Huffpost Japan
ブログ

ハフポストの言論空間を作るブロガーより、新しい視点とリアルタイムの分析をお届けします

Rakesh Choudhary Headshot

インド新幹線をめぐる現地の視点「日本を友人とみなすのは"うぶ"すぎる」

投稿日: 更新:
印刷

この記事はハフポストインド版に掲載されたものを翻訳しました。

ここ最近、インドと日本との間で交わされた様々な取引が、新聞紙上を賑わせている。話題の的となっているのは、インド西部のムンバイとアーメダバードを結ぶ高速鉄道(HSR)プロジェクトで、日本の新幹線技術を採用するという両国間の覚書(MoU)だ。日本はインドに対して7900億ルピー(約1兆4000億円)の長期低利貸付(ソフトローン)も行うという。この案件に支持する人、反対する人それぞれが声高に論点を主張しているが、双方とも木を見て森を見ていない。

このプロジェクトを支持する人たちは、経済が発展するという未来を見据えて高速移動インフラの必要性を訴え、新たな友人国家からの巨額の支出という「有利な申し出」の対価だとして擁護している。一方、反対する人たちは主にこのプロジェクトの実行可能性、国家負担、社会セクターに対する政府の優先順位の付けかたを批判している。しかしここで考えなくてはいけないのは、彼らが正しい質問をしているかどうかということだ。

歴史を紐解くと、経済発展は、高い生産性の向上をもたらすような、近代技術による国力の向上が伴う。

歴史を紐解くと、経済発展は、高い生産性の向上をもたらすような、近代技術による国力の向上が伴う。開発経済が専門の韓国人エコノミスト、ハジュン・チャンはその著書『Bad Samaritans: The Guilty Secrets of Rich Nations & The Threat to Global Prosperity』の中で次のように述べている。

先進国の進んだ知識を獲得しようとする後進国と、知識の流出を抑えようとする先進国との間の技術的な「激しい競争」は、常に経済発展ゲームの中心にある。

したがって、今は、プロジェクトの財政面での健全性について論じたり、インフラの重要性を強調したりする時ではなく、この案件について、HSR技術面でわが国の技術を向上させるのか、それとも外国の技術提供を受けて消費市場に成り下がるのか、という問いかけをしなくてはいけない。ここで、この答えを出してみよう。

国に与えられている最初の選択肢は、その国特有の高速鉄道技術を開発する可能性を、詳細に検証することである。インドについて言えば、これは決して悪い考えかたではない。独自の技術を開発するには15~20年を要するかもしれないが、高速鉄道が本当に有用になるのは20~25年後のことなのだ。

もし政府が今、R&D(研究開発)に投資をすれば、インドは独自の高速鉄道ネットワークを開発できるだろう。これは国内市場からみて費用対効果があるだけでなく、将来、他の途上国に輸出できる可能性のある製品を手にできることを意味する。

インドは技術におけるサクセスストーリーを生み出していないわけではない。その証拠が、インド宇宙研究機関(ISRO)だ。少し振り返ってみよう。

(先進国にとって)戦略的な分野である宇宙技術は、幾度となく途上国への技術移転が阻止された。そのためインド政府は独自の宇宙技術を開発せざるを得なかった。

国による25年に及ぶ忍耐強い投資と有能な人材がセットになったおかげで、ISROは世界有数の宇宙研究機関の1つにまで上り詰めた。アジアの国として初めて、火星探査機を火星の周回軌道に乗せることに成功するなど、この分野で先進国に追いつきつつある。今日、他の途上国にこの技術を提供する可能性を調査している段階にある。これはインドにとっては稀有な功績だ。

ISROが成功した要因は、宇宙研究を最優先課題とした政治的な意思決定にある。2番目の理由としては、この分野に外国の技術と資本を入れなかったという点だ。

では、どうして私たちはISROのサクセスストーリーを他のハイテク分野で繰り返さないのか? 開発に際しての資金不足、汚職、貧弱なインフラと外国からの援助がそれほど問題だと言うのなら、ISRO(の成功)は、決してなかったはずだ。

ISROが成功した要因は、宇宙研究を最優先課題と認識した政治的な意思決定にある。2番目の理由としては、この分野に外国の技術と資本を入れなかったという点だ。

マノハール・パリカール国防大臣はいみじくも、もし宇宙技術の開発ができるのなら、防衛でも同じことができると述べた。ただし宇宙技術の場合は、イノベーションが強制されたことを認識する必要はある。他の多くのハイテク分野では、私たちは安易な方法を採用して、外国から技術を輸入すると決めた。結果、私たちの国は外国からみて、一消費市場に成り下がってしまった。

インドは日本に対して中国のようなことができるか?

