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ライフハックよりも「教養」が流行っている理由/トラブルシューティングの効かない時代に

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Yagi Studio via Getty Images
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「ライフハックよりも教養のほうが大事だよね」と彼女は言った。ベルギービール専門店の薄暗いカウンターで、iPhoneを見つめながら。「イマドキ、"捗るぞ"とか言うヒトなんていないよね」

私は頬を引きつらせて、「だ、だよね!」と答えた。まさにその瞬間、(はてなダイアリーを使うと色々と捗るぞ)と言おうとしていたのだ。

私は流行にうとい。はっきり言って情弱だ。つい先日「tsudaる」という動詞を覚えたばかりで、本当は使いたくてウズウズしていた。だけど彼女に「おっくれってるぅ!」と笑われたくないから、ビールと一緒に言葉を飲み込んでいた。信じてもらえないかも知れないが、「アルファブロガー」という単語さえ半年前まで知らなかった。ライフハックというモノが流行っているらしい――と、ぼんやり認識しはじめたばかりだった。

そこに「ライフハックは遅れている」の一言だ。驚きのあまりビールを吹きそうになった。文字通り泡を食いながら、「き、教養のが大事だよね」と話を合わせる。ライフハックで四苦八苦。ちらりと視線を落とせば、友人のバッグには『銃・病原菌・鉄』が放り込まれていた。たしかに教養本だ。ビジネス書や実用書はあまり読まなくなったらしい。

この友人の周囲では、ライフハックが急激に人気を失っているという。マニュアル的な知識よりも、教科書的な情報のほうが好まれるようになったそうだ。すぐには実用に耐えない知識:それが教養だ。自分のなかで一度消化しなければ使い物にならない。

       ◆

ライフハックから教養へ――。この流れが一般的なものなのかは分からない。が、同級生のなかで誰よりも先にiPhoneデビューした彼女は、いわゆる情報強者。私よりもはるかに流行に敏感だ。彼女の所感はおそらく正しい。

一時にくらべ、本屋に並ぶライフハック系の本は減った。年収を××倍にしよう――みたいな本は、店の奥のほうの棚にひっそりと置かれるようになった。今でも「賢い生き方」「トクする頭の使い方」みたいな書籍は毎月刊行されている。が、それを読んでいる人を本当に見かけなくなった。

気になってamazonや紀伊国屋書店の販売部数ランキングを覗いてみたのだが、「教養本」が上位を占めるというような現象は見られなかった。目につくのは『ビブリア古書堂』シリーズの大健闘と、西尾維新の強さ。「部屋をかたづけよう」みたいなライフハック系書籍もしっかりとランクインしている。

ただし一時期は、こういうランキングの上位をライフハック本が独占していたらしい。情弱の私はふだんランキングなんて気にしないので、それがいつごろで、どんな顔ぶれがランクインしていたのかは知らない。だけど「ライフハックが大流行した」のが事実だとすれば、その時代が異常だっただけなのではないか。
つまり、いま「教養が流行っている」のではなく、ライフハックの流行が過ぎ去って普通に戻っただけ――だと推測できる。

でも、なんで?
どうしてライフハックは廃れちゃったの?

私は出版業界の人間ではないので、売れ筋商品の変遷をよく知らない。「生き方本の売上や発刊点数が落ちた」「教養本の売上や発刊点数が増えた」というデータを示すことができればいいのだけど、軽く調べただけではそういう資料は見つからなかった。そもそも「生き方本」と「教養本」との線引きは難しく、境界があいまいだ。

なので、とりあえず「ライフハックは廃れた」という仮定のうえで考えてみた。

       ◆

たとえばジャムの瓶のふたが固い場合:ふたにお湯をかけて開けるという方法がある。暖めることでふたが熱膨張し、ねじが緩むという寸法だ。

たかがジャムの瓶だとあなどることなかれ、女子から「開けて!」とせがまれた瞬間、男子は窮地に立たされる。頼ってもらえたという喜びと同時に、もしも開かなかったら......という恐怖に襲われる。もしそうなれば男子としての評価はガタ落ち、「なよキャラ」として永遠に笑いものにされてしまう。この場に居合わせてしまった不運をなげき、筋トレを怠ってきた自分を呪い、運を天に祈りながら「俺に任せろ」と瓶を手に取る。ああ、神様! どうか簡単に開きますように――。沽券をかけて、男子はジャムの瓶に立ち向かうのだ。

ここで「ふたにお湯をかける」という解決策に思い至るには、2つの方法がある。

1つは、「ジャムの瓶が開かない時はお湯をかけなさい」というTipsをあらかじめ学習しておく方法だ。状況に応じた最適の行動をトラブルシューティング的に覚えておく方法。ライフハックと呼ばれる知識の多くはこの形式だ。

もう1つは、「暖められたモノは熱膨張する」という知識から、類推を重ねていく方法。「暖められたモノは熱膨張する→つまりサイズが大きくなる→ふただけを暖めることができれば、ねじが緩むはずだ」と思考を進めれば、教わらなくても「お湯をかける」という答えにたどり着ける。

なぜこんな当たり前の話をしているかといえば、「ライフハック」と「教養」との違いをはっきりさせたいからだ。

ライフハックの多くは、特定の状況下でしか効果を発揮しない。たとえばiPhoneの充電を長持ちさせるライフハックは、(当たり前すぎるけど)ガラケーユーザーには意味がない。部屋を綺麗にするライフハックは、母親に自室を掃除されてしまう男子高校生には無関係だ。(勝手に入るなっつーの!)

