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経団連「2017年版経営労働政策特別委員会報告」に対する連合見解

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経団連は1月17日、「2017年版 経営労働政策特別委員会報告-人口減少を好機に変える人材の活躍推進と生産性の向上」(以下「報告」)を発表した。

「報告」は冒頭「序文」において、「デフレから脱却し、経済の好循環の歯車を力強く回していく主体は企業」であり、「経営者が強いリーダーシップを発揮」すべきと、力強く宣言している。「伸び悩んでいる個人消費を喚起するには、消費マインドの醸成と高揚が肝要」とし、また、「将来不安の払拭に欠かせない持続的な社会保障制度の確立に向けた改革や、働き方に中立な税制の構築・見直し」への取組を政府に求めている。これらは連合も同様の考えをもっており、その実現に向けて労使が積極的に取り組みを進めていきたい。

「一人当たりの生産性向上と企業収益の拡大を実現し、それを雇用の安定・拡大と社員の処遇改善へとつなげていく」「就労面での安心と生涯所得・世帯所得を高める取組みを推進することは、社員の将来不安の払拭に大きく寄与する」「生産性の向上と長時間労働の是正に取り組む」などは、労使共通課題として取り組む必要がある。先人がさまざまな工夫を重ねて築き上げてきた「春季生活闘争」という日本全体の賃金決定システムを十分に活用して、経済の自律的成長につながる「底上げ・底支え」「格差是正」の実現に資する月例賃金の引上げを行わなければならない。

個別産業・企業における建設的な労使関係をベースに自社の従業員・組合員への投資と、マクロの観点から求められる社会的役割を強く意識した取り組みと結果が求められている。かつて日本経済の先行きを懸念し、その危機からの脱出に寄与した労使交渉の歴史的経過を今こそ思い起こす時である。

連合は、2017春季生活闘争において「経済の自律的成長」「包摂的な社会の構築」「ディーセント・ワークの実現」をめざす。この観点から、「報告」に対する連合見解を以下の通り表明するものである。

1.2017年春季労使交渉・協議に対する経営側の基本姿勢について


(1)賃金決定にあたっての基本的な考え方と基本スタンス

所得向上を目指す姿勢は評価する。しかしながら「経済の好循環を力強く回す」ことに対する「社会的要請」に鑑みれば、相も変わらぬ「年収ベースの賃金引上げ」へのこだわりや、内容の不確かな「『創造型』の働き方の自由度を高め」るなどの主張は、それに真に応えているとはいえない。労使がその責任と役割を果たすには、月例賃金の引き上げこそが不可欠である。

「賞与・一時金の増額」は、「業績の短期的な変動に柔軟に対応しやすい」が故に「消費喚起の観点からも有力な方法」とはなりえない。連合白書において指摘し続けている通り、所定内給与と賞与・一時金などの特別給与では、その変動分(増額分)が消費に回る割合に大きな差がある。実効性ある検討と対応を強く求めるものである。

1955年からスタートしたと言われる現在の「春季生活闘争」の原点時には、敗戦直後の経済状況から脱出するため、企業規模・労務構成に関わらず、平均方式により総額人件費のアップ率に着目し、社会全体の底上げを目指す取り組みを進めてきた。しかし、その結果個人別賃金水準のあり様についての議論が不足するとともに、企業規模間の賃金水準格差が拡大してしまった。この点を労使はしっかり認識し、議論を深めなければならない。

人口減少と加速するイノベーションという構造変化の中で、「人への投資」と生産性向上とが正のスパイラルを形成するように導かなければ、企業・産業・社会の成長はおぼつかない。直面する課題の解決に向けて、労使がけん引役となる覚悟を持つべきである。

(2)中小企業における賃上げについて

「報告」は、中小企業は大手企業よりも「支払い能力」が低くて当然であるというスタンスで記載されていると言わざるを得ない。中小企業の「支払い能力」が大手を下回る企業が少なくないことは認めるものの、その原因には「取引問題」があることを2013・2014年の政労使合意でも確認しているところである。この点について「報告」が「大企業は・・・中小企業が製品やサービスに見合った対価が得られるよう、取引価格の適正化をさらに図っていく必要がある」など、例年より踏み込んでいることは評価する。

(3)非正規労働者の労働条件の改善について

非正規労働者の処遇格差の問題は、正規雇用の促進、キャリアアップ支援、社会保障制度の改革、さらには長時間労働対策などを併せて進めることが不可欠であるが、とくに雇用形態間の均等待遇原則の法制化は喫緊の課題である。とりわけ労働組合のない職場においては重要な施策であり、早期に実効性ある法整備を実現すべきである。なお、「報告」では非正規労働者の呼称について言及しているが、いかなる呼称であれ、同じ職場で働く者の間に合理的理由のない処遇格差が存在することがあってはならない。

法制化にあたって、連合は、同一企業内における雇用形態間の合理的理由のない処遇格差を禁止することを定めるべきと考える。また、労働者と使用者の間には労働条件や人事管理に関する情報の偏在があるため、処遇差の合理性の立証責任は使用者が負うものとすることが重要である。

