韓国大統領選挙 日本人の私も「投票」したい

「人ごと」とは思えない、大統領選挙が気になって仕方ない。

■「Instagram映え」するソウル

韓国のソウルは、Instagram用の写真を撮るのが楽しい街だ。長さ32センチのソフトクリーム屋さん、子供用のサッカーボールほどの大きさのマンゴーかき氷。変わった食べ物が売られている。

後ろを振り向くと、汚いけど渋い参鶏湯(サムゲタン)の店でおじさんたちが黙ってスープをすすっている。街中に花の飾りが掲げられ、日本とは違う「カラフルさ」。私のiPhoneは写真でいっぱいになる。

しかし「インスタ映え」する街の奥底には、悲しみも流れている。

今から70年以上前。日本が戦争に負けたため独立を果たし、大韓民国が出来たが、すぐ朝鮮戦争が起こった。国の「北側」に住む人と、「南側」に住む人が国内で争い、ソウルも戦場になった。友達や家族が死んでいった。

独裁政治が続いて軍事クーデターが起きた。奇跡的な経済発展で、ソウルを中心に豊かになったが、都会と地方の格差が出てホームレスも生まれた。

日本がワールドカップの初出場を決めて、日本経済新聞で連載された小説「失楽園」が話題になっていた1997年、韓国は通貨危機にあった。

2017年の5月の連休中、ソウルを歩くと、2014年に高校生ら約300人が死亡・行方不明になった旅客船セウォル号の沈没事故を追悼する垂れ幕が、目に入ってくる。

北朝鮮とは休戦状態。地元の新聞を開くと、息子を軍隊に入れた母親の心配を描くコラムが載っていた。

博物館に行けば、「韓国の義士」とも呼ばれている安重根の特別展が開かれていた。1909年、日本の圧力に反発して、日本の伊藤博文を暗殺した人物だ。私は9歳の長男を連れて入ったが、少し気になって、日本語を話さないようにした。

■独特の緊張感に包まれている国

「いつも独特の緊張感に包まれている国なんです」。戦後の「平和」を味わってきた日本と違い、波乱の歴史を生き延びてきた韓国社会を指して、友人の韓国人の男性新聞記者は、私にこう言った。

2017年5月9日に韓国大統領選の投開票がある。人権派弁護士出身で最大野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)候補がリード。安哲秀(アン・チョルス)候補や洪準杓(ホン・ジュンピョ)候補らが追いかける。

選挙があるのは、朴槿恵・前大統領が韓国の1987年の民主化以降初めて、弾劾訴追、罷免されたからだ。ちなみに朴・前大統領は、1979年に部下との食事中に側近に暗殺された朴正熙・元大統領の娘だ。負の歴史がドミノのように連鎖している。

■「コネ社会」はズルい

ソウル中央地検庁舎に到着した朴槿恵前韓国大統領(中央)(韓国・ソウル)2017年03月21日

ソウル郊外に住む30代の女性に選挙のことを聞いた。いま幼稚園に通う娘が生まれてからは、育児に忙しくて、政治の話題からは遠ざかっていた。

「ソウル市内でロウソクを持って朴槿恵・前大統領の退陣を叫ぶ若者のデモを見て、もう一度政治に目が向きました。自分の中で怒りが沸いてきたんです」

朴槿恵・前大統領の支援者チェ・スンシル被告は、娘が名門・梨花女子大に不正入学したと報じられた。韓国では小さい頃から、学校の通常の勉強だけでなく、放課後、英語の塾に通うことも珍しくない。スポーツにも熱心。縄跳びや水泳が苦手だと学校で言われたら、専用の先生に通わせる人も周りでいるという。

「アメリカなど大国に追いつくために、私たち韓国人は勉強を大事にしてきました。韓国はどうしても人と比べられる社会で、苦労も多い。それなのに、大統領と仲良しというだけで有名大学に行けるなんて。コネがまだまだ根強いのはズルいです」。育児が忙しくてデモはテレビで見るしかなかった。投票によって、思いをぶつけるつもりだ。

■古いものを断ち切りたい

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ソウル中心部に住む30代の会社員女性も私にこう言った。

「小さな子供を祖母が見てくれているので、女性の私は、安心して働きに出ていけます。家族の絆や伝統は大事。だけど、そろそろ地縁血縁や昔からある大企業の動向に縛られない社会を作らないといけないと思います。最近は仕事を終えたあとも、上司の誘いを断って一人で食事をするライフスタイルも流行っていて、社会も変わってきているんです」。

韓国の経済は、クローニー・キャピタリズム(身内資本主義)とされ、財閥系の大企業や地縁血縁のつながりが急速な発展を支えてきた面がある。限られた資源を一部の企業などに集中させ、強固なシステムを築くことでチームプレーで成長してきた。

だが、最近では、そうした社会を堅苦しいと感じ、閉塞感を感じる人も少なくない。

今回の大統領選では、サムスンなど財閥系の大企業の政治との癒着や、中小企業の社員との賃金格差が指摘されている。朴槿恵・前大統領は、韓国最大の財閥サムスングループから賄賂を受け取ったとして、収賄などの罪で起訴されたからだ。

