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「地元」に対する中間所蔵施設の受け入れ要請について

2013年12月15日 23時36分 JST | 更新 2014年02月14日 19時12分 JST

東京電力の福島原子力発電所の事故に伴う除染処理では、中間貯蔵施設の見通しが立たないため除染の遅れを招いているという批判があります。

こうしたことを受けて、政府は福島県と原発周辺の3つの町に対し、中間貯蔵施設の建設の受け入れを正式に要請しましたがこれについて少し。

1 地元の不安

今回一言で「地元」と書きましたが、これについては何をして地元とするかという問題があります。福島県では地方自治体の改選に伴う選挙で現職が相次いで負けるというで事態が発生しております。

これはまともに考えれば、東日本大震災後の行政の対応に対して不満が高まっているという話であることは間違いないかと考えます(新人が勝利した福島市長選挙と「草の根」と『毎日新聞』)。

農作物観光業などの風評被害はあるは、除染は進まないとなると、当然こうした不満が募るのもわからないではありません。

そういう意味で、原発から離れていながら放射能漏れの被害を受けて福島市、郡山市などにしてみれば、除染が進むことは望ましいことと考えているかと思います。

その一方で、原発から近い今回の3つの町にしてみれば、国有化され自分たちの土地がなくなるわけです。なおかつ処理に30年となれば、国有化された周りの人も帰ってこれるかという話で、町の存亡にも関わる話です。

2 地元の対立

そういう意味で一口に「地元」と言っても、意見が1つというわけではありません。実際、以前書いたように同じ福島県の被災者といっても、原発の避難民とそれを受け入れたいわき市の軋轢なども起こっています(避難者を受け入れて人口が急増したいわき市の問題と移民問題)。

おそらくもっと有名な事案が諫早湾の干拓事業でしょう。農地等を確保したい長崎県と漁業被害が出ている佐賀県などの対立から、司法も巻き込んで相反する判決が出される異常事態となっており、開門調査の目途も全く立っていません。

そういう意味で一口で地元と言ってもいろいろなわけで、今回の事案も「福島県」「地元」と言っても様々な意見が存在することは間違いありません。

3 政治責任

確かに、中間貯蔵施設とは言っても、このまま実際的な最終処分場になってしまうのではないかという懸念は皆思っているかと考えます。しかし、その一方で、では他にどういう政策があるのかという話です。

中間貯蔵施設がなく、除染で発生した大量の「ゴミ」などを保管する場所がないために、除染か進まない現実があるわけで、どこかに造らなければならないわけですが、そうなれば場所はおのずと限られてくるというのは皆思っていることではないでしょうか。

最後は痛みを伴う決断を誰がするかという話なわけで、政治とは配分できる資源が限られている以上、どこを削減してどこに配分するかという決断が必要で、今回その決断がなされたということかと思っています。

4 八方美人

これまでも民主党の理想論を散々批判してきておりますが(細野幹事長と民主党と理想論田中眞紀子議員を例にした民主党の敗因)、政治は理想だけではできるものではありません。

時には「公共の福祉」のために、誰かに痛みを負わせることも必要となるのは間違いないわけで、あとは十分な補償という話になるのかと思います。

ただ、問題はこの配分加減で、こうした痛みを過度に押し付けるのは間違っています。かといって、全く押し付けないまま「ゆでガエル」の様に、何も有効な政策が打ち出せずに国が衰退していく様でも困ります。

5 最後に

当事者にしてみれば自分たちの今後の生活がかかっているわけですが、大変な話で、よそ者が思い知ることができないところもあるのも間違いありません。ただ、だからこそ大局的に物事が見れないという面もあることは否定できないかと思います。

かといって、自分たちのことを自分たちで決定できないというのもおかしい話で、最後はやはりバランスという話になっていくのではないでしょうか。

(※この記事は、2013年12月16日の「政治学に関係するものらしきもの」から転載しました)

福島原発 地下汚染水の視察