『愛のお荷物』に見る「危機」と「幸福」のずれ

近所のレンタルショップに川島雄三作品を少し置くようになった(今までは『幕末太陽傳』のみ)ので、未見の『愛のお荷物』(1955)を借りる。川島監督が松竹から日活に行って初めて撮ったもの。配役がめちゃくちゃ豪華。「愛のお荷物」とは生まれてくる子供のことらしい。「愛の結晶」をもじったものと思われる。

近所のレンタルショップに川島雄三作品を少し置くようになった(今までは『幕末太陽傳』のみ)ので、未見の『愛のお荷物』(1955)を借りる。川島監督が松竹から日活に行って初めて撮ったもの。配役がめちゃくちゃ豪華。「愛のお荷物」とは生まれてくる子供のことらしい。「愛の結晶」をもじったものと思われる。

終戦から十年、爆発的な勢いで人口が増えていた中、議会で人口増加抑制の施策を問われて受胎調節教育の徹底を約束した厚生大臣だったが、自分の妻や息子の恋人など身近なところで次々妊娠が発覚してドタバタするという艶笑喜劇。

出版社/メーカー: 日活

発売日: 2005/10/07

メディア: DVD

クリック: 3回

オープニングシーンは50年代の東京の町並みを映しながら、日本の抱える人口増加問題についてナレーション(加藤武)が入っている。曰く、日本の人口は今や89,125,000人に達しまだ増える一方で、一年間に712,526組が結婚し、子供は一年で5,925,000人増加し、5秒に一人生まれている計算になるので、このまま行くと15年後には一億を突破するだろう、過剰人口によって経済の発展は疎外され、食糧問題はますます深刻に、生活水準は低下し、社会不安は大きくなるに決まっている、政府は何をしているのか‥‥と。

そこから場面は人口問題で紛糾する議会に移る。ここのやりとりが興味深かったので書き出してみた。厚生大臣を演じるのは山村聰(口髭を蓄え苦虫を噛み潰した顔がスターリンに似ている)、保守系の男性議員は芦田伸介、やる気満々の女性議員は菅井きん。

(ヤジが飛び交っている)

「厚生大臣新木錠三郎君」

「我が国の人口問題が、今や一刻も揺るがせにできない重大な危機に達しておるというただ今のご意見に対しましては、まことに同感を禁じ得ないものであります。しかしながら、政府と致しましてもこの問題については、ただ単に手を拱いておるものではありません。(ヤジ)すなわち、今回政府が提出にかかる優生保護法改正法律案はもちろんでありますが、とくに受胎調節相談所設置法案は、はなはだしく積極的に過剰人口の増加を抑制せんとする方策でありまして、人口問題に関する政府の真剣なる態度を示しまする一つの回答であると信ずるのであります。(ヤジ、拍手)すなわち、社会的にもっとも弊害の少ない方法で、受胎調節の知識と技術を有効適切に、これから結婚生活を始めようとする若い夫婦にもれなく教えこもうとするものであります。(ヤジ)従いまして、全国的にこの施設を設けることはきわめて巨額の経費を必要とするのでありますが、願わくばあえてすみやかに議会の協賛を得たいと考える次第であります」(拍手)

「委員長!」

「長谷川君」

「大臣のご説明におかれましては誠に心強く思っているものであります。しかしながら、大臣は現在我が国の社会風俗をいかに考えられるか。紊乱退廃している性道徳・性風俗の中に放置されている青年子女、ますます盛況をきわめる赤線青線区域、しこうして巷に氾濫する猥雑にして嫌悪を感じせしむる出版物・報道、これらのものに対しまして大臣は、十分なる考慮を払っておられるかどうか。(ヤジ)えーまた、先に厚生省が避妊薬等を公認しまして以来、売薬表示は必要以上に大袈裟な広告を続け、欧米諸国においてはついぞ見られぬ盛況を呈しておるではありませんか。しかるに今回、政府はさらに受胎調節の方法を国家の費用で教育徹底しようとしている。(ヤジ)避妊が非常に公然と行いうるということが、正当なる夫婦生活の神聖を穢し、性道徳を紊乱せしむるは火を見るより明らかであります。その点、大臣はどうお考えなのかお答えを」

「委員長」

「新木錠三郎君」

「えー、諸官軸を通じての性風俗の浄化善導には、本大臣も十分なる考慮を払っております。また例の売春等禁止法案につきましても、本大臣はその積極的なる提案者の一人である名誉を有しております。(ヤジ)尚、受胎調節の指導は正しき夫婦生活を行わんとする者にのみこれを行いまするが、未婚者に対してましてはこれを厳重に拒否いたしまして、性道徳を高く維持するために、不正常な情欲をそそり立てることは極力これを避けたいと考えておるものであります。従いまして、いかがわしき雑誌パンフレットの公刊はこれを禁止致します。えー避妊薬の広告などもこれまた同然であります」

(ヤジ「新木製薬はどうなんだ?」)

「えー私は家業が売薬業でありまするが、えー避妊薬の取り扱いに関しましては常々十分なる考慮を払っております。念のため」(笑、ヤジ)

「委員長!」

「富岡なつ子君」(ガヤガヤ)

