BLOG

「1億総活躍」より「1億総安心労働社会」を! 〜普通に働く幸せを大切に〜

2016年08月26日 14時15分 JST | 更新 2016年08月26日 17時08分 JST

私たちが、1日の多くの時間を過ごす「職場」。今、そこから悲痛な声が上がっている。

連合は通年の「なんでも労働相談ダイヤル」を開設し、「パート・アルバイト・契約・派遣などで働く人のためのホットライン」や「女性のための全国一斉労働相談」などの集中相談も実施しているが、この間、パワハラ・セクハラ・嫌がらせ、雇い止め・退職強要、長時間労働に関する相談が増え、内容も深刻化している。

日本の「職場」で何が起きているのか。「職場」に取り戻すべきことは何か。労働組合が取り組むべきことは何か。15年間の会社員生活を経て「働き方」評論家として活躍する常見陽平氏と神津会長が語り合った。

2016-08-25-1472122695-9650473-picture.jpg

 

「オセロ型社会」へ劣化する日本の「職場」

山本:常見さんには、6月に連合非正規労働センターが企画したイベントで「職場」をテーマにトコトン語り合っていただきました。本日は、日本の職場で何が起きているのか。ご自身の経験も含めてさらに深くお聞きしたいと思います。

常見:今の日本の職場を一言で言えば、「オセロ型社会」です。"ホワイト"であったところが、あっという間に"ブラック"に変わっていく。僕は、いわゆる「ロスジェネ」「就職氷河期世代」ですが、その「失われた20年」の職場の変化を身をもって体験しました。

大学を卒業してリクルートに就職したのが、1997年。山一證券と北海道拓殖銀行が経営破綻した年です。どの会社も、競って不採算事業からの撤退や事業再編、従業員の福利厚生の見直しなどの合理化を進めた。

私の職場でも、正社員の担当していた仕事が、どんどん派遣社員や外注に置き換わり、賃金も成果主義的な要素が強まった。当時の勤務先では「3年限定正社員」という名の契約社員制度ができて、業務委託や派遣社員もいるという労働のモザイクのような環境で、正直言って、ものすごく気を遣いながら働いたのを覚えています。

ランチタイムに派遣社員はまわりの店が高いのでオフィスでお弁当を食べている。宴会なども、平社員で幹事役の私は、派遣社員や契約社員の方たちの会費をいくらにすればいいのか悩みました。

神津:振り返ると、1997年は、日本の雇用・労働を考える上で大きな転換点でしたね。その年をピークに一般労働者の賃金の平均が下がり始め、非正規労働者が急増していく。若者の雇用でも、初職の非正規雇用比率が一気に高まっていきました。

「オセロ型社会」と表現されましたが、まさに悪貨が良貨を駆逐するようなことが起きた。企業は、値下げ競争に生き残るために「労働」を買いたたく。かつて日本の職場では、労働組合がなくても、横のつながりが大事にされてきましたが、そんな生ぬるいことでは競争に生き残れないと、分断が進んでしまった。

常見:確かに背景にはグローバル化とIT化の急激な進展があって、それは世界的な流れでもあったんですが、経営者のマインドの変化も大きい。1989年(平成元年)から2013年(平成25年)まで、日経新聞が取り上げた入社式の社長コメントを調べたことがあるんですが、明確に潮目が変わったのが1996年です。

大企業の社長が、口をそろえて「会社人間はいらない」と言い始めた。きっかけになったのは、おそらく前年に出された日経連の「新時代の『日本的経営』」でしょう。

神津:雇用パターンを3類型に区分するという提言ですが、報告書の目的を超えて、結果的に非正規雇用を拡大する契機になりましたね。その結果、日本の「強み」が失われて、「弱み」だけが残ってしまったのではないかと思えてなりません。

常見:おっしゃる通りです。実際に、合理化をやりすぎて、生み出す価値が低下してしまったということが起きています。

山本:連合は、全国で労働相談を実施していますが、最近は長時間労働やハラスメントの相談が増えています。雇用や職場の劣化は、低賃金・不安定雇用の非正規労働が拡大したということだけでなく、正社員の雇用や働き方においても生じていると実感するのですが...。

