「お金が貰えて労働者のため」のウソホント、「解雇の金銭解決制度」議論の意図とは?~「解雇の金銭解決制度」に関する記者勉強会レポート~

「解雇の金銭解決制度」に反対し続ける理由は大きく5つある

長時間労働問題に注目が集まる中、雇用にまつわる問題がもう一つ、大きく動こうとしている。厚生労働省が設置した「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」は、1年半にわたる議論を経て、今年5月29日、一通の報告書をとりまとめた。主な内容は「解雇無効時における金銭救済制度」、すなわち、「解雇の金銭解決制度」の導入についてである。労働者が不当な解雇をされた場合、必要に応じて訴訟等を起こし、未払いの賃金や和解金などの金銭を得て紛争を解決することは現在でも既に行われている。それにもかかわらず、わざわざ「労働者のための新制度」としてつくることに、どんな意義があるのだろうか。

連合は、7月20日、誤解の多い同制度に関する理解を深めるために、ゲストに弁護士の嶋崎量氏を招き、「解雇の金銭解決制度に関する記者勉強会」を開催した。勉強会では制度の内容や課題、それに対する連合の考え方などが明らかになった。

「解雇の金銭解決制度」に対する誤解

「解雇されるとお金も貰えず泣き寝入りする人が多い」といった話を聞くが、それは本当だろうか。

解雇とは、使用者が労働者の労働契約を将来に向かって一方的に解約することである。民法第627条1項の規定では「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。」とあり、労働者側からの辞職が自由であるように、使用者による解雇も自由とされている。

しかし、実際のところ、「辞職」と「解雇」は全く異なる効果をもたらす。解雇は、会社での就労を生活の糧としている労働者にとって、大きな打撃となるからだ。それゆえ、労働契約法第16条に「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定められている。

このように法令に定められていても、解雇権を濫用したとおぼしき解雇が行われることはある。そうしたときに起こるのが、労働紛争だ。

紛争が起きた場合の解決手段としては、まず、当事者間での交渉、労働組合と企業との交渉による解決が考えられる。解決機関としては、都道府県労働局のあっせんや労働委員会のあっせん等の行政による解雇紛争解決手段、労働審判手続や民事訴訟手続といった司法による解雇紛争解決手続がある。各都道府県の労働委員会や労働局による相談・あっせん、労働審判制度などで解決に至らなかった場合には、最終的に民事訴訟により解決を試みることになる。

2016年12月15日に開催された、第11回「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」の配布資料(※図1)によると、2016年に都道府県労働局の総合労働相談コーナーへ約100万件の相談が持ち込まれ、様々な紛争解決手続で解決が図られている。

(※図1:出典 厚生労働省第11回「透明かつ公正な労働紛争解決システムなどの在り方に関する検討会」)

訴訟において、解雇が不当であり無効という判決が出た場合、復職を願い、実際に復職を果たしてきた労働者も少なくない。しかし、報告書にあるように、行政によるあっせんや労働審判制度、民事訴訟上の和解においては、解雇をめぐる個別労働関係紛争の多くが金銭で解決されているという実態にある。特に2006年に施行された労働審判制度においては、独立行政法人労働政策研究・研修機構が実施した調査(2015 年)によれば、2013 年に4地方裁判所で調停又は審判した労働審判事案(司法統計上、「金銭を目的とするもの以外・地位確認(解雇等)」に分類された事件に限る。)452 件のうち96%が金銭で解決されている)。

このように現状制度における「解雇」事件のほとんどは、金銭解決しているにもかかわらず、「解雇の金銭解決制度」の導入が検討されている。

ゾンビのように蘇る「解雇の金銭解決制度」議論

「解雇の金銭解決制度」が最初に検討されたのは、2003年の労働基準法改正時だった。このときは訴訟法の立法技術の困難性等から、法律案要綱からも同制度に関する記述が削除され、制度の導入は見送られた。そして、再び2007年の労働契約法制定時に検討され、このときは審議会答申の段階で引き続きの検討事項とされ、結論を出すには至らなかった。課題も多く、同制度は長らく休眠状態だったが、「日本再興戦略 改訂2015(2015年6月30日閣議決定)」等に「予見可能性の高い紛争解決システムの構築等」の必要性が掲げられたことを受け、2015年10月に「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」が設置された。2017年5月29日に報告書を取りまとめるまで、全20回検討会が開催され、議論が重ねられた。

