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非嫡出子に関する個々の事案と日本の伝統

2013年07月13日 01時21分 JST | 更新 2013年09月10日 18時12分 JST

結婚していない男女間に生まれた婚外子(非嫡出子)の遺産相続分を、法律上の夫婦の子供(嫡出子)の半分としている民法の規定が、憲法違反として見直されるのではないかといろいろ話題になっているので、これについて少し。

1 今回の事案

法律論に入る前に、マスコミなどで報道されているものを基に、今回裁判になっている事案をまとめてみたいと思います。

今回の事案は、平成13年7月に死亡した東京都の男性と、同年11月に死亡した和歌山県の男性らの遺産分割に関する審判となっております。

東京・和歌山家裁では民法の規定を合憲と判断し、東京・大阪高裁もそれを支持したため、非嫡出子側が特別抗告したというものです。このうち、私は個人的に興味をひかれたのが、和歌山県の事案です。

2 非嫡出子側の主張

非嫡出子となっているのは、和歌山県の40代の女性です。この方の父親が飲食店を経営しておりましたが、そこに昭和41年から働き始めた女性(この方の母親)と親しくなり、交際を始めました。 

ところが、父親には法律上の妻と2人の子供がいたため、この方の母親と交際するころには別居することとなりました。結果、この方と姉、両親の4人で暮らしてきたそうです。

小学校3年の頃から、両親が内縁関係にあるということは、気が付いていたものの、この方にしてみれば、普通の家族と何ら変わるところはなく暮らしてきたそうです。

ところが、父親が亡くなってから、民法の規定が適用され、嫡出子の半分しか相続できないと言われたのが納得できなかったという話です。

父親は4人(嫡出子2人、非嫡出子2人)とも同じ気持ちで接していたはずで、父親の意向を無視して差を設けるのはおかしいという主張です。

3 嫡出子側の主張

対して、嫡出子側は、結果として父親に捨てられたような形となっており、母子家庭として生活することと余儀なくされたわけで、それだけでもかなりのマイナスを受けております。

また、金銭的面でもマイナス面を被ってきたとしております(すいません、この父親が別居後、具体的に妻子にどのような金銭的援助、扶養を行ってきたかについての報道は見つけることができませんでした)。

確かに、この父親が内縁の妻と生活をしていたことを考えると、どうしても新しい家庭により多くの収入が流れて行ったことは否めないかと考えます。

そのため、嫡出子側としては、既に相続で差が設けられている分位の利益は非嫡出子側では受け取っているはずだと主張されているそうです。

思うに、外にも非嫡出子側は、戸籍上はともかく、形の上では両親そろった生活をしてきたわけで、それに対し父親との別居を長年強いられてきた嫡出子側としては、慰謝料として、その位の差はあっての当然という思いがあるのはないでしょうか。

4 個別の事情

法律論を離れてこうした事情を知ると、どちらかに味方をするということはかなりしにくくなります。

何度か主張しておりますが、争いが起こった際にどちらか一方だけの話を聴いて物事を判断することほど危ういものはなく、双方の主張を確認しないと、かなりの確率で判断を誤ることになると考えております(通名登録者の入場を拒否した、ももクロ運営の対応は妥当か?)。

どうしても人は自分に都合の良い様に物事を考える傾向が強く、意図的に嘘をついているわけではないのでしょうが、自分(達)に都合の良い様に物事を考えることが多い様に思えます(日本は「靖国神社不参拝」という外交カードを持っている?)。

結果、「逆恨み」という言葉がある様に、理不尽に他人を恨むことが良くあります(これは何も個人と個人だけでなく、国と国の間でもよくあることかと思っております「日本に三度中国の近代化を阻害させるなという、勇ましい(?)中国紙社説」)。

5 最後に

長くなってしまったので、無理矢理結論をまとめてしまいますが、私は個人的には嫡出子と非嫡出子の間で相続に差をつけることについては反対です。

これまでも、「法律婚の尊重」という大義名分や、そもそも親は遺言によって相続に差をつけることができるといったことからこの規定は有効とされてきました。

しかし、世界的には同性婚まで認められている状況や、フランスの様に婚姻という形をとらずに、子供を設けることが当たり前になっている社会も存在します。

そうなると、明治期の民法という形が定めた、役所に届け出て初めて有効となる今の民法が規定する「結婚」というものにどこまで重きを置く必要があるのかと考えてしまいます。

よく日本の伝統ということをおっしゃる方がありますが、日本の婚姻制度は時代により大きな変遷を経てきており、平安時代の様に妻問婚が当たり前だった時期もあれば、安土桃山時代の様に女性の再婚が当たり前だった時期もあります(『「人妻」の研究』)。

それに、地方地方でも大きな差があり、戦前までは夜這いが一般的だった地方があるという話もあり、現在民法が定める「法律婚」にどこまで重きを置くべきか私的にはかなり疑問です。

なお、最高裁では憲法判断しかしないので、今回の和歌山の事案で、具体的にどういう形で遺産相続をすべきという判断はしないでしょうが、仮に今回違憲判決が出たとしたら、高裁に差し戻しとなり、具体的に嫡出子側、非嫡出子側がどれだけ援助を受けていたか確認する作業が必要となるのでしょうが、それはそれで結構大変かと考えております。

(※この記事は、2013年7月11日の「政治学に関係するものらしきもの」から転載しました)