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四人の親が二人になったところで、改めて介護問題を考えたけど。

2014年08月19日 22時55分 JST | 更新 2014年10月19日 18時12分 JST

俺「あの、そちらの老人ホームに空きありませんか?」:キニ速

有料老人ホームより割安なために何年も入居順番待ちの特別養護老人ホーム、3Kで離職率が高く慢性的に人手不足の介護業界、そして親の在宅介護は独り身にとって地獄‥‥という話。

長女の私は一人っ子と結婚した(妹は遠くに住んでいる)。将来4人の親の介護に関わらねばならないということを、結婚当初はあまり深く考えていなかった。そのくらい能天気だった。親がピンピンしていると、なかなかリアルに考えられないものだ。少し想像しても、「うー、考えたくない、なるようになれ」とすぐに頭から追い出していた。

55歳の現在、父と義母は既に亡くなっている。私自身はまだ本格的に介護に関わっていない状態だが、ここで自分の親たちの状況をまとめて書いてみようと思う。

▶父(享年89歳)

四人の親たちの中で、真っ先に介護が必要になった。

若干認知症の気が出てきて数年してから自宅で度々発作を起こすようになり、父の面倒で消耗した母には対応が無理になったので介護施設を探した。どこも満杯の特養は最初から諦め、有料老人ホームを当たった。入居金数千万から数十万までピンキリ(入居金が安ければ月々の支払いは相対的に高くなる)だったが、入居金50万、月額30万の施設を選んだ。もちろん介護用品のレンタルなどで、一ヶ月平均では30万を越えていた。

父は元公務員(高校教員)で退職後も私立高校で長らく働いていたお陰でかなりの額の年金を貰っていたし、貯金も少しはあったので、そういう選択ができたのだ。それでなかったらとても無理だった。ヘルパーさんを朝夕頼み、私は仕事の合間を縫って車で片道一時間半の実家に通うしかなかっただろう。それでも母が倒れて入院という事態になった可能性は高い。父の施設入居は半分以上は家族のためだった。

今年の2月に父が亡くなるまでの一年半、母と私は施設に頻繁に見舞った。介護士や看護師の対応は丁寧で、明朗会計、食事もちゃんとしており、良い施設だったと思う。近い将来の義両親の介護に備えて、昨年私はホームヘルパー2級の免許を取った。

▶義母(享年82歳)

今年4月から夫が単身赴任で頻繁には戻って来れないので、残った親たちの介護は基本的に私一人でやるしかないと覚悟していた矢先、6月にすこぶる元気だった82歳の義母が突然死した。親類たちは「急なことでお父さんが可哀想だけど、お母さんは病気で苦しまなくてよかったね」と慰めの言葉をくれた。

義母は生前「サキコさんに迷惑かけたくないから、なるべくコロリといきたいわ」と口癖のように言っていたが、一方で私がヘルパーの資格を取ったと聞くと、「ありがとう、ありがとう」と凄く喜んでいた。やはり内心心配だったのだろう。

義母の死後、かつて姑の介護で散々大変な思いをした母は、「こんなこと言っちゃアレだけど、あなたはそういう苦労しなくて済んで幸運だったかもしれないね。うちのおばあちゃんは大変だったよ。こっちがいくらやってあげてもボケてるもんだから何もわからず、暴言は吐くわウ◯コはそこら中に擦り付けるわ‥‥、ほんとにあんな思いは自分の子どもにはさせたくないと思ってた」と言った。

▷母(77歳)

今のところは元気だ。頭も明瞭。父が亡くなってから一時期少し気弱になって、「もう家を売って私もどこかに入りたい」と言って近くの有料老人ホームを見学して回っていたが、要支援にもなっていないのに入れないし「やっぱりうちがいい。もうちょっと一人で頑張る」と言っている。

今は週に2、3回電話し、月に2、3回は様子を見に行っている状態。母の弟が近くに住んでいて、週に一度は車で買い物に連れて行ってくれたりしているので、かなり心強い。今、遺族年金で暮らしている母は「少しでもボケてきたりうちのことができなくなったら、お父さんと同じような施設に入る。あなたの世話にはならない」と言っており、その資金はあるようなのでたぶんその通りになるだろう。

母は最近「お父さんにはやっぱり感謝してるわ。私が今苦労しなくて済むのも、お父さんが一生懸命働いてくれたからよね」とよく口にする。一生懸命働いても老後に経済問題で苦労している人は多いだろうから、うちの両親はいろいろな意味で恵まれていたのだと思う。

▷義父(87歳)

最近独居老人となった義父(元警察官)は、記憶力は年相応に若干衰えているもののまだボケてはおらず、掃除、洗濯、炊事を毎日こなし、買い物にも一人で行っている。書く字はしっかりしているし、暗算も(老人にしては)早い。

