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「妊娠している難民はお断り」顰蹙もの国家の日本

2016年12月16日 00時39分 JST | 更新 2016年12月16日 00時39分 JST

syria mother child

去年の9月、安倍首相が国連総会の際にニューヨークで記者会見を開き、シリア難民に対する日本の対応について質問されました。内戦が続くシリアから1000万人ほどの難民が逃れ、中東の隣国やヨーロッパでは第二次大戦以降最大の難民危機に直面している最中のことで、当然予想される質問だったと言えます。

ところがその時の安倍首相の回答は史上稀に見るトンチンカンなもので、「我々は移民を受け入れる前に、女性の活躍であり、高齢者の活躍であり、出生率を上げていくにはまだまだ打つべき手がある」というものでした。

その回答は例のごとく日本では大きく報道されませんでしたが、欧米のマスコミなどにはかなり取り上げられ、日本の評判をさらに落とすのに一役買いました。

それは当然で、ドイツを筆頭に欧州各国が万単位、10万単位の難民の受け入れを実施し、日本にも相応の協力を求めている中で、「僕は今自分のことで忙しいから手伝えないよ」と開き直るようなものです。

しかし、より根本的なレベルでいうと、その回答は国際法に関する完全な無知を露呈したものです。

迫害や戦争から逃れる人を難民として受け入れ、保護する。安倍首相の言葉ではまるで都合のいい時にする一つのオプションとしてしか見られていないようですが、それはとんでもない間違いで、難民の保護は国際法に基づく、れっきとした国際的義務なのです。

難民が命からがら逃げてきた時(実際日本にもいます)、「うちは自国民優先だから、よそにでも行ってね」と追い返すのは決して許されません。難民条約などの国際法に従って保護を与え、安全に暮らせるようにする必要があります。

その当たり前の国際的ルールに従わない国家は、国際社会ではつまはじきになるだけです。

ニューヨーク訪問後、さすがにこれではまずいということが分かったのか、日本政府内でシリア難民への対応策が議論されたようです。5月には伊勢志摩サミットを控えており、その時に日本のリーダーシップを示せる、皆をあっと言わせるような政策を発表する必要に迫られたのです。

そしてサミットの直前に発表された、挽回を狙った大どんでん返し策が...5年間にかけて、シリア人を150人受け入れるというものでした。毎年20人ほどで、それも留学生として受け入れるという、誰がどう見ても甚だ不十分な代物です。

10万単位の受け入れが議論されている欧州各国にしてみると「150人」という数字がどれだけ情けないものかは、あえて言うまでもありません。G7の会議は基本的にメディアや市民団体が締め出されているので、安倍首相が誇らしげに他国首脳にその政策を発表したその場にいたわけではありません。

しかし、かなり長い沈黙があったとは容易に想像できます。日本イコールあてにできない国、どうしようもない顰蹙ものの国というのがG7首脳の共通認識だったのでしょう。

さて、サミットから半年も経ったところに、先日留学生の概要がようやく発表されました。「シリア平和への架け橋」と呼ばれるそのプログラムは一見して、いたってフツーの留学生の受け入れプログラムとほとんど変わらなく、とても戦争から逃れた難民が対象には思えません。

例えば、どのような留学生にも要求されるような書類、それまでの学位や成績証明書の提出が求められています。爆弾が炸裂する中でシリアから逃れた難民は、いったいどれだけそのようなものを持っているのでしょうか?難民はパスポートを持ち出す暇さえないことが少なくない(よって、偽物パスポートで入国したとしても罰してはならない)というのは、難民保護のイロハです。

とどめは、応募要項に「妊娠している応募者はお断り」と(英語で)書いてあることではないでしょうか。夫が殺され、自分が妊娠していたり、小さな子供を抱えたりする女性の難民は極めて弱い立場におり、優先的に保護しなければならない対象です。なのに、最初から除外では、責任を果たしているとは到底言えません。

「寛大極まりない我々は難民を受け入れてやる、おっと、でも、少しでも負担になるのはごめんだよ」という考えが見え見えでは、日本の評判がますます悪くなるだけです。

難民の保護は余裕がある時にするものでなく、労働力として使えるからするものでもありません。

国家として守らなければならない、当然のルールなのです。

人権のグローバルスタンダードに遠く満たない日本に対して、世界の目は極めて厳しいものです。