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戦後70年、「忘れない決意」が開く未来

2015年07月31日 00時38分 JST | 更新 2016年07月28日 18時12分 JST

【グローバルリポート ドイツ】

財政危機、政治のねじれ、若年雇用、少子高齢化など日本が抱える難問は、実や多くの国が共有して直面している問題だ。

一国の危機が瞬く間に世界に連鎖するグローバル時代。各国では今どんな問題が焦点化し、人々はどう考え、どう行動しているのか。海外在住日本人ジャーナリストによるドイツからのリポートを紹介する。

戦後ドイツは、ナチズムへの反省を精神的基盤として発展してきた。ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の道義的責任を認め、犠牲者に償い、過ちを繰り返さないため啓蒙活動を徹底すること。政府主導で実践してきた国を挙げての取り組みが、敗戦から70年を迎えた今、大きく実を結んでいる。

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ドイツではどんな小さな町にも必ず戦没者の慰霊碑がある。ホロコーストの犠牲者だけでなく、一兵士として亡くなった人にも思いを寄せる

人道に対する罪への自覚

今年7月15日、ドイツ北部リューネブルクの地方裁判所で、元ナチス親衛隊員オスカー・グレーニング被告(94歳)に対する判決が言い渡された。殺人ほう助罪、禁錮4年の刑である。同氏は第二次大戦末期、アウシュヴィッツ強制収容所で会計係を務めており、収容所に到着した人の荷物を検査し貴重品を抜き取る任務を通して、約30万人の殺害に関わったことを認めていた。公判前、遺族に対しては「道義的に自分にも責任があったことは疑う余地がない。どうか許してください」と述べている。

グレーニング被告の発言は、ドイツの戦後を象徴している。他国を侵略併合し、推定600万人ものユダヤ人を計画的に殺害した国家社会主義(ナチズム)の蛮行。戦後のニュルンベルク裁判では、それを国際法違反としてだけでなく、「人道に対する罪」として裁くことを定めた。被告は自分で銃の引き金を引いたわけでも、ガス室のドアを閉めたわけでもない。しかし、大量殺戮システムの一部であることを拒否しなかったために、人道に対する罪を犯したことを、終戦から70年たって認めたのである 。そして司法も70 年前の罪を厳格に裁いた。

戦後のドイツ政府のあり方も、同じ「人道に対する罪」への自覚が根底にある。戦後の歴代首相は、機会あるごとに過去の罪を認めて犠牲者に謝罪する意思を表明してきた。1970年12月、ヴィリー・ブラント西ドイツ首相(当時)が、ワルシャワのユダヤ人強制移住区だったゲットーでの武装蜂起を覚える英雄記念碑の前にひざまずいた姿は、その端的な例だろう。アウシュヴィッツなど大規模な強制収容所の解放日には、今でも毎年必ず政府首脳が列席して追悼行事を行う。今年4月、ベルゲン=ベルゼン強制収容所の解放70周年に際し、ガウク大統領は現地で遺族を前にこう語った。「ドイツ人は1933年から45 年の間、ヨーロッパ全土で途方もない罪を犯した。われわれは過去の教訓を生かし、現在起こっていることに目を向けなければならない」。

ナチの凶行を風化させず

ドイツ政府は戦後まもなく、犠牲となった人々への補償を開始した。補償金の内訳は犠牲者への年金、強制労働従事者への慰謝料、ユダヤ人亡命者のイスラエル編入に際しての補助金、子ども時代の迫害の後遺症に苦しむユダヤ人のための基金など多岐にわたり、戦後から2013年末までにドイツ(旧西独および東西統一後のドイツ)が拠出した金額は、計710億ユーロ(約9兆2300億円)にも上る

戦後の司法もまた、 ナチズムの凶行を二度と繰り返さないことを柱としている。戦後制定されたドイツの憲法である「基本法」は、性別、出生、人種、宗教などを理由とするあらゆる差別を禁止するものだが、同時に自由民主主義原則に反する政治活動も違憲としている。かつてナチズムが「選挙」という合法的な手段で政権を掌握したことへの警告を込めた、「闘う民主主義」の理念である。この基本法によって、ネオナチの煽動行為は刑法で処罰の対象となる。ナチ戦犯に対する裁判も、戦後今日まで継続して行われてきた。

