6月末に他界した義母の大量の着物を、一ヶ月後に形見分けした話を以前書いた。最初、そんなに早く整理しなくても、少しずつゆっくりやっていけばいいのに‥‥とは思った。しかし義父はその時、一刻も早く義母の持ち物を片付けたがっており、私が衣類の整理を一任されてしまった。そして、親戚が集まれる日もそうないので、法要の日に皆で着物を分けたのだった。
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6月末に他界した義母の大量の着物を、一ヶ月後に形見分けした話を以前書いた。

最初、そんなに早く整理しなくても、少しずつゆっくりやっていけばいいのに‥‥とは思った。しかし義父はその時、一刻も早く義母の持ち物を片付けたがっており、私が衣類の整理を一任されてしまった。そして、親戚が集まれる日もそうないので、法要の日に皆で着物を分けたのだった。大騒動だった。

その時、先に頂いて取っておいたつもりの着物を一枚、うっかり出してしまっていたことに、かなり後で気づいた。今更こんなことを言うのは失礼だなぁと思いつつも、それは一番気に入ったものだったので、思い切って義従姉のハルミさん(仮名)にそっちに行っているか聞いてみると、「どれかわからないから、今度おじさんち(義父宅)に何枚か持ってくのを見てくれる?」ということになった。

当日、ハルミさんは、自分や彼女のお姉さんが持っていった着物や帯も車に載せて、義父宅に来た。

「あの時あんまりたくさんあったんで、なんだか貰わないといけないと思って頂いたんだけど、結局私たち着る機会がないのよ。やっぱりサキちゃんが持ってるのが一番いいと思うの。だからこれもこれも取っといて」

間違えて出した一枚を貰うつもりだったのに、紋入り無地や泥大島など6、7枚が返ってきてしまった。

義母の遺影を見ていたハルミさんが、「お義母さんのあの訪問着、どうして貰わなかったの?」と言った。それは確か形見分け当日に別の箪笥から発見したもので、既に自分の欲しい着物は何枚も頂いていたのでいいか‥‥と思ったのですよ。

「あれ、とってもいいものだから、皆最後まで遠慮してたのよ。結局タカちゃん(仮名・彼女の兄の奥さん)が持って行ったけど、やっぱりサキちゃんが持ってるべきよ。その方がおばさんも喜ぶんじゃない? 返してもらったら?」

「え。でも‥‥」

「大丈夫大丈夫。(一段高いトーンで)『ごめーんタカちゃん、あの着物返してぇ~! お義母さんが大事にしてたのだから私取っておきたいのぉ~!』って言えばOKだって」

私の普段のキャラと全然違うやん。

「返してもらいなさいよ。ね。その方がいいって。私に預けてくれるように言えばいいから。今晩電話して。えーとタカちゃんの携帯はね‥‥」

押し切られてしまった。

恐る恐るタカコさんに電話してみると、快く承諾して下さった。こんなこと後から言ってほんとにすみませんと何度も謝る私に、「もともとはあなたが貰うものなんだし。全然気にしないで」と言われた。

「じゃあ、ハルミさんがそちらに取りに行ってくれるそうなんで、渡してもらえますか」

「ああ、あの子、しょっちゅう来るからね」

明るいタカコさんの声が最後、ほんの少しひんやりした。これはアレだろうか、「長男の嫁と小姑」問題というのが裏にあるのだろうか。‥‥‥知らない知らない、首突っ込まない。

そんなわけで、着物初心者なのに一挙に着物が(喪服を別として)16枚ほどにもなってしまった。帯や長襦袢を含めると、どうしても自分ちの箪笥には収納しきれない。衣装ケースに入れても、置いておくところがない。

困って母に相談し、実家の箪笥を借りることにした。どちらにしても今すぐ着るわけではないし、着付けは名古屋の美容師の友人に手伝ってもらわねばならないので、そっちに全部置いておいた方が都合が良い。

車で運んできた義母の着物を見て、母は溜め息をついた。

「はぁー、すごいわねぇ。これは相当かかってるわ」

母は着物を着ないが、祖母は若い頃衣装持ちだった。戦争中に食べ物と交換してほとんどなくなってしまったけれども、頼まれて和裁の内職をしていたので、家にはいつも仕立て途中の着物や反物があったそうだ。

「おばあちゃんが生きてたら見せたかったねぇ」

翌日電話がかかってきて、母は一旦箪笥に仕舞った着物を夜中にまた取り出して眺め、整理し直していたそうだ。

「着物って、眺めたり触ったりしてるだけでもいいわね。私のじゃないけど、なんかワクワクして楽しかったわ」

翌週、義父宅に行くと「着物がなくなったら、なんやらちょっと寂しくなってまってな」と言われた。

「だってお義父さん、あんなに早く片付けたがっていたじゃない」

「うん、いや初めのうちは、シズエ(仮名)の持ち物だけ残っているのが辛くて、一刻も早く無くしたかったんだがな。やっぱりちょっと急ぎ過ぎたわ」

箪笥にまばらに残った引き取り手のない着物を全部出して押し入れに仕舞い、一竿引き出しを空にしてほしいと言われてその作業をしたのが、2週間近く前である。この間に、じわじわと寂しさが襲ってきたらしい。

「二日くらい前、夢の中にシズエが出てきてな、全部空になった箪笥の引き出しの前に座って、『何やっとんの』言って泣いとってな」

何だって。それはまずい。というか、私、お義母さんに恨まれやしないか? 恨んで出てきたらどうしよう。

「じゃあとりあえず、押し入れに仕舞った着物を出して、元の箪笥に入れておくね」

「そやな、そうしといて。それから、黒い着物で裾模様のある‥‥黒留袖か、それと確か泥大島な、あれシズエが一番気に入っとったもんやで、あんたが今すぐ着んのだったら、悪いけどこっちの箪笥に戻しておいてくれんかね」

「いいよ。他には? あの写真の訪問着も持ってこようか」

「ああ、そやな。悪いね」

こうして、一ヶ月半の間あちこちと彷徨った義母の一張羅の着物は、再び元の場所に収まったのだった。私も少し疲れたが、着物もさぞ疲れたことだろう。

今回の教訓。「故人が大切にしていた物は、あまりに早く整理してはいけない」

「形見分けの品が大量にある時は、事前の準備を十分にすべし」

(2014年9月20日「Ohnoblog 2」より転載)