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明らかに危うい、アメリカとの「指紋情報」共有

2014年03月07日 00時26分 JST | 更新 2014年05月06日 18時12分 JST

■警察庁が持つ約1000万人の指紋情報がアメリカに

安倍首相の靖国参拝に対して「失望した」と声明を発表した米国政府、それに対して「アメリカは失望したというが、むしろ我々が失望だ」とした衛藤晟一総理補佐官、歴史認識に端を発して日米関係のグラつきが報じられている。4月のオバマ大統領の訪日は、当初の2泊の予定が、「ちょっと待った」コールで横入りしてきた韓国の要請に応える形で日本に1泊、韓国に1泊と短縮されてしまった。アメリカとの距離が開きつつある......という見方は間違いではないんだろうけども、それこそ特定秘密保護法にしろ沖縄基地問題にしろ、アメリカ主導の施策に素直に応じるジャパニーズのスタンスは、どうしたってチェンジしようが無い。その新たなる象徴的事例が、なぜか詳しく報じられることのなかった「日米間での指紋情報の共有」ではないか。

日本とアメリカの捜査当局が持つ指紋情報を日米間で相互提供する法案「PCSC協定」が先月末に閣議決定された。日本の警察庁が管理する約1000万人の指紋情報をアメリカが、アメリカのFBIと国土安全保障省が管理する約7000万人の指紋情報を日本が、それぞれオンライン上で照会できるようになる。あれほど騒いだ特定秘密保護法案と異なり、新聞各紙があまりにスムーズにこの報道をやりすごしてしまったのが、いささか奇妙だ。指紋共有はアメリカからの強い要請、アメリカが「短期ビザを免除している37の国と地域に協定の締結を求めていて、これまで日本だけが締結していませんでした」(テレ朝NEWShttp://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000021073.html)という。言うまでもなく、指紋や犯罪歴はこれ以上ない最もデリケートな個人情報だ。テロ対策に有用とはいえ、最たる個人情報の取り扱いを国と国で共有できるようにした、という事実を前に、もう少し丁寧に議論を深めるべきではなかったのか。

■「実行されたと信ずるに足りる」と判断されれば提供される

日米重大犯罪防止対処協定(正式名称:重大な犯罪を防止し、及びこれと戦う上での協力の強化に関する日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定)についての発表資料を読み込んでみよう(こちらhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000027051.pdf←PDFが開きます)。条文の気になる箇所を引っ張り出してみる。情報提供における特例を記した部分だ(以降、【 】の強調は著者による)。

第六条 要請がない場合の情報の提供

いずれの一方の締約国政府も、【事前の要請がない場合においても】、個別の事案において、重大な犯罪(特にテロリズム及び関連する行為)が実行される又は【実行されたと信ずるに足りる理由があるとき】は、重大な犯罪の防止、探知及び捜査のため、自国の法令に従い、国内連絡部局を通じて他方の締約国政府に情報を提供することができる。

 無論、気になるのは、「実行されたと信ずるに足りる理由があるとき」の部分だ。この指紋共有の対象となるのは「長期3年以上の懲役・禁錮に当たる犯罪と、殺人予備などテロにつながりかねない犯罪などで、重要未解決事件の遺留指紋も照会できる」(日本経済新聞http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG25009_V20C14A2CR0000/)という。34項目の犯罪(先ほどのPDFの末尾に掲載)については、3年以上の拘禁刑ではなく、1年以上の拘禁刑が対象となる。特定秘密保護法案のあちこちに「その他」の明記が残されて問題視されたのと同様、極めて主観的なのにもかかわらずその具体が示されない「信ずるに足りる理由」という言葉はどうしたってひっかかる。 

■国家間レベルでの監視対象であり続けるべきなのか

そして、適合する指紋情報があった場合、「指紋情報が適合する者に関する【追加的な情報の提供】を要請することができる」(第五条 追加的な情報の要請及び提供)という。これまたひっかかる。なぜなら、この「追加的な情報」が何を指すのかについても、一切記載が無いから。前段落から繋げると、「信ずるに足りる理由」、くだけた言い方に変換してみれば「うーん、おそらく彼が怪しいと思うんだよね...」と名指しされた人間の指紋がその1000万人のデータに該当すれば、その人間についての「追加的な情報」を、国から国へと渡してしまって構わない、ということになる。再犯者率は平成9年から上昇を続け、平成24年は45.3%(平成25年度版・犯罪白書)と高まっている現在ではあるが(ちなみに「率」は高まっているが「再犯者数」は減っている)、「犯罪者は刑期を終えようとも国家間レベルで監視の対象であり続ける」という態度には違和感を覚える。特定秘密保護法の際には「一般の方々には関係ないですよ」と逃げてみせたが、今回は「約1000万人」と数値が出ているわけだ。この分母を「普通の人に関係ない」とは言わせないし、「犯罪者」ではなく「犯罪者だと思われる人」にも適用されるのであれば、なおさらその詳細を問いたくなる。

■なぜメディアはこの一件をそのままにしておくのだろうか

エドワード・スノーデンの告発により明らかとなったアメリカ国家安全保障局(NSA)による個人情報収集の手口、そして、アメリカの情報機関がドイツのメルケル首相の電話を盗聴していた疑惑が報じられた一件など、傍若無人なアメリカの情報収集癖を恐れつつも呆れるわけだが、これらの行為についてだって、いざ当人達が口を開けば、「数多くのテロ計画の阻止に役立った。(中略)我々は市民の権利やプライバシーも、この国も守ろうとしていることを、米国民に理解してほしい」という強いメッセージへと姿を変えてしまう(NSA・アレキサンダー長官・朝日新聞デジタルhttp://www.asahi.com/international/update/0613/TKY201306130223.html?ref=reca)。自国の情報収集の手段として指紋共有が進められ、まったく謎めいた「追加的な情報」も手渡すことになる。どうぞご自由に、と言えるだろうか。

それにしても、特定秘密保護法案であれだけ騒いだメディアは、なぜこの件に黙り込むのだろう。1000万人の指紋及び追加情報を渡せる体制を組みました、に、なるほど了解です、でいいのか。テロ防止は確かに国家間の協力が必要だ。しかし、明確な基準を設けずに、ケース・バイ・ケースでの対応ができる余白を存分に残したまま「指紋情報+α」を提供し合う、というこの法案には大いに疑問が残る。アメリカの諜報機関の実態についてはいくらでも具体例が出ているし、もちろん中には信憑性の薄い憶測レベルのもの数多く流されているが、「どうぞ」と素直に手渡してはいけない相手だということくらい分かる。日本政府にその相手と向き合う体制が敷かれているかどうかは、メルケル首相の盗聴疑惑が出た際の記者会見で、菅官房長官が「(安倍首相の携帯は)全く問題ない」と即答してしまうことから分かるように、ちっとも万全とは言えない。法案には不正アクセスを防止することが盛り込まれたが、ならば安心、ではなく、そもそも情報を受け渡す(&受け取れるようになる)こと自体について、もっともっと危機感を持つべきではないのか。