あるいは「アイディアの出し方」のような知識があるけれど、あれは「そのアイディアで充分」な状況下でしか役に立たない。どんなに優れたアイディア術でも、「その方法では生み出せない発想」がある。思考をテンプレート化してレールを敷くということは、そのレールの外側には行けなくなるということだ。本当に豊かな発想が欲しいのなら、「この方法だけで大丈夫!」と言えるアイディア術は存在しない。

ライフハックが役に立つかどうかは状況に依存するのだ。

一方、教養はどんな場面でも使える可能性がある。が、「可能性」止まりなのが弱点だ。思い出すだけでは不充分で、「思考」のプロセスが必要になる。

熱膨張は小学校で習うけれど、テストの点のためだけに覚えるのではもったいない。日常の様々な場面に、熱膨張の関わる現象がある。たとえば瓶のふた、グラスに熱湯をいれてはいけない理由、電車が揺れる原因、カップ焼きそばの湯切りで「ベコンッ!」となる仕組み――などだ。心霊現象の1つに「ラップ音」というものがある。誰もいない部屋から物音がするという現象だが、熱膨張で説明できる場合が多い。風呂場の排水管は、誰かが入った直後はお湯で暖められて膨張している。それが夜中、みんなが寝静まったころにゆっくりと冷えて縮んでいく。その時にパイプのつなぎ目がこすれて、チキチキ......カチカチ......と不気味な音を立てる。幽霊の正体見たり、だ。知識にもとづいて思考すれば、世界の見え方が変わる。少なくともオカルトに悩まされることは減る。

ただ記憶しただけの知識は、教養とは言えない。思考回路に組み込まれて初めて、知識は「教養」へとレベルアップする。知識を「使ってやろう」というどん欲さが大切だ。

小学校時代からずっと、私は社会科が苦手だった。とくに歴史が意味不明で、こんな原始人のことを勉強して何の役に立つのだろうと思っていた。今なら分かる、役に立つかどうかは私の「使い方」次第だったのだ。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。反省した私はこの年末に山川出版『詳説世界史B』を購入し、いま読み直している最中だ。

ライフハックと教養との違いを比べてみると、1つの判断基準が見えてくる。

ライフハックはトラブルシューティング的な知識なので、それだけで豊かな生活をしようとしたら、膨大な量のハックを覚えなければならない。したがって記憶力に自信のある人向けだと言えそうだ。

反対に「教養」は記憶力に自信のない人向けだろう。トラブルシューティングを記憶しきれない人、つまり多種多様な問題・状況をあらかじめ覚えておくことができない人は、教養を身につけて思考力でカバーするしかない。

       ◆

ライフハックが廃れたのだとすれば、その原因は「想定外のトラブル」だ。

トラブルシューティングは、想定内の問題だけが起こる状況ではとても便利だ。しかしトラブルシューティングに頼り切ってしまうと、そこに載っていない問題が発生した時に手も足も出なくなる。

そして昨年、2011年は「想定外のトラブル」が頻発した年だった。

たとえば震災にともなう事故が起こり、多くの人が自分の無知に気付かされたと思う。核分裂はおろか、そもそも「発電」のメカニズムさえよく理解していなかった――という人は少なくないだろう。東京では金町浄水場から放射性物質が検出された直後に、ミネラルウォーターが売り切れてパニックになった。しかし、きちんとした理科の知識、あるいは現代史の知識がある人なら、この状況はあらかじめ予測できただろう。炉を冷却できなくなったというニュースを聞いた瞬間から、最悪の事態に備えて水の確保をしたはずだ。教養のある人が着々と対策をしている間、私たち普通の人は何をしていたか:さすがに爆発しねーだろwwwと理由もなく信じていた。

そして現在のユーロ危機。これがどういう現象かを理解するには、教養レベルの経済学知識が必要だ。専門家でなくても「信用創造」ぐらいは知っておかないと、目の前で何が起こっているのかさえ理解できない。そういう時代になった。

旧来のトラブルシューティングではカバーできない問題が次々に起こっているからこそ、状況に左右されない「教養」が注目を集めているのではないだろうか。

人は判断に迷うと、ついマニュアルを求めてしまうものだ。

バブル崩壊で日本型の経営が崩れ、ただ働くだけでは収入を増やせないと私たちは知った。失われた十年をくぐり抜けた後、とにかくカネを増やそう!という機運が生まれた。『金持ち父さん貧乏父さん』のような本が好まれ、リーマンショック直前の『年収を10倍にする方法』などへと繋がっていく。そういう本を読んだ人の年収が本当に増えたかどうかは知らない。また「カネ儲けしよう」という機運と同時に、「賢く生きよう・いい人生を歩もう」という感情も膨らんでいった。『この人はなぜ自分の話ばかりするのか』や『バカの壁』といったドキリとさせられるような本から始まり、収入の過多とは無関係な「より良い生き方」のロールモデルが模索された。

リーマンショックとその直後の内定切りで、日本的な雇用は完全崩壊。私たちは人生のロールモデルを完璧に失った。「カネ儲けしよう」という言葉からリアリティが失われ、「賢い生き方」だけが細々と生き残った。それがライフハックブームだったのではないだろうか。

そして昨年の一年間で、私たちはマニュアル的な知識の無力さを思い知った。

歳を取るということは、新しい状況に対応できなくなるということだ。

歳を重ねたヒトほど、何か問題に直面したときに、過去の経験から解決策を探そうとする。知識にもとづいて思考する手間を省くようになってしまう。だから歳を取るとヒトは頑固になり、変化に適応できなくなっていく。「教養」を使いこなせるということは、若さの証拠だ。

ライフハックから教養へと流行が変遷したのなら、日本人がみんな少しずつ若返ったのかもしれない。

※あわせて読みたい
一人で読めて大抵のことは載っている教科書
http://readingmonkey.blog45.fc2.com/blog-entry-65.html
>教養を身につけるならまずはとにかく教科書ですよね。

2012年1月6日「デマこい!」より転載)

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