これと並行して、戦後ドイツでは国民に対しても積極的に教育啓蒙活動を展開してきた。政府の公式ウェブサイトでは、「想起と記憶」というテーマのもと、大戦関連の「行事」「記念碑」「スピーチ集」など豊富な情報にアクセスできる。ボンとベルリンの「連邦政治教育センター」でも、ドイツの歴史と政治に関する膨大な資料を公開し、ベルリンの「ドイツ歴史博物館」では今秋まで特別展『1945 敗戦・解放・新しい出発』を開催している。さらにミュンヘンにも新たに「国家社会主義文書センター」を開設するなど、戦後70年たった今、反ナチズムの啓蒙活動は衰えるどころか、ますます活発化している印象がある。

教育の現場はどうだろう。ドイツの学校では、歴史の授業は1800年以降の近現代史が中心で、「未来のための記憶を想起すること」を指針としている。筆者の息子が通うギムナジウムの歴史教師は、「歴史の授業は政治の授業と同義です。過去を批判的に見た上で、過去と現在の関係を明らかにしています」と話してくれた。同校では高学年の生徒を対象に、毎年強制収容所跡への校外学習を実施している。

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ベルリンの中心部にある「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」

「忘れないこと」への強い思い

皆さんは、学校や博物館はともかく、家に帰れば過去は無関係になるだろうとお考えだろうか? 大間違いである。ドイツでは現在でも、ナチズム関連のテーマがテレビに頻出するからだ。戦犯の公判や強制収容所の解放記念日は、その日のニュースで必ず取り上げられ、関連のドラマやドキュメンタリーは高視聴率を獲得する。

終戦70年に当たる今年、公共放送のドイツ第一テレビ(ARD)ではすでに13本の関連番組を放映した。その一つ、『アウシュヴィッツに行く』では、ドイツ各地に住む20歳前後の若者たち数人が、自分の意思でアウシュヴィッツを訪れる。番組では、訪問前後の彼らの心境の変化をインタビューで浮き彫りにする。彼らが現地で犠牲者たちに自分を重ね合わせ、打ちのめされて沈黙し、 最後には「忘れないこと」への思いを強めて帰郷していく姿が印象的だった。

また年頭から5月の終戦記念日にかけて、命がけでユダヤ人の子どもを収容所内にかくまった囚人たちを描いた『裸で狼の群れのなかに 』や、ヒトラー自殺後に残されたナチス親衛隊員や政治犯を描いた『ナチス親衛隊の人質』など長編テレビ映画も数多く放映された。こうした作品は海外にも輸出され、高い評価を得ている。 

こうした教育啓蒙活動のおかげで、ドイツでは記憶の継承に対する国民の意識が高い。高級紙『ツァイト』の2010年の調査では、45歳以下の世代の約7割が「国家社会主義に興味がある。もっと知りたい」と回答している。政府、教育、メディア、そして国民が「忘れない」という思いで結ばれているからこそ、ドイツは戦後ヨーロッパで絶大な信頼を獲得し、欧州連合の牽引役として主導的な役割を果たすまでに至ったのだ。ドイツの一部の若者たちからは「もうナチズムへの反省はうんざり」という声も聞かれるが、戦後の清算に真正面から取り組んできた国のあり方が、 彼らの世代にどれほど貴重な実りをもたらしたかは計り知れない。

その一方で、国内でネオナチが活動を続けているのも事実である。憲法擁護庁の調べでは、ネオナチや極右政党党員など極右思想を支持する者の総数は、2013年時点で約2万3000人に上る。今年に入り難民用施設への放火や新聞社社屋の破壊行為などの事件が起きており、ネオナチの犯行と推定されている。また、彼らとは別の動きとして、一般市民が参加する「西欧のイスラム化に反対する欧州愛国主義者」という団体も結成された。アラブ諸国からの亡命希望者がここにきて急増しているため、国内の右傾化には一層の警戒が必要となるだろう。

それでも、ドイツには極右思想の脅威を封じ込められる強靭さがあると私は確信している。行政や司法の厳しさだけではない。政府と国民が戦後70年間、手を携えて築き上げた共通認識があるからだ。ナチズムの誤りを二度と繰り返さない、そしてヨーロッパの中のドイツとして生きる、という認識である。大戦の生き証人がいなくなっても、戦後ドイツが獲得した「良心」は生き続けるに違いない。

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ドイツ在住ジャーナリスト 

田中聖香

Tanaka Mika

愛知県生まれ。関西学院大学文学部卒、ロンドン・スクール・オブ・ジャーナリズム修了。1992年からドイツ在住。ドイツ社会をテーマに執筆、インタビュー記事を得意とする。共著に『世界で広がる脱原発』。「在外ジャーナリスト協会」メンバー。