連合が「解雇の金銭解決制度」に反対する5つの理由

連合が、「解雇の金銭解決制度」に反対し続ける理由は大きく五つある。詳細は以下の通りだ。

●「カネさえ払えばクビにできる」という風潮になりかねない

「解雇の金銭解決制度」が導入されれば、「カネさえ払えばクビ切り自由」という風潮になりかねない。今回は、労働者の選択肢を増やすとし、労働者申立てに限定した制度としているが、ひとたび制度化すれば、将来的には使用者申立てにも拡大される恐れがある

●解決金の計算が可能になり、解雇の障壁を下げかねない

現在は、事案に応じたケース・バイ・ケースの解決が図られている。しかし、「解雇の金銭解決制度」が導入されると、使用者側に「いくら払ったら解雇できる」という金銭的予見可能性が生じることになり、投資のように労働者の雇用もお金でコントロールされかねない

●裁判が長期化する可能性がある

検討会では使用者側から「解決金の上限を決めるべきだ」という意見も出たが、解決金の上限が決まると、仮に裁判が長引いてもバックペイ の支払い額は影響されないことも想定されるため、使用者が裁判を早く解決しようとするインセンティブがなくなってしまう

●制度を盾に退職勧奨を行うことも予想される

解雇したい労働者に対し、使用者が「裁判を起こすと時間もお金もかかる。裁判を起こす前に解決金の何割相当の支払いをするから、自己都合で辞めたらどうか」といった退職勧奨を行いかねない

●現状の労働審判制度や裁判上の和解に悪影響を及ぼすおそれがある

現在もすでに、都道府県労働局のあっせんや労働審判制度、裁判における和解などの結果、一定の金銭支払いで解決が図られているが、労働審判制度や裁判上の和解に悪影響が生じる懸念がある

「解雇の金銭解決制度」は、「労働者のための制度」だといわれることもあるが、そもそも同制度の導入は、常に使用者側から提示され、労働者側が求めたものではない。「不当解雇であっても会社が解決金さえ支払えば解雇できるとは、一体誰を救済するためのものなのか理解できない」というのが連合の見解である。

「必要性の根拠」にあるトリック

日本労働弁護団事務局長であり、労働者の権利保護の活動をしている弁護士の嶋崎量氏も、「解雇の金銭解決制度」に反対の見解を示した。

「導入必要論を唱える経済同友会の意見によると、『1)解雇無効時に働き手が職場復帰を望まない場合であっても、制度上、職場復帰以外の手段が存在しない、2)労働組合等の支援が受けにくい中小企業の働き手にとって、不当解雇であっても解決金が得られず、泣き寝入りしている場合がある、3)利用する制度によって、解決内容に大きな差が生じる低廉な金額で解決されている、といった課題を抱えている』とのことだが、数多くの労働紛争訴訟を担当してきた私の経験からすると、いくつかの理論のすり替えがある。」

まず、『働き手が職場復帰を望まない場合であっても、制度上、職場復帰以外の手段が存在しない』ということはない。金銭の支払いにより解決されているのは、実態やJILPTの調査結果からも明らかである。

『中小企業の働き手にとって、不当解雇であっても解決金が得られ』ないということもない。現実に起きている訴訟は圧倒的に中小企業における紛争であり、解雇をめぐる紛争の96%は金銭で解決されている。企業の財務状況によっては、訴訟が決着した直後に倒産し、金銭の支払いが得られず、泣き寝入りせざるを得ない場合もあるが、それはこの場で論ずべきケースとはいえない。そもそも、経済同友会の意見は『既存制度も含め、金銭的・時間的予見可能性を高める有効な方策』と記されており、これは使用者側の立場で述べられた意見と言わざるを得ない。こうしたことからも、『労働者の権利を守るための制度』でないことは明らかだろう」(嶋崎弁護士)

