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『慰霊』がわかると日本の真の問題が見えてくる

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■ゲンロン2


思想家の東浩紀氏の主催する、ゲンロンカフェから、著書『ゲンロン2 慰霊の空間』が送られてきてから、大分時間が経過してしまったが、少しだが、感じたことを書いておこうと思う。

東氏の時代認識のアンテナには、いつも本当に驚かされる。いつもその場で理解できるとは限らないが、それでも後ではっとさせられたことは一度や二度ではない。少なくとも、自分の内にある概念装置を見直す縁として、非常に有益であることを何度も感じてきた。

だから、『ゲンロン』のような著書はできるだけ早く入手して、とりあえず一通りさっと読んでおくのを、ここ数年の習慣にしてきた。

ただし、さっと読んだくらいで書評を書けるかというと、そうはいかない。内容が濃すぎて、とてもではないけれども、記事全てをその対象に収めることは難しい。結局のところ、自分が最も印象に残った部分につき、勝手に感じたままを書くくらいのことしかできないことをあらかじめお断りしておかざるをえない。(いつも言い訳しているような気もするが・・)

■メインテーマは『慰霊』


『ゲンロン2』のメインテーマはについては、すでに、東氏が事前のメルマガで述べていた通り『慰霊』だ。特集記事のタイトルは『慰霊の空間』とある。

フランス現代思想を語り、オタクの分析で一世を風靡した思想家としてしか、東氏を知らない面々は当惑を超えて唖然としてしまうかもしれない。(そして、それは、若者の性を語り、ブルセラ社会学者とまで言われた宮台真司氏が気がつくと、天皇を語るようになっていることと似て見えるかもしれない。)

だが、近年東氏の活動をずっとフォローしてきた私は、この帰結にはさほど違和感を感じない。

特に、東氏が、2011年の福島第一原発の事故の後、『福島第一原発観光地化計画』という日本史上比類のない計画をぶち上げ、多くの賛同者を得てその斬新さと思想性を絶賛されながらも、肝心な地元や地元の利害を代表する言論人等から手ひどい反発をくらい、この国、そして日本人の伝統的な習俗や思想の特殊性の壁の存在に気づき、そのことでかえって日本および日本人に対する思索を深めてきた東氏であれば、『慰霊』というテーマにたどり着いたことは自然な成り行きにさえ思える。

しかも、単にたどり着いただけではなく、日本で長く蓄積されてきた民俗学や宗教学等の知恵を掘り起こし、新しい命を吹き込んでいる。

実現されれば歴史に残るであろう、この非常に画期的な計画(観光地化計画)が実現することを私も内心楽しみにしていたが、どうやらこの国では実現が困難であることがわかってきた。資金や採算性等の問題以前に、拒否感、反感等のマイナス感情を引き起こして、反対者に囲まれて身動きが取れなくなってしまっているようだ。

だが、この困難さが真に解明できる緒をつかむことができるなら、それは目に見えるモニュメントではないかもしれないが、それに劣らないくらいの金字塔と讃えられる実績となるに違いない。これは、『観光地化計画』に対する批判に正面から対峙して、小競り合いに巻き込まれるよりよほど健全な方向に思える。

『観光地化計画』をめぐる日本独特の難しさというと、利権や既得権益とそれに結びついた地元の構造の問題がすぐに思い浮かぶところだが、地元の選挙等の正当な手続きを経ている限り、非難の矛先を向けたところで不毛な結果となるだけだ。

地元にとっては何よりまず早期の復興と今後どう暮らしていくかが最重要課題で、かつ最優先と言われてしまえば、今の日本では誰も反対はできない。そしてその空気はよそ者を阻む高い壁になってしまう。

■慰霊に対する日本人の心性


だから、これは、単なる利権というような表層の原因以上に、もう一段深い日本人の心の深層に潜む性向にその真の理由を探る必要がありそうだ。東氏はまず民俗学者の柳田國男の言説を参照して、日本人は、そもそも死者の名を忘れる文化のなかに生きていると述べる。

昔の日本人の先祖に対する考え方は、子や財産の有無に基づいた差別待遇はせずに、人は亡くなってからある年限を過ぎると、それから後はご先祖様、またはみたま様という一つの尊い霊体に、融け込んでしまうものとしていたようだ、という。

だから、仏式葬儀の戒名のような『祖先の個性』ともいうべきものを、いつまでも持続して行くような近年の習俗は、『祖霊の融合単一化という思想とは、両立し難いもの』と柳田は『先祖の話』で記しているという。

この話は、宗教学者の中沢新一氏へのインタビュー記事、『種の慰霊と森の論理』にも出てくるが、中沢氏は、これが日本人の心の深層にあるとすれば、ヨーロッパで見られるような記号である記念碑を建ててコミュニティの記憶にとどめるようなことでは、日本人の無意識を満足させ納得させることはできないと語る。