常見:2000年代前半の「若者論壇」でロスジェネ世代の論客が鋭く指摘していたのは、「正規」対「非正規」の対立でした。この格差は、今後も向き合っていかないといけないものですが、2000年代後半には「正社員になれば安心なのか」という問題がクローズアップされてきた。ブラック企業問題です。正社員に対して「何でもやれ、どこまでもやれ」と。

神津:昔の経営者は、従業員を「どういうキャリアを積ませるか」を頭におきながら育てようとしていた。今もそういう経営者はいますが、全体で見ると、即戦力を重視し、長期的な人材育成を放棄したかのような会社が増えてきましたね。

常見:しかも、「ブラックな職場」では、恐ろしいことに人間の感情のコントロールが行われているんです。そのためのコンサルティング会社も多数立ち上がっています。かつての「社畜」は、小屋も餌も与えられていた。でも、今は小屋も餌もないのに感情だけがコントロールされ、思考停止に追い込まれているんです。

最近、学生たちが「なぜブラックバイトにハマるのか」を調査したんですが、授業料が上がり、親の所得が低下する中で、週5日バイトしないと生活できないという事情もさることながら、「楽しいから」だと言う。勝手にシフトを入れられて、授業もまともに出られないのに、「自分の存在を承認してもらえる」からとハマっていくんです。

2016-08-25-1472122729-7504788-DSC_3005_1.jpg

神津:一方では「18」で、今さらのごとく主権者教育の必要性が言われているでしょう。でも、それは今までやっていなかったことの裏返し。

本来はもっと政治に向き合い、今、何が問題で、日本の社会をどうしていけばいいのかを考えるのが不可欠ですが、「国民はそんなこと考えなくていい、思考停止していてくれ」という姿勢が、これまでの長い間の政治風土や今の政権運営から透けて見える。企業もしかりです。

常見:そこなんです。「社畜」は「会社に飼い慣らされて思考停止した人たち」という意味だったんですが、この20年で、職場が分断され、働く人たちが手をつなげなくなったばかりか、社会全体が「思考停止国家」になってしまった。

そもそもサービス残業や不当解雇などは法律違反。過酷な労働は人間の尊厳を侵すものです。それなのに「そんなことはどこでもある」という開き直りが正論のようにまかり通っている。

 

企業や国の側に立った「働かせ方」改革への懸念

山本:ところで、常見さんがサラリーマン生活に区切りをつけて、労働問題を研究しようと思ったのは、何かきっかけがあったんでしょうか。

常見:実は子どもの頃から労働問題に興味があったんです。父が小学校5年生の時に他界して母子家庭で育ちました。両親は大学院生時代に結婚したんですが、まもなく父が脳腫瘍になり、結婚生活=闘病生活になってしまった。

物心ついた頃、父は半身不随でしたが、西洋経済史の研究者として病室で洋書を読み原稿用紙に向かっていた。母は、非常勤講師の仕事を掛け持ちして家族を支えた。その後、短大の助教授になることができて生活は安定したんですが、子どもながらに、なぜ父や母はあんなに働くんだろうと思いました。

そんな頃、NHKの「過労死」を取り上げた番組を見て、「人間が会社に殺されてしまう」ことに衝撃を受けた。働き過ぎで倒れた社員について「Aさんは僕がいないと会社が回らないと言っていたけれども、彼が倒れたその日も会社は淡々と動いていた」というナレーションは、今も忘れることができません。

「会社という魔物は何なのか」、労働問題を勉強したいと思ったんです。その後、回り道、寄り道もしましたが、これからしっかり「働くこと」とは何か、という生涯のテーマを追究したいと考えているところです。

山本:そうだったんですね。「働き方改革」についての朝日新聞(7月20日朝刊)のコメントを拝見しました。「1億総活躍よりも1億総安心労働社会を」。連合は、「働くことを軸とした安心社会」の実現をめざしているんですが、まさにわが意を得たりです。

常見:「1億総活躍」という言葉にものすごく違和感を感じるんです。「これ以上、どう頑張れというのか」という労働者・生活者の声が聞こえてくる。政府は「働き方改革」として、「多様な人材の活用」や「柔軟な働き方の推進」を掲げていますが、働き手の側に立った改革ではなく、企業や国の側に立った「働かせ方改革」になっているように思えます。人口が減少し高齢化が進む中で、労働力を確保しなければならないと。