嶋崎弁護士はさらに、こうも述べている。 「そもそも新たに『解雇の金銭解決制度』を導入する必要があるのだろうか。泣き寝入りを強いられている労働者が存在する現状認識は正しいが、解雇の金銭解決制度を導入する必要性はない。同制度が導入されても、労働者の提訴時費用が軽減されるわけではなく、労働者側のメリットが見当たらない。新たな制度を導入するのならば、就労請求権を認め、解雇が無効とされた場合は職場に戻れるようにする、解雇予告手当てや労働審判制度の大幅拡充をするなど、解雇され、泣き寝入りする労働者を救済するための制度の方が望ましい」

新しい制度を導入したとしても労働者の救済にはならず、実情に即した解決にはならない。かえって現状の制度が実害を被るというのが嶋崎弁護士の見解だった。

現行制度は外資の日本市場参入障壁?

勉強会後半では、連合の村上陽子総合労働局長、嶋崎弁護士によるディスカッションが行われた。

「『解雇の金銭解決制度』は、外資系企業を呼び込むために必要といわれることもあるが、どう考えるか」という村上総合局長からの問いかけに、嶋崎弁護士は「日本における解雇のルールは諸外国よりもたしかに厳しいと指摘されることも多いが、それが外資系企業の日本への参入障壁になっているとは考えにくい。現状でも外資系の使用者が乱暴な解雇を行うケースはあるが、大体は各社のグローバル基準をもとに合意解約に落ち着いている。外資系企業を盾に、日本の企業がリストラの予見コストを見積もりたいだけの制度ではないだろうか」と答えた。

また、「解決金の基準を決める必要はあるのか」という問いかけについて嶋崎氏は「基準を設ける意味自体がないだろう。そもそも労働審判の解決金は、解雇の酷さの度合いなど具体的な事情を考慮して上下し、支払い方法なども会社の事情に応じて個別に決定している。画一的な基準を決められてしまうと、そうした柔軟な対応ができなくなるおそれがあるので基準は不要と考える。裁判官の思考が画一的な基準に引っ張られてしまうリスクも避けたい」と述べた。

現在の紛争解決制度の拡充と認知度の向上を

5月30日付の連合事務局長による談話では、「解雇の金銭解決制度の創設は、『労働者の選択肢を増やす』とされるが、~中略~不当解雇であっても会社が解決金さえ支払えば解雇できるルールとは、一体誰を救済するためのものなのか、まったく理解できない。」、「『報告書』を一読すれば、いずれの制度も、法技術的にも政策的にも、多くの課題があるのは明らかである」、「このような中で、『労働者の多様な救済の選択肢の確保』として、今後、労働政策審議会などにおいて検討するとしたことは非常に遺憾である」と語り、反対の意向を明確にしている。

勉強会の中でも村上総合局長、嶋崎弁護士からは終始、「本音を伏せて、さも労働者にメリットがあると宣伝するのは卑怯。労働者を救済したいなら、そもそも不当な解雇をすべきではない。『泣き寝入りしている労働者のために』というのであれば、労働審判制度をより使いやすいものとしたり、労働局あっせんにおける被申請人である使用者側の参加を義務付けたりするなど、現在の制度を拡充することが望ましい。新しい制度の導入よりも、現行制度の拡充にスポットを当てることが重要である。」との発言が聞かれ、制度議論そのもののあり方を改めて考える機会となった。

■登壇者プロフィール

嶋﨑 量(しまさき・ちから) 弁護士

1975年生まれ。神奈川総合法律事務所所属。日本労働弁護団事務局長、ブラック企業対策プロジェクト事務局長、ブラック企業被害対策弁護団副事務局長など。主に労働者、労働組合の権利を守るために活動している。近時は、弁護士の立場からブラック企業被害対策やワークルール教育法推進、貧困問題対策などの活動にも注力している。

共著に「ブラック企業のない社会へ」(岩波ブックレット)、「ドキュメント ブラック企業」(ちくま文庫)、「企業の募集要項、見ていますか?-こんな記載には要注意!-」(ブラック企業対策プロジェクト)、「働く人のためのブラック企業被害対策Q&A」(LABO)など。

Twitter:@shima_chikara

■参考:連合製作 解雇の金銭解決制度の解説アニメーション ほどほどステーション ~解雇の金銭解決『お金でやめさせ~る』~

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