言うまでもないことだが、どんな国でも自国で必要としている技術すべてを、自国内で開発することなどできない。極端なまでに自国での開発にこだわれば、その国は貧困に陥ってしまう可能性がある。エコノミストのハジュン・チャンが表現しているように、自国での開発にこだれればは、早晩壁にぶち当たる。それは北朝鮮で見ればわかる。

しかし中庸を歩む道がある。

外国の技術を吸収する方法に関しては、中国の発電設備が良い事例を提供してくれている。中国は、市場アクセスの免許方式をとることで外国からコアとなる技術を頻繁に購入し、国内市場を技術面における学習の場として活用。外国へ輸出ができるほど国際的な競争力がつくまで、技術を吸収した。現在、中国は世界最大のプレイヤーの一つとなっている。

中国における国内でのHSR技術開発ストーリーは、さらに良い事例である。中国は日本と技術移転の契約を結び、国内で高速鉄道ネットワークを構築することにした。そして、この機会を活用して国内のHSR技術を開発したのだ(日本企業からは特許侵害と訴えられているが)。現在、中国はHSR技術で国際市場において、欧州や日本と競合している。最近では日本に競り勝ち、インドネシアとHSR契約を締結した


はしごを外す

19世紀を代表とするドイツのエコノミスト、フリードリヒ・リストは、国際貿易の文脈で「はしごを外す」という用語を生み出した。彼によると、先進国は当初、自国の「幼稚産業」を発展させるために保護主義を擁護する。ところが国際的な競争力がつくと自由貿易を主張するようになり、初期の段階で途上国から同じ保護主義を取り上げようとする。これが経済発展における「はしごを外す」という考え方だ。

日本をわが国の経済発展に際しての友人国家とみなすのは“うぶ”すぎる。私たちはかつて、ロシアに対して同じような希望を持ち、結果として、時代遅れの武器を供給される市場になってしまったのを思い出してほしい。

それでは、日本はインドに独自の技術開発をさせないことで、はしごを外そうとしているのだろうか? 日本は自国にとって最善となることをしているだけだ。日本は、HSR技術面では国内市場の縮小や中国やヨーロッパとの激しい競争問題を抱えており、積極的なアプローチでインド市場を獲得したのだ。

加えて、長年認められていなかったマルチスズキ社製のインド車の輸入を認めたのは、日本からの譲歩などではない。これは日本の特定の業界、自動車製造など十分競争力のある業界における自由主義政策に合致したものにすぎない。事実、国内向けの生産のみで満足しないように、国際的な競争がある業界では、外国との競争を容認するのは必須だろう。

さらに、ある分野では技術の共有がなされるケースもある。しかしこれは周辺分野に限られる。取引案件に飾りをつける程度のもので、日本にとっては、ご機嫌取りだ。コアとなる技術を共有するような愚かな国などありはしない。今回のケースで言えば――ボギー車という車輪間の関係を決定するものだが――日本であっても例外ではない。

モディ首相が提唱する「メイク・イン・インディア(インドで、ものづくりを)」政策は日本で話題となっているが、これは私たちがいかに両国の開発史に無知であるかを物語っている。 ハジュン・チャンによる『Bad Samaritans』には、次のように書かれている。

多くの国際的な企業が国内で生産する量は、外国生産量の3分の1未満である一方、日本企業のその割合は10%未満である。外国に「コアとなる」活動(研究・開発など)の移転が行われる場合もあるが、それは通常、別の先進国である…

このような2国間の結末を決めるのは、全面的にインドである。中国や韓国のように外国の技術を吸収する機会として活用することができる。もちろん、譲歩された条件でこうした消費に甘んじて、技術的に外国からの輸入に依存することも可能だ。後者のケースは、最近50年のインドそのものだ。

日本をわが国の経済発展に際して、友人国家とみなすのは“うぶ”すぎる。私たちはかつてロシアに対して同じような希望を持ち、結果として時代遅れの武器を供給される市場になってしまったのを思い出してほしい。国際貿易で、先進国による寛大な措置により、発展を遂げた国などいまだかつてない。それはまったく明らかなことであり、世界貿易機関(WTO)にある条項は、国際貿易で定められている全ての規則を満たしている。

私たちは歴史から学んでいないか、そもそも歴史をまったく読んでいないのかもしれない。哲学者キケロはかつて、次のような言葉を語った。

「自分が生まれる前に起きたことを知らないままでいれるのなら、いつまでも子供のままだ。過去の時代の営みから、使える方法を生み出せないのなら、その世界はいつまでも知識の幼年期にある」。

▼写真をクリックするとスライドショーが開きます▼

Close
新幹線50年
/
シェア
ツイート
AD
この記事をシェア:
閉じる
現在のスライド