石原慎太郎元都知事の責任を問う住民訴訟

私は原告弁護団事務局長を務めていますので、この住民訴訟のポイントについて記したいと思います。

1 石原元知事に578億円の損害賠償請求するように求める住民訴訟

築地市場の豊洲移転問題について、東京都議会ではいわゆる百条委員会が設置されました。3月20日には石原慎太郎元東京都知事の証人尋問が予定されています。

実は、豊洲土地購入に関しては、2012年5月24日に石原元知事の責任を問う住民訴訟が提起されています。

小池都知事が石原元知事に責任がないことを前提とするこれまでの東京都の訴訟方針を再検討するとした裁判です。

この住民訴訟は地方自治法に基づくもので、築地市場の仲卸を含む住民約40名の原告が、都知事に対し、東京都が豊洲新市場予定地を購入した2011年当時の都知事であった石原慎太郎氏を相手として土地取得額である約578億円の損害賠償を請求するように求めています。

私は原告弁護団事務局長を務めていますので、この住民訴訟のポイントについて記したいと思います。

2 汚染を考慮しない価格で高濃度の汚染が存在する土地を購入

2011年3月、石原元知事は環境基準4万3千倍のベンゼンなど深刻な汚染があることを知りながら、汚染のない土地としての価格(約578億円)で東京ガス等から土地(市場予定地全体の28.9%)を購入しました。

この土地売買で豊洲市場予定地の取得が完了しました。

通常の不動産取引では、汚染地の価格が汚染対策費用分などを考慮して汚染がない場合よりも低い価額になります。

不動産鑑定評価でも土壌汚染の有無及びその程度は、土地の価格を形成する個別的要因になるとしています。

不動産取引における汚染地の適正価格の考え方

(適正な土地価格)=(汚染考慮外の価値)-(汚染対策費)

※その他に心理的嫌悪感等(Stigma)がマイナスに考慮される。

約578億円の取得価格は、2011年3月の都財産価格審議会が評定したものです。ところが、重要な事実として、都財産価格審議会では評価条件が「土壌汚染は考慮外」とされています。

つまり、汚染のない土地としての評価額(約578億円)で、東京都は環境基準の4万3千倍のベンゼンなどが残存する汚染された土地を購入したのです。石原元知事は汚染を全く考慮しない価格で豊洲の土地を購入していたのです。

土地購入時点で汚染対策費用の見積もりは586億円、その後、汚染対策費は約860億円まで膨れ上がっています。このうち汚染原因者である東京ガスの負担は78億円だけです。

さらに加えて言えば、東京ガスの負担する78億円は、東京都と東京ガスが当事者間の交渉で決めた金額であり、都財産価格審議会など第三者機関、専門機関のチェックは受けていないことが住民訴訟の中で明らかになっています。

3 公金の無駄使いは法律違反

私人間の不動産取引であれば、土地価格は当事者間の交渉で決まり、原則として第三者がその価格について異論を述べることはできません。

しかし、地方自治体は、適正な価格で取引を行わなければなりません。

なぜならば、地方自治体の財政は、税金をはじめとした公金で賄われているからです。地方自治法及び地方財政法は、公金の無駄遣いを明確に禁止しています。つまり、公金の無題使いは法律違反なのです。

(地方自治法2条14項)

地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。

(地方財政法4条1項)

地方公共団体の経費は、その目的を達するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない。

4 これまで東京都が行ってきた不合理な説明

(1)原告の主張の骨子

汚染のある土地の価格は、汚染のない土地の価格から土壌汚染対策費用を差し引いたものであり、汚染を考慮しない価格で購入したことは知事の裁量を超えて地方自治法2条14項及び地方財政法4条1項に反する違法があるということが住民訴訟における原告の主張の骨子です。

(2)2002年合意の法的拘束力の有無が争点

これに対して、東京都は、2002年に東京都と東京ガスとの間で交わした合意文書(以下、「2002年合意」)を根拠に反論していました。

東京都の説明は、「都は、東京ガス等に対して、2002年合意の法的拘束力によって、土壌汚染のない土地の価額で購入する契約上の義務を負っていた」ので、石原元知事には責任がないというものでした。

しかし、この説明は極めて不合理なものです。まず、2002年合意には「汚染のない土地の価額で購入する」旨の文言が一切記載されていません。

さらに、「売買契約締結時の適正な時価」を汚染のない土地としての市場価格と解釈することも無理があります。

そもそも、東京ガスが実施するとした環境確保条例に基づく対策は「拡散防止措置」で、汚染は除去されず、環境基準以上の汚染が残るものでした。

そのため、この対策を実施するだけで「汚染のない土地としての『市場価格』」で当該土地を買い取る合意があったと解釈することは著しく不合理です。

時価は、経済状況や土地の状態によって変わるので、汚染があれば当然価格は低くなります。

また、2002合意には「疑義が生じた場合等の対応」が定められており、実際に、東京都と東京ガスは、2005年に汚染対策の内容を変更して、環境基準の10倍を超える汚染の除去を行うとしています。

2002年合意に法的拘束力があれば、東京ガスが負担が増える汚染対策の内容変更に応じることはないはずですから、この点からも2002年合意に法的拘束力があったとはいえません。

(3)4万3千倍のベンゼンが検出された時点で白紙撤回も可能だった

さらに、時系列でみれば、2011年に汚染を考慮しない価格で東京都が購入したことの不自然さが浮き彫りになります。

東京ガスは、東京都環境局に対して、2002年合意及び2005年の確認書に基づいた汚染対策の完了を届け出ます。東京ガスによれば汚染対策費用は約102億円でした。

ところが、東京ガスの汚染対策後である2009年5月、東京都の専門家会議が豊洲市場予定地に環境基準の4万3千倍のベンゼンなど高濃度の汚染が存在することを公表しました。

東京ガスの汚染対策では、環境基準の10倍を超える汚染を除去することになっていましたが、実際には全く汚染除去ができていないことが明白になったのです。

豊洲の東京ガス工場跡地は100億円以上かけても高濃度の有害物質が残るほど深刻な汚染地だったのです。

本来であれば、この時点で、立ち止まって、豊洲の東京ガス工場跡地は生鮮食品を取り扱う中央卸売市場には適さないと判断することができたはずです。

東京ガスの汚染対策では効果がないことが判明したのですから、この時点で土地売買契約を行わず白紙撤回も可能でした。

また、そうでなくとも東京ガスが環境基準の10倍を超える汚染を除去するまでは土地は購入しないという交渉や汚染対策費用を購入価格に反映するように交渉ができたはずです。

しかし、石原元知事が行ったことは、そのどちらでもなく、高濃度の汚染が存在する土地を、汚染を考慮しない高額が取得することでした。当時の都知事としてこの責任は極めて大きいと言わざるを得ません。

東京都はこれまでこの時点でも2002年合意の法的拘束力があったと説明してきました。しかし、東京都のこれまでの主張が不合理であることは明らかではないでしょうか。

5 今後の裁判期日について

東京都がこれまでの主張を見直すかどうか、4月27日の進行協議で明らかにすることになっています。

進行協議を踏まえて、5月31日(水)15時から東京地方裁判所103法廷で次回口頭弁論期日が予定されています。

また、原告は、事実関係を明らかにするためにも、石原元知事の証人尋問を求めています。

これまで東京都は石原元知事の証人尋問は不要との意見でしたが、この点についても、意見を変えるかどうか注目していただきたいと思います。

注目記事