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林晟一 Headshot

「かくれんぼ」をさせてくれ/やれ!

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マックレイカー。

19世紀末から20世紀初頭、アメリカ合衆国が「進歩」思想を謳歌していた頃、社会の不正と「悪」を暴露するジャーナリストや作家を、こう呼んだ。

彼らの評価は、思いのほかむずかしい。

なるほど、彼らをジャーナリストのかがみと称えることはできる。事実、その頃の作家アプトン・シンクレアはスタンダード石油の「悪」を暴いたことで、ジャーナリズム史にその名をとどめる。

けれども、暴露精神が高じすぎるとそれは暴露趣味となる。露悪的でこっけいな記事や作品が増えるかもしれない。

最近心配されるのは、この社会の「マックレイカー化」だ。何者かの素性を白日の下にさらすべきとの信念につき動かされる暴露。これを是としすぎる風潮である。

グローバル化の時代だから、社内で本名を名乗ったらどうだ? 数年前、部下の在日コリアン社員にこう命じた経営者のことが、ニュースになった。「アウティング」ともいえる横暴である。

だが、この社会には他者による「アウティング」のほか、「カミングアウト」こそ是だとの風潮も、当のマイノリティ間でじわり広がっていると思える。青みがかった「本当の自分主義」(authenticism)、ディズニー映画のひそみにならっていえば、「ありのままの自分になるの」。これである。

仮面をかぶった人生にはオサラバだ! 「カノジョ(カレシ)つくらないの?」、「あぁ日本人でよかったよね」「"わが国"は......」といった言葉の数々。これに皇族ばりの微笑で応じるだけの人生は、もうイヤだ!

実は同性愛者だ! ぶっちゃけ在日コリアンだ! いっそのことカミングアウトして、すっきりしたい。そうしたら、モノクロームの世界はきっと総天然色へ変化する......。LGBTの当事者や在日コリアンがそう思ったところで、全然ふしぎではない。

けれど、その思いはいくぶん甘いもくろみだと僕は思う。

逆説的なことに、そうしたもくろみは、「強者の論理」に従っている気がする。職場や学校、あるいは家庭での白い眼に、本当に耐えられるのか。人事や昇進に響く可能性は?(あってはいけないことだけど実際にはあるだろう)

カミングアウトしたのち、我が身をつんざく白眼と差別に耐えられる強い個人ばかりだったら、この世はとっくのとうに生きやすくなっている。

むしろこの世は、ナイーブな弱き個人でまわっている。おのれをはじめ周囲をぐるり見わたせば、それはわかる。

だとすると、カミングアウトする「強さ」とは別に、この国の寛容やあいまいさの文化が目減りしつつある今日、あらためて尊重すべきは何だろう。

僕は、かくれんぼを遊びつづけられる「したたかさ」だと思う。

秘すれば花。

みずからの素性、出自、性的志向、秘密......。マイノリティがそれらに他者をよせつけず、仮面(ペルソナ)の生活を送ることが、それほどいけないことなのか。隠し、隠れることは、必ずや哀れまれるべきことなのか。

「沈黙を守ることを許されていない者は千倍も奴隷である」。おじいさんになるまで厳しい港湾労働をつづけた哲学者、ホッファーはそう言った(『現代という時代の気質』)。

かくれんぼしながら暮らす自由の重み、あるいは秘めごとの美学。死んでから、あるいは退職したのち、そして離別のきわ、「マジか!? あの人って×××だったんだ」と明かされる......。これとて「逃げるが勝ちよ」のあっぱれな生きざまとして、不足なしだろう。

皇族ばりの仮面の微笑も、やがて慣れて板につくときがくる。笑顔の鉄面皮を手に入れるときが、くる。

ときにアフター・ファイブは、コリアン、ゲイ、レズなどなど、秘密を共有するささやかな結社(アソシエーション)でもう一つの自分が出せるとすれば、それはむしろ痛快な人生じゃないか。それがウェブ上でもリアルな世界でも。場所は問わぬ。

「ニセものであることのたのしみが、人生のたのしみではないのか」(鶴見俊輔「身ぶりとしての抵抗」)。オモテでしいたげられ、無数の切り傷を負いつつ、ウラで楽しみ癒やされるだけの「したたかさ」があってもいい。

後ろめたさなき、青色申告型QoL(Quality of Life)の追求ばかりが、幸福なのではない。

アイデンティティなるもののけは、本質的なものとして捉えないほうがいい。ある人がその人たる由縁は、一つの本質に還元できることのほうがめずらしいし、いつだって由縁の中味は変わりえるのだから。

あいまいなる自分の人生。それに耐え、ひっそり楽しみ尽くすことだって、立派な大人への道である。

願わくは、周囲の人が、その人の別の顔にどこか感づいてしまったとき、見てみぬふりしてあげる一抹の優しさを持ってくれますように。かくれんぼの「鬼」になってはくれませんように。

その場の空気が緊張しないよう、本人は「隠れてやっている」、他人からすれば「見逃してやっている」。

ニュアンスあふれるこうした人間関係もまた、この国の社会秩序の一つのあり方だろう。

♪白だ黒だとけんかはおよし 白という字も墨で書く

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