「働き方改革」の議論で決定的に抜け落ちているのは、「いかに働かないか」「普通の人の、普通の仕事をどうするか」という視点です。「時間や場所にとらわれない柔軟な働き方」として、今提起されている改革案のほとんどは、画期的なようで昭和的世界観の延長にすぎない。職務範囲や責任をいかに明確にするか、いかに仕事の絶対量を減らすかという発想がないまま改革しても、労働強化につながるだけです。

神津:労働法制には、公労使が三者で話し合って決める仕組みがあります。他方ではそれぞれの職場の労使関係を通じて法律を上回る労働条件が実現され、その土台の上にすべての労働者に適用される法律を整備していくという積み重ねで、日本のワークルールは形成されてきました。

しかし、オイルショックを経て、バブル崩壊とグローバル化の大波に直面する中で、日本の雇用システムの見直し論が歪んだ形で進められ、労働者保護ルールが緩められてきてしまった。昨年には派遣法が改悪され、続いてホワイトカラー・エグゼンプション(W‌E)解雇の金銭解決制度などが「成長戦略」として検討されようとしています。

この間の労働法制をめぐる動きを見てきて、私が一つ疑問でならないのは、派遣法改悪にしろ、W‌Eにしろ、それは本当に経営者の方々の切実なニーズとして出てきているものなのかということなんです。

2016-08-25-1472122755-1588199-DSC_3146_1.jpg

 

常見:そこは相当怪しいですね。本来、経営者が考えるべきは、つぎの産業・社会を展望し、そこでいかに価値を高めるかです。「働き方」の議論ばかりしている経営者がいるとすれば、よほど未熟か、経営戦略がないか、市場環境が厳しいかでしょう。

確かに企業の業績を上げるにはコスト削減とバリューアップが必要ですが、人間に対するコスト削減は後々効いてくる。開発力や営業力がガタ落ちになって、新商品を生み出せないということがあちこちで起きています。

4年前に『僕たちはガンダムのジムである』という本を書きましたが、世の中は99%の普通の人で動いている。それが日本の強みです。だから、「多様な働き方」というより、普通の人が安心して働ける「普通の働き方」を創り直さなくてはいけない。普通に働く幸せを大事にしなければいけないと思うんです。

2016-08-25-1472122792-3162631-20160818_181242.jpg
『僕たちはガンダムのジムである』 著者:常見陽平 発行:日本経済新聞出版社(2015年12月)

底上げで非正規労働者の処遇改善

山本:参議院選挙が終わって、今秋から「働き方」改革の議論が本格化しそうですが...。

常見:7月の参議院選挙では、同一労働同一賃金や最賃1000円以上など、与野党が掲げる労働政策の項目が横並びしました。僕は、野党に対する与党の「政策封じ」だと見たんですが、「正規と非正規の格差を是正する」と言いつつ、「非正規市場を拡大しよう」という隠し持ったナイフがちらついている。

神津:選挙対策のアドバルーンでしたね。今年2月、「一億総活躍国民会議」で安倍総理が「同一労働同一賃金の法制化」を指示し、3月には「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」が設置されました。

検討会は、非正規雇用労働者の処遇改善に向けた法整備を提言し、6月にはその内容を盛り込んだ「ニッポン一億総活躍プラン」が閣議決定されました。1年前、派遣法「改正」案の国会審議において、野党対案の「同一労働同一賃金推進法案」を骨抜きにした政権が、唐突に同一労働同一賃金を取り上げたことについては、やはり不信感が拭えません。

非正規労働者の処遇改善はまったなしです。パート・契約社員、派遣など非正規労働者は、雇用労働者の約4割を占め、主に生計を支える者の割合も上昇しているのに、賃金・一時金も、休暇や福利厚生にも大きな格差がある。かねてから連合が求めてきたように、雇用形態にかかわらない均等待遇原則の法制化を早急に実現する必要があります。

常見:そういう意味でも、この秋からの議論は非常に重要ですね。どの政党も「同一労働同一賃金」を掲げたのだから、きちんと議論