「大臣に質問致します。あなたはですね、消極的な受胎調節指導などということで、この人口増加による重圧を本当に切り抜けられるかどうか、本気で考えているのですか? こんな生温い策で人口問題のお茶を濁そうという政府の肚が、私には理解できない。(ヤジ、笑)「産めよ殖やせよ地に満てよ」、この言葉は神の言葉というよりは、戦時中政府の方針である。今、何ら積極的に人口調節の施策を講じようとしない政府の態度は、再びこの神の言葉を何時でもことあらば直ちに政府の方針に切り替えうる、という危険を含んでいる。この点に関し、大臣の真意をお伺いします」(ヤジ)

「委員長」

「新木厚生大臣」

「私はキリスト教徒ではありませんが、神様の言葉を冒涜するつもりは毛頭ございません。(ヤジ)人口軽減の問題は、政府はもちろん、私年来の宿願であります。(ヤジ)ただそれをいかに文化的倫理的に妥当なる方法で実施するか、我々はそれを真剣に検討致しました結果、今回の法案の提出となったのであります。その点、誤解のないようにお願い致します」(拍手)

「委員長!」

「富岡なつ子君」

「私が疑問と致しますことは、政府がなぜもっと徹底的抜本的に人口軽減の方策を取らないかということであります。妊娠調節の教育指導が、夫婦のみに限定されねばならないということが、私には納得いかない。(ヤジ、笑)夫婦生活を行う者のみの妊娠調節を問題にして、独身生活を営んでいる者に対して、押さえきれぬ青春の情熱を抑制せよと道徳を強要する。(ヤジ、笑)これが果たして人間的施策と言えるかどうか。本委員はむしろ一歩を進め、人口流産の指導援助、要すれば奨励を考えてみてはどうか。堕胎罪の撤廃等を実施してはどうかと思うものであり、そこまで積極的に考えねば今日の人口問題は決して解決しない。私は左様に確信しております」

「委員長」

「荒木君」

「人口流産を奨励せよ、堕胎罪を撤廃せよと、こういうご意見のようでありますが、私はそれが直ちに性風俗の潰乱を招くことである点を別と致しましても、人口流産が母体に及ぼす精神的並びに肉体的な影響を考えます時、私はそれがはなはだしく非文化的非倫理的であるとの理由から、絶対に賛成できません」(ヤジ)

「委員長!」

「富岡君」

「大臣は、文化的倫理的なる方策により、正当な夫婦生活以外の性生活を法律で禁止することが果たしてできると考えておられるのか。(ヤジ)またできないように教えてもらうのは有り難いが、もしできてしまったら一体どうしたらいいのか。自然の摂理に従って赤ん坊はどんどん生まれてこようとしている。倫理的道徳的に妊娠中絶はいけないと仰るが、あなた自身、もはや青春の情熱を感じず、赤ん坊を作る能力がないからそんな呑気なことが言えるのではないか」(騒然、拍手)

「静粛に。静粛に!」

「新木厚生大臣」

「ただ今は、私個人の肉体的限界について、きわめてご懇切なるご批判を賜り、誠に感謝に耐えません。(ヤジ、笑)えー富岡委員とご同様で、私も既にもはや青春の情熱に溢れておるとは申せませんが、子供を作る能力に関しましては、これは妻の意見を聞いてからでないと言明致しかねるのをはなはだ残念に存じます」(笑、拍手)

「静粛に。静粛に」

「えー富岡さんは、もしできてしまったものはどうしたら良いかと仰るが、できないように努力することのみが、我々人間に許された人口調節の唯一の道ではなかろうかと信じております。(ヤジ)できないように努力はしてみたけれども、母なる女性の内部に一つの生命として既にできてしまった胎児を、我々の社会から閉め出してもよろしいと、そういう文化的倫理的自由が果たして我々にあるでありましょうか。‥‥」

この後も厚生大臣は、受胎調節の重要性と中絶の「非文化」「非倫理」性について熱弁を振るうのだが、画面は40代半ばを過ぎた彼の妻(轟夕紀子)が不安な顔で産婦人科を訪れ、予定外だった懐妊を告げられて困り果てているシーンへと移行している。

さらには、息子(三橋達也)と自分の秘書(北原三枝)が秘密裏に交際しており、しかも秘書が既に妊娠していることを知り、遠回しに中絶してほしい旨を口にしてしまう。

当時の世相と風俗の中に権力者の表と裏の顔のギャップを皮肉っぽくコミカルに描きつつ、人間の「本音」の部分を浮かび上がらせる佳作‥‥といったところだが、人口増加という背景が隔世の感。

脚本が書かれた当時は人口増加の速度に日本の経済発展が追いつかないと見られていたのだろうが、実際は1954年末から高度経済成長期に入っておりそれは杞憂に終わった。その半世紀後に人口減少、少子高齢化が深刻な問題になっているなど、まだ想像できない時代だった。

家族がどんどん増えることがわかって、大臣としてはいささか「やれやれ」ながらも、厚生大臣から防衛庁長官に横滑りして公的発言と私生活の矛盾もうやむやとなり、物語はおめでたムードで終わる。

公で「危機」として言われていることと、個人の「幸せ」のレベルは少しずれているものだ、という話にもなっている。

今はどうなのだろう。

親が恐いために煮え切らない態度の恋人に業を煮やし、一人で産んで育てると言い放つ北原三枝は、抜群のスタイルにセクレタリーファッションが似合っていて素敵。骨格のしっかりした男顔(上のイラストはちょっとアメリカ人入ってしもた)で、相手役の三橋達也よりずっと”イケメン”に見えた。

注目記事