『下町ロケット』だけではわからない/終焉に向かう特許制度

特許制度の問題は、現行の資本主義を前提としたあらゆる制度が軋んで来ていることを示している。

テレビドラマ『下町ロケット』

この秋のシーズンのテレビドラマとして、『半沢直樹』や『ルーズベルト・ゲーム』等、高視聴率ドラマの原作者としてすっかりその名が定着した作家、池井戸潤氏の直木賞受賞作『下町ロケット』をベースとして制作されたテレビドラマが放映されており、前評判に違わず高視聴率を維持している(4回分の平均17.4%、最高18.6%)。

粗筋を小説の説明文から参考に引用してみる。

研究者の道をあきらめ、家業の町工場・佃製作所を継いだ佃航平は、製品開発で業績を伸ばしていた。そんなある日、商売敵の大手メーカーから理不尽な特許侵害で訴えられる。

圧倒的な形勢不利の中で取引先を失い、資金繰りに窮する佃製作所。創業以来のピンチに、国産ロケットを開発する巨大企業・帝国重工が、佃製作所が有するある部品の特許技術に食指を伸ばしてきた。

特許を売れば窮地を脱することができる。だが、その技術には、佃の夢が詰まっていた――。

原作紹介|日曜劇場『下町ロケット』

『下町ロケット』も、『半沢直樹』以来すっかりおなじみになった池井戸潤氏の作風が色濃い勧善懲悪物であり、ストーリーも面白い。しかも最後には悪が粉砕されることはお約束なので、主人公がどんなに大変な状況に巻き込まれても安心して視ていられる。他の作品と比べてやや視聴率自体は低めとも言えるが、昨今のテレビドラマ全体の低視聴率の傾向を勘案すれば、やはり大健闘と言っていいだろう。

ただ、今回のネタとなった、特許紛争/特許訴訟だが、昨今特に日本では、『下町ロケット』のような事例は、ほとんど見かけることがなくなってきた。特に高額な特許料の支払いを命じる判決はほとんどなくなったと言っても過言ではない。その点、一般に流布した特許のイメージと、特許の現場で起きている現実とのギャップは意外と大きいままなのではないか。

見直される企業発の特許の利益貢献度

高額といえば、青色発光ダイオード(LED)の開発でノーベル物理学賞の受賞が決まった中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授が、2001年青色LEDの対価を求めて勤務先だった日亜化学工業を訴え、一審の東京地裁が200億円の支払いを命じたことで大きな話題となったことがあったが、その後企業の利益と特許の貢献度については、2004年の特許法改正(報奨金制度の策定にあたっては社内手続きが合理的なものであれば、裁判所は報奨金額を尊重する)等、現実的な見直しが進み、当の中村裁判でも、一審の判決金額の4%程度である、8億4000万円で和解が成立した。本年7月に公布された特許法の改正では、職務発明に関する特許を受ける権利を初めから法人帰属とすることが可能となり、今後はさらに報奨金も減額となる方向だ。

裁判所で無効とされる特許

また、『下町ロケット』のケースのように特許侵害で提訴された場合には、昨今、提訴された企業が特許の無効性を主張して、審決取消訴訟を提訴することも少なくないが、特許の有効性を判断する基準として『進歩性』という概念(公知の技術を利用して容易に創作することが可能な発明は進歩性がない、とされる)があるが、最近では、進歩性の判断は特許庁より裁判所の方が激しいと言われる。(審決取消訴訟で進歩性が問題となっている場合においては,無効不成立審決の取消率(57%)の方が,無効審決の取消率(11%)より高い。平成18年のデータ(『知財管理』Vol.57No.92007)*1

実際、特許庁が特許として認めた判断が、裁判所で無効とされるケースが多発している。

単位あたりの価値が低下する特許

そもそも、特に機械製品の場合、製品一単位に係る特許件数は、デジタル化が急速に進む現在、メカや電気で作動させていた時代と比べて飛躍的に増えている(100~1000倍)。製品の単価が同等であれば、当然特許の単位あたりの価値は低下せざるを得ない。

しかも、ICTの発展に伴い、どんな製品であれ、ネットワークに繋がるようになってきており、従来の狭義の製品カテゴリーの技術の枠を超えて、様々な製品カテゴリーの技術との融合/相互利用/複合化も急速に進んでいる。

その結果、一つの製品に対してますます多種多様な技術/特許が関与してきている。しかも、今後IoT(モノのインターネット)が進めば進むほど、この融合/相互利用/複合化もまた飛躍的に高度化することになる。

特許制度に馴染まないソフトウェア

デジタル化、ICT化の時代の製品を動作させているのはほとんどが、ソフトウェア/アプリケーションになって来ているが、ソフトウェアの改善/改良というのは、メカの時代のような特許の概念に馴染まない。

そもそもソフトウェアによる特許侵害の事実を立証するためには、ソースコードの解読が必要になるが、通常ソフトウェアのライセンスは、逆アセンブル等のリバースエンジニアリングを禁止とする旨が書かれていることがほとんどで、これ自体の違法性を問う向きもあるが、まだ結論が出ているとは言えない。また、特許上の問題があっても、コーディングの工夫で回避できる余地も大きい。

また、このソフトウェアがクラウド上にあって、ビジネスが複数の国にまたがっている場合、さらに、製造は消費地の3Dプリンターで生産される、というようなケースでは、どの国の法律(特許法は国ごとに制定されている)に従って何の権利行使をすればよいか判断に迷うことになる。

