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子犬を交通事故に遭わせてしまった話

2014年03月15日 17時02分 JST | 更新 2014年05月14日 18時12分 JST

その朝も愛犬の散歩をさせようと玄関先に出て、抱いていた犬をひょいと地面に降ろした。

なぜその時に限って、降ろしてからリードをつけようと思ったのか。まだ散歩に完全には慣れていない3ヶ月の子犬である。一旦道に出て歩き出すまでは、リードを少し引いて促してやらないと門の外にも出ようとしない状態だったから、自分から勝手に外に出ていくことはないと、油断していたのだと思う。

しかし子犬は地面に脚をつけたと同時に手を摺り抜け、門に向かってダッシュし、仰天した私が追いかけながら「タロ!待て!」と叫ぶ間に門扉の下の隙間を潜り抜けて、狭い歩道から車道に飛び出した。瞬間、交差点から加速して走行してきた車の前輪に子犬の体は激しく当たり、ギャン!と言って転がった。車はスピードを緩めずそのまま走り去った。

制御不能な悪夢が目前に繰り広げられたほんの数秒の出来事。駆け寄って抱き上げると、激痛と恐怖のせいか子犬は信じられないほど悲痛な声で「ギャイン!ギャイン!」と鳴き続け、抱いている私の手をめちゃくちゃに噛みまくった。

見たところ外傷はなかったが内臓はわからないし、後ろの右脚が明らかにおかしい。急いで車に載せ、近所のかかりつけの獣医の元に運ぶと、「とりあえず膀胱破裂はしてないようだが、骨折手術はうちではできないので」ということで、もっと大きい最寄りの動物病院を紹介され直行。

各種検査のため30分くらい待った後、診察室に呼ばれた。右後足の大腿骨が二カ所で折れており、そのうち一カ所は骨が粉々に粉砕されていた。

だがそれより重大な問題は肝臓のダメージで、お腹の中でかなり出血しているという。血液検査では、GPT(肝臓から出る酵素。肝機能の低下で上昇)とGOT(肝臓、心臓、筋肉から出る酵素。肝機能の低下、筋肉心臓疾患で上昇)の値が1000を振り切っていた。他にも危険を示す赤い数値が並んでいる。

「まずは肝臓の出血を止めないといけませんので、準備ができ次第手術します」「朝ご飯をいっぱい食べているんで、全身麻酔をかけると嘔吐するかもしれません」「レントゲン写真の影を見ると肺挫傷の疑いもあるので、気胸になる可能性が」「いずれにしてもかなり危険な状態ですので、どうなるかはちょっと」。

医師の言葉を聞きながら、頭の中がすぅっと冷たくなり膝から崩折れそうになるのを堪えた。

手術が終わり次第連絡してもらうということで、一旦家へ。運転しながら何度も吐き気に襲われる。

取り返しのつかないことをしてしまった。室内でちゃんとリードをつけてから外に出していれば、こんなことにはならなかった。飼い主に常識があれば、幼い子犬をこんな惨いことに遭わせなくて済んだ。何もかも私のせい、私の責任だ。激しい後悔と自責の念に押し潰され、家によろよろと入りリビングの真ん中で踞り頭を抱えて慟哭した。

悲しさや悔しさで泣いたことはこれまでに何度かあるけれども、ここまでの後悔と自責の念に苛まれて泣いたことは、55年生きてきて初めてだ。しかし「わあぁぁぁ」という派手な泣き声は出ない。「くぅっぐぐぐぐぐ」という苦しい音が喉の奥から絞り出されるだけ。そして身が捩れるほどの愛犬への罪悪感、何度でも押し寄せる後悔、自責、絶望感、後悔、自責、絶望感、愛犬への罪悪感‥‥の無限ループ。

この犬を今失ったら、もう当分立ち直れないだろうと思った。そもそもこんな迂闊な人間にペットを飼う資格などない。

これは何かの罰なのかもしれないと思いながら、手を見た。子犬に噛まれて傷だらけになった両手指のあちこちから血が滲んでいるのに、その時やっと気付いた。

1時間半ほどキッチンのテーブルに突っ伏して呻いていると、手術が終わったという電話があり、病院に飛んでいく。

エリザベスカラーをつけられた子犬は、お腹に分厚くタオルを巻かれ、輸血と点滴の針を脚に刺されて、小さな強化プラスチックのケースに横たわっていた。幸いにも嘔吐はなかったらしい。医師によれば、予想以上に肝臓の損傷が大きく、血が大量に吹き出していたそうだ。

