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水木ワールドに追いつく世界/ 追悼:水木しげる先生

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良い旅を!

去る11月30日、漫画家の水木しげる先生が逝去された。享年93歳だという。大往生とも言うべき高齢ではある。だが、ネットに見る多くの人の感想とも重なるが、私も何だか先生は、100歳とか120歳とかに至るまでご健在なのではないかとどこかで思っていたので、正直意表を突かれた思いだった。そして、次の瞬間深い喪失感におそわれた。巨星は墜ちた。

ただ、これも多くの人が本当に異口同音に述べているが、水木先生の場合、『安らかにお眠り下さい』というのはどうもにしっくりこない。それより、死が『次の世界への旅立ち』というのがこれほど当てはまりそうな人もいない。だから、ここではあえて『良い旅を!』と唱えてお見送りしたいと思う。

偉大な先達

水木しげる先生は、私にとって、郷土、境港の偉大な先達でもある。だから、先生の作品や記事で、繰り返し出てくる地名は私自身の子供のころの生活圏と完全に重なっている。先生が『六道絵 地獄極楽絵図 』を見て衝撃を受けたというお寺、正福寺は私の一族の菩提寺でもあり、この夏も父親の3回忌で訪れたばかりだ。水木しげる記念館には幼馴染が勤務し、今でも年間200万人以上(過去最高は2010年の約372万4千)が訪れる水木しげるロードには、友人が経営するラーメン屋があるし、周辺にも昔懐かしく、思い出深い場所が沢山ある。

さらに言えば、水木先生が幼少のころ多大な影響を受けたと語る、『のんのんばあ』のような老人は私の幼少のころも少なからずいたし、私の祖母も夕食の後には仏教式の念仏を毎日仏壇の前で唱えるような人だったが、それは正統な仏教ではなく、神道でもなく、それらの様々な要素と、土着の自然信仰が渾然一体となった、混合宗教とでも言うものだった。こんな土地のオーラに包まれ、土着の神話や怪異の説話等を聞いて育った私にも、いつしか心の深いところに水木先生と同様の感性や思想が染み付いていたようだ。それらが水木先生の作品を通じて繰り返し蘇ってきて、その都合自分を発見したような感慨に撃たれたものだ。

成長に向かう日本

しかしながら、子供のころからずっとそうだったわけではない。高度経済成長こそ、すでに若干の翳りはあったとはいえ、まだ『ジャパン・アズ・ナンバーワン』に向け爆進する余力十分のころの日本は、境港のような田舎でさえ、『経済成長第一主義』というような雰囲気に包まれていた。土着信仰厚い祖母でさえ、一方で明治の気概に溢れた人でもあり、孫には『末は学者か大臣か』『故郷に錦を飾れ』というような期待を抱いていることを幼心にも十分に感じ取ることができた。

アニメも、水木先生の『ゲゲゲの鬼太郎』も人気はあったが、『科学と進歩』の時代を象徴する、手塚治虫氏の『鉄腕アトム』や、努力や根性をやたらに強調する『巨人の星』のような『スポーツ根性もの』のほうが、私を含め、周囲の友人たちの耳目を集めていたように思う。アトムの妹の名前、『ウラン』など、福島第一原発の事故の後には、ブラックなイメージが漂うようになった感があるが、かつては科学と進歩の象徴として、非常に輝かしく見えた。

学生運動は私が学生のころにはすでに完全に終息して久しかった。私の頃の大学は闘争の場ではなく、どちらかと言えばレジャーランドだった。それでも、まだマルクス経済学は生き残り、それなりに熱い議論に巻き込まれたものだ。だが、それも程なく霧散する。

そのころまだ元気で活躍していた、経済学者のガルブレイスは著書『ゆたかな社会』で、それまでの経済の『古い病』を3つ(物質的貧困、不平等、経済危機(恐慌))挙げていた。だが、これは経済成長が解決すると述べていて、現実に資本主義経済体制における経済成長はそのすべての問題を解決しているように見えた。不平等があっても経済全体が成長すれば、最貧困層でさえそこそこの生活ができるようになる。恐慌のような経済循環の底の時期でも、経済成長余力があれば短期で乗り切ることができる(但し、ガルブレイスは『新しい病』におかされていると説くが、ここでは触れない)。

富裕層からの再分配を進め、経済恐慌をなくすと主張してきたマルクス経済学が退潮の憂き目をみるとのは理の当然と言えた。経済成長さえすれば、主要な病がすべて治るとなれば、共産主義/ 社会主義国家より経済効率が良い資本主義国家が勝利を収めるのは自明であり、結局二大陣営の対立の時代は終わり、資本主義が最終的な勝利を収めたかに見えた。

いきづまる資本主義

だがそれもつかの間、今では資本主義国家も、その総本山とも言える米国など、『金融資本主義』『カーボーイ資本主義』と言われるような、普通の人にはまったく理解できない金融工学を駆使して社会のあちらこちらに博打のルーレット(爆弾と言うべきか)を仕込むことができる一部少数の博徒(カーボーイ)ばかりが濡れ手に粟の浮利を得る構造となり、貧富の格差も限度を超えて広がり、環境破壊を阻止することもままならず、経済成長と人々の幸福度もリンクしなくなってしまった

それなのに、現代人は、この資本主義の仕組みをやめてしまうと、結局また経済の『古い病』が復活して、もっと大きな問題を抱え込んでしまうのではないかという恐怖心から逃れられないでいる。だから、経済成長を維持するために、市場のフロンティアを拡大することが最も重要で、そのために、環境が破壊されても、コミュニティが破壊されても、動植物が絶滅しても、広大な土地に二度と住めなくなっても、金融工学による博打やルーレットに頼ってでも、経済を回すことが一番重要(Primary)で、あとはすべて二次的(Secondary)という『マインドの牢獄』の囚人を大量に生み出すことになった

