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人工知能に対抗する『人間ならでは』を探求する

2015年02月26日 00時25分 JST | 更新 2015年02月26日 00時27分 JST

■川上氏の危機意識

(株)KADOKAWA・DWANGOの川上量生会長はこのところ人工知能に強い関心を抱いていると見えて、自分で研究するだけではなく、研究所を設立するなど、人工知能が席巻するであろう未来への対処方法を真剣に考えている様子が伺える。そして、しばしば強い懸念を口にしている。近頃人工知能について懸念を表明する著名人は増えて来ているが、川上氏の場合は、『2045年』のようなロングレンジの話だけではなく、5~10年程度で確実に起きてくるであろう現実に対する懸念にも言及し、かつ対処方法としての自らの事業/ビジネスの展開についても併せて語るため、切迫した危機意識がより現実味を持って伝わって来る。ごく最近のインタビュー記事も、タイトルからしてかなり刺激的だ。

それとは別に、総務省主宰の『インテリジェント化が加速するICT(情報通信技術)の未来像に関する研究会』という研究会でも熱弁をふるったようだ。

■これからなくなる仕事

その研究会には、日本のインターネット界の大御所、慶應義塾大学環境情報学部学部長の村井純氏や、人工知能の研究者で、川上氏が設置した『人工知能研究所』の客員研究員も勤める東京大学工学系研究科准教授の松尾豊氏らもメンバーとして参加している。松尾氏のプレゼン資料は公開されていて読む事ができるが、これがまた非常にわかり安くまとまっていて、最近雨後の筍のように出始めた解説書等とは一線を画す素晴らしい内容と言えるのだが、この資料の中の『これからなくなる仕事』は、従前の類似のまとめよりさらに一歩踏み込んで具体的であり、非常に迫力に満ちている。

実際、巷ではこれを裏付けるかのように、どんどん人工知能の応用例が出て来ている。明らかにそのスピードは加速している。

裁判証拠を自動で見つけるPredictive Coding

作曲する人工知能「ラムス(Lamus)」

非常に高いAI(人工知能 Appier DSP)技術を活用している広告サービス

全産業に関わる問題だけに、どの業種の仕事に従事しているのであれ、誰も避けて通れない深刻な問題と言わざるをえない。想定される仮説を真剣に研究して、どのようにこれに臨むのか、誰もが考えないわけにはいかないはずだ。

■Googleのような米国企業の強さ

ただ、この問題について調べ始めるとすぐにわかることだが、日本企業はGoogleのような米国企業に大きく遅れをとっていて、このままでは、時間が経てば経つほどその差が決定的に広がってしまう恐れがある。川上氏は、この点について次のように述べている。

川上氏は「コンピューター棋士はディープラーニングのような先端技術を使っているわけではない。あくまで既に成熟している技術の発展形だが、それでもプロ棋士に勝っている。プロじゃない人なら負けてしまうレベルにまで達している」と述べて、人工知能関連技術の現状がかなり進んでいるとの認識を示した。

 そのうえで川上氏は「人工知能に関連する人材もお金も、Google(グーグル)を中心とした米国企業に集中しすぎている。最新の研究に基づく成果が日本の産業に配分されないのは大きな問題だ」と強調した。

では、どうすればいいのか。米国企業の前になす術もなく主導権を握られてしまうのか。何か、日本らしい反攻の手段はないのか。

■日本的ソフトパワーの探求

これまですでに何冊か参考になりそうな文献等にはあたってみたが、ありきたりの技術書や、Google等の米国企業の解説本では、ヒントを見つけることは難しい。少々意外に思われるかもしれないが、マーケティングを深く理解した著者によるユーザー/市場分析、企業論等の方が参考になる。というのも、Google等の米国企業が如何に高度な技術力を駆使してきたとしても、少なくとも商品やサービスを日本の消費者に選考してもらうにあたっては、技術力だけが決め手になるわけではないからだ。

