BLOG

ネットの誹謗中傷と実際の行動

2013年11月10日 23時19分 JST | 更新 2014年01月10日 19時12分 JST

『RBB TODAY』が配信していた「はるかぜちゃん、"ネット離れ"で心境に変化......『傷つく時間をむだにしてきた』」という記事がいろいろ興味深かったので、これについて少し。

1 記事の紹介

「"はるかぜちゃん"こと子役タレントで声優の春名風花。以前はTwitterなどを通じて日常的に送られてくる誹謗中傷や殺人予告に悩まされていた彼女だが、最近では自身の"ネット離れ"が進み、かつての酷かった状況からは少しずつ抜け出しつつあるようだ。」という記事です。

彼女は。「かねてより子ども離れした明晰な文章や巧みな切り返しで注目を集める春名のTwitter。多くのフォロワーを獲得するなど人気を博」してきましたが、その一方で、「誹謗中傷などを送りつけるユーザーとバトルを繰り広げることも頻繁にあり」ました。

結果、母親が「色々と限界に来ていました」と述べた様に、「心身ともに打ちひしがれていた春名は、以降、保護者の管理のもとで投稿を行うこと」とし、「Twitterとの距離を置くことにつとめ」ました。

「現在も心ないユーザーからの嫌がらせは無くなっては」いませんが、「7日に更新したブログで『運動をするようになって、むかしほどネットを見たいと思わなくなりました』『からだを動かすと、なにもしないでネットであれやりたいこれやりたいとつぶやいていたときより確実に夢に近づいてる気がします』と、"ネット離れ"による心境の変化を報告」するように、変化が見られるようになりました。

「これまではネット上に書き込まれる自身に対する中傷を見ては、傷ついたり反論することに時間を費やしていた」わけですが、「『そんなくだらないものと向き合う前に、ただ無心に走れば良かった くだらない人のくだらない言葉に傷つく時間をぼくはどれだけむだにしてきた?』」まで語れる様になったそうです。

2 キャラ付け

春名風花氏については、以前も言及したことがありますが(「遺書」を書いていた春名風花氏)、今回の事案だけでなく、テレビに出ているタレントなどはキャラ付けがされることが良くあります。

結果、視聴者はその「キャラ」を見ているだけに過ぎないことがよくあるわけですが、キャラ付けされた方にしてみれば、いろいろ言いたいことがあるのは当然かと思います(ピアスの穴をあけすぎるとアイドル失格?)。

別にこうした事案だけでなく、「ステレオタイプ」という言葉があるとおり、あるものも見るために良く言えば「予備知識」、悪く言えば「先入観」で見ることはよくあります。

一から物事を理解するのは結構大変で、こうした知識があるのは助かることも多いわけですが、最初の先入観で物事を見た結果、そのままあるものを誤解したままになってしまうということもよく聞く話です。

3 誹謗中傷

そして、そのキャラしか見ていないため、相手が生身の人間であることを忘れ、かなりひどい誹謗中傷を行う人がいることも悲しい話ですが、事実です。

ただ、斯様にイメージだけで相手をみて攻撃するということはよくあることで、中国の反日デモなどや日本で起こった在日韓国人に対する「ヘイトデモ」なども、相手が同じ人間で、彼らにも生活があることを考えればもう少し違っていたと思います(横浜線踏切事故に見る「死」と統計)。

特にネットの場合、実際にデモを起こすより簡単なことや、生身の相手に接していないが故に、誹謗中傷に至るハードルがより低くなるわけで、結果かなりひどいことがおこります。

正直、ネットで何かを発信している人は、(一部の例外を除いて)金銭的メリットはなく、精神的な満足感などを得るために行っているわけですが(チヤホヤされたいためにブログを書いている?)、それがこうなってしまっては何のためのという思いが強くなっても不思議ではありません。

4 行動すること

そういう意味で、今回春名氏が体を動かすことによって、少し楽になったというのは本当に良いことと思っています。

人はどうしても考え過ぎることがよくあるわけですが、考えてもどうにもならないことはたくさんあります。ある意味、心配するだけ無駄なわけですが、袋小路に落ち込んでしまうとなかなかそうもいかず、くだらないことを余計に思い悩みます。

それに頭で考えても行動に移せなければ何にもならないわけで、何かができるだけの体力(身体的能力)を備えておくことも必要です。

ただ、こうしたことを考えるより、スポーツなどを始めれば、自分ができないことをやっている方々が目の前におり、目標がわかりやすく、それを目指して体を動かしていけば、あまり他のことを考えなくて済むというのもあるかと思います。

5 最後に

こうしたことを「逃げ」と呼ぶ方もいるかもしれません。当然、明日までに終わらなくてはならない仕事が山積みという場合など、必死でやるしかないわけですが、「これが終わった後もまた」と始まる前から悩んでいたのはでよけいおかしくなってしまうという話です。

最後は本当に「逃げる」(退職する)しかない場合もあるでしょうが、考え方を変えるだけで楽になる場合もあれば(うつになる可能性と「逃げる」こと)、時には考えることをやめることが必要だと思っております。

(この記事は、2013年11月11日の「政治学に関係するものらしきもの」から転載しました)