■日本も似ている

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古い政治や社会の仕組みを断ち切りたい。しがらみがある社会のダメなところが出てきている----。私が5月の連休中に訪れた韓国で、会社員から医師まで、会う人会う人に大統領選の話題を振ってみたが、そんな答えが返ってきた。男尊女卑の文化も残っているところがある。なんだか日本と似ている。

今後は韓国でも、急速な高齢化も進むそうだ。

「アベノミクスはどうですか」「どのようにして経済や社会を変えていこうとしているのですか」「女性は子育てしながらどうやって仕事に行くのですか」。韓国の人は北朝鮮など安全保障の問題に関心を寄せつつ、そんな質問をするとき、話が最も盛り上がった気がした。

■アメリカの影

日本は戦後、吉田茂ら政治家が、経済発展などのために対米従属を選んだ。安全保障はアメリカと沖縄に押しつけ、経済に集中してきた。

韓国もアメリカを大事にしてきた。「初代大統領」の李承晩はアメリカ通。朝鮮半島研究が専門の木村幹氏は著書「韓国現代史 大統領たちの栄光と蹉跌」(中公新書)でこんな指摘をしている。

《韓国の解放は、理想主義的な民族主義者が唱えたように韓国人自らの独立運動によってではなく、李承晩が主張したように、アメリカの支援により実現されることになった》。

韓国の経済発展を達成した政治家として記憶に残る、朴正煕・元大統領。彼には「対外的にはヴェトナム戦争に派兵するなど対米依存関係を構築し、対日改善をはかった。1965年には国内の反対を押し切って日韓基本条約を締結し、以後大量に流入する日本資本をてこに経済発展をはかった」(「詳説 世界史研究」山川出版社)という評価がある。

韓国も日本も、強い大国とうまく折り合いをつけながら、その力を利用して、経済的に世界の主役に踊り出た。しかし、安全保障、新しい時代に合った働き方や社会をつくる力、世界を引っ張るリーダーシップでは、なかなかアメリカやEUなどに、かなわない国である。

■同じような悩み、同じような社会

私は今回の大統領選の論戦を聞き、韓国に住む人たちの話を聞きながら、日本人でありながら、少し大げさに言えば、韓国の有権者の気持ちになっていた。自分だったら「この候補」に投票したいという人もいる。

中学生の娘にほぼ毎日英語学校に通わせているという、ある40代の韓国人医師。冷麺を一緒に食べ終えてソウル市内を散歩しているとき、育児の話になってこんなことを言われた。

「私たちもそうですが、下の世代は、英語を使えないと就職が出来なさそうですね。日本も韓国も、世界のマイナー言語を使う国として、同じようなハンディキャップを持っています。これまで両国とも、大手家電メーカーが経済を引っ張ってきましたが、新しいベンチャー企業が生まれないと、国の成長も子供達の仕事先もなくなるではないか、というのが不安です」。

グローバル化の波に押される中、日本や韓国のような国はどう生き延びればいいのか。息子や娘たちの世代が大きくなる頃には、どんな社会が生まれているのか。古い世代の慣習をどう打破していけばいいのか。いや、世代間で争っている場合ではなく、高齢者と若者が一緒になって社会を変える方法はあるのか。そんな切実な問いを、特に韓国人の30-40代の子育て世代と共有している気分になった。

■フランス大統領選も大事だけど

ソウル市内。多くの親子が歩いていた

極右政党「国民戦線」党首マリーヌ・ルペン氏が敗れたフランス大統領の選挙や、トランプ氏が勝利を収めたアメリカ大統領選挙。両方の国で争点となった移民問題やEU離脱の問題は、大事なことだが、私たち日本人にとってピンと来ないところがあるかもしれない。

それに比べて、お隣の韓国。似たもの同士の国に住む有権者として、「課題」が身近に感じやすい面もある。男女が共に納得できる働き方や経済成長策は、世界中あちこちの国で話し合われているとはいえ、韓国と日本だからこそ分かり合える悩み、共に解決できることはあるのではないか。

日本と韓国はいつも歴史認識の違いで揉めている。日本の一部の人たちのイメージでは、韓国人はいつも「怒っている人」なのかもしれない。韓国の一部の人たちにとっては、日本人は「歴史から学ばない偉そうな人たち」にみえるかもしれない。

しかし歴史とは、相手を打ち負かしたり、自分たちの国のプライドを維持するために学ぶのではなく、たとえば日本人から見たら、朝鮮戦争や独裁政権、軍事クーデターなど私たちには想像もつかないような「経験」をしてきた海外の人に思いを寄せるために勉強するものである。

そして背負ってきた歴史が違う国同士でも、似たような社会構造があり、そして今の時代を一緒に生きているからこそ、お互いに解決を助け合える課題もあるのではないか。もっと私たちは韓国の人と話すべきなのだ。そんなことを考えながら、「人ごと」とは思えない、大統領選挙が気になって仕方ない。

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