「タロ、ごめんね。ほんとに、ごめんね」と泣きそうになりながら呼びかけると、子犬はまだ麻酔が残っているのか少しぼんやりした目でこちらを見た。生まれて3ヶ月で半分立ちかかっていた耳が、完全にショボンと垂れ下がっている。まだ幼いのに突然こんな酷い目に遭わされて、どんなに不安と苦痛で一杯かと思った。

夕方再度見舞うと、子犬はケージの方に移されて寝ていた。私を見ると頭を持ち上げ、ゆっくりシッポを振った。血液検査の数値は少しだけ持ち直していたが、まだ予断を許さない状態。「脚が痛いようで、時々鳴いてます」。ううごめんなさい‥‥(>タロ)。

既に右の腰から折れた脚の腿にかけて腫れ上がっていたが、お腹を切ったばかりなので、骨折手術の方は1週間から10日ほど経過を見てからになる。何度もごめんね、いい子ね、頑張ろうねと、声をかけるしかなかった。子犬はじっと私の顔を見ていた。

帰りにかかりつけの獣医のところに立ち寄る。「きっと治りますよ。脚も歩けるようになる」と励まされた。

当然のことながら、その晩はなかなか寝つけなかった。子犬が手を摺り抜けて門扉を潜り車にぶつかる瞬間が、何度も何度もフラッシュバックする。その都度、心臓が高鳴り胃がぎゅうっと締め付けられる。

こういう時だけ神頼みをするのは虫が良過ぎるだろうと思ったが、やっぱり祈らないではいられないものだ。去年の6月に老衰で死んだ愛犬1号のコロにも祈った。「コロ、タロちゃんを助けて。お願い」と泣きながら呟いているうちにウトウトした。

翌朝一番で面会に行ってみると、子犬は3本脚で立ってゴハンを食べていた。驚いた。近づくと顔を上げてパタパタとシッポを振って鼻を鳴らし、また御飯の容器に顔を突っ込んでいる。「かなり元気です。まだ安心はできないけど、しかしすごい回復力ですね」と医師が言った。「食欲もとってもあるし。あと気胸の心配もなさそうです」。ありがとうございます。何度も頭を下げた。

「柴ってことですが、ちょっと変わってますね、この子」

「母親は美濃柴なんですけど、父親がわからないんです」

「脚も太いし、たぶん大きくなるでしょうね。‥‥しかし何が混じっているのかな」

「耳がちょっと垂れているんで、ラブラドールかなとも思ったんですが」

「うーん、何でしょうねぇ」

それから毎日朝夕2回、病院に通った。子犬は日に日に元気になった。私の姿を認めると激しくシッポを振って立ち上がり、足踏みし、ケージに鼻を押し付ける。「タロ」と呼びかけると、キューンキューンと甘えた鳴き声を漏らす。「なんだか3本脚で立つのに慣れてきちゃってますね」と医師。

「それと、結構やんちゃで。点滴の管の調整でここについてたの(小さいプラスチックの部品)、齧って飲み込んじゃったようです。たぶんウンコで出ると思いますが」。ひぃ、すみません。

ふと、入院前の躾はまだ覚えているだろうか、ということが頭を過った。あんな衝撃を受けた後だし、振り出しに戻っているかもと思いながら試しに言ってみると、骨折した脚を庇いながら、ぎこちなくオスワリとフセをした。覚えてたんだね‥‥タロ、いい子ね、おりこうね‥‥(また涙)。でも耳は、事故以来ずっと垂れたまま。

経過は比較的良好で、1週間目で脚の手術をすることになった。これ以上時間をあけると固まってしまう怖れもあるという判断。きれいにポッキリ折れているわけではないので、かなり難しい大手術になるということだった。医師はレントゲン写真を示しながら可能な施術方法をいろいろ図に書いて説明してくれたが、どの方法が最適かは開いてみるまでわからない。

結局、骨の中心に2本のピンを交差して入れて、折れた大腿骨を繋いだ。粉砕されてしまった大きなカケラはそこにくっつき、小さなカケラはいずれは筋肉に吸収されるそうだ。骨盤に近い方の骨折部分は、既に時間が経過して癒着が始まっていたので、そのままになった。1ヶ月から2ヶ月の間にピンを抜くことになる。

折れ方が酷かったので"びっこ"になる可能性は高い。左脚に比べて多少短くなるかもしれないし。「もしそうなっても、歩くのには支障ないです。それで慣れて走り回っている犬もいますし」と医師は言った。

それはそうでしょうけど‥‥。せっかく五体満足で生まれてきたのに、やっぱり少し可哀想。って、それもこれも全部自分が悪いのだが。いくら反省しても反省し足りないとはこのことか。

