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退任を決意した「DRESS」編集長が見つめる、編集者の新たな活路とは?

2016年01月09日 00時54分 JST | 更新 2017年01月07日 19時12分 JST

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美魔女ブームの仕掛け人として流行を牽引してきた編集者、山本由樹さんが2015年をもって雑誌『DRESS』の編集長を退任した。本誌はウェブに主体を移し、誌面は季刊化されることも決定。

「紙からウェブへ」の流れを受けて逆風吹き荒れる雑誌業界。そこに長年身を置いてきた敏腕編集者は、いまをどう見つめ、これからをどう切り取るのか。そして世の編集者が向かうべき未来の活路とは。山本さんが目指す「新しい編集者の姿」について話を伺いました。

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初めて感じた、編集者としての敗北感

--------編集長退任のニュースには驚きました。決意の背景について教えてください。

山本 2013年4月に『DRESS』を創刊したときは、すでに出版業界自体が十数年縮小を続けており、雑誌のビジネスが右肩下がりであるのは分かっていました。

出版だけではない、リアルなコミュニティ作りとも連動した新しいメディアを作る"出版ベンチャー"を目指したのはそのためです。

そもそも雑誌という媒体は、ペイドメディアの中でも一番ハードルが高いんです。

書店に行き、雑誌を見つけ、お金を払い、家に持ち帰ってもらう......いくつもハードルを越えないと買っていただけません。

情報はスマホからゼロ円でやってくるデジタル時代において、ものすごいハンディを背負っている。

言い換えると、そこまでして買ってくれる読者はその雑誌に強い愛情を持っている、とも言えます。

そういう人たちをコミュニティ化できれば、少数であっても密度の濃い人たちが集まる可能性がありますし、これまで「買って帰れば終わり」で補足できていなかった読者像をCRM(顧客関係管理)として捕捉もできる。

だからDRESSは最初からCRM(顧客関係管理)データを取ろうと、そういう視点もあって始まったのが『DRESS部活』というコミュニティでした。

その狙いは当たり『部活』は好調。編集長退任後もエグゼクティブプロデューサーとして、引き続き活動プロモーションに力を入れていく予定ですが、雑誌に関しては僕の計算が甘かったのか、想像以上に市場の反応は厳しかった。

今まで自分の作った雑誌が売れなかったことはなかったので「時代の厳しさとはこういうことか」と今回初めて知りました。

正直、編集者としての敗北感みたいなものは感じていますね。

--------紙の媒体はもう難しい、と感じたという意味でしょうか?

山本 紙というものの価値が落ちている時代だからこそ「紙はいいよね」というジャンルはこれからも残ると思いますよ。

そこはこれからも追求していきたいと考えていますが、そういう志向を持つ人はもうマジョリティではなくなった、ということですよね。

今までの紙媒体とその編集者は、上質なコンテンツを届けようとがんばってきました。

しかしプロが作り上げる上質なコンテンツが必要とされているか、読者にウケるのか、と言えばそういう時代でもない。

にも関わらず、まだまだ紙の編集者は質を上げることにこだわっている現状があります。

先にお話しした情報がゼロ円でやってくる時代背景と、紙の媒体が背負っている制作コストは、もうあり得ないバランスになってしまっている。

これからの紙媒体は、少部数の狭くて深いマニアのためのものか、商品自体に価値がある高級なものか、二極化していくのではないでしょうか。

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求められるのは「プロが作る上質」より「個人が伝えるリアル」

