消費増税時の1円刻み運賃導入を、「国」が推奨する本当の理由

来年4月の消費税8%への増税に際し、JR東日本がICカード乗車券使用について1円刻みの運賃を導入することを決定した。特に勘が鋭くなくてもすぐに気付く。公正に転嫁する、と言った後で、高くなる場合と安くなる場合がある、と言っているのだ。

■「公平に転嫁する」のに、「高くなる場合と安くなる場合がある」?

来年4月の消費税8%への増税に際し、JR東日本がICカード乗車券使用について1円刻みの運賃を導入することを決定した。その発表を行なったJR東日本の冨田哲郎社長の記者会見を伝える記事にこうある。

冨田社長は「消費税を公平に転嫁する」と狙いを説明した。

「スイカ」を利用できない区域の運賃は引き続き10円単位とし、端数は四捨五入する方針。冨田社長は「(1円単位での転嫁に比べ)高くなる場合と安くなる場合がある」と述べ、理解を求めた。

(時事ドットコム「1円刻み運賃表明=エリア外は端数四捨五入-JR東日本」2013/11/06)

特に勘が鋭くなくてもすぐに気付く。公正に転嫁する、と言った後で、高くなる場合と安くなる場合がある、と言っているのだ。「今日はみんなで一緒にハンバーグ!」で仲良く食卓を囲んだのに、出されたハンバーグの大きさが微妙に違うのだ、このもどかしさを放っておけないので、追いかけてみる。

■国もJR東日本も、とにかくICカードの利用を急がせたい

国土交通省HPにある消費増税時の「鉄道・バスにおける具体的な端数処理の方法(PDF)」を参照してみよう。現行150円の運賃は、消費税が8%に増えると、154円(150÷105×108=154.28)となる。増税後、ICカードを使用すれば、その154円がICカードから引かれることになる。しかし、現金で買えば、券売機は1円5円玉に対応していないという理由(それを導入することは膨大な費用と期間がかかる、とされている)で、切り上げて160円となる。こうして2重の運賃が生まれるのだ。となれば、券売機で切符を買う乗客からは消費税をとりすぎる(この場合なら6円)ことになるわけだけが、それは、「事業全体で108 / 105以内の増収に収まるよう、定期運賃等々の券種により調整」するように、と国が指示をしている。

伝わりにくいかもしれないので、わかりやすい文章に直す。「切符を買う人からは多めにとっていいので、その分、定期券などから引いてください」ということだ。これ、事業者は納得したとしても、利用者にはまったく妙な措置だ。首都圏では利用者の約8割がICカードを利用しているが、定期券を使用する人はそれを概ねICカードと併用している。つまり、「ここでは多めにとられたけど、ここでは安くなったからトントンだな」というバランスをとれる個人はほとんど生じない。事業者としては調整が可能でも、個人として生じるのは、安くなる(損をしなくなる)人か、高くなる人である。すっかり切符など買わなくなった人は、是非とも最近の券売機の様子を見てほしいが、未だに切符を買うのは、普段遠出をしなさそうな老人ばかり、そんな人たちに負荷を......と文章を続けていくのはさすがに善人アピールと思われそうなので止めておく。本題はここではないのだ。

再び国土交通省のHPに戻る。この1円刻み運賃を導入する理由に、「1円単位運賃を導入する場合、ICカード運賃の方が現金運賃より安くて然るべきという消費者感覚を前提に」、とある。これがちっとも解せない。この消費者感覚について具体的な説明はないので想像するしかないが、消費者は「ICカードを使っているんだからポイントカード的な優遇があるべきではないか」という感覚を持っている、ということなのか。「ICカードの利用しやすい環境の整備等を工夫」するべし、と締めくくられるのを読んで、つまり、国もJR東日本もとにかくICカードの利用を急がせたいのだなという願望が見えてくる。さて、それはなぜか。ここから本題に入る。

■ 最低500万円で、個人の乗降履歴を業者に販売し始めたJR東日本

読売新聞が一面(7月18日・夕刊)で報じたものの今ひとつ他の媒体へ関連記事が派生していかなった印象があるが、JR東日本はこの7月から、4000万人以上が利用するSuicaの乗降履歴を業者に販売し始めた。記事によれば「日立製作所が購入し、駅ごとの集客力や客層を分析の上で販売。情報料は最低で年500万円になる」という。何を提供しているのか。JR東日本は9月20日になって、HPに「Suicaに関するデータの社外への提供についてよくいただくお問い合わせ(PDF)」を掲載したので、そこから引っ張ってみることにしよう。販売されるのは、「乗降駅、利用日時、鉄道利用額、生年月(日は除く)、性別及びSuicaID番号(当社が発行するSuica に割り振られた固有の番号)」、個人は一切特定されないという。例えば、「38歳の女性が月〜金曜まで高円寺駅から秋葉原駅まで通っている。金曜の夜には帰った形跡がなく土曜の始発でお茶の水から帰っている。日曜日は2週間に1度のペースで吉祥寺へ行っているようだ」という個人情報は、確かに誰かと特定できるものではない。かといって、手放しで、どうぞ、と渡せるだろうか。