経済成長だけで幸福になれるわけではないが、それがなければ、不幸のどん底に落ちてしまう、という思考の外に出ることができなくなってしまっているわけだ。

変化した若者の価値観と水木作品

だが、今の日本の若者を見ていると、この牢獄にとらわれることなく、あるいは、とらわれかかってもやすやすと逃れ出て、もっと自分にとって大事な価値を追求することに戸惑いがない。かつての若者が最も欲しがった自動車など、いくら魅惑的な広告宣伝を駆使してアピールしても、必要に迫られでもしなければ買おうとはしない。そのごとく、ブランド名や宣伝の効果でやたらと価格が高い品物を買うようなライフスタイル自体を忌避しているようにさえ見える。そんなものより、仲間を大事にし、環境を大切に扱う。

水木先生の作品は、ずっと人気があったとはいえ、大雑把に言えば、バブル最盛期位までの人気は、資本主義、科学万能主義、さらには近代思想そのものに対する一定数の『アンチ』、あるいは一部オカルトマニア等に主として支えられていて、言わば『カウンター・カルチャー』の扱いだったし、水木先生自身、その頃は『国民的作家』と称えられるようなことはなかったと記憶する。

ところが、バブル崩壊以降、若年層のマインドの変化に見られるような、大衆思想における一種のパラダイム・チェンジが起きた。そして、そのような若者を中心に水木先生の作品は年を追うごとに広く支持されるようになっていったように思える。

どうしてこれほど長く人気が続くのか

2008年に私のブログでも書いたのだが、『ゲゲゲの鬼太郎』の原型とも言える『墓場の鬼太郎』が貸し本として登場したのが、1960年、少年マガジンに初めて掲載されたのが1965年、『ゲゲゲの鬼太郎』としてアニメ化されたのが1968年なので、アニメ化から数えても、今年で47年、およそ半世紀が過ぎようとしているが、今でもまったく古びていない。実際、2000年代の終わりくらいまで、映画やテレビで新作が出る等、つい最近まで作品自体進化し続けていたのだから、『現役』と言ってもいいだろう。

どうしてここまで『ゲゲゲの鬼太郎』は人気があるんだろう - 風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る

これほど長く人気が続くのはどうしてなのか。以前に書いたブログ記事では、『日本人の心の古層とも言うべきレイヤー(層)に今も死に絶えることなく、妖怪、怪異なもの等が住んでおり、それが水木先生に形と色を与えられて眼前に現れると、我々ははっと驚きながらも、強く魅了されてしまうのではないか』という趣旨のことを書いた。

時代が水木先生に追いついた

他方、もう一度よく考えてみると、時代の変化が水木先生の作品を受容する環境をつくった側面も大きいように思う。日本人の古い宗教観とも言える一種のアニミズム、すなわち、キリスト教のように動物を人間の下位におくようなことはせず、動物はもちろん、土地の精霊や先祖の霊、怪異に至るまで差別することなく尊崇し(時に愛情を持って接し)、人間が高慢になりすぎ、人間の都合だけで動物や土地の精霊や怪異が住む環境を破壊するようなことをすると人間を懲らしめに来ることもある存在の尊厳を認める、というような姿勢/思想が、水木先生の作品には非常に自然に表現されており、時代が下るほど若者を中心に広く支持を受けるようになったと言えるのではないか。

水木先生逝去の報道に接して、『国民的作家』という呼称を誰もが自然に使っている様子を見ると、日本人の側の意識の変化を感じずにはいられない。時代がどんどん水木先生に追いついてきたとも言える。

かつては科学も経済成長も絶対の正義だったが、今では科学も経済成長も過信すると人間どころか地球まで滅ぼしかねない。そういう意味では、前は神、後ろは悪魔の二つの顔を持つ双面神、ヤヌスのような存在になった。妖怪もいたづらや悪さもするが、一方で人間の高慢を戒め、地球環境を守る役割もする二面的な存在だ。一方的に科学や経済成長だけが正しいのではない。水木先生は半世紀も前から、そのことを作品を通じて一貫して主張していたとも言えるが、世の変化が水木先生をマニアックな作家から国民的作家にまで押し上げたと言えるのではないか。

世界に広がる水木ワールド

水木先生の思想は一人日本だけのものではない。例えば、米国のヒッピー・ムーブメント、および、その系譜を引き継ぐ西海岸カルチャーには、ネイティブ・アメリカンの思想との親和性が高いことは多くの研究者が指摘しているところだ。そして、ネイティブ・アメリカンの思想は、アイヌや沖縄に残る古い思想や習慣との親和性が高いこともまた広く認められて来ている。これは皆、水木先生の表現世界と通底するものがある。

また、水木先生は海外妖怪行脚で、世界中を回られたことは有名で、世界中で姿は見えないが、五感に響いてくる経験を何度もされたそうだが、そのような環境、思想を持つ人々、神話等、世界各地に同種の痕跡を見つけることができる。それはまた水木ワールドが受け入れられる素地が世界中にあることを意味している。

大変残念なことに、水木先生は亡くなってしまったが、残された遺産は今後もっと世界的な規模で輝き、大きな思想的な潮流となって行くに違いないと私は確信している。『世界が水木ワールドになる日』はただの夢想だとは思わない。そして、及ばずながら、私もこの遺産の真価を自分自身もっと咀嚼、玩味し、できれば広く伝えていけるようになりたいと考えている。

(2015年12月6日「風観羽 情報空間を羽のように舞い本質を観る」より転載)

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