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山本議員の直訴と天皇の「中空構造」

2013年11月02日 00時27分 JST | 更新 2014年01月01日 19時12分 JST

山本太郎参院議員が秋の園遊会で天皇に手紙を渡した行為がいろいろ話題となっており、いろいろ興味深い事案であることは間違いなかったので、これについて少し。

1 中空構造

今回の事件で最初に思ったのが、天皇に対する日本人の思い入れです。最近あった似たような事例としては、竹島に上陸した韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領(当時)が、「天皇」(韓国では天皇という呼称すら忌避される)について言及したことが反感を強めた事例(竹島問題を抗議する韓国の自業自得)が思いだされます。

天皇については、政治的中立性が求められているわけですが、これを心理学の分野から考察された方に河合隼雄氏がおられます。余談ですが、私は氏からかなりの影響を受けており、このブログでも何度か取り上げております(「夢」を持ち続けることと、諦めること)。

河合氏は、『中空構造日本の深層』の中で、『古事記』などを参考に西欧の様なキリスト教的一神教と異なり、日本では、神々の中心に何の活動もしない神が存在し、安定した構造となっているという指摘を行っております。

他の例としては、日本人の好きな『三国志演義』の主人公劉備玄徳などが挙げられます。主人公そのものは目立った働きはせず、中心でどっかと構えているだけで、部下(義兄弟)や参謀が八面六臂の活躍を見せるという形が好まれるというわけです。

確かに目立った働きはしないわけですが、無能というわけではなく、劉備であれば、稀代の「徳」を有した人物とされています。それが故に魅力があり、人を引き付け、周りの人が皆彼のために頑張るという形になっており、こうしたものが好まれる傾向があるという指摘です。

2 権力

実際問題、歴代の天皇を見ても、鎌倉時代以降、天皇がどこまで支配者としての実権を有していたかとなると、実際の支配権は武士階級に奪われておりました。

それでも、武家の長たる将軍の任命権者として「中心」に存在してきたわけで、精神的な意味あいという点で大きな働きをしてきました。

そうした位置づけであるからこそ、「中心」に位置するものとして、積極的に自分から何かをすることは難しいわけですが、そうであるからこそ、周りの者もそれを尊重し、敬うということが暗黙の了解とされてきたわけです。

ところが、今回の山本議員の行動は、その恐れ多い天皇に対し、直接行動を起こすというわけで、中心に位置し、誰にも組しないが故に、「中心」である天皇を自分の方に引き寄せようという行為に他ならないわけで、反感が起こるのは当然かと思います。

3 主張

山本議員の行為を足尾銅山鉱毒事件の田中正造になぞらえて評価する方もおられるようですが、田中正造の場合、やむに已まれず直訴という行為を行ったのに対して、山本議員は自分の主張をいくらでも訴える場所があるにもかかわらず、今回の様な行為にでたわけで、とても同じに論じることはできないと考えます。

それに、こういっては何ですが、山本議員の原子力に対する認識はかなりあやしいものがあり、新興宗教の様に自分で勝手に盲信しているだけではないかとしか思えない部分もあります(震災がれき受け入れ反対と新興宗教)。

確かに一部の同じ様なことを盲信している方の熱狂的な支持を受けるでしょうが、これがどれだけ世間一般から支持を受けることができるかとなると、かなり疑問です(宗教化して成功した共産党と、失敗した社民党)。

4 最後に

それに山本議員の弁明として、法律で禁止をされていないから云々という話をしたとも報道されておりますが、法律で禁止されていないことは何をしても良いのかという話になります。

法律で禁止されていなくても、いわゆる道徳とか良識とか呼ばれるものはあり、これを無視するといろいろ問題になるのは言うまでもありません(甲子園のスパイ疑惑と高野連の対応2)。

例えば、不倫をした方が弁明で「法律で禁止されていないから不倫をしても良い」と述べたとしたら、聞いた人がどう反応するかという話で、法律で規定されていなくても、社会生活を営む上で必要とされるものはあり、この点でも、彼の主張はとても支持できるものではないと考えます。

(※この記事は、2013年11月02日の「政治学に関係するものらしきもの」から転載しました)