■ マーケティングビジネスが欲しがる「動きの傾向」

JR東日本はなんと、この情報を外部に提供することを利用者に説明せず行なっていた。報道後に発表された先ほどの「お問い合わせ」にもしっかりと「Suica に関するデータの社外への提供については、約款等への記載や個別の許諾はいただいておりませんが」とある。読売の記事ではこれが個人情報保護法に違反するか関係者の間で見解が分かれているとあるが、いやらしくも(Suicaではないが)「PASMO悪用し女性の乗車履歴、ネットに公開 東京メトロ駅員」というような事件を思い出せば、少なくともデータの提供の可否を、個人が「購入時」もしくは「定期の継続購入」、或いは「チャージ」する機会に、選択できるようにするべきではないか(こちらのページで ID番号を登録することで外部への情報提供を停止することが可能になっている)。「統計的に分析するとは、例えばどのようなことですか」との設問サンプルに「例えば、平日にご利用される男性のお客さまが一日当たり平均して何千人いらっしゃるか、といった分析を行います」と答えるJR東日本の返答は、提供される値段が「最低500万」と知れば頷きにくい(それにこの例では、切符で入る人が無視されているわけで、正確性を考えれば交通量調査のように改札前に人員をおかなければならないし)。つまり、欲しいのは「平均的な乗車数」などではなく「おおよその人数と、細かな動きの傾向」だ。マーケティングビジネスが金を出すのは、断然後者なのだから。

■政府は、目ん玉を¥マーク($マークでも可)にして飛びつく

なぜ、国がなぜわざわざ消費税増税時にICカードを優遇しますよ(というか、こっちだと損しませんよ)と打ち出しているのか。政府が「共通番号」の利用を民間にまで広げようと画策していることと無関係ではないはずだ。ちょうど、この8日に開かれた首相の諮問機関である政府税制調査会では、政府の利用拡大案として「銀行口座に番号をつけて、金融資産を把握」「不動産に番号をつけて、固定資産を把握」と、かなり踏み込んだ施策を打ち出している(朝日新聞「『共通番号』利用どこまで 口座・不動産...資産も把握? 政府税調、拡大検討」11月9日)。「本当に助けが必要な人に限定した行政サービスが可能になる」という。この発言の重きは、「本当に助けが」ではなく「限定した」にあると読む。つまり、個人の財産を完全に掌握して、脱税を防ぐとともに、本当に助ける必要があるか吟味できるようにしたいのだ。そしてこの議論の大きなポイントは、共通番号で得られるデータを民間企業にどこまで開放していくかという点。同記事によれば「経団連は民間開放の経済効果を『年3兆円以上』と試算」しているというから、個人のケアよりも経済効果、でお馴染みの現政権は、目を¥マーク($マークでも可)にして飛びつきたいところだろう。

■ どんどんICカードを使ってもらえればデータの価値は上がる

もう一度おさらいしよう。国土交通省もJR東日本も、消費税増税時にICカード利用のほうが有利になるシステム作りを率先している。繰り返すが、この前提となるのは、国が指し示すところの、実態に乏しい「ICカード運賃の方が現金運賃より安くて然るべきという消費者感覚」なのである。「消費者が求めている」からを前提に敷いて、消費者にあまりバレないようにそっと進められてきたのが、顧客データの販売。顧客データは当然その分母が大きいほど価値が上がる。どんどんICカードを使ってもらえればもらうほどデータの価値は跳ね上がる。そして、そのデータの種類は多くなればなるほど、関連付けができ、人の動きや嗜好を捉えることができるようになる。政府は、共通番号の民間企業への開放は2018年秋をめどに検討していく、という。開放されれば、企業(とりわけ資本力のある大企業)にとっては喉から手が出るほど欲しいデータになる。その狙いに気付けば、国とJR東日本が率先してICカードを有利にする施策を行ない始めたことの、きな臭さが分かる。ひとまず、先ほどのページで、データ提供からの除外を申し出ることにした。

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