これは、まさに日本人が福島第一原発の事故跡に、『観光地化計画』のようなモニュメントを受け入れない深層心理についての説明になっている。

この点につき、東氏は、中沢氏に、『たとえば福島の原発事故跡地などは、とくになにも保存せず記念碑なども建てず、ただなんとなく森にしていくことこそが日本人の気質に合っているし、またこの国の記憶のしかたなのだという気持ちになってきます』と問い、中沢氏は『森に戻すのがいちばんいいやり方です。』と述べ、『殺風景な場所を100年かけて見事な森にしてしまうようなほうが、資本主義的な時間から解放された、庶民のためのサンクチュアリ(聖域)になるのであり、そういうサンクチュアリを増やすほうが、追悼施設や慰霊碑を建設するより、はるかに列島文化本来の慰霊に近い』と述べる。

この『祖霊の融合単一化』というのは、私は知らなかったのだが、そうだとすると、以前からの疑問の一つが解消するように思える。韓国の先祖供養は、最近でも3代くらい、以前は7代とも10代とも言われるほど遡って、しかも具体的な個人名をあげて、年4回も行われるという。

それに比べ、日本人は祖父母より遡ると、ほとんど先祖の名前を知らないのが普通だから、韓国人の先祖供養のほうが厚く、日本人は不信心だという説明をどこかで聞いたことがある。

多少の違和感がありながらも納得してしまっていたが、どうやら、日本では『祖霊の融合単一化』の結果、個別の名前を覚える機会が少なく、だからといって先祖崇拝の気持ちが必ずしも劣っているとは限らないというのが真相のようだ。

また靖国をめぐる韓国や中国との避難の応酬についても、その理由の一端はここにありそうだ。すなわち、靖国の祭祀は日本古来の死生観や習俗から切り離されていることを、韓国人や中国人もさることながら、日本人でさえ理解し、意識している人は少ないと思われる。日本人の側も自らの自画像をもう少し明確にしておかないと不毛な論争から抜け出るができなくなってしまう。

東氏はこのように述べている。

ぼくたちは、死者から名を奪い、死の固有性を忘れ、匿名の集合霊に変えることでのみフルい立ち未来に向かうことができるという、じつに厄介な伝統を抱えている。だとすれば、その伝統のさきに何があるのか。靖国批判を超えた慰霊の哲学は、そこから始まるのではないかと感じている。


■死も慰霊も遠ざけてきた日本人


東氏はまた、次のようなことを述べている。本来日本は自然災害が非常に多く、自然災害による死者も古来非常に多かったし、加えて、相次ぐ戦乱による死者も非常に多かった。だから日本人は日常的に死/死者に囲まれ、自らの生も常に死と隣り合わせだった。相応に慰霊の機会も多かったと考えられる。

ところが、第二次大戦後の数十年は非常に平和で、災害も局地的にはあったとはいえ、過去と比較すると少なかった。

日本の歴史の中では、例外的に幸福な一時期だった。その結果、日本人は死を生から遠ざけ、慰霊もその本義を忘れ、全てを生の側からしか見ることができなくなり、その結果、生は本来の艶やかさを失い、国内の問題も、海外との関係もうまく処理することができなくなってしまっている。

昨今の先進国では、たいていどこでも、死を忌避し、隠し、目を背ける傾向があるが、日本の場合もその例に漏れるどころか、先頭を走っているといっても過言ではない。

だが、日本人の場合、表層意識のすぐ下の層に、どの国にも劣らない霊的感性のようなものが潜伏していて、ふとした機会にそれが流出してくる。ただし、感情が揺さぶられるだけで言語化されないままに放置されるから、問題解決も有効活用もできないでいる。

■日本を徹底的に解明することが大事


今回扱われている、日本人古来の死生観に限らず、その他の思想、一般の習俗を含め、日本人自身が言語化し、自覚することにより得るものは皆が考えているよりずっと多いのではないか。私は予々そう考えてきたから、今回のような企画には、心踊る思いがする。東氏のような日本を代表する知性がこの問題に取り組むことの成果は計り知れないものがあり、今後の展開が本当に楽しみだ。

ただ、この手の議論を始めると、日本特殊論の方向に話が向かいがちで、それを嫌悪する人からの批判にさらされて往生することがある。だが、日本特殊論を受け入れるにせよ、反対するにせよ、一度は徹底的に解明する努力なくしては、日本人が未来に生を繋ぐことが困難になるばかりであることには、早く気づくべきだと私は思う。

(2016年4月28日「風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る」より転載)

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