現在、政府は「同一労働同一賃金」の議論を進めている。「同一賃金」を賃金のみならず各種手当や休暇なども含めた処遇全般とするとともに、日本型雇用慣行の優れた点を活かすことで、処遇改善を実現すべきである。この点については「報告」でも、「日欧の賃金制度の違いを踏まえ、わが国の雇用慣行に適した『日本型同一労働同一賃金』を目指すべき」としている。

その実現にあたっては、職場の労使が自社の労働条件を総点検し、正規労働者と非正規労働者の間で労働条件に差がないか、ある場合はその差は合理的かを検討・是正する、という「現場の営み」であり、職場の集団的労使関係を通じて実現することが不可欠である。

2016年12月に公表された「ガイドライン案」について、「報告」は、ガイドライン案に整理されていない待遇についても十分に留意することの必要性や労使の話し合いを通じて待遇の納得性を高めることの重要性を指摘しており、この点は、連合も同様の見解である。記載されている項目だけを取り上げればよいという誤解が広がることがなく、すべての職場において非正規労働者の処遇改善の取り組みが進むよう、労使双方がメッセージを発信していくことが必要である。

2.個別項目に対する具体的な見解


(1)社員の健康づくりについて

「企業は社員の安全配慮義務を負っており、その範囲には社員の健康維持も含まれる」「経営上のリスク管理の観点からも・・積極的に関与していく必要がある」として、「報告」は「健康経営」[1]の推進を奨めている。

健康づくりの取り組みについては、「労働力の損失」、「労働生産性の低下」を防ぐ目的だけでなく、「国民の生活の安定と福祉の向上」という健康保険法の目的に則り、労働者とその家族一人ひとりが、健康で生き生きと暮らせるようにする視点から取り組むことが重要である。その前提に立ち、「報告」でも言及しているように「勤務時間の一部を健康づくりに割く『時間投資』」など、中小企業や非正規雇用の労働者を含めた健康づくりの取り組みの普及・定着が求められる。

(2)仕事と介護の両立支援について

「報告」は、団塊ジュニア世代が団塊世代の介護を担う2030年頃には、企業の人員構成上50代層が最も厚くなり、企業の中核を担うこの層の介護離職者増加による経営上の深刻なリスクを懸念している。しかし、すでに介護をしている雇用者は240万人に上り、49歳以下が3割強を占める中、仕事と介護の両立支援は、年代を問わない喫緊の課題として認識し、積極的な取り組みを行うべきである。

また、2017年通常国会提出予定である育児・介護休業法改正案の育児休業期間の延長等の内容を踏まえた対応を促しているものの、仕事と育児の両立支援について、根強く残る性別役割分担意識や非正規労働者の制度利用の困難さなど、根本的な課題に全く触れられていない。男性の育児休業取得率は2.65%と低迷しており、女性労働者の過半数を占める非正規労働者の育児休業取得は正規雇用と依然大きな格差があり、抜本的な改善が求められる。

「多様な人材の活躍促進」「非正規労働者の待遇改善」には、性別や年代、雇用形態に関係なく、誰もが安心して仕事と育児・介護を両立できる環境整備が必要不可欠である。

(3)「女性の活躍」の戦略的促進について

「報告」は、日本社会における女性の就業数の増加や女性の管理職比率の高まりなどから、この間の「女性活躍」が進んでいるとしているが、この3年間の正規雇用の女性労働者数は横ばいであり、増えたのは非正規雇用の女性労働者である。不安定かつ低賃金の雇用を増やしたことが、女性活躍につながっているとは到底言えない。

世界経済フォーラムが毎年、各国の男女平等等の進み具合をランキング形式で発表しているGGGI(ジェンダーギャップ指数)において、2016年10月公表時点で日本が144ヶ国中111位と、前年よりも順位を下げる結果となったが、この原因も同様である。経済分野における男女間賃金格差が75位から100位へと急落したことである。

今求められていることは、非正規労働者も含めたすべての女性労働者が働きやすい職場作りを進めることである。女性活躍推進法なども活用しながら、職場のさまざまな環境改善に向け、無意識の性差別(ジェンダー・バイアス)を排除した公正な観点から、労使で状況の把握・分析、議論を積み重ね、改善することが求められる。

(4)ホワイトカラー高齢社員の活躍推進について

「報告」は、大量採用世代の40代社員が今後、高齢期にシフトしていくことを踏まえ、「定年前からの意欲の維持・向上」「社内外における活躍の場の確保」の2つの課題に言及し、個別企業における対応を提起している。「報告」が指摘する方策は、個々の企業において状況を踏まえ対応がなされることから、現場の労使における率直な協議が重要となる。

