豊洲市場―移転への高いハードル

豊洲市場への移転は、「食の安全性や信頼が確保」されること、「市場関係者や消費者の理解を得ること」という高いハードルを超えなければなりません。

1 豊洲市場への移転に関する政府の答弁書と農林水産大臣の認可

豊洲市場の問題は、国会でも議論されています。

中央卸売市場の移転は、最終的に、農林水産大臣の認可が必要です(卸売市場法8条、11条1項)。

10月3日の衆議院予算委員会で安倍首相も山本農林水産大臣も、東京都から申請があった場合には、豊洲市場が「中央卸売市場整備計画に適合するものであること」、「生鮮食料品等の卸売の中核的拠点として適切な場所」であるかなどを「厳正に審査する」と答弁しています。

また、安倍首相は、2007年11月27日の築地市場移転問題に関する政府の答弁書(※1)の立場を現内閣も引き継いでいると答えました。

この答弁書は、国会議員の質問主意書に対して閣議決定を経て提出されたもので、豊洲市場への移転に関する政府の立場を明らかにしたものです。

築地市場の移転の問題については、食品流通の重要な基盤である卸売市場の問題であることから、築地市場の移転を計画している東京都に対し、食の安全性や信頼が確保されるよう科学的見地に基づき万全の対策を講じるとともに、消費者等に対して対策の内容等について十分な説明を行い、その理解を得るよう求めているところである。

政府としても、中央卸売市場の移転や運営について、市場関係者や消費者の理解等を得ることは重要であると認識している。

(築地市場移転問題に関する質問に対する答弁書より抜粋)

ここで注目すべきことは、政府は、「食の安全性や信頼を確保」と述べた上で、「消費者等に・・・十分な説明を行い、その理解を得るように求めている」、「政府としても、中央卸売市場の移転や運営について、市場関係者や消費者の理解等を得ることは重要であると認識している」としている点です。

このような予算委員会での答弁やその前提となる政府の答弁書は、農林水産大臣の認可に関する判断にも影響を与えるものです。

生鮮食品等を扱う中央卸売市場として、食の安全性や信頼が確保されることは当然のことと言えます。そして、食の安全・安心が確立した市場であることを、市場関係者のみならず消費者に理解してもらえなければ、市場は成り立ちません。食の安全性や信頼が確保できていない市場からは、魚や野菜を買う人は誰もいないからです。

農林水産大臣の認可を得るためには、「食の安全性や信頼が確保」されること、「市場関係者や消費者の理解を得ること」というハードルを越える必要があるのです。

2 汚染を環境基準以下にするとの技術会議の提言

「豊洲新市場予定地の土壌汚染対策工事に関する技術会議」(以下、「技術会議」といいます。)は、2009年2月、土壌と地下水の汚染について安全・安心を高いレベルで確保するとの報告書を公表しました。

技術会議では、提言の特色として「土壌と地下水を環境基準以下に処理」、「市場施設の着工までに、建物下・建物下以外の地下水をあわせて環境基準以下に浄化する。これは、建物下・建物下以外を分けて段階的に浄化していくとした専門家会議の提言を超え、安全・安心をより一層確保するものである」と記載し、汚染を環境基準以下に処理することを約束したのです(※2)。

東京都の技術会議が、「安全」だけでなく、「安心」も強調し、汚染を環境基準以下に処理するとしたのは、政府の答弁書で求められている「食の安全性や信頼が確保」されること、「市場関係者や消費者の理解を得ること」というハードルを超えることを意識したものだと思われます。

提言の特色

(1)安全・安心を高いレベルで確保

ア 専門家会議の提言を確実に実現

技術会議の提言は、土壌と地下水を環境基準以下に処理するとともに、遮水壁や砕石層の設置による地下水の流出入や毛細管現象の防止、地下水位を A.P.+2.0mで維持し、水質を管理するという専門家会議の提言した土壌汚染対策を高いレベルで実現する対策となっている。

イ 地下水を敷地全面にわたって早期に環境基準以下に浄化

地下水を早期に浄化できる処理技術によって、市場施設の着工までに、建物下・建物下以外の地下水をあわせて環境基準以下に浄化する。

これは、建物下・建物下以外を分けて段階的に浄化していくとした専門家会議の提言を超え、安全・安心をより一層確保するものである。

(技術会議 報告書23ページより抜粋)

3 地下水2年間モニタリング調査で環境基準を超える汚染が検出された意味

このように技術会議では土壌と地下水を環境基準以下に処理するとしていました。しかし、9月29日、東京都の行っている地下水モニタリング調査で、環境基準を超えるベンゼン(1.1倍、1.4倍)とヒ素(1.9倍)が検出されました(※3)。

これは地下空洞内の溜まり水の調査ではなく、小池都知事が移転延期の記者会見の際に、最後まで確認すべきだとした地下水2年間モニタリング調査です。その8月採取分の分析結果で、環境基準を超える汚染が検出されたのです。