そもそもこれまでに成功してきた日本企業も、その強さの源泉は大発明でもなければ、単純な技術力でもない。日本的ともいえるソフトパワーにこそあったはずだ。21世紀の成熟市場に臨むにあたって、あらためてこれを問い直すことは、米国企業が最新の技術を持ってきても、機械(人工知能)が跋扈するようになっても対抗しうる日本ならではの強さ、そして、もう少し普遍的な、人間ならではの創造性、直観、高等感情等を再発見していくきっかけ(入り口)にもなりうる。

■技術も必須

但し、技術力ではないと言っておきながら、いきなり矛盾したことを言うようだが、情報系の技術(ICT、人工知能等)には最大限、真剣に取組むことは大前提だ。今後は市場に参加したければ技術の理解は避けて通れないと知るべきだ。特に、人工知能を利用したビッグデータ分析の分野等、いかに先端企業に遅れをとっていようが、二番煎じだろうが、それぞれの立場で最善を尽くしておくべきと考える。

近い将来、人工知能が現実に最も大きな成果を生む可能性があるのは、ビッグデータ分析の分野だと私は確信している。成果の種類はその企業なりに異なるだろうが、従来では見つけることができなかった、ビジネス上の『法則』やユーザー行動の『原則』等が次々と明らかになり、それは間違いなくイノベーションの源泉となっていくだろう。残念ながら日本企業がこの分野で唯一無二の勝者となる事は難しいだろうが、ここにこれから述べるような日本企業ならではの取り組みを被せていく事で、独自のポジションを維持して、勝ち味に転じることは必ずできると信じる。

■参考図書

今回は、(株)インフォバーン代表取締役Co-CEOで、日本版ワイアードの初代編集著でもある小林弘人氏と、日経ビジネスチーフ企画プロデューサーの柳瀬博一氏の対談集、『インターネットが普及したら、ぼくたちが原始人に戻っちゃったわけ』*1(以降、『原始人』と略称する)より、3つの論点を援用して、上記の問題(人工知能の技術を駆使するGoogle等の米国企業への対抗策)への解決の糸口の一端について述べてみたい。

無論、これで終わりではない。むしろこれはきっかけに過ぎず、探求はここからもっと広く、もっと奥へと進めていく必要がある。本書はこれ以外にも縦横無尽に現状の日本企業の問題点等について語られているのだが、たまたま上記の問題を考えている最中に読む進むうちに、驚くほど私自身の日頃の問題意識とも重なる論点があり、事例としてもわかりやすいので、参照し援用させていただくことにした。文中、私自身の見解と多少混線する部分もあるが、どうかご容赦いただきたい。

■論点

3つの論点(取り組み)とは次の3つだ。

1. 製品やサービスには顧客とのコミュニケーション(共感、感動、コ・クリエーション等)をその不可欠な一部として練り込むこと

2. デザインに経営のレベルで取り組み、これを製品やサービスのみならず、あらゆるプロセスに浸透させること

3. SF的な想像力・直観を鍛え、未来を構想し、編集すること

■顧客とのコミュニケーション

今では、ウェブを活用すれば、どの企業でもメディアを経由せずとも自分たちの顧客と直接コミュニケーションが取れる時代になった。その結果、自社の商品やサービスに対する細かな反応やリクエストを知ることができることは言うに及ばず、有力なインフルエンサーに企業の味方になって活動してもらうこともできるし、消費者とコミュニティをつくって商品やサービスを『共創』することもできる。すでに日本にも、無印良品や花王等、SNS等の使いこなしに熟達した企業の名がいくつもあがるようになって来てはいるが、まだ全体でみると少数派と言わざるを得ず、特に老舗の大企業など、若手が上げて来たアイデアを軒並み潰しているケースは非常に多い。

