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子どもは必ず家族に感謝しなくてはならないのか?~2分の1成人式から考える~

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今年度もそろそろ終わりが近づいてきた。
この一年は皆さんにとっていかがだっただろうか?

毎年、年度末になると日本各地の多くの小学校で、
『親や家族に対して、日頃言えない感謝を言いましょう!!!』
という(ほぼ強制的な)機会が与えられる。

その顕著な例が、小学4年生(10歳)で行われる「2分の1成人式」である。

もちろんこういった行事に対して、学校の先生方や保護者の方から、「やって良かった!」という声が多くあるのはわかっている。

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一方で、保護者の中にもこういった行事に対して違和感を感じている方もいるし、専門家からも厳しい意見が出ている。

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子どもの心に配慮した根拠ある教育を

私が通っていた小学校では、小学4年生の2分の1成人式ではなく、小学6年生の卒業間近の時期に「産み育ててくれた保護者へ感謝を伝える」という大規模な行事があった。

(私が卒業した数年後からは、小学6年生の「家族へ感謝を伝える」行事も存続しつつ、小学4年生の2分の1成人式も導入されたらしい)

「感謝の授業」とか「家族の授業」とか「成長発表」とか、そのような名前が付いていた記憶がある。
しかし、授業の名前や目的をきちんと覚えていないほど、私にとってはやる気の出ない、ただただ面倒な授業だった。

3月にある最後の授業参観で「家族へ感謝を伝える授業」を行うために、私たち児童たちは、何週間も前から準備をさせられた。

私の朧気な記憶が正しければ、開催の3ヶ月前にあたる12月には、先生から子どもたちへ「家族へ感謝を伝える授業」で何をするか各自で考えるように宿題を出されていた。
その後も特別活動の時間やホームルームの時間を何度も何度も使い、時には休み時間や学校が終わったあとの時間も使い、「家族へ感謝を伝える授業」への準備を行った。

そして迎えた小学校最後の授業参観。

授業参観用の2時限を全て使って「家族へ感謝を伝える授業」が行われた。

ここまで読んでいただいてわかるように、私は「家族へ感謝を伝える授業」が好きではなかった。
そして残念ながら今も「あの授業があって良かった!」とは一切思っていない。

そこで今回は、
「家族へ感謝を伝える授業」を「やりたくなかった子ども」の目線から、学校の先生方や保護者の方へ伝えたい3つのことがある。


1.保護者は必ず来る、という前提は間違っている

保護者にも仕事や育児、介護など様々な事情があり、必ずしも授業参観に来れる訳ではない。
「親なら子どもを1番に考えるべき」「小学校最後の授業参観くらいは来るだろう」というご意見の方も多いだろうが、そうもいかないのが現状だ。

しかし、こういった「保護者へ感謝を伝える授業」では、「子どもから保護者へ手紙を手渡しする」という定番行事がある。

先生の掛け声で、子どもたちが一斉に教室の後ろで見ている保護者の元へ駆けていき、手紙を手渡しする、というやり方もあるし、1人ずつみんなの前で手紙を読んで保護者に渡す、というやり方もある。

私の学校では、廊下に並べた机の上に手紙を置いておき、保護者が自分の子どもが書いた手紙を持って帰る、という方法だった。
しかし私は、授業参観が終わったあとに何人かの手紙が残っているのを目撃してしまった。

このやり方は、「◯◯さんの保護者は授業参観に来なかったんだ......」
と明らかにわかってしまう方法であり、とても良くなかったと思う。

またそれ以上に、担任が残った手紙を生徒本人に「家に帰ったら保護者の方に渡しなさい」とみんなの前で渡すのも残酷であった。

どんなやり方にしろ、子ども全員が(学校の授業時間を使ったり、宿題として書かされたりしていて)手紙を書かされているので、手紙は全員分ある。しかし、受け取る人(保護者)が全員分いるとは限らない。
これでは、子どもたちが「家族へ感謝を伝える授業」を通して傷ついてしまう。


