自分の股間をちゃんといじれない子どもたち

性にまつわる情報なんてものは、その大半が曇りがかっているもの。ならばと、その殆どをシャットアウトしてしまう。「子どものことを思って正しい性知識を」と口を揃えるのだろうが、言うまでもなく自分の股間の洗い方を知らない30代は、正しい性知識とはもっとも遠いところにある。

■増える「膣内射精障害」

少し前になるが、専門誌『体育科教育 2013年8月号』が「男子のための性教育」という興味深い小特集を組んだ。「マスターベーションの仕方を知らない男子たち」と題した岩室紳也氏(公益社団法人地域医療振興協会ヘルスプロモーション研究センター)のインタビューはとりわけ衝撃的で、近年、その正しいやり方を知らない男子が激増しているという。どう誤っているというのか。「ペニスを強く刺激するケースが多いです。本の間に挟んだり、叩いたり、ベッドにこすりつけたり......」、こういった誤った〝取り扱い〟が、ゆくゆくは射精障害につながっていくという。射精障害とは、問題なく勃起するものの、正常な射精が行なえない状態。射精障害には早漏・遅漏も含まれるが、その射精障害の中でも、「自慰では射精できても膣内では射精できない=膣内射精障害」が増えてきているそうだ。

■「ちゃんとむいて洗っていますか?」「えっ、そこは母から触るなと教わりました」

岩室氏は、誤ったマスターベーションの知識を持ちがちなのは、「経済的にしっかりした、しつけに厳しい家庭で育った一人っ子の男子」に多いとする。「保護者は教育熱心で、子どももその期待に応えようとする。『悪い友だちとは遊んではダメよ』としつけられて友だちとの人間関係は浅く、トラブルは極力回避しようとする」、そんな家庭が多いのこと。生真面目な親に過剰に守られるあまり、性についての知識を得る機会が極めて限定されるのだろう。射精障害で治療に来た30代のエリートサラリーマンの例を挙げる。(男性器を)「ちゃんとむいて洗っていますか?」に対して「えっ、そこは母から触るなと教わりました」と答えるという。岩室氏は、これまでの性教育は手段にこだわるあまり、肝心の目的を失っていた、そしてトラブル防止に主眼が置かれすぎてきたと指摘する。マスターベーションについて、「年上やませた男友だちとの人間関係で学んでいった人も多いでしょう」。おっしゃるとおりだ。部室に転がっていたエロ本は、保健体育の教科書とは比較にならない情報量だった。

■性情報はハイブリッドであるべきだ

親や先生が性情報を遮断すると、子どもはその遮断(つまり査定)を経た情報だけで性を学び、育むことになる。すると、性は無闇矢鱈に清らかで健全なものとしてキープされ、少しでも曇りがかった情報は事前に隠匿される。しかし、性にまつわる情報なんてものは、その大半が曇りがかっているもの。ならばと、その殆どをシャットアウトしてしまう。「子どものことを思って正しい性知識を」と口を揃えるのだろうが、言うまでもなく自分の股間の洗い方を知らない30代は、正しい性知識とはもっとも遠いところにある。

あらゆる子どもが相応の年齢でサンタクロースはどうやらいないらしいと自然に気付くのと同様に、性知識というのは相応の年齢で自然と身についていくものだ(少なくともこれまでは)。性知識の全てを保健体育の教科書で学んできた子どもはいない。おそらく一人もいない。男子ならば、先輩や同級生から渡ってきたエロ本、AV、或いは早熟な誰かからの伝聞、そこに保健体育の教科書に載っている性器の図等々を、頭のなかで混ぜ込んでいく。つまり、今ある「自慰」や「性行為」の知識は、「ハイブリッド」な情報を得て、頭の中でこねられ固まったものであるはずなのだ。

■性教育に必要なのは遮断ではなくて通気性

有害図書の議論ともかかわってくるだろうが、性にまつわる情報を、常にネガティブなものとして設定しすぎではないか。「だって、間違いがあってはならないでしょう」というお得意の命題を掲げるあまり(ちなみに中絶件数は1989年には46万件、2009年には22万件と半減しているのだが/厚生労働省調べ)、教育者や保護者が子どもに向かう性情報を徹底的に管轄し、さっさと覆ってしまう。こうしてネガティブに覆われてしまえば、思春期にやってくる「股間の変動」ですら理解できず、自分だけで抱え込んでしまう。同特集で村瀬幸浩氏(一橋大学講師・〝人間と性〟教育研究協議会幹事)が「マスターベーションの肯定的理解を」と訴えているが、そのために必要なのは、思春期の子どもたちに、多様な情報とそれを知った上での選択肢を与えることだろう。行政が「正しい性教育を」と意気込むのは一見結構なことのように思えるが、それよりも「学校の先輩からエロ本がまわってくる」環境、その余地に一定の信頼を寄せて残しておくほうが、正しいマスターベーションや性知識が培われていくのではないか。AVに映し出されるセックスが、大仰に作られていることだって、情報をシェアしなければ、いつまでも気付けない。「レイプ 動画」と検索すれば誰でもいくらでも一方的にレイプ動画が見られてしまう現在、性を知る初期段階に用意すべきは通気性だ。通気性があれば、自分の嗜好がどのポジショニングにあるかをおおよそ把握することできる。

■家族に「フォーマット」を求めるくせに、性の「フォーマット」からは逃げる

「週刊現代」で、女性社員は出産したら会社を辞めるべきとした曽野綾子氏のコラムが余りにも時代錯誤だと反論した記事「『甘ったれた女性社員たち』と吠える古びた論客たち」を書いたところ、年配の女性と思われる読者からメールが来た。そこには、先日の、婚外子相続差別規定を最高裁が違憲とした事例(婚外子の法定相続分を嫡出子の半分とする民法の規定を無効とした)に対する違和感を持ち出しながら、これからの日本は「倫理や道徳観が欠如し、崩壊し、空洞化していく。それを認めてしまうような判決にはがっかり」という旨が記されていた。曽野氏の意見に賛同しつつ、こうして家族の「あるべき姿」が守られなくなっている、乱れている、と主張されたいのだろう。こういった「フォーマット家族」願望を前にして、未婚女性の出産、同性婚、事実婚、これらのケースはまだまだ特殊ケースとされ、嫌悪されるのだろう。本稿ではひとまずその「嫌悪への嫌悪」については触れない(長くなるので)。出産や婚姻にこういった「フォーマット」を欲しがる人々が、かたや性教育については「フォーマット」から逃げてきたのではないか。乱れた性を嘆くのは、正しい性を提示し尽くした後にしてほしい。

■自分のチンチンをちゃんといじれないようでは

女性や家族にフォーマットを求めるくせに、性については、極めてスタンダードなものですらネガティブなものとして取り扱うのはおかしくないか。読売新聞の記事によれば(10月4日)、内閣府は来年度から「少子化危機突破基金」なる基金を創設する案を持っているようで、地域の婚活イベントに支援を考えているという。閉口する。少子化危機を突破するために必要なのは子どもを産める「環境」であって交際を作る「機会」ではない。そして、もちろん、ないがしろにする「知識」は、少子化打開に必須も必須だ。

『体育科教育』の特集は、性情報の隠蔽やネガティブキャンペーンによる弊害が既に出始めていることを教えてくれる。出生率の上昇を本気で画策したいのならば、家族の在り方の「フォーマット」を提示したり、国家をあげて仲人じみたおせっかいをしたりするよりも、性情報を子どもたち自身で「ハイブリッド」できる環境を取り戻す事が先決ではないか。だって、自分のチンチンをちゃんといじれないようじゃ、色々なことが論外になるでしょう。

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