『原始人』で柳瀬氏は、『顧客とのコミュニケーションの成果が練り込まれていない商品やサービスは、いくら数字的なスペックが高くても、顧客に愛されない可能性がある』と述べているが、これは本当にそうだと思う。逆にそのような練り込みが出来ていると、商品の随所に物語性が感じられるようになる。そして、そのような商品やサービスを出せる企業そのものにも物語が付与され、時には神話性を帯びて来る。

小林氏が指摘するように、物語性があればこそ、すっかりコモディティと化してプレミアム商品など出ようがないと考えられていた分野から、ダイソンの掃除機(サイクロン式)や扇風機(途切れのない風=羽のない形)のような進化形が出て来て、しかも、ダイソン教ともいうべき思想信条まで広がる。こうなると、ダイソンの掃除機と似た掃除機を競合他社が作っても売れることはない。

SNS等を通じた大量のユーザー情報の収集と分析については、Googleのような企業が実は得意とするところだったりするわけだが、両氏はデータの示す方向性を具現化し、レバレッジを効かせるには人間の『アート』の力が不可欠だとする。また、情報収集や事実発見のプロセスは、ウェブの集合知が役に立つケースが多々あるとしながらも、その集められた情報を面白い物語にしたり、魅力的な商品にしたりというのが人間の『プロ』の仕事だという。

もっとも、これも両氏が述べるように、一方でAmazonやGoogle、Apple等、人々の買い物行動のビッグデータを大量に蓄積している企業は、人間の一見不合理ともいえる行動パターンを見抜いて、より正確に経済現象を解き明かそうとしている『行動経済学』の成果のような『法則』を沢山見つけて応用してくると考えられる。ただ、そうだとしても、いかに多くの有用な『法則』を発見できたとしても、面白い物語や魅力的な商品やサービスが自動生成されるわけではない。サイエンスだけではなく、そこに人間の『アート』が合体しないと本当に魅力あるものは生まれない。そういう意味では今後は、『アート』や『創造性』が出る幕の少ない、企業向けの商品やサービスはより『アルゴリズム』優位に、『アート』の余地の多い消費者向けは人間優位に、というような役割分担がはっきりしてくると言えるのかもしれない。

■デザイン

企業内に優秀なデザイナーを沢山雇用する、というような話ではなく、経営者自身がデザインを理解し、デザインセンスを磨き、商品やサービスの設計に生かすのみならず、広告宣伝、企業ロゴ等はもちろん、組織の設計の細部にまでこれを生かし、統一性を訴求することを意味する。これを徹底していたのは、Appleでありスティーブ・ジョブズということになるが、総じて、欧米企業のほうに好例が多く、日本企業は非常に優秀なデザイナーを数多く排出していながら、権限もさほど与えず、経営レベルでは使いこなせていない例のほうが多い。

古く浮世絵の例を持ち出すまでもなく、日本人の芸術センスは世界に誇れるものがある。『原始人』でも海外企業で活躍する日本人のトップデザイナーが何人も紹介されている。しかしながら、デザインを理解する経営者となると、あまりお目にかかったことがない。数少ない例外は、ユニクロの柳内正氏で、ユニクロは『製品とお店とコマーシャルとウェブと、全部をトータルデザインの枠組みでコントロールしている企業』だが、ほとんどの日本企業にはデザイン能力はあるが、デザイン経営がないと柳瀬氏は言う。

柳瀬氏は、デザイン経営の事例として、ドイツの自動車企業であるアウディの例を上げている。21世紀、自動車業界で一番頭角を現したブランドのひとつがアウディで、そのアウディの躍進を支えたのがカーデザインの進化なのだという。アウディでは経営トップのデザインや美術、街の建築や歴史に関する教養がハンパではなく、デザインを自分たちの経営の中心に据えているのだという。アウディのCEOの一人は、社内の日本人デザイナーに、『ヨーロッパは石の街だ。その存在に対峙できるデザインをしろ』と直接指示を下したというから、これは正真正銘の本物だ。そんな光景は日本の経営者の周辺でお目にかかる事はまずない。

デザイ?