--------上質なコンテンツが読者にウケなくなったのは、なぜなのでしょう。

山本 いつの時代も、人間を変えていくのはメディアなんです。

たとえば僕も最近は、タブレットで映画を観るんですよね。

ベッドに入ってタブレットで『東京物語』を観る、それって映画館の暗闇のなか大きなスクリーンで観るのとは全然違い、ある種体験の質が貧しくなっているとも言える。

でも、いまはそれでいい時代なんだと思うんです。

今の若い方は知らないと思いますが、携帯電話がない時代は待ち合わせひとつも大イベントで、何かあると会えない可能性があったんですよね。

待ち合わせ場所も間違えないよう「ハチ公の尻尾のあたりね」と細かく決めて、時間に遅れないようキチンと行っていた。

しかし携帯電話の誕生で「なんとなく集まる」ということができるようになった。

当然、約束とかこだわりにも人間はゆるくなってきます。

そういう時代に「写真一枚、印刷の質まで妥協しない」のような上質の追求が過去の物になるのは、当然という気もしていて。

ただ、このメディアツールの変化は悪いことではなく、これまで情報を受け取るだけだった側が、情報を取捨選択する権利を得た、とも言えると思うんですね。

これまでは食事の店を予約するにしても、テレビや雑誌など発信者の情報を信じ、わざわざ調べる手間をかけていたわけですが、いまは手の中にスマホという情報源があって、最高級のフレンチから立ち飲み屋まで選び放題。

口コミの評価を見ながら自分で主体的に情報を選択できるんです。

僕だって『食べログ』にいる好きなレビュワーさんをチェックして「この人がいいって言ってるなら行ってみようかな」とか思うわけですよ(笑)。

プロの考える上質な情報より、個人が発信するリアルな情報のほうがよほど説得力を持っている、今はそういう時代ですよね。

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デジタル時代こそ、編集の「伝える」力に光が当たる

--------編集者のなかには「読者を啓蒙し、上質が伝わるよう育てる必要がある」という論調の意見もあるようですが。

山本 そんなの意味ないと思いますよ。

先の映画の話ではないですが、体験が貧しくなっていることに気づく人はいるでしょう。

でも、それで時代が変わることは絶対にないですから、そういう意見は年寄りが「今の若いもんは」と言うのと変わらないんじゃないでしょうか。

そういう僕自身も、じゃあ個人的に何が好きなのかというと、聞いているのは50~60年代のジャズばかりだし、神保町に行って古本屋に行くのが好きだし、古いものや消えゆくものの中に身を置いているのが一番大好きなんですけれど、それは今を扱う編集という仕事に対する反動だったりもしますからね(笑)。

瓦版の時代から現在まで、さまざまなメディアが生まれて、メディアがメディアを乗越えていきました。

ただ、マジョリティが変わっても「この時代だからあえてレコードが聞きたい」とか「ラジオがいい」とか、古いメディアも残っています。

情報の受け手からすると、選択肢が増えたことは前向きな変化だと思いますよ。

--------読者が自分で情報を選び取る時代になったことで、紙媒体が弱体化した。ということは、ウェブメディアに可能性があると?

紙だろうとウェブだろうと、媒体社が伝える情報の価値そのものがもう毀損されている、と言っていいと思います。

ステマ(ステルスマーケティング)の問題じゃないですが、メディア制作サイドが言っているなら裏になにかあるんじゃないか、と思われますし、そこにウソがあればすぐ明らかにされるほどユーザーはメディアリテラシーに長けています。

みんな口コミなり個人のレビュアーさんなり、自分なりのお気に入りの情報源をアレンジして情報を集めるのがあたりまえ。

ひと言で表現すると、「SNSが巨大なマスメディアになった」のが今の時代ではないでしょうか。

かつてのマスメディアがマスメディアではなくなったここ数年は、この数百年のメディアを取り巻く歴史のなかで、最も大きい変化の瞬間を迎えているように感じていますね。

飲食店しかり、結婚観や人生観しかり、これまではメディアが提供する「幸せのロールモデル」を受け手が追いかける構図でしたが、いまや「幸せ」はそれぞれの価値観のなかにある。