2.誰もが保護者からの愛情に包まれて育った、という前提は間違っている

「どんな子も普段は言えていないだけで、本当は家族へ感謝の気持ちを持っている」「感謝するべきなほど保護者から愛されて育っている」というのも、全ての子どもに当てはまる訳ではない。

現代では、小学生までの間に保護者の離婚・再婚を経験している子どもも決して少なくない。
私の小学生の頃のクラスメイトにも、そういった経験がある友人が複数人いた。
中には、小学校卒業間際のこの「家族へ感謝を伝える授業」の準備時期に、両親の離婚が決まった友人もいた。

その友人にとって、この授業は大変大きなストレスだっただろう。

家では毎日のように両親の喧嘩が続きついに両親の離婚が決まった、という状況なのに、学校では「家族へ感謝を伝える」大切さを教えられる。

この授業が関係しているかはわからないが、その後、友人の腕にリストカットの傷が増えたことは事実だ。


3.保護者へ感謝を伝える授業を子どもたちもやりたがっている、という前提は間違っている

こういった感謝を伝える授業を「子どもたちがやりたがっている」「やって良かったと思っている」という意見を聞いたことがある。
しかし、小学生当時の私の周りの友人たちで「やりたい!」と自ら言った人はいないし、「やって良かった!」と言う人も少なかったように思う。

みんな「先生に言われたから」「先生が宿題で出したから」という理由で、授業に取り組んでいたように記憶している。

そして少なくとも、「家族へ感謝を伝える授業」経験者の私は、「やって良かった」とは一切思っていない。

以上の3つが、「家族へ感謝を伝える授業」を「やりたくなかった子ども」である私から、学校の先生方や保護者の方へ伝えたいことだ。


そもそも学校は誰のための場所なのか。


学校は子どものための場所であり、子どもは親の欲求を満たすだけの存在ではない。

もちろん学校は、保護者たちが満足感を得るための場でもないし、先生たちが満足感を得るための場でもない。

子どもたちが学びながら健康に育つための場だ。

「子どもに感謝されたい」という保護者の期待を大事にする必要はないし、「行事をやった達成感を得たい」「保護者からの評判を上げたい」という先生たちの希望を大事にする必要もない。

それよりも、
「子どもたちにとって、何が必要なことか。」

そこに注目して、保護者の皆さんや学校の先生方にはいま一度、授業参観の内容について考えて欲しい。

2分の1成人式をやることは、悪いことではない。
ただ、その場に「家族へ感謝を伝える」ということが本当に必要なのか、考え直すべきだ。

家族へ感謝を伝える手紙を無理矢理書かせなくても、子どもたちが自分の出来るようになったことを発表する場を設ければ、保護者にも伝わるのがあるのではないだろうか?

そして何より、子どもたちにとって、自分が成長したことを実感する良い機会となり、自然と周りにいる家族や友人など、普段支えてくれる人に対する感謝の気持ちが芽生えてくるのではないだろうか?

まだ学生の身で、私が学校現場や保護者の気持ちについて詳しくないことは事実だ。
思慮不足な指摘もあると思う。

しかしどうか、「家族へ感謝を伝える授業」を「やりたくない子ども」も教室の中にいることだけは、忘れないで欲しい。

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昨年10月より活動している、名古屋あおぞら部

まだ活動を始めて3カ月ではありますが、のべ30人以上の方に参加いただいています。

LGBT当事者の高校生から社会人はもちろん、LGBT当事者を家族や友人に持つ人など、セクシュアリティに関わらず様々な個性の方にご参加いただけて、嬉しい限りです。

みんな持っている個性は違うけれど、同じ青空の下で暮らしている。そして、学生にとっての部活動のように、気軽に集まって、楽しい時間を過ごせる空間を作りたい。
そんな気持ちで名付けました。

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次回の活動は3月5日(日曜日)14時~17時です。
(会場レンタル費とお菓子代のために参加費300円を頂きます)
一人でも多くの方のご参加をお待ちしています。