先日、義母の香典返しを配るため、義父と共に近所の家を11軒回った。そのうち、独居老人が5人もいた。隣の90歳のおばあさんは「今、畑から帰ってきたとこ」と言って出てきたが、とてもそんな歳には見えない。他の老人は80歳前後が多いが年齢のわりに若々しく、義父と「まあお互い元気で頑張りましょう」と声をかけあっていた。

私は今、週1回の割合で、車で小一時間ほどの義父宅に通っている。まだ片付いていない義母の遺品の整理をしたり、一緒に買い物に行ったり、おかずを1、2品作ったりして帰ってくる。今は暑いのでしていないが、涼しくなったら一緒に犬の散歩に行って、なるべく外を歩かせようと思っている。

4人親がいてそのうち3人はほとんど直接介護していないという状況なので、将来義父の世話くらいは、という気持ちでいるけれども、一人でどこまでできるのかは心もとない。立ち行かなくなったら貯金を全部突っ込んで、どこかの有料老人ホームのお世話になるかもしれない。運良く適当なところが見つかれば、だが。

ヘルパーの研修中に近い将来働きたい意志を伝えていたので、資格を取った後、研修先の介護施設から是非来てくれとお誘いがあったが、そうこうしているうちに身内に独居老人が二人誕生し、そっちで働く余裕はなくなりそうだ。

「なんかこの半年、しょっちゅう両方の親の家に行ったり来たりしてる。家がまったく反対方向だから移動時間がちょっとね‥‥」と知人に漏らしたら、「お義父さんとお母さんを一緒に引き取って暮らしたら? そしたらいつでも目が届くし、あなたんち、ダンナさん今いなくて広いでしょう」と言われた。

いやいや冗談じゃないですよ、それは絶対無理。少なくともうちの場合は。どっちの親も自分の生活スタイルが崩れるのを嫌がるだろうし、元気でご近所付き合いもある老人を、長年住み慣れたところから新しい環境に移すのは好ましくないはず。老人同士で話が合うのでは?と簡単に見ない方がいい。老人も千差万別で、しかも若い頃より融通がきかなくなっているのでいろいろ難しい。

そんな他人同士のおじいさんとおばあさんが一つ屋根の下にいてごらんなさい、こちらも一日中気を使ってストレスで疲労困憊しそうだ。もし義理の親と自分の親を同居させてうまくやっている人がいたら、それは本当にたまたまいろんな条件が重なってうまくいっているのだと思う。

まあ移動時間くらいで文句を言っていてはいけないのだろう。同じ県内の比較的近い地域に住んでいて、すぐに飛んでいけるのだからラッキーと思うべきかもしれない。中途半端に遠方だともっと大変だ。

結局、介護に関しても「すべてを解決するのはお金」という、身もふたもない話になる。お金のある人は手厚い介護を受けられ家族も苦労せずに済み、お金のない家族は自宅介護で精神的にも肉体的にも限界に挑戦しなければならない‥‥と。

以前、ある有料老人ホームの見学会に行ってきた母が話していた。「駐車場に停まっている車が違うのよ、ベンツとか高級車ばっかり。近くの高級住宅街からすごく一杯見に来てたわ、お金持ちそうな夫婦連れが。中もホテルみたいに豪華でね、食事室なんか高級レストラン並みだったわよ」。

しかしそういうところも、いくら箱が立派でも人がいなければいつまで経営が保つのかはわからない。ベッドは空いているのにスタッフ不足で入居人員を増やせないところもあるようだから。

で、何とか親のことは片付いたとして、自分と夫はどうなるのかはまったくの未知数だ。私たちには子供がいないし、高い有料老人ホームを余裕で利用できるような資産もない。

「先にボケたもん勝ちだな」と夫は言う。「あと20年くらいの間に尊厳死が認められるようにならないか」とかなり真面目に思っているが、ボケたらその選択もできないわけだから、せいぜい頑張って貯金をしあとは運を天に任せるしかないねといったところ。

アルツハイマーの奥さんを長年自宅介護した(晩年は施設に預け毎日通って終日共に過ごしたらしい)叔父がいるのだが、その人が言うには「初めてシモの世話をした時、『あ、俺にもこんなことができるんだ』と思ったね。そのうちだんだん介護が生き甲斐みたいになっちゃって。周りが『そこまで頑張らなくても』って言うくらいのめりこんでしまった。介護するということに依存してた節がある。今はそれがなくなったから、何か見つけないといけない」。

もともと愛妻家だったそうだが、いっそ「生き甲斐」くらいにしないと自宅介護などできないという話にも思え、考えさせられた。

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2014年8月19日付「Ohnoblog 2」を転載)