一人ひとりがより主体的に人生を生きる権利とツールを得た、とも言えるでしょうね。

--------山本さんを筆頭に、これまで紙で活躍してきた編集者にとっては大きな転換点を迎えているわけですね。

山本 プロが発信者である、という時代は確実に終わりましたね。

その一方で、編集者の力が不要になったのか、というとそうではありません。

そもそも編集とは「誰に、何を、どう伝えるか」のエキスパートですから、それは紙、ウェブ、ブログ、SNSを問わず必ずついてまわります。

誰もがSNSを駆使するようになり、伝える側にまわる人間は増えている。

毎日のように「伝える」ことをやっているのに、じゃあどれだけ伝えたいことが伝わっているのか、というと決してうまくいっている人ばかりではないはず。

基本的にこちらに興味を持っていない、こちらの文章を読む気がない人間に対し、いかに発信し、見てもらえるか、という編集者の考えてきたテーマはこの時代になっても変わらずあるわけです。

これから僕が立ち上げる『編(あむ)』という会社では、編集者として培った発信力を、プロではない人たちに伝え、どう巻込んでいくか、という点に着目したビジネスをスタートするつもりです。

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「上質」に変わる価値は「共感」

--------『編(あむ)』という会社では、編集者が一般の人たちを巻込む形でビジネスを始める、というお話がありました。これは具体的に言うと、どのようなことでしょうか?

山本 『編(あむ)』でやりたいと思っていることのひとつは「共感性」をキーワードにしたメディアを作る、ということです。

紙の編集者が考えがちな「プロが考える上質」はもう反響を得られず、今は一般の人たちのほうが強い発信力を持っている時代、と先にお話ししました。

じゃあ読者の反響を呼ぶために、上質の代わりとなるものはなにか、というと僕は「共感性」だと思っているんですね。

読者と同じ共感性を持った人物を表現者の側に組み込んでいけば、プロの僕からは出てこない「共感を得るキーワード」がメディアの中に散りばめられていく、そういう発信の仕方に挑戦してみようと。

そのとき、発信者はプロじゃないほうがよいのですが、プロデュースする人間はプロであるほうがいい。

たまたま人気が出ちゃいました、というやみくもな方法ではなくて、プロの編集者が構築したメディアプランニングの方法論に乗せていくわけです。

編集者の佐渡島庸平さんは、紙の時代が追いかけてきた「質」に変わる、あるいは質にプラスする価値観はなんなのか、という話題に対し「親近感」と言ったんですね。

その意見には同感で、どれだけ身近な話題であるか、というなかに質を加えていったとき初めて、生み出したものに共感という価値が生まれ、読者がついてくる。

一般の人たちが持っている発信力や感性をプロが上質な形でプロデュースすることで、共感性を持って読める新しいメディアが生まれる、そんな可能性を感じています。

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メディアは媒体から、企業が作る時代になる

--------共感性に着目した新しいメディア。今までの雑誌やウェブメディアのように広告収入を得て運営をしていく、ということでしょうか?

山本 僕はもう媒体社がメディアを作る時代ではなくなり、編集的な視点を持った人間が企業に入って、企業がメディアを作る時代になっていると考えています。

これだけマスメディアが影響力を失っている以上、紙やウェブに広告を出すよりも、力のあるオウンドメディアを持つのが一番お得なのではないか、と。

共感性に着目したメディアの話も含め、『編(あむ)』ではオウンドメディアのプロデュースをしていくつもりです。

--------媒体社ではなく、企業が自身のメディアを作り、育てていくためにこれまで培った編集力を活かしていく、と。

山本 これからのメディアビジネスは、コミュニティを作ることとセットになっていないとダメだと思うんですよね。

通りすがりのお客さんを捕まえるのではなく、ちゃんとファンを作り、強いコミュニティを生み出すことができれば、企業が生み出す利益はものすごく大きくなります。

僕が『DRESS部活』をやった理由のひとつはCRMを取ること、と前回お話しましたが、それはマーケッターとしての視点。

編集者としての視点では、ターゲットである独身アラフォー女性の人生を豊かにすることを考えていたんですね。

独身アラフォーが抱えている不安は三つ、それは「お金」「健康」「孤独」です。

そのなかの「孤独」の問題を解決する方法として、趣味や好きなものでつながれるコミュニティがあれば、彼女たちの人生は楽しくなるのでは、と考えたわけです。

結果として、『DRESS』本誌は苦戦を強い?