土壌汚染対策法では、「汚染の除去」が完了するためには、「地下水汚染が生じていない状態が2年間継続することを確認すること」が必要とされています(同法施行規則40条別表6)。その確認のために行われるのが地下水2年間モニタリング調査です。

もし環境基準を超える汚染が確認された場合には、さらに2年間継続して汚染が確認されないと「汚染の除去」が確認されたことにはなりません。

2年間の地下水モニタリングで環境基準を超えた汚染が検出された意味は、技術会議の提言に従って多額の費用を投じて汚染対策を行ったにもかかわらず、土壌汚染対策法上の「汚染の除去」ができていない事実が明らかになったことにあります。

農林水産省の資料では、汚染が除去されていない「形質変更時要届出区域」について、「汚染の除去の措置を行わず、盛土等のみを行った上、区域指定を受けたまま土地利用をすることは可能」とする一方、「生鮮食料品を取り扱う卸売市場用地の場合には想定し得ない」と明記されています(※4)。

特に東京ガス工場の操業由来とされるベンゼンが環境基準を超えて検出されたため、2年間地下水モニタリングの確認前に移転することを問題視した小池都知事の判断や最終的に市場移転を認可する農林水産大臣の判断に影響を与えると考えられます。

4 連絡通路地下に残っている高濃度の汚染

豊洲市場の水産仲卸売場棟(6街区)と水産卸売場棟(7街区)を結ぶ連絡通路の地下に、環境基準の700倍のベンゼン、検出下限の710倍のシアン化合物など高濃度の汚染が残っていることが報じられました(※5)。

東京都は、最初はこの場所を「市場用地」の外として、汚染土壌を除去する対策をとっていませんでした(※6)。しかし、この連絡通路は、水産仲卸売場棟と水産卸売場棟を結ぶもので、仲卸の人や生鮮食品が行き来するためのものです。この部分は、市場の重要な動線であり、市場の一部と考えるべき場所です。

その後、東京都もこの連絡通路下が「市場と一体的な場所」であると認め、汚染土壌を「可能な限り除去する」としました(※7)。東京都の対策は、汚染土壌を可能な限り除去して、汚染物質が地上に出てこないよう遮断性の高い土や砕石の層を盛り、全面舗装するというものでした。

しかし、すでに地中にガス管があり、高架橋の橋脚や橋桁もできていたため、汚染物質の除去は14地点で対象範囲の1割ほどの広さ、深さも汚染のある地盤面の1メートル下までにとどまり、この連絡通路の地下には現在でも環境基準を大幅に超える汚染が広範囲で残置されていることがわかりました(※5)。

5 「風評被害」ではなく「食の安全性と信頼」の問題

環境基準は、人の健康等を維持するための最低限度としてではなく、「維持されることが望ましい基準」であり、行政上の政策目標だとされます(環境基本法16条1項参照)。たしかに、環境基準をわずかに超えた汚染が存在しても直ちに人の健康に悪影響はないかもしれません。しかし、環境基準を超えた汚染の検出を問題視することが「風評被害」だとする見解には賛成できません。

豊洲市場に対して、市場関係者や消費者が抱く不安や信頼の喪失は、汚染対策後も環境基準を超える汚染が確認されているという明確な根拠に基づくものだからです。

技術会議が「土壌と地下水を環境基準以下に処理する」と提言した汚染対策工事後にもかかわらず、環境基準を超える汚染の存在が確認されたことは極めて重い意味を持ちます。

858億円もの費用を投じて汚染対策工事を行った後でも、「環境基準=維持されることが望ましい基準」に到達していないことが明らかになった土地に、市場を移転することで「食の安全性や信頼が確保」できるのか、「市場関係者や消費者の理解」が得られるのかということが問題なのです。

市場にとって食の安全・安心は最重要の課題です。食の安全性や信頼が確保できていない市場からは、誰も魚や野菜を買わないからです。

豊洲市場への移転は、「食の安全性や信頼が確保」されること、「市場関係者や消費者の理解を得ること」という高いハードルを超えなければなりません。しかし、この高いハードルを越えることなく、食の安全・安心を守ることはできないのです。

※1 衆議院議員笠井亮君提出築地市場移転問題に関する質問に対する答弁書

※2 豊洲新市場予定地の土壌汚染対策工事に関する技術会議 報告書 23ページ

※3 産経ニュース(2016年9月29日)

※4 農林水産省 食品産業部会(平成23年3月25日)配布資料(参考4別添7)http://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/syokusan/bukai_08/index.html

※5 朝日新聞(2016年10月5日)

※6 2013年5月21日第3回土壌汚染対策工事と地下水管理に関する協議会 議事録11ページ

○細見座長 対策をしたのかどうかという質問だとどうでしょうか。

○永井課長 汚染土壌を取ったかどうかということであれば、取ってはいないので、対策はしておりません。

※7 2013年10月3日第4回土壌汚染対策工事と地下水管理に関する協議会 資料4 http://www.shijou.metro.tokyo.jp/toyosu/pdf/toyosu/siryou/pdf/251003siryo4.pdf

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