2時間あまりの手術に耐えた子犬は、脚にギブスをして別のケージに入れられていた。タロよく頑張ったね、もう少しの我慢よと声をかけ、そっと首と背中を撫でる。どんな体になっても責任もって面倒看るからね。違った、看させてください。

この子は、郷里の美濃柴の母親に似て生まれつき少し困ったような目をしており、そこが愛らしいと思っていたが、エリザベスカラーをつけられギブス姿になるとその愛らしさが痛々しさに変わるようで、こちらの胸も一層チクチクする。

しかし人間のように、こいつのお陰でこんな目に遭わされたとか、"びっこ"になったらどうしようとか、リハビリ辛いだろうなとか、これが原因で長生きできなかったらどうしてくれるんだ‥‥といったネガティブな感情を、ペットは持たない。

傷の治りかけてきた私の手をペロペロ舐め回したり、すごい勢いでゴハンを食べている子犬の姿から伝わってくるのは、飼い主への変わらぬ愛情と、ひたすら回復し元気になろうとするシンプルで強靭な意志のみ。

こんな小さな体に受け止めきれないくらいのダメージをくらいながら、なんという生のエネルギーだろうか。いや、これから成長していく子供だから尚のこと、明るい未来しか見ないのは当たり前なのか。

私が子犬に喋りかける言葉は日を追うごとに、タロごめんね→タロ頑張ろうね→タロよく頑張ったね→タロ偉いね→タロありがとう、と変わっていった。

入院から足掛け2週間で、退院の日が来た。

いそいそとケージに近づくと、それまでずっと垂れていた耳が完全に立っている。生まれて初めての立ち耳。看護士さんも笑いながら「耳が立ちましたねぇ」と言った。今日はおうちに帰れるということを何となく察知して、耳まで元気になったのかな。

そう言えば、顔つきもいつのまにかシュッとして精悍になっているし、体も一回り大きくなって、薄茶だった毛の色が濃くなっている。医師と私がケージの前で話し始めると、こっちを向けと言わんばかりに「ウォン、ウォン」と吠え出した。その声。前のような高い子犬の声ではない、幾分太い犬らしい吠え声だ。

大怪我をして入院したこの子は、飼い主があたふたしていたこの2週間の間にも、成犬に向かって日々着々と成長していた。

シッポの右の付け根から足首まではきれいに毛を剃られ、大きな手術跡がなまなましい。脚はまだあまり使えないらしく、体重をかけるのを避けている。今週末に抜糸をし、その後、家でのリハビリが始まる。再び散歩に出られるのは、桜が満開の頃になるだろう。

今は、走り回って転ばないよう1畳半くらいの広さの囲いに入れている。その中で、時々よろめきながら盛んに動き回って遊んでいる。前より少し甘えっ子になったかもしれない。しかし耳は、郷里の母犬とそっくりにピンと立っている。とても凛々しい柴の耳である。

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事故前の半垂れ耳。

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入院中の垂れ耳。

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退院の日のピン立ち耳(全然じっとしてないのでブレブレ)

●関連記事

馬鹿で無知な飼い主と犬(前の飼い犬コロの話)

犬の生(同上)

犬との関係(タロを家に迎えた話)

●診療費について追記

医師によれば最近は交通事故による骨折が減り(それでも交通事故死は犬の死因の第二位だそうです)、室内での骨折が多いということです。いずれにしても保険が効かないので結構な額になります。

病院によって幾分差はあるかと思いますが、以下がタロの場合の診療費内訳です。

※血液検査、X線検査は複数回行っています。

初診料              16000(円)

入院料(13日間)        16000

注射料(12日間/静脈、皮下)  22300

処置料(留置針交換、包帯交換など) 6400

血液検査             15150

X線撮影及びエコー検査       6800

鎮痛料               6500

外用薬               3000

内用薬               1000

麻酔料(2回分)          6000

手術料(肝臓損傷)        35000

手術料(大腿骨骨折)       54000

輸血                3000

エリザベスカラー貸し出し      1400

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合計(消費税5%込み)     199480

病院に面会に通う道すがら、首輪をつけてうろうろしている犬を2回見ました。放し飼いということはないと思うので、外のケージか室内から脱走したのでしょう。車を運転中でヒヤリとしました。緩んでいたリードの金具が散歩中に外れ、制止を聞かずに走り出したりすることもあるそうです。

犬の体、飼い主の心、そしてお財布にも大ダメージを与えるペットの交通事故には、くれぐれも気をつけたい。自分が失敗をしただけに強く思いました。

(2014年3月6日「Ohnoblog 2」より転載)