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大野左紀子 Headshot

吾輩は侍猫である

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ドラマや映画の『猫侍』のことではありません。「侍猫」です。

今朝、真にサムライと言うべき猫を目撃したので、その話。

愛犬を散歩させていると、時々猫に出会う。犬は猫に興味津々だが、大抵逃げられる(イラストで描くとこんな感じ)。

今朝もあるお宅の前を通りかかると、犬が急に立ち止まった。広々した庭の芝生の上に、赤い首輪をした小柄なキジトラが一匹、香箱座りでのんびりと朝日を浴びていた。

「あら、かわいい猫ちゃんだ」。私は猫アレルギーなのだが、猫を見るとついしゃがみこんで「ニャーニャ、おいで~」などとキモい呼びかけをしてしまう。犬は猫に近寄りたくてたまらない様子で、リードを引っぱりフガフガ言っている。

キジトラ猫は首を回してしばしこちらを眺めていたが、私たちが去る気配がないので、やがておもむろに立ち上がった。視線をこちらに向けたまま、ゆっくりと庭の生け垣の前に移動。そして体を生け垣にぴったりとつけて正面に向き直り、7メートルくらいの距離からこちらを窺っている。

「あんまり見てると猫、怖がって逃げちゃうから隠れよう」。私は犬を引っ張って門扉の陰に隠れた。

少しして覗いてみると、同じポーズのままさっきより猫の位置が近くなっている。おや、珍しく犬に親和的な猫か。また少し隠れてから覗くと、さらに近くに。「だるまさんが転んだ」状態。

だがそこまで来て、猫の背中の毛が逆立ち、「フウゥーッ」と低いうなり声を発しているのに気付いた。ただならぬ殺気が伝わってきた。そして突然、それが猫ではなく、刀を下方に構えて摺り足で向かってくる侍に見えた。

侍の目に、人間は映っていない。怒りに燃えた両眼が捉えているのは、犬のみ。

「タロ、逃げろ」とリードを引っ張ったが、鈍感な犬は侍の威嚇に気付かない。シッポを振り、「キャフン」などと甘えた声を出して近づこうとした。

瞬間、侍が刀を振り上げ、「シャーッ」と恐ろしい声と共に宙に舞った。うわっ。

私と犬は5、6歩逃げた。侍はヒラリと音もなく着地すると刀の切っ先をピタリと犬に向けたまま、ジリッジリッとまた距離を詰めてくる。自分の体の何倍もある相手を前に、まったく動じる気配なし。

私どもが悪うございました。お怒り、お収め下さいませ。ここのところはどうか穏便に‥‥。すっかりびびった私たちは、後じさりで遠ざかりそそくさと散歩に戻った。

四つ角のところでなんとなく「圧」を感じて振り向くと、後方2.5メートルくらいのところにまだ刀を構えた侍がいて、こちらをひたと睨みつけているではないか。

こいつら油断がならんと追跡してきたのだ。その距離20数メートル。全身から消えやらぬ怒りが立ち上っている。

「すげーな、こいつ‥‥」。私は思わず呟いた。なんという、勇ましくもあっぱれな侍猫であることよ。これに匹敵するのは、「ナルニア国ものがたり」に登場する鼠のリーピチープくらいだろう。

2.5メートルの距離をおいたまま立ち止まって、その勇姿に見とれていると、どこからかカラスが一羽飛んできて、すぐ近くの道路標識に止まり我々を見下ろした。侍は2分の1秒ほどカラスに気をとられたが、すぐさま犬に視線を戻した。

朝の爽やかな風が渡る田んぼの中の四つ辻。犬の散歩途中の人と、どこかの猫と、カラスがいるのどかな風景。

だが実際は、四つ足の侍、侍に追い払われたバカ犬、犬にも猫にも媚びたいバカ人間、高みの見物のカラス、という図。

角を曲がってしばらく歩き、次の角でもう一度振り返った。はるか彼方、小豆大ほどになった侍が、まだ四つ辻に佇んでいた。「二度と吾輩の陣地に立ち入るな」とその小さな姿が言っていた。

私たちが角を曲がると、ようやく踵を返し、悠々と自宅に戻っていくのが見えた。

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歌川芳員 猫の狂言尽くし(「いつだって猫展」図録より)

中段右端の奴みたいなのがいきなり脇差し抜いてどこまでも迫ってくるのです。こわいよ。

(2016年5月13日「Ohnoblog 2」より転載)