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海外人材招へいと日本の同調性

2014年03月17日 00時30分 JST | 更新 2014年05月16日 18時12分 JST

『Record China』が掲載していた「魅力を失った日本に海外の人材はやって来ない、まずは単一民族心理を捨てよ―日本華字紙」という記事がいろいろ興味深かったので、これについて少し。

1 記事の紹介

「日本華字紙・日本新華僑報は、『国家株式会社』という発想を捨てない限り日本は海外の人材を招聘できないとの記事を掲載した。入管法の改定が閣議決定されたが、日本人が発想を変えない限り優秀な人材の招聘は難しいと指摘している。」という記事です。

11日に入管法改定案を閣議決定しましたが、その内容は「高度な技能を持つ外国人の日本定住を促すのが狙い」で「『高度人材』と認定された外国人は一定期間日本で過ごせば、その技能を用いた活動を続ける限り無期限で在留できるようになる」というものです。

これまで10年だったものが、「専門的技能を持つ外国人は5年以上の在留で永住許可が申請可能になる」ことを受けて、「海外の人材の招聘にはずみがつくとの楽観論も広がっているようだが、おそらくそんな簡単な話ではない」としています。

理由として「周辺国が目覚ましい経済成長を続けるなか、日本の"魅力"は相対的に減少している」ことと、「日本人の単一民族意識、鎖国意識」を挙げています。

他にも「『国家株式会社』的な発想も弊害を生んでいる」とし、「日本の企業は新入社員を『洗脳』し会社に忠実な『社会人』に仕立て上げる。同様に『国家株式会社』としての日本も外国人を親日派に改造し自分たちに有利な存在にしようとしている。だが日本にやってくる人材をすべて『親日派』にできると思うのは大間違いというものだろう。」と結んでいます。

2 国家株式会社

おそらく記事で書かれている「国家株式会社」とは、80年代にさかんに話題となった「日本株式会社」のことを指しているのかと思います。

いわゆる「日本異質論」の1つで、チャルマーズ・ジョンソンの『通産省と日本の奇跡』などが有名です(アメリカの異質論と教育)。

日本経済の発展の原因として、日本における政官財の三位一体が提唱され、国を挙げて日本は日本製品の輸出を目指しているとされました。

そして、日本の教育制度についても高等教育を受けた者を「日本株式会社」の「社員」としてを生み出し続けているということも言われました。

3 日本の同調性

ただ、こうした意見はバブル崩壊に伴うその後の長期経済低迷で殆ど論じられなくなりましたし、私は中国の方が日本より徹底した「国家株式会社」だと思っているので(「中国モデル」と「開発独裁」)、こういう意見にはいろいろひっかかるところがないわけでもありません。

しかし、その一方で、「鎖国意識」とまで言ってよいかどうか疑問ですが、確かに日本には相手に同調を求める強い傾向があり、これにはどうかと思っております。

当然ものごとには長所と短所があり、こうした同調性があるが故に「他人の目」が気になり、おかしな行動をするものが少ないという長所もあれば、逆に自分と違うものは排除しようという発想になり、「いじめ」のような行動にでるものもいると考えます(クリスマスに恋人と日本の同調性)。

では、こうした同調性の圧力が少ないところではどうかという話ですが、他人の目を気にする必要がない以上、法で罰せられない限り何をしようが勝手です。

結果、いろいろな弊害が起こることもありうるという話で、中国などで起こっている公害問題の原因の1つにこうした意識があるのではないかと思っています(中国の公害問題と中国人一人一人の責任)。

4 最後に

他にも中国にも全く「鎖国意識」がないわけではなく、中国人以外中国語を話せるはずがないと本気で思っている人もいる位です。

そういう意味でも、今回の記事を見て中国人がこれらのことについて日本を批判的に書くことについていろいろ思うところがあったというのは本当のところです。

ただ、その一方で、「日本にやってくる人材をすべて『親日派』にできると思うのは大間違い」という指摘などは本当にその通りで、同調性が強い故に、取り込んで自分たちと同じにできると考えている日本人もいることは確かです。

ただ、こうしたことが嫌いな人もいることは確かですし、どうしても日本に馴染めない外国人がいるのは当然かと思います(日本人でも日本に馴染めない人がいる位ですから)。

私的には「話せばわかる」という認識がその典型と思っています。ただ、世の中(世界)には全く価値観の違う人がいて、話しても何を言っているのかすらわからないということが結構あります。

自分の常識を根底から覆すような人がいるからこそ、世界は楽しいわけですが、当然その人たちと付き合っていくということは、摩擦も起きやすく、どう付き合っていくかは個々に考えていくしかないというのが現実かと思います。

(2014年3月17日「政治学に関係するものらしきもの」より転載)