティビティの源泉が潜んでいると思いたいんですよ。
従来の思考の枠組みで事足れりとしてしまうと、大切な思考の種がこぼれ落ちてしまう。

鎌田 今はインターネットもありますし、どこからでも情報を取ってこられますよね。自分の頭で考えなくても、人の知識や言葉を借りて話せてしまう。
そういうのがすごく危ないし、もったいないなと思うのです。

飛鷹 その意味で、GoogleをはじめとするITベンチャーがマインドフルネスに興味を持っているのは象徴的だなと思っています。
もはや、単純にリニアな情報をいくら積み上げても、それだけではクリエイティブなものは生まれないってことに、気付き出しているんですね。

そのことに関して、自分の修行体験から思い当たることがあります。高野山のお坊さんになるためには、「四度加行(しどけぎょう)」という100日間の修行をしなくてはならないんですが、その間は携帯もパソコンも取り上げられて、外界から一切遮断されてしまうんです。

このままでは情報化社会に取り残されてしまうんじゃないかって、当初は少し心配にもなったりしたのですが、外から情報が入ってこないと、逆にいろんな記憶が自分の内から出てくるのです。もう忘れてしまっていたことが思い出されて、涙がこぼれるようなこともありました。

あるとき、深夜3時頃から、本堂で一人で拝んでいたら、物凄い雨が降ってきたのです。修行道場は、高野山の町中から、さらに山あいに入った、いわば文明と自然とが出逢う最前線のような場所にあるんですが、容赦ない雷雨で、本堂もろとも呑み込まれてしまうんではないかと思うくらいでした。
私たちは、簡単に「自然を守ろう」なんて言いますが、とんでもない。守られているのはこっちだなとつくづく思ったんです。

そうこうするうちに雨がやむと、嘘のようにあたりが静かになって、物音ひとつ聞こえない。やがて淡い光が下のほうから辺りに満ちて来て、鳥の声が一声鳴く。すると、その声に呼応するようにまた一声が響き、次々に声が重なり合って、さながら交響曲の幕開けのよう夜が明けて行くのです。本堂から出てみると、雨で洗われた世界に光が満ちて、あまりの美しさに、しばし我を忘れました。こんな凄いことが毎日繰り広げられているのかと、圧倒される思いでした。

修行の100日間は、徹底的に仏と向き合い、自然と向き合い、そして自分と向き合う、濃密で得難い時間でした。
ドラゴンボールに「精神と時の部屋」ってありますよね? まさにあんな感じで、そこで体験される時間の質がまるで違うんですね。いわば瞑想的時間と言っていいと思うのですが、そうした時間を過ごすと、様々な情報を受け止めるレセプター、つまり自分の側の受け止め方が変質するんです。
だから100日間の修行によって情報に遅れてしまったかと言うと、そんなことは全くなくて、むしろレセプターの質が上がっているから、情報の捉え方そのものが深くなるのですね。

鎌田 自分と向き合ったり、自分の感覚を確かめたり、自然を感じたりすることは、現代の人に大切だということですよね。

飛鷹 そうですね。高野山はそもそも「修禅の道場」、まさに瞑想の場として開かれたのでした。
先にお話したように、願を掛けた神祇に報いるためというのも高野山開創の理由のひとつですが、当時天皇に高く評価され、今で言えば最先端のビジネスマンのように八面六臂の活躍をしていた空海が、そうしたアクティブな活動とセットで瞑想の場を開いたというところに、今日の情報化社会から見ても、示唆的なところがあると思います。

鎌田 徹底していますね。

飛鷹 ビル・ゲイツも年に何回か別荘にこもって読書をする時間を取っているそうですし、スティーブ・ジョブズも禅に帰依していたことが知られていますね。
そう考えると、活動的時間から一歩引いて、自分と向き合うような時間を取るというのは、創造的な仕事をするためには、とても大事なことだと言えるのではないでしょうか。

鎌田 いろんなところから一歩引いて向き合う時間をとることは、日常の中でも可能だと思いますか?

飛鷹 可能だと思います。ただ、日常というのはある種ルーティン化されてしまっているので、一歩引いて立ち止まるということが、なかなか難しいのも確かです。
ですから旅行でも構わないので、まずは一度高野山にお越しいただいて、日常から一歩引いた時間を過ごしていただきたいですね。
そうして、瞑想的時間を一度身体にインストールしていただければ、また日常に戻ってからも、自分と向き合う感覚を思い出していただけると思うのです。
高野山が1200年存続してきたのは、高野山だけの力ではなく、日本社会が高野山という場を必要として来たからに他なりません。
伝統は、日々新しい。その意味を、改めて一緒に考えることが出来ればと思っています。

鎌田 お話を聞いていて、高野山にとても行きたくなりました。今日はどうもありがとうございました。

(2016年11月29日「QREATORS」より転載)