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人生の抜け殻からの脱出~父の背中を追ったトレイルラン~

2015年02月23日 16時06分 JST | 更新 2015年04月24日 18時12分 JST

東京マラソンのテレビ放映を眺めていると、MCが「3万6千(=出場者数)通りのドラマ」というキャッチフレーズを使っていた。ちょっと大袈裟だなあと最初は感じた。しかし、ドキュメンタリータッチに流される個々のドラマに触れ、次第に「待てよ、そうでもないかも」と思ってくる。

18kgの重りを背負って走るマラソンのギネス世界記録を目指すことに何の意味があるのか?

ほとんどの人には意味はないだろう。しかし、その消防士には大きな意味を成すのだ。18kgの重りは酷量。それを背負って3時間6分というゴールタイムも凄いが、消防士としての誇り(救助や救出活動のために毎日行う訓練の賜物)や家族のためにと思って走る姿に、いつの間にか感銘を受けている自分が出現していることに気付かされる。

東京は、3万6千人が出場しているが、同じ日に全国各地でマラソン大会が開催されている。一体、何万人の人がレースで走っているのだろうか。その人のそれぞれにドラマがあるとしたら、覗いてみたいような・・・。

生き甲斐は、人それぞれあり、仕事、家族、愛、趣味・・・など様々だ。その生き甲斐を突然絶たれたら、あなたはどうしますか? 人生にポッカリと穴が空く。この虚無感を脱する"ドラマ"を生むランニングがある。

三浦あずさは、その昔、プロスノーボーダーを夢見て、充実した日々を送るアスリートだった。

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大学でスノーボードに出会い、バイトで資金を稼ぎ、冬は山に籠って練習に打ち込む生活を続けていた。大学卒業後も、そのスタイルを変えず、スノーボードの専門学校にまで通って、プロになることを目指していた。

そんなある日、大会のジャンプで転倒して顎と腰の骨を折る重傷を負ってしまう。この大怪我の後、競技レベルの上達においても限界を感じていた三浦は、26歳の時に、夢を諦めた。人生初の挫折が訪れる。

生きがいを無くした三浦に、抜け殻状態が襲う。人生もどんどんつまらなくなっていった。そんな時、今まで気にも留めなかった父親の行動が気になりだした。

仕事から帰って疲れているはずなのに、すぐにジョギングに向かう父。週末には山に走りに行って、目標のために練習を積んでいる姿を目の当たりにする。父親は『ハセツネ=日本山岳耐久レースの最高峰』で年代別入賞するほどのトレイルランナーだったことを知るのだ。

そんな姿を見て、何だか「今のままではいけない」と思うようになってきた。ハセツネのために練習する父に「私にもできるかなぁ?」と問うと、「練習すればできるよ」とあっさりと答えたという。

―「今思うと、ハセツネなんてクレイジーなレース、そんなに簡単に『できるよ』なんて言わないでほしいと思います。無責任ですよね。でも、その"無責任な発言"のおかげで、その後の私の人生を変えるランニングに出会えたのですから、今はありがとう!って思ってます」(後日談)―

その一言で、いきなり超がつくほどの過酷なハセツネを目指して、ランニングを始めることになった。距離は71.5キロ、累積標高差はなんと4582mである。そんな難易度の高いレースを、ランニングも登山も初心者である女性が目指すことは非常に珍しい。

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トレイルマラソンは、エイドステーションがないために、レース中に摂取する飲食物は自分で背負わねばならない。大半のランナーは4キロを超えるザックを背負って険しい山道を上り下りする厳しいレース。また、気象の変化が激しい自然が舞台であることから、完走するためには走力以外に、山の中で行動することで身に付く経験値がものをいう。初心者には危険な競技なのである。それほど厳しいレースであることを当時の彼女は知らない。

―「今思うと無謀だと思います、でも、無性に走りたくなったのです。父親があれだけ一生懸命になれるハセツネの魅力を確かめたかったし、父親の背中を追ってみたいという思いだけでした」と。「当時も今も思ったらすぐ行動するのが私の生き方のようです」―

そして、三浦は練習に没頭する。生き甲斐を得た彼女の人生が、再び動き始めるのだ。

スノーボードに打ち込んでいた時のように、週末になるとトレイル三昧の生活を送るようになった。最初は3キロくらいを走って歩いての繰り返しであったが、走っているうちにだんだんとトレイルランニングをする仲間に恵まれてきた。父親にもいろいろアドバイスをもらうようになり、会話も増えた。また自分がトレイルランニングを始めたことで父親の凄さが分かり、それまで以上に尊敬するようになる。気持ちも日に日に明るくなっていった。

ハセツネのレースで使われるコースの試走を何回も行うとともに、レースの経験をしようとトレイルランニングの大会に毎月参加することで三浦の実力はメキメキとついてきた。しかし、本番1か月前のレースで、三浦は膝を痛めてしまうのである。毎月のようにトレイルレースに出て、走り過ぎてしまったせいだ。休養して完治に努めたが、結局、故障を抱えたままレース当日を迎えることに。

―「今の状態で完走するのは厳しいと思ったけど、もう逃げたくなかった。家族と仲間が見守ってくれていたし、欠場という選択肢はなかったです」―

ついに、9ヶ月前から走ることを夢見たハセツネのスタートラインに立った。しかし、待ち受けるのは試練の連続。スタートして10キロも行かないうちに膝が痛み出す。終始雨が降る気象条件で、標高の高いところでは、低下した気温がびしょ濡れの身体から体温をさらに奪い続ける。膝は水が溜まってパンパンに腫れ、一歩毎に電気が走るような痛みもあった。

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厳しいレースだったが、"自分を取り戻すため"に、三浦は絶対に諦めることはしなかった。終盤の平らな部分でも、歩くことしかできない自分が悔しくて情けなくなり、泣きながら歩いた。諦めたくない一心で大雨の中、21時間以上もかかってゴールしたのである。

最初のハセツネを完走したあとに、三浦の父が「あいつも意外と根性あるな」と嬉しそうに話したことをしばらく経ってから母に聞かされた。父親から認められたことが、とても嬉しかったという。

それから1年後・・・ハセツネに向けて、しっかり練習を積み、万全な体調で走り、16時間17分で年代別(20代)7位入賞を果たす。父も年代別7位と親子揃っての入賞になる二重の喜び。「父親と同じレースを走ってお互い入賞できたことは私の誇りです」また「ハセツネを走ったことで家族の絆がより強くなった」と語る三浦は、今でもランニングに没頭する生活を送っている。

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たかがランニング、されどランニング。

ランニングが繕う「人の人生」がある。「人の絆」を深めるランニングがある。