「活躍の場の拡大」にあたり、労働者が新たな職務を担う場合など、企業で仕事をするために必要とされる能力開発は、企業が行うべきものであることを忘れてはならない。また、「報告」では、「労働市場全体で雇用機会を確保する視点も欠かせない」としているが、「活躍の場の確保」が、産業全体の「底上げ・底支え」「格差是正」を阻害するものであってはならない。今春闘においては、高齢社員の活躍推進においても、新たな職業能力開発などにより労働者が活躍し、職業能力が評価され、処遇が改善されるという好循環の実現に向けた展望を拓くことが必要である。

(5)外国人労働者の受入れについて

「報告」は、国内人材の活躍促進とともに、外国人労働者の受入れを人口減少社会の対応策の1つに位置づけた上で、その具体策として、高度人材、社会基盤人材(建設・造船人材など)、生活基盤人材(介護人材など)の3分野での受入れのための在留資格の新設や要件緩和の必要性などを提起している。

しかし、外国人労働者の安易かつなし崩し的な受入れは、国内雇用や労働条件への悪影響が懸念されるため、認めるべきではない。また、そもそも外国人労働者は我が国の労働法などの知識や語学力不足により権利侵害を受けやすく、連合にも「日本語の不自由さなどから、上司や同僚から嫌がらせを受けている」「外国人労働者だけ一時金、有給休暇がない」といった訴えも寄せられている。こうした課題を解決することなく、足下の人手不足を解消せんがために外国人労働者を受入れようとする安易な姿勢は、外国人労働者の権利の保障の観点からも問題が大きいと言わざるを得ない。

加えて、EPA介護福祉士候補者についても、介護職員初任者研修終了の資格をもって就労と在留資格の更新を可能とする案は安易な要件緩和と言わざるを得ず、適当とは言い難い。

また、外国人労働者の受入れに関しては、「報告」でも言及しているように「多文化共生」の視点も不可欠である。外国人労働者は単なる「労働力」ではなく、同時に「生活者」「住民」であるとの視点が必要である。今後、外国人労働者の受け入れを検討するのであれば、納税などの義務の履行、教育、社会保障、公共サービスなどの社会的インフラにかかる利用の保障、さらにはこれら制度整備に関する社会的コスト負担のあり方などの課題があることを強く認識し、総合的かつ国民的な議論を行うべきである。

(6)労働時間制度改革に対して

「報告」は、「近年、労働時間と成果が必ずしも比例せず、厳格な労働時間管理が馴染まない仕事が増加し」ているとして、労働基準法等改正法案の早期成立を強く要望している。

高度プロフェッショナル制度については、「高度専門職に高い年収を保障した上で時間ではなく成果で処遇することを可能とするもの」としているが、労働基準法にはすでにさまざまな労働時間制度があり、これ以上新しい制度は必要ない。なぜ制度を創設すれば働き方が変わり、生産性向上や経済成長につながるといえるのか、その根拠の存否は甚だ疑問である。過労死や過労自殺、メンタルヘルス不調など、長時間労働の問題が顕在化している中では、一定のルールの下で、マネジメントを向上させることこそが必要である。

また、企画業務型裁量労働制の対象業務拡大について、営業の実情を鑑みれば、ノルマや営業目標があるなかで、自分の労働時間を一定の範囲内に抑える裁量は労働者には実質的にはなく、長時間労働を助長しかねない。裁量労働制の対象業務拡大と高度プロフェッショナル制度の創設は行うべきではない。

また、「報告」は、休息時間(勤務間インターバル)規制について、制度が導入されている欧州と「商慣行やサービスのあり方が日本とでは大きく異なるため、わが国の義務化は現実的ではない」とする。

しかし、長時間労働を是正し、過重労働防止を徹底するのであれば、経営トップをはじめとする意識改革だけでは不十分である。商慣行やサービスの在り方についても検討するとともに、時間外労働にかかる上限時間規制とあわせて、十分な睡眠と生活時間確保のための休息時間(勤務間インターバル)規制を法制化すべきである。

(7)最低賃金について

「報告」は、2016年度の地域別最低賃金額改定に対する評価に、従来以上に紙幅を割いている。そこでの主張は、端的に言えば引き上げ幅(額)に対する苦言である。「最低賃金」の水準が憲法25条の生存権や最低賃金法第1条に掲げる目的を踏まえた水準となっているのかを真に議論すべきではないのか。

特定最低賃金について「報告」は、従前よりさらに踏み込んで、「特定最低賃金廃止に向けて」というタイトルになっている。水準や適用労働者数、またグローバル経済の進展などをその凍結・廃止論の根拠に挙げているが、地方の中小企業における賃金決定は地場の賃金相場の影響を強く受けることや、産業の基幹的労働者の最低賃金であることなどに鑑みれば、労働協約の拡張適用と同様の効果を目指すことが必要である。

また、人口動態の変化が不可避的にもたらす労働力不足を考慮すれば、地域内において産業の魅力を高め「人財」を確保するのに、特定最低賃金が存在し、産業にふさわしい賃金を保証するに十分な水準に定められていることは大きなアドバンテージとなる。連合は、今後とも特定最低賃金の継承および発展をめざし、労使の対話に尽力していく。


以上