ソフトウェア/アプリケーションについては、特にインターネット登場以降、特許制度との不整合は様々に取り沙汰されてきたが、それでもPCのOSソフトウェアである、『Windows』のように、当該ソフトウェアの利用を、技術的手法や特許権を含む法的手法により制限し、独占的に提供することで使用料を得るソフトウェア(プロプライエタリ・ソフトウェア)が先行したが、これに対抗する『Linux』を典型例として、フリーかつオープンで、多数のエンジニアにより共同で開発される、いわゆる『オープンソース』が時とともに勢力を増し、今ではオープンソースのほうが主流となる勢いだ。

ソフトウェア技術の進化は、わずかであっても絶え間ない改良の積み重ねに負うところが大きく、様々なアイデアを柔軟に組み合わせることができることで進化が促進される。如何に優秀であっても特定の企業のエンジニアだけが関わるより、広く世界中に開いて多数のエンジニアの力を結集するほうがより早く進化することが常識となりつつある。しかも、優れたアイデアを発案できる人材は発展途上国を巻き込んで世界規模で急増しており、今後、このますますこの傾向は強まることになる。

IoT(モノのインターネット)や3Dプリンターが進化し浸透していくと、従来、『リアル』と『バーチャル』を隔てていた壁は取り払われ、これまでインターネットが主として『バーチャル』の世界で促進してきた、『効率化』『フリー』『オープン』『水平分業』等のコンセプトは『エネルギー』『物流』『規模の大きく複雑な機械設備』等に及んでいくことになる。現行の特許制度は『産業の発展に寄与する』より、『産業の発展を阻害』する局面がますます広がっていくことを意味する。

パテント・トロールという鬼っ子

『産業の発展を阻害』が言い過ぎとは言えないことは、現在の米国の特許訴訟の実態を見れば明らかだ。日本では高額の特許訴訟は影を潜めてきていると言ったが、米国ではいまだに増え続けている。しかも、この大半(約70%)*2は、自社では製品の製造を行っていないにもかかわらず、購入等により取得した特許による特許訴訟で収益を得ること自体を目的とした、『パテント・トロール』と言われる存在により引き起こされている。

製品の製造者どうしであれば、先に述べたとおり、昨今の製品には多数の技術/特許が関係しているから、結果、双方の企業がお互いに相手の特許を使用(あるいは将来に使用)してしまうケースがほとんどで、差し止めや高額賠償等の請求はお互いの実業を妨げることになるから、いわゆるクロスライセンス*3やリーズナブルな使用料による決着がほとんどだが、開発や製造等の実業をやらない『パテント・トロール』は自社が攻められることはないため、一方的に差し止め請求等をちらつかせて、製造者の弱点を突きつつ高額請求に持っていくことができる。

例えば、本年の2月にアップル社の音楽・映像配信サービス『iTunes』が、三つの特許を侵害したとして、特許を保有するスマートフラッシュ社に対し、約5億3300万ドル(約630億円)を賠償するよう命じる評決が下った。

アップル社は『スマートフラッシュは製品も作っていないのに、アップルが発明した技術に対して使用料を求めている。米議会は、このような特許制度を改善すべきだ』とコメントしているが、上記で述べてきたような事情を勘案すると、アップル社が言う通り、『パテント・トロール』が産業の発展を阻害する存在であることは明らかで、その『パテント・トロール』が跋扈する原因の一端は現行の特許制度にあると言わざるをえない。

この問題は、米国の政府立法機関でも深刻に受け止められていて、2014年の7月には、悪質な特許訴訟を抑制する通称『トロール法』が可決され、悪意のある特許使用料を要求する企業を米連邦取引委員界(FTC)が追求することができるようになったが、『悪意の証明』の基準を定めることは難しく、一旦トーンダウンしたかに見えた『パテント・トロール』による訴訟はまた増加してきているようだ。

民間企業の側も、『パテントトロール』の標的になるのを回避する狙いで、製造企業が連携して特許訴訟を減らし製品開発に集中できるよう、関心のある企業によるネットワーク化が進みつつある。つい先日も、GLOCOM(国際大学グローバルコミュニケーションセンター)、Google、キャノン等が協賛する、『LOTネットワーク』についてのイベントが開催された。

特許制度の問題は氷山の一角

このように、特許に関わる最新状況は、『下町ロケット』に見られるような牧歌的な風景とはほど遠い。製品開発に関わる企業も、特許本来の目的、すなわち『研究開発に投資した企業が適切な報酬を得ることで研究開発を促進し社会の発展に寄与する』ことを実現できる特許制度、という古き良き時代の制度を回顧する気持ちは強いと思うが、(関係者には大変申し訳ないが)それはやはり追えども遠ざかる蜃気楼でしかなく、新しい時代の現実に向き合う覚悟を固める必要があるように思える。

今起きている事態の本質は、『パテント・トロール』が跋扈する隙を法律を改正して塞げば済むような問題ではなく、市場が『フリー』『オープン』『水平分業』の方向に向かうことで、『特定企業の独占的な使用』というビジネスモデルが弱体化し、独占したとしても、特許一単位あたりの利益貢献度は下がり続け、特許制度が成立した時点の前提と現実が乖離してしまっており、これからもっとそうなろうとしていることにある。

さらに言えば、 特許制度の問題は氷山の一角にすぎず、現行の資本主義を前提としたあらゆる制度が軋んで来ていることを示唆しているのだと思う。『下町ロケット』を視て特許に興味がわいたのであれば、ドラマを単なる娯楽に止めるのではなく、深く掘り下げて、足下で起きている大変化の本質を識るきっかけとして欲しいものだ。

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