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大阪市の公募の「失敗」とその原因

2013年10月17日 23時04分 JST | 更新 2013年12月17日 19時12分 JST

橋下市長の肝いりで始まった、大阪市の公募区長や公募校長の不祥事が相次いでいるようですが、これについて少し。

1 政策のミス

橋下市長については、彼の名前を聞いただけで、拒否反応を示すような方もおられますが、私は基本的に橋下市長の政治家としての能力をかっており、主張なさっていることも理にかなっていると思っています(橋下市長の政策が人気のあるワケ(民主党の人件費削減と比較して))。

ただ人である以上、当然すべてがうまくいくはずがなく、失敗はあるのもやむを得ないかと思っています。問題はその後のフォローをどう行い、「被害」を最小限に食い止めるかという話です(橋下市長が慰安婦問題について会見した意義)。

そういう観点から、公募区長や公募校長の問題を考えると、今回は、はっきり言って「失敗」だったというのが現実かと思います。

市長にしてみれば、自分が力を入れた政策なので、撤回も難しいし、問題のある方を処分してそれでおしまいということではなく、その他の方をどうするかという話もあるので、処分も簡単にはできないということなのでしょう。

2 公募の問題

私は基本的に公募というのはかなり難しい問題を孕んでいると考えます。確かに組織の活性化のために外部から人を登用するというのはある話で、理解できないことではありません。

しかし、問題はどうやってその方の能力を判定して任命するかという話で、面接をするにしても筆記試験をするにしても、短期間でその方の能力をどれだけ的確に判断できるかについては、かなり疑問視しております。

人の適正や能力がそんなに短期間で的確に把握できれば誰も苦労しないわけで、それができないからこそ、企業でもあれだけの金をかけて、いろいろ試行錯誤をしながら、人の採用にあたっているわけです。

実際問題、企業もそれだけ苦労して採用したすべての方が使い物になるかというとそんなことはなく、不祥事をおこす者もいれば、精神的に折れてしまう人、「ブラック社員」としか言いようのない人などが出ることはやむを得ません。

毎年採用した方のうち、何割かはいろいろ問題を起こすことはある程度織り込み済みで、そうした方を徐々に切り捨てていくから、現在残っている方はそれほど問題が少ないという面もあります。

3 組織の適合性

それに、その組織で長期間やっていけるというのは、その組織に適合したものが残っているという面も否定できないと考えます。

物事には長所と短所がありますが、これは「適合」も同じで、「適合」と聞けば良いイメージを持ちますが、一歩間違えば「なれ合い」となってしまう可能性も否定できません。

そうすると、そうした方々にどれだけその組織の改革ができるかという話で、だからこそ橋下市長は新しい風を吹き込むという意味でも外部登用にこだわったのでしょうが、能力的に高くとも、その組織のやり方になじめない人というのはどうしても出てきます。

それに組織は一人で動かせるものではないことは皆経験でわかっていることかと思います。無理に動かそうとしてピエロの様になってしまった方に田中眞紀子(元)文部科学大臣(外務大臣のころの方がピエロぶりはひどかったと思いますが)がおられます(田中眞紀子議員を例にした民主党の敗因)。

4 最後に

そういう意味で、公募はかなり危険な賭けとなる可能性が高いわけで、もし公募で任命する方が少なければ、それほど問題が表面化することも少なく、ここまで大事にはならなかったと思います。

しかし、橋下市長は、区長や校長にかなりの方を公募で任命したわけで、これだけの方を任命すれば、問題のある方が出てくる可能性が高くなるのは仕方がないかと思います。

こういうことを考えると、私は公募という制度を否定するつもりはありませんし、橋下市長が行うとした意図もわかるのですが、あまりに急で、数が多すぎたのではないかと考えています。

2013年10月18日の「政治